LET THERE BE LOVE

answer equal chaos until the married to my fiancé.

Pillow Talk

https://youtu.be/MIyUHkTSfLM?si=3ZRujIdcNzO-qDOi

https://youtu.be/DsmbNbFXEoo?si=x9guHYUx1HlVkn10

 大学の頃、俺は、見向きもされなかった。俺は黙って、兎角失敗を繰り返し、人間達の反応をひたすら観察し続けていた。
 俺のベースの先生は、俺にベースを教えず、「コカインだけは辞めとけ。」だの、「お前はアーティストや。遅くなるやろうけどいつか必ず成功する。」って言ってくれた。授業には年に10日出れば良い方だったが、「お前が大学外で勉強し続けてることぐらい分かってる。やから、出席にしといたる。」って言ってくれてた。俺はただ、フランク・ザッパのTシャツを着てるだけで良かった。
 道徳を完全に無視して、節度を守るには一体どうすれば良いのか?友人は、ひたすら無秩序に選び続けた。
 大学内では、淫夢厨、引き籠もり、ビジュアル系、ジャンキー、売女、ヤリマン、金持ち、実業家、ギャル、クラストパンクス、レイバー、人体改造者、ラッパー、レズビアンバイセクシャル、帰国子女、大学外ではコミューン暮らしをしている人達、パフォーマンスアートをしている人達、山暮らし、ノイズミュージシャンなんかと無秩序に節操無くつるんだ。
 金の心配は無かった。女達がいつだって大量に、俺を信じて、レコードと音源をひたすら買い与え続けてくれた。
「違う、こうじゃない、こんなんじゃ何も意味が無い、これでもない、あれでもない、」
 大学を卒業して1年以上一緒に過ごした女を超える女が未だに全然見つからない。ひょっとしたらもう、あんな女は一生見つからないのかも知れない。
 中学の頃、家にも学校にも塾にも居場所の無かった俺は、恋愛シュミレーションゲームにハマってた。
 アイツは、俺が一途に7年以上思い続けた理想の相手と同じ名前だった。
 アイツは、男に指一本触れさせずに、「焼肉屋でな、将来の夢を話すだけで、何万円も貰えるねん。」ひたすら金を引き出していた。
 俺と出会ってからブランドモンの服や邦ロックのCD、化粧品は全て、俺との放浪とアナキズムの書籍に化けた。俺は、便所でクソをするのについて来させて、T.A.Z.を朗読するだけで良かった。何も言わずに、勝手にニーチェアナキズムを探し出して、俺も知らないような難しい書籍を夢中で読み始めたのだ。

 そして、俺と一緒にホームレスになった。

 病気の野良猫を拾って、飯も食わず、家中の物を売り払ってひたすら世話をし続けていた時の俺の唯一の慰みは、違法ダウンロードした恋愛シュミレーションゲームしか無かった。
 ときめきメモリアル4は、マジで最高の名作で、俺は金チョコ魔神をゲットするぐらいには、殆ど完全クリアした。
 龍光寺カイ柳冨美子大倉都子、七河瑠依がお気に入りで、中でも最高峰が、響野里澄
 俺は、響野里澄と出会い、中学の頃から11年間、他に見向きもせず一途にひたすら思い続けたあの女に、別れを告げた。
 龍光寺カイは、財閥の娘で、アウトロー
 柳冨美子は、太ってて、落ち込んだら励ましてくれる、心優しい女の子。
 大倉都子は、うさぎのぬいぐるみを手放せない、嫉妬し過ぎの、信じられない程のドメンヘラ。
 七河瑠依は、男装してるオタクで、メイド喫茶で働いてる女の子。
 そして、響野里澄
 響野里澄との出会いは、マジックマッシュルームぐらいの衝撃を受けた。こんな風に生きたいと思った。多分俺は、一生一途だろう。
 そして俺のフィアンセは、15回ブリーチして、同じ髪の毛にして俺に会いに来て、たった2時間で俺の前から完全に姿を消してしまった・・・
 次に出会ったのは、俺がプッタネスカと、シド・アンド・ナンシー気取ってお揃いの革ジャンを着て本屋でデートをしていた時だった。
 俺がいつも立ち読みするあの、同じコーナーに立っていた。余りの美しさに、とてもじゃないが、声なんてかけられなかった。
 
「ヒッピーくんはいっつも何考えてるの?」
 あんまり目立って動き過ぎるとこういう面倒臭い、まるでRPGゲームのCPUみたいに同じ質問しかして来ないモブ共が大量に湧くんだな、って考えてたよ。
 主体性を持たず、群衆の方に流されるヤツらを俺の方に注目させ、尚且つ俺自身はひたすら隠れて、勝手に散らばって拡散していかせるには一体どうすれば良いのか?抜本的な改革とは一体何なのか?
 俺はひたすら道化のフリをして失敗に失敗を重ね続けてきた。
 節度の問題だ。会話を繰り返したって、何の進展も起こり得ない。だからと言って無闇矢鱈に行動しても、単なる浪費と消費に終わってしまう。
 放浪して日本中のありとあらゆる街を巡った。博多の博多、天神、薬院、広島の広島市尾道、京都の河原町、新京極、大阪の天王寺、心斎橋、梅田、愛知の栄、東京の神保町、新宿、渋谷、高円寺、鶯谷、なんかが特にお気に入りだった。プッタネスカを放浪に連れて行った時、プッタネスカ河原町で川べりで寝転んで、村八分を聴きながら、一緒に大きな鳥を見ながら、オノ・ヨーコのグレープフルーツを燃やしていた。

 今まで繰り返してきた数々の失敗がようやく実を結ぼうとしている。
 Corruptedのライヴ・レポートを探してる時に、「これだ!」って思った。
 プッタネスカが俺に、ギターでエーデルワイスを弾いた時に、それは、「もうこれしかない!」って確信に変わった。
 それは、多分俺が一生をかけて追求しても達せるか分からない、ピカソの後期、熊谷守一みたいなギターだった。
 後は、どうやって実践するか、俺は日に風呂に2〜3度入り、ひたすら考え続けている。
 もう、これ以外には絶対に、あり得ない。
 これ以上言う事等何も無い。

Femme Fatale

「で、一体、何が欲しいん?」
 答えがようやく見つかった。口じゃ説明出来ないし、お前に直接話したい。
「アナタにあの人の何が分かるの?アタシはあの人のコトを理解出来る。」
 あぁ、その通り、俺はお前にオセロで勝ったコトが一度も無い。
「そんなにヤリたいんやったら勝手にオナニーしたらいいやん。傍で見といたるわ。」
 お前の好きにしろ、俺を振り回せ。俺はお前と、滅茶苦茶寝たい。
「」
 お前は、何も話す必要すらなく美しい。金は要らない、俺の欲しいものを手に入れて欲しい。金があっても買えないが、大金と、今まで積み上げて来たであろう知識が必要だ。

「ベティ・ブルーみたい。」
 それは、俺と、誰の話だ?俺の小説を全部読んで褒めてくれたのはお前だけだ。
「もう!!なんでこんな、もう!!床びしょびしょやんか!!もう!!!!」
 西成のドヤには、女子便所が無かった。俺は、あんなに良いホテルには泊まったことがなかった。
「うちにはお前しか居らんねんもん!!!!」
 俺は、お前と全く同じぐらい愛してて、愛してくれる女達しか居ない。
「いい加減逃げ腰をどうにかしたらどうですか?」
 俺は一度も逃げちゃいない。お前は、文字通り血を流しながらヒールに徹してくれた。

「もう、そっち行って住もうかな、とかたまに思う。」
 俺の家にはロフトが2つある。
「優しい人になって。」
 言われなくても、俺のコトを育ててくれた、自殺した母親にそう言われてる。だが、自分が優しいのか、自分じゃ全然分からないから、教えてくれ。
「好きな様にしていいよ。」
 だったら、好きな様にさせてくれよ。飽きるまで。
「少しはリハビリになった?」
 あぁ。ケタミンの話になれば熱心にメモを取り出す様な精神科も見つけたよ。リハビリ施設に通ってた頃よりは、少なくとも。


 You Made Me Realize
 猫の様に挑発する、
 猫の様に自由気ままな、
 俺を振り回すコトの出来る、
 エイミー・ワインハウスみたいな入墨をした、スーパーマーケットで踊る灰色のカーディガンと革ジャンを着た天使、
 アンナプルナみたいに聳え立つ、孤独を知るヤツだけが知ってるあの笑い方をする天使、
 黒い服を着たイスラム教徒の様な、魂と引き換えに美しさを選んだ、
 ラリーズの水谷が可愛く思えるぐらいに意味の分からない、ジャスミン姫みたいな、
 牛丼を食べるヒンドゥー教徒の女、決して何処にも属さない活動家、クレオパトラ、そして、白百合。

 斜視の女が、地べたにへたり込んで三角座りしながら二人で安モンの煙草ですら無いリトルシガーを分け合って吸ってる時に声を掛けてきた。
 ノーブランドの安モンのカップ麺を貰ったが、俺達は媚びるより飢えを選んだ。
 変なとろみの付いたようなお湯を入れて食うのなんてゴメンだった。
「君達は頭が良いね。ここに来る人達はみんな、チョット待っててね。」
「だからー、30000円って言ってるでしょう?」
「・・・20000円、、。」
「30000円だって。分からない人ですねー。」
「あー、調べてみたら20000円だって。」
「あっ、そうなの。」
 ずっと長い間騙し取られ続けて来たんだろう、背筋の曲がった、背の低い、疲れ切って声すら出せないオッサンが、俺達の方をじっと見ていた。
 何も話す必要なんか無かった。ずっと今でも、あの目が突き刺さり続けてる。
 俺達は、毎月、不動産屋に金を納める為に、俺達の銀行口座に振り込まれる筈の金を渡して貰うのを条件に、家を借りて貰うコトになっていたが、
「すいません、自分らでなんとかします。」
「そ。家借りる気が無いなら、ドヤには泊めてあげられへんし、食料も、」
「お世話になりました。」
 俺達はそれ以上何も言わず、何も聞かずに、歩き去った。

 ゴミだらけの生け垣に座り込んで、せせるようにタバコを吸いながら、
「クソ、クソ、クソッタレ、クソ、クソ、クソが、クソッタレ、」
 涙が止まらない俺を、隣でずっと黙って、女が背中を撫でてくれていた。
 あの時から俺は、この世界の全てが信じられなくなった。
 キレイゴトばっかり抜かしやがって、お前も、お前も、お前も、お前も、どうせまた、嘘なんだろ?
 差し伸べてくる手が全て、俺を救い上げる手じゃなく、何かを奪う手に見えてたんだ。

 別に、俺一人でもやっていける。
 だが、お前も、お前も、お前も、お前も、他に代わりが、存在していない、見つからない。

 ようやく、準備が整った。
 お前らみたいに俺は、謝るより、行動で示そうと思う。
 ご褒美?
 ずっと猫の様に生きていてくれるだけでいい。
 

Kill Your Idle

 

 

    答えが解れば一般人  by Zyanose

 


 大切なのは、神に対して誠実であれるか、だ。俺はマジックマッシュルームを食った時に、全裸になって窓を開けて、
「俺に真実だけを見せろ!」
 って叫んだ。
 壁のスプレーの跡が、ブラックのキュビズムみたいに色んな視点から見えた。
 俺は、共通幻想や自我の喪失なんて全く感じなかった。
 寧ろ、強烈な自我と、圧倒的な断絶感を味わって、居ても立っても居られずに外に飛び出したが、皆、一体何を話してるのか全く分からないし、日本語で書かれた文字なのに、意味が全く理解出来なかった。全員が英語で話してる中、必死にフランス語で話してるみたいな気分だった。
 この国には、宗教が無い。宗教の代わりに社会が存在してる。法律が聖書だ。社会不適合者って烙印を押された者同士で慰め合う社会不適合者達の社会。
 コロナでロックダウンされてる時に俺は一緒に住んでた女と、インターネットのデマに反応するヤツらをひたすら見続けていた。
 12年前のインターネットはアナーキーそのもので、混沌としていた。アニメオタクとパンクスが仲良く共存してた。

 15歳の頃、街でたった一人のゴスロリが居た。
 パティ・スミスみたいに男装したかと思えば、アトピーなのを隠そうともせずに、フリフリの露出まみれの格好をしたり。
 みんなソイツのコトを指刺して笑ってたのを、俺は絶対に忘れない。
 文化を否定しろ。美の裏にどれだけの犠牲があるのか、どいつもこいつも、いつまでも見て見ぬフリをしてんじゃねぇ!
 反抗の仕方が分からないヤツらが、一人じゃ何も出来ずに制服の様に用意された服を自ら選んだかの様に錯覚して着て、その群れに股座の蒸れたフェイクが入ってく。
 愛の無いセックス、耽美的な要素の無い単なる退廃、今のお前のその姿を、将来の自分の子供に対して見せるのか?
「この頃は本当楽しかった。」
 って、心の底から、胸を張って言えるのか?
 決して媚び諂うな。昔の黒ギャル達と、今の地雷達の、一体何がこんなに違うのか、俺は説明出来ないが、言葉では説明出来ない奇妙な違和感を感じて仕方が無い。
 違法占拠したSquadでイギリスのクラストパンクス達がビールを飲んでる姿と、トーヨコでストゼロを飲んでるヤツらの何が違うのか?
 結局は、同じ穴の狢なのかも知れない。

 高校の頃、俺はクラストの人達とオカルトショップでつるんでたんだが、クラストコアなんて、本当に真剣に社会問題を提議してる良いバンドはほんの少しだけで、「これから先インターネットに脳みそを埋め込んで永遠の命を得るようになる。」だの、「サタニズムの実践」だのを真剣に議論し合ってたのも束の間。
 最後の方は誰がシャブやってるだの、誰が金を盗んだだの、噂話に終止して、自主企画ライヴだのなんだの、結局は打ち上げで、酒に酔っ払ったいじられキャラの道化役をしてるヤツが立ちションしてるのを動画に撮ってゲラゲラ笑ってる姿を見たり、バーで、あの頃の伝説のあの人の知り合いの知り合いみたいなのが幅を利かせて、バーテンダーと知り合いが目配せしたりしてるのを見て、俺は滅茶苦茶幻滅して、群れから出た。
 ホンモノはほんの一握りだけで、そんな人は、飲み会に参加せずにひとりきりで家に帰ってた。
 西日本を宛も無く放浪して見た時のこと。
 俺は、便所で寝転んで居たんだが、蚊に刺されまくって、痒くて痒くてたまらなくて大声で喚き散らかしてたんだが、バス停で、真夏に冬服を着込んだ先輩は、黙って一人切りで静かに眠っていた。
 中途半端な和彫を入れてるヤツに雇われ、強制的に共同生活をさせられたんだが、俺は4日で、所持金たったの2000円で音を上げて逃げ出した。
「すいません、もう何日も何も食べてなくて、300円貰えませんか?」
「俺もさっき、何日かぶりに飯食ったところ。」
 日に焼けすぎた肌をした年寄の乞食が去って行った。
 俺は思い直し、走って追いかけ、
「500円玉しか無いから、これ。」
「ありかとうございます!!必ずお返ししますので、住所と名前を教えてもらえませんか?」
 俺は何も言わずに立ち去った。こんなコトでは何の解決策にもならないことぐらい俺には分かり切って居た。
 それから暫くして、街中を歩き回ってる乞食を見かけた。
「すいません。」
 俺は、有難う、って言って欲しかった。
 また暫くして、
「あの、覚えてますか?アタシ、」
 俺は大声で叫んだ。
「ふざけんな!俺だって飯なんて食ってねーんだよ!!」
 なぁ、苦労してるヤツは何かを知ってる、みたいな考えは、よした方が良い。
「タバコくれへんか?」
 俺は3本ぐらいやった。無賃乗車で宛もなくひたすら逃げ回ってた時のコトだ。その頃俺は、「幸福と健康」って書かれたパッチをネルシャツに縫いつけていた。タバコを吸いながらホームレスが指さして、親指と人差指をくっつけ、
「後は、マネーやな。」
 クスって笑ってたのも束の間、床に置いてる俺のリュックに目配せし始めた。
「あんな、兄ちゃんな、俺達には知恵ってモンがある。」
「そっすか。そろそろ行きますわ。」
「なんか食べ物持ってないか?」
 知恵でどうにかしろよ、俺は今から、小銭だけで九州から大阪に帰らなきゃならねーんだ、クソッタレ。少しでも優しさを見せると全てを奪わなきゃ気が済まない、ひたすら続く足の引っ張り合いの輪廻。

 解決策は全く見つかっていない。
 ジャマイカラスタファリアンに混じっても、バナラシでサドゥー達に混じっても、結局は同じ、何処に行っても何も変わらない気がする。
 答えは出ないが、取り敢えず俺から言えるコトは、何もかも失っても、プライドだけは捨てるな、ってコトだ。
 絶対諦めんなよ、Brothers and Sisters!
 
 

Wake Up in the Solitude

https://youtu.be/MBG3Gdt5OGs?si=mrusWnYVo4OvcH5L

 


 第三次世界大戦?既に大惨事世界大戦の真っ只中だろ。ロシアで何が起こってる?パレスチナで何が起こってる?インターネットはプロパガンダまみれ。ちょっと余りにも偏り過ぎだぜ、全然調和が取れてない。
 商業主義に被れたフェイクなラッパー達。女達は欲望の持って行き場が分からなくて、自らの悲惨さを誤った形で消耗してる。弱者から金を巻き上げるニセモノのヒモ達。
 俺はPimpだ。お前らとは全く違う。
 本当の自由とは何なのか、今一度考え直せ。
 欲望を充実させるコトが、本当の自由なのか?
 その欲望は一体何処から派生してる?
 本当にお前の欲しいものは一体なんだ?
 大金を稼いでやりたかったコトは、そんなコトなのか?
 失うまで気付けないのか?
 教えられなきゃ愛し方が分からないのか?
 Don't Think Feel, After Think Enough.
 昔俺は街中に、「俺を愛せ」って落書きしてたんだが、今はその意味が昔意図してたのとは違った意味に感じる。
 自分自身を愛せ。

 マーカス・ガーヴェイは1977年に何かが起こると予言した。何が起こったか?「77年に何かが起こるぜ!」って、それぞれが発信し始めた。ロンドンではパンクスが、ドン・レッツの流すカルチャーのtwo sevens clashに触発されて、黒人と白人が手を結んだ。
 行動するコト、それ自体が変革なんだ。世の中を変えるとかそんなコトはどうでもいい、放っておけ、もうとっくの昔に滅びてる社会のコトなんて。まるで、共依存カップルだぜ。時には突き放すのも優しさの一つだ。
 とは言え、キレイゴトばっかりじゃない。
 バビロンって映画があって、ラスタファリアン達のライオンってサウンドに顔を出すパンクスの白人が居て、みんなで仲良くやってるんだが、差別主義者の白人がライオンの溜り場を無茶苦茶にして、サウンドを使えなくする。
 で、主人公のラスタファリアンが、無茶苦茶にした白人を殺しちまうんだ。
「オメーも白人だろうが!」
 ってなモンで、あの仲良くしてたパンクスと仲が悪くなる。
 それから、サウンドを無くしたライオンが、敵対するサウンドのジャー・シャカのトコに行って、サウンドを貸してくれ、って頼んで、バビロンがクラブをぶち壊しに来て唐突に映画が終わる。

 俺が何を言いたいのか?それぞれで考えてくれればいい。
 俺は社会に対して言いたいことなんてこれっぽっちも、何一つも無い。ただ、これを読んでるお前に話しかけてるだけだぜ、ベイベー。
 好きにしろ。
 ただ、節度を調節しろ。

 そんなコトより、オセロしようぜ。あの二段ベッドの上で、俺は一度もお前に勝てなかったっけ。

 

 

POSITIVE MIND ATTITUDE

https://youtu.be/fq5swoW3Kxc?si=fZU3QnZ6L8dNE9rj

 

 

 お互いを癒やし合いたい筈なのに、気付けば欲望が膨れ上がって、愛さえあれば他に何も必要無かったのに、憎しみだけになって行くのは一体どうしてなんだ?
「アタシが正しい!アナタが間違ってる!」
「お前が正しくて、俺が間違ってる。」
 ノーノー、俺達は過ちと失敗と間違いを繰り返しながらどうにか学ぼうとしている。歪な形で、イカれながら。
 ひたすらに、お互いがお互いの自由を奪う。単に、ダメなトコはダメ、イイトコはイイ、ってだけのハナシだろ?
 勿論干渉するのは大切だが、バランスに欠いてるのに気づいてる筈なのに、歯止めが効かずに相手を思い通りに動く駒や奴隷の様にしてしまう。
 いつしか純粋だった愛情は執着と憎悪と苦痛に変化していき、優しさは単なる承認欲求の手段になっていって、生きてる意味を相手に追い求めて、どんどん自分がすべき事を忘れていく。
 ガンジャが吸いたいんだ。ここ数年、あの頃吸ってたみたいな純粋な吸い方がもう、出来なくなってる。ガンジャを吸ったってもうずっと笑ってない。
「アレ?何で笑ってるっけ?」
 みたいなさ。
 快楽ばっかり追い求めていつの間にか顰め面でしか吸えなくなってる自分に気がついて、吸うのを辞めた。

 俺達はみんな、幸せになりたいだけだ。そして、幸せになる方法が全く分からない。ここ最近思ったのは、金があったって何の意味もない、何の解決策にもならないどころかどんどん問題が増えていく、ってコトだ。
 99%でも、120%でも、ダメなんだ。100%でなきゃ。
 時には75%の時もあるし、250%になっちまうコトもあるけど、ベイビー、大丈夫、一緒に抜け出そうぜ、俺は此処に居るぜ。
 俺達は違う。俺達は孤立している。俺達は群れない。そうだろ?
 ホンモノのアナキストは、団結せずに、各々で行動することによって団結しているんだ。
 それぞれがテメーのやるべきコトをやろうぜ、折角生まれて来たんだ。意味なんて無くても良い、優しさも甘いキスも後から全部ついてくる。
 オメーが悪いワケじゃない、だからってバビロンのせいにしたって仕方無い。
 Leaving Babylon, Go to Zion.
 決して、絶対に、答えを見つけ出そうとなんてするな。
 俺は、徹底的に削ぎ落とされた、最高の無秩序でありたい。純粋でありたい。
 憎しみ合わずに、愛し合おう。徴発以外の目覚めさせる手段を探そう。
 大丈夫、上手くやろうぜ、ベイベー、上手くやろうぜ。

発狂痴態

 

 

 

この話に似たようなこと、あなたにもきっと起こるでしょう、だけどそんなときは怖がらないで、飛び込んで by UA 瞬間
 

 

 

1.

 残り僅かの茎混じりのウィードが入ったパケを振って、ジャニパイに詰め込んで吸い込んだ。ラブホテルの面接を終えてきたばっかり、次の面接は4時間後、これだけ連日吸い込んでりゃ2時間もすりゃ切れる、退屈で仕方が無いから取り敢えず吸って待つしか無かった。
 絶望的そのものだった。背水の陣とかなんとか、2〜3日前にぶっ飛びながら母親に電話した。俺は母親が怖くて、ぶっ飛びながらじゃないと電話なんて出来なかった。「もう、これっきりな。」って振り込まれた止まりかけのガス代に使う分の10000円は、激安デリヘルに使って消えた。80kgぐらいある40歳のホス狂いに突っ込んで、皮肉交じりに「滅茶苦茶気持ち良かった。」なんて言った。昼間だった。窓から狂ったみたいに差し込んでくる太陽の光。
 デリヘル嬢と寝たばかりの部屋に居続けるのは余りにも地獄で、外に飛び出して、わかばの先っちょを抜いて作ったジョイントを吸いながら、funkadelicのone nation under a grooveを聞きながら公園を散歩してると、桜の余りの美しさに涙が止まらなかった。
 70歳を過ぎた夫婦も俺と同じ気持ちだったようだ。環境も立場も生活水準も歩んで来た人生も何もかも違ったが、桜の美しさだけは誰に対しても平等だと思った。
 腹が減って腹が減って仕方なかった。後数日すれば携帯が止まる。古着屋の面接に立て続けに落ち続けて、レコード屋の面接にも落ち、個室ビデオの面接にも落ちて、最後の望みの綱のラブホテルですらも落ち続けていた。ウィードを吸いながら面接を受けても、ウィードを抜いて面接を受けても、結果は全く同じだった。
 自転車を漕ぎながらUAを聞いて面接に向かってると、「ふいに、ふいに太陽」って歌詞がヤケに頭の中を回った。
 ま、言うまでもなく、面接にはカスリもしなかった。


 

 冷凍庫の中から発掘されたいつからあるのかよく分からない鶏の軟骨のパックを半分焼いて、この家にある唯一の調味料、レモン汁と塩コショウをかけて食って滅茶苦茶腹を壊した。腹が減ってれば人はなんでも食う、みたいに思われがちだが、腹が減ってると味覚と嗅覚が敏感になって、普段なら食えるものも食えたモンじゃなくなる。2〜3日ろくに食ってないとは言えど、マズイもんはマズイ。
 ツレに電話をかけた。
「なぁ、履歴書があかんのかな?でもさ、証明写真撮る金なんかねーんだよ。」
「志望動機にさ、死にそうだからです、って書きなよ。」
イカれてるって思われて終わりだよ。あーあ。明日もクソ面接だよ。あー。腹減った。」
「死ぬなよ。また電話してくれよ。」
「いや、これが最後だわ。今月でケータイが止まる。」
 電話を切って、履歴書に、「死にたくないからです。」って書いて、一人で笑った。
 笑うしかなかった。

 

 自転車を漕いで鶴橋、面接まではまだ時間があった。マッチングアプリはろくに機能してない様に思えた。こんな俺に会いたいヤツなんて、俺と同じ位どうしようもないヤツしか居ない。高架下でわかばを吸いながら公園で咲いてる桜を見ていた。俺にしては珍しくシラフだった。俺は孤独だった。暇で、退屈で、ラブホテル横のコンビニに入って時間を潰してると、外人が居て、足元を見ると裸足だった。外に出て一人で笑って、少し早いがラブホテルの中に入った。
 青色の髪の毛の40歳を過ぎた女に中に通され、席に座って床を見てた。15分が経って、イカツイおっさんが入って来て、履歴書を渡すなり、
「お前、狂ってんな。」
「・・・」
「採用。金、あるか?うまい棒食うか?」
「余りにも腹が減りすぎてて、スナックなんか食ったら吐きますよ。」
「じゃあ、1000円やる。お前の職場は、谷九の修行部屋、ってラブホテルや。今から向かえ。携帯止まってないか?」
「はい。」
「んな、地図見ながら急げ。ホラ、立て!」
 俺は自転車を漕ぎながら、谷九まで、必死に自転車を漕いだ。
 ラブホテルの中に入り、何人かに挨拶をし、女の店長に1000円札を1枚貰い、一目散にほっともっとに向かって、のり弁当の大盛りを頼み、公園で桜なんかには目もくれずに食い始めた。
 今まで一人で食った飯の中で、一番美味かった。

 


 夜、なかなか寝付けずに、ほとんどキーフみたいにカスッカスの残り滓が入ったパケにわかばの先っちょを抜いたのを入れて、よく揉み込んで、タバコの葉っぱにパケのベタつきを無理矢理付着させてジャニパイに入れて吸い込んだ。
 久々に効きまくった、ガツンとハンマーで脳天をぶん殴られたみたいに、部屋の隅で、しばらく三角座りしながら涎を垂らしていた。音楽すら聴かなかった。
 夜が更けて、窓閉めて、お日様が少し登ってきた。ずっと前からそうだったが、段々憂鬱になってきた。インドじゃカースト制度なんて言って、生まれつき職業が決まってる、みたいな話を聞いたことがあった。俺にはやっぱり、ラブホテルしか行き先が無かった。
 高校を辞めたとき、俺は冷凍倉庫で働いていて、冷凍のフォアグラのバーコードについた霜をひたすら布で何時間も拭き続ける仕事をしていたコトがある。
 高校に居ても地獄で、高校を辞めても地獄で、自殺だけが俺にとっての蜘蛛の糸の様に思えた。仕事終わり、公園で缶コーヒーを飲んでタバコを吸いながら、大森靖子がまだ有名になる前のアルバムを聞いては泣いていた。
 俺の人生、一体なんだってんだ?世界が悪いんじゃなくて、俺がクソッタレなのかも知れない、なんて思い治したってなんの役にも立たなくて、俺は、大型トラックしか通らない埠頭の駅まで道のりを、ひたすら青信号で待って、赤信号で渡り続けたが、誰も轢き殺してはくれなかった。
 誰も居ない灰色のモノレールの駅中、俺は黄色い線からハミ出してケンケンパをしては片脚で下を覗き込んだ。俺にとって死は、生きてることに比べたら全然怖くなかった。
 家に帰り、脱法ハーブを吸い、朝起きてまたどうしようもなさすぎる仕事に行く、そんな日々を何ヶ月か過ごし、俺は気が狂って半年間、カーテンを閉めて真っ暗にした陽の全く当たらない何もない部屋で、ひたすら一日中三角座りをし続けて過ごした。
 別にわざわざ死ななくたって、死んでるようなモンだった。
 で、大学に行って俺は、人生で初めて、人に愛された。
 それは、鋭いナイフで心臓を突き刺されるような恋だった。18年間、生まれてから一度もロクなコトが無かった苦しみの日々も、コイツと出逢う為には仕方なかったんだな、なんて思えるくらいに俺は幸せに過ごし、それから一年位が経って、あの冷凍倉庫の日々を書き始めた。
 俺はそれを、志望動機に死にそうだからです、って書け、って言ってきたツレに見せた。
「これだとあまりに救いがなさすぎる。ほんの微かな光すらないよ、これは。」
 って感想を貰った。事実、救いなんてあの頃は自殺以外に何も無かった。
 で、そのツレが、親戚に俺の小説を読ませた。
「君はね、労働者を差別してるように見えるよ。歯がない覚醒剤中毒の人だって、必死に働いて生きてるんだよ。」
 その親戚のオッサンは、働いてなんかなかった。
 裕福な実家の資産であるマンションを経営してて、寝転んでるだけで金が入って来て、好きなことだけして生きていた。
 俺は、ただ笑うだけで、何一つ言い返さなかった。
 そ、あの頃よりはまだマシだ。若しくは、もっと重い荷物を持つ為の修行の繰り返し。
 ただ俺は、その連続で今日までなんとか生きてるだけだ。

 


 
 
 緑色の髪の毛をした同じ年のバンドマンに仕事の仕方をザッと教わる間、俺はずっとぶっ飛んていた。西成に住んでる腰の曲がった年寄りと吸ってるタバコが同じで仲良くなった。昼飯前に前払いで給料の半分を貰い、昼飯に松屋の牛丼を大盛りでかっ込んだ。
 コトが終わって散乱してる部屋を掃除してると、セックスがしたくてたまらなくなった。マッチングアプリのプロフィールを変えて、待つことにした。昼休みが終わって、部屋の掃除をしながら、最後に寝た女のことを思い出した。
 面接に落ち続けていた時、俺はデブ女、って呼んでる親友と半年ぶりに寝た。お互い何も変わってなくて、それは滅茶苦茶最低なコトだったが、ソイツと寝るのが俺は本当に大好きだった。
 連絡先を交換せず、数ヶ月おきにアカウントを作り直すマッチングアプリでマッチした時にだけ、すぐに俺の家に来てくれた。
 デブ女は30歳で、生まれて一度も職場で働いたことがなかった。
「お前さ、普段何してんの?」
「白い壁をずっと見てる。早く終わんないかなぁ、って。」
「毎日?」
「うん、毎日。」
 抗鬱剤の飲み過ぎで、俺よりも食ってないのに、変な太り方をしていた。
「君と居る時だけ、あたしはあたしで居ていいんだ、って思える。」
 なんて言ってくれた。本当に心の優しいイイヤツで、障害者支援施設に月に何日か行って貰ったお金でお弁当を買ってきてくれた。それが俺には余りにも悲しすぎて、俺達はたまにしか会えなかった。
 家に入るなり服を脱がせて、剃り残しのある脛を拡げて、殆ど濡れてないアソコに突っ込んで、キスも何もせずに数分で果てた。デブ女と寝る時だけ俺は、必ずゴムをつけた。
 心の底から愛していた。
 中で果ててから、何度も何度も口でヤッてくれた。何かすることを与えないと、ひたすら壁を見つめるだけだったから、フェラチオをさせて、飽きてきたらいつも、最近読んだ小説を読ませた。
 都合のイイ関係とは真反対だ。コイツと居ると、俺は100%、完全に俺自身で居なきゃならないし、何もかもがヘヴィ過ぎて、俺達はこんな歪な関係でしか持続させるコトが出来なかったんだ。
 デブ女が傍に居ると、俺はグッスリと眠れた。デブ女は、眠剤を飲んでもちっとも効かなかった。昼頃に目を覚ますと、血走った目で俺に、物凄く短い小説の感想を聞かせてくれた。
「これだとあまりにも、かなしすぎるよ。」
 俺はデブ女に小説を読んでもらうのが滅茶苦茶大好きだった。
 毎回的を得て、芯に迫ってて、余りにも正しすぎる感想だったから。

 

 仕事が終わり、外に出て、すぐそばにある神社に行き、小銭を放り投げて、俺は神を睨んだ。
 デブ女は、俺の書いたクソみたいな小説をコピーして、無理矢理公募に出させていた。
「こんなの、受かるワケねーよ。」
 俺は頬を思いっ切り殴られた。
「殴ってごめん、でも、君がパソコンをカチャカチャやってるとき、世界を作ってるように見えたから。ねぇ、またフェラしたげるから、メガネにかけてもいいから、ねぇ、出してよ。」
精子を?」
「小説を。」
「メガネに?」
「公募に。」
 なぁ、有名になるなんてサイテーだ、なんの興味もない。賞金があったって使い途なんて分からない。ろくでもない自分自身の救済の為に書くとか、うるせー、クソ食らえだ。
 俺はただ、アイツとか、色んなヤツらの微かな光になりたいだけなんだ。それ以外に何も望まない。
 俺はそれから毎日、雨が降ろうが飯を食ってなかろうが、仕事終わりにナケナシの金を投げ続けては、神を睨み続ける日々を過ごした。

 

 

2.

 

 遅刻ギリギリでどうにか辿り着き、タイムカードを押すなり階段を駆け下りてダッシュでトイレに向かい、喉に指を突っ込むまでもなく頭痛の種を吐き出す。二日酔いの身体に地下鉄の乗り物酔いは最悪の相性だ。便器を覗くと血が少し混じっている。ピンク色の苦酸っぱい肉の破片みたいなモノが浮いている。
 昨日俺はジンロを一本開けた。草を吸うヤツは良く、酒は喧嘩になるがマリファナは平和になる、なんて言ってるが、それは中毒してないヤツらのクソみたいな詭弁だ。俺は、何をキメても機嫌が悪くなる。だったらヤラなきゃイイ、って思うかも知れないが、少なくとも自殺する日を一日遅らせるコトが出来る。機嫌が悪いのは、シラフでも酔ってても同じ話だ。
 最早何の為に酔っ払ってるのか分からなくなるコトがある。そんなとき俺は、酷い二日酔いに少しだけ感謝出来る。あぁ、このクソ頭痛に比べれば、健康で居るコトはなんて素晴らしいんだろう、と。一瞬だけあんなシラフでも恋しくなっちまう。でも、ま、またシラフになったら俺は何かを入れて、そうやってバランスを取ってどうにか今日も仕事に来たってワケだ。
 全くもって、我ながら、本当にサイテーだな、って思う。俺のせいで現実が酷いのか、現実のせいで俺が酷くなってるのか、ま、そんなコトは考えるだけ無駄だ。
 待機所に戻って、テーブルの上でわかばを一本吸う。喉がイガイガする。とっとと部屋に入らないと、もう15分も過ぎている。だけど、特に、誰も、何も言わない。全員が二日酔いの気分を知ってるからだ。店長すら、怒らない。
「なんか、血、混じってましたわ。」
「喉裂けたんやろ。大丈夫大丈夫。」
「っすかねー。」
 心配されるより突き放される方が何倍も有難い。同情されたって酔っ払えない。少なくとも酒は俺を助けてくれる、一瞬だけだが。
 部屋の掃除をしながら、ガキの頃のコトを思い出した。墓参りで親族全員が集まって、俺と母親の兄が買い出しに行くことになった時のコトだ。
 指に人差し指を当てて、「シーッ。」臭くて汚い母親の兄が、スーパーから出るなりチューハイを一気に飲み干すのだ。隠れてコソコソと、美味しそうな顔もせずに。
 その母親の兄は酒の飲み過ぎで身体がヤラれてて、肺に水が溜まってて、医者からは「次、酒を飲んだら死ぬ。これ以上酒を飲むならもう来ないでくれ。」って言われてるって話をおばあちゃんから聞いたことがあった。
 生活保護で、アル中で、俺の家に泊まりに来た時は毎回、出会い系サイトのサクラとのメールを俺に見せびらかしてた。
 8階に上がって、階段から客が出るのを待ってる時、俺は下を覗き込んだ。
 まだ、後、もう少しだけは生きてみようと思う。
 部屋に入り、洗面台の鏡に写った痩せこけた頬をしたヤツは、余りにもあの母親の兄にソックリで、いや、もう、終わりにした方がいいんじゃないか?と思い治す。
 あの母親の兄はもうとっくに全てを諦めていたが、俺はまだ、諦めていなかった。
 そこだけは、絶対に、違った。

 

 何日か夢中になって連絡してた、銀髪で舌にピアスの開いた女と会うコトになった。天王寺の芝生で待ち合わせて、ほんの少しだけでもロマンチックな気分になりたかったが、会うなりすぐに帰りたくなっただけだった。
 ショッピングモールに移動して、何の興味も無いデパコスを眺めて、ビリヤードに着いて行ったが、帰りたくて帰りたくて仕方ない。俺はベンチに座り込んで下を向いて何も話さなかった。
 飲み屋に行き、「この前セフレにスーツ着て来て貰ってヤッた」みたいな話を聞かされた。メビウスのオプションを吸いながら、ハイボールをストローで飲んでいた。本当に、この上なく、最低最悪だった。ハズレもハズレ、大ハズレ、クソッ。
 河岸替えして別の飲み屋で俺はピーチフィズを飲みながら、女のツラを見ていた。バンドマンとヤリかけた話、もう勘弁してくれ、もうウンザリだ、最低だ、最悪だ、どうにもならない。
 電車から降りるとき、俺は手すら振らなかった。俺は銀髪の女に感謝した。
 孤独がこんなにも有り難いだなんて、思っても見なかったぜ。
 俺はマッチングアプリとラインをアンインストールして、アパートのドアに殴り書きした。
「入場料10000円」
 数日後、足音が聞こえて、「クソッ。」って声と、笑い声が聞こえた。
 

 

 仕方なくドアを開けるとマイキーが立っていた。
「帰れ。」
「ケタケタケタケタ、お前、ヤバいって!」
「うるせー、黙れ、帰れ。」
「牛丼奢ってやるよ。」
「オッケー、マイキー、助かるよ。」
 ビーサンを履いて、二人でボケーっとすき家を目指して歩いて行く。マイキーがケータイからボブ・マーリーのthree little birdsを流す。
「ドンウォーレー、アバーウシン、クスエブリルシン、ガナビアーライ!!(don't worry, about thing, 'cuz every little thing gonna be alright.)」
 二人で大声で歌いながらゲラゲラ笑う。
「なぁしっと、コイツ、心配しなくたってどんな小さいコトでも上手くいく、みたいなコト言うてるケドさ、」
「マイキー、分かるよ、ノーウーマンノークライでもエニシンガナビーオーライ(anything gonna be alright)言うてるモンな。少なくとも、その頃からこの曲が出来るまで、何年もずっと良くなってない、ってコトよな。」
「しっとみたいな天才がよー、大学卒業して、情けない、終わっててよー、」
「うるせー、殺すぞ。」
「俺なんか二留しててよー。」
 二人でしばらく何も話さずに、ひたすらボブ・マーリーを聞きながら牛丼屋を目指した。
 マイキーは、見る度にムキムキになっていってた。アシッドのやり過ぎで被害妄想の極地に居て、いつも誰かに狙われてると思い込み、ずっとスタンガンを手放せなかった。ケータイが止まっても勝手に心配して訪ねて来てくれる唯一無二の兄弟だったが、会うとどうしようもない愚痴ばっかりをひたすら聞かされ続けた。
「聞いてくれや!牛丼奢ったんやから、ええやろ!」
「マイキー、勘弁してくれ、なぁ、俺だって喋りたいっちゅうねん。」
「やったら、話せばええやろ。何がしんどいん?しっとは。」
「見て分かるやろ。ケータイは止まってる、ガス止まって水浴びてる、酒は辞めれん、ラブホ勤め、」
「俺なんか、サークルのヤツらが、」
「ガタガタ言うならサークル辞めろよ。あー、もう、ウンザリや、帰れ。」
 マイキーは、俺が部屋の四方に張り巡らしているシヴァ神タペストリーを剥がして毛布代わりにして、床で寝始めた。
 その頃俺の部屋は、台所と部屋の間のところにシヴァのタペストリー、穴の空いた壁を防ぐシヴァのタペストリー、隣の部屋との壁に貼られたシヴァのタペストリー、窓にもカーテン代わりにシヴァのタペストリー、シヴァの像も何個かあって、Tシャツは全部シヴァだった。シヴァはインド神話に出て来る破壊と再生の神で、俺はその頃、本気でこの世界の滅亡を夢見ていたし、今だってそれはずっと変わらない。
 ソファに座って、わかばを吸いながらマイキーがいびきをかいて寝てるのをしばらく見ていた。
 もう、大学の頃みたいに、俺の方が狂ってる、イカれてる、なんて競い合わなくなったな、って思った。
 俺達、本当に狂っちまったな。
 でも、マイキー、いつでも俺は、俺達なんかよりよっぽど、俺達をこんな風にしちまった世の中の方がよっぽどオカシイって思うんだ。

 

 ジャニパイにこびりついた黒いカスを耳掻きでガシガシ削り取って地べたに置いて、わかばの先っちょを抜いて混ぜ合わせてから、耳掻きの裏側で丁寧に押し込んでジョイントを作った。この黒いカスは頭が痛くなるのが難点だったが、ほんの少しだけキマった。
 ジーパンのケツに赤いスプレーを突っ込んで、電車に乗り込んで、気がつくと京都に居た。俺は自分が狂ってるコトぐらいは分かるぐらいには正気だった。
 京都駅から河原町出町柳、と、色んなところに「俺を愛せ」って落書きしながらひたすら何時間も歩き続けた。今の俺が共感出来るヤツなんて、ヒミズの主人公ぐらいのモンだった。
 昔暫くの間お金をくれてた風俗嬢のアパートに辿り着いたが、部屋の号室を覚えてなかったし、今更合わせる顔も無かった。
 ネカフェに泊まって、エロ漫画を読みながらオナニーして、そのまんま気絶した様に寝た。
 起きて、ネカフェを出て、ジョイントを吸って、電車に乗り込んで、ネカフェで調べていた精神科に向かった。
「君は、マリファナ依存症です。」
「ねぇ、先生、マリファナに依存しなきゃ生きてけない環境からは、どうやったら抜け出せるんですか?俺はマリファナなんかやりたくない。」
「クスリを出すから、」
睡眠薬抗不安薬の依存症から抜け出すために、マリファナを吸い始めたんですよ、俺は。もう、いいっすわ。」
 診察室から出ると、女の看護士に話しかけられた。
「どうだった?」
「最悪、最低っすよ。自分で分かり切ってるコトを言われただけ。」
「あなたの担当をしてた今の先生が、この病院で一番いい先生なのに。」
 俺は金も払わずに駅まで歩いた。
 出してた公募の結果が出るのが8月31日だった。
 受かってても、落ちてても、8月31日が限界だな、って思った。
 それまでは、生き延びよう。
 それでもう、全てを終わりにしちまおう。

 


3.


 舌を入れると、「酒臭い〜」って笑われた。諦めて、さっきまでオッサンのアレが入ってたアソコを舐める。少しだけフェラされて、鞄からコッソリ出されるコンドーム。少し太った小さい身体に突っ込んで、思いっ切り抱きつく。落ち着く。
 徹底してジブンを見せない、サリちゃんは他の風俗嬢とは全く違う。話をするときは、絶対に、一人称が「サリちゃんは〜、」から始まる。アタシとは決して言わない。この子は、仕事中はサリちゃんになり切っている。
 それで居て、テキトーな会話をすることはない。真剣に俺と向き合ってくれている。慰めるより、ハッキリと喋る。
「髪の毛、変だよ。」
「そうかな、ツイストパーマって言って、」
「お兄さんは、短い方が似合うよ。」
「髪の毛長い方がモテるんだけど。」
「変な女にでしょ。」
 思わず黙ってしまう。確かにその通りだから。
 風俗を呼ぶ時なんて、セックスしたいだけだから、誰が相手でもどうでも良かった。指名するのはこの子が初めてだった。だから、どうでもいいセックスはとっとと終わらせて、それからはずっと、腕枕をしながら、会話をしていた。
 アラームが鳴り、サリちゃんはお風呂に行き、歯を磨き始めた。
「俺、君が歯、磨いてる姿、スゲー好きだよ。」
「なんでですかー?」
「さぁ、ね。歯を磨いてる時だけは、気が抜けて、サリちゃんじゃなくなって、君だから。」
 目をギョロッとさせて一瞬コッチを見た。
「俺は、滅多に指名しないよ。」
「サリちゃんだとー、本番出来るからですか?」
「ううん。そんなのはどうでもいい。サリちゃんは、ホンモノだから。なんつーか、突き抜けてるよ。」
 外に出ると、まだ空は明るかった。場外馬券売り場から溢れ出た人達は、歯が無かったり、酒を片手にしてたり、俺はわかばをゆっくりと吸いながら、ほんの少しの幸せを味わっていた。
 悲惨な境遇に居る人間が全員ホンモノだ、なんてコトは無い。大抵のヤツらは流されて、受け入れてるってよりは諦めてる。
 サリちゃんだけは、目に光があった。
 半年で風俗に60万円くらい注ぎ込んだ俺が言うんだから間違いない。
 サリちゃんと手を離し、別々の方向に離れた。時々振り返りながら去って行くサリちゃんを眺める。
 初めて会った日と、全く同じ服装、二本ラインのジャージとネルシャツ。
 ブコウスキーのスタイル、って詩を思い出した。ザッと、こんな詩だ。
「みんな、スタイルをキープ出来ない。スタイルは危険だ、自殺もスタイルだし、手を切らずに缶詰を開けるのもスタイルだ。」
 俺は君の様に生きたい。全てを失いながら、一番大切な、大半の、殆ど全ての人間が失ってしまうモノだけはしっかりと誰にも見せずに持ってるその姿に、俺は心底惚れていた。
 サリちゃんに会う度に俺は、まだ大丈夫、なんとかやっていける、そんな気がした。

 


 エレベーターの中で、背の小さい髪の短い、黒色にヒロポンってプリントされたTシャツを着た男に話しかけられた。
「前、どんな仕事してた?」
「コールセンターとか。」
「俺もやってたよ。」
 ナカヤマくんは、いっつも遅刻してくる。一緒に部屋を掃除するコトになった。口笛を吹いて、それから歌い始めた。俺は少し固まっちまった。
「歌、滅茶苦茶上手いっすね。」
「恥ずかしいな。」
「恥ずかしがるコト無いっすよ。滅茶苦茶上手いっすよ。」
 そんなこんなで、俺達は滅茶苦茶仲良くなった。
「ナカヤマくん、今日俺、お昼買いに行くんで、ついでになんか買って来ましょうか?」
「マジで?助かるよ。お釣りはやるよ。」
 それから、毎日の様に、「わかばなんて安いタバコ吸うなよ、ホラ、」なんて、セブンスターを貰ったりし始めた。
 ある日のコト、一緒に昼休みに牛丼を買いに行くコトになった。
「ナカヤマくん、俺ね、スプーンで牛丼を食うヤツらが嫌いなんすよ。牛丼は箸でかっ込むから美味いと思うんす。」
「スプーンで食おうが、箸で食おうが、どっちでもいいだろ。なぁ、あの子、そうだろな。」
「分かるっすか?」
「この仕事してると、嫌でも分かる様になってくるよ、夜の仕事してる女と、そうじゃない女。」
 待機所で牛丼をかっ込み始めると、オッサンに、
「座り方、箸の持ち方、お里が知れるわ。」
 俺は、折角美味しく飯を食ってる時に、この島国でしか通用しないルールを強いて、場の雰囲気を最悪にするアンタの方がよっぽど行儀が悪い様に思えて仕方なかった。
 仲良くなれない人間を炙り出す為に俺は、わざと箸の持ち方を滅茶苦茶にしていた。店長も、ナカヤマくんも、それからフロントのコタニさんも、そんなことは気にも留めなかった。
 ナカヤマくんとは清掃中、色んな話をし始めた。
「リンちゃん、いっつも前借りで、お金困ってんの?」
「っすね。」
「相談乗ってやるよ。まずはさ、前借りを辞めんだよ。」
「辞めたいんすけどねー。」
「金なんか、消費者金融で借りれば良いんだよ。」
「ただでさえツレとかに借金まみれで逃げてんすよ、俺。」
「じゃあ、全部消費者金融で借りて、返しちまえばいい。」
「なんでそんなに消費者金融を勧めんすか?」
「俺は全部、消費者金融で金借りてなんとかしてる。」
「ナカヤマくん、借金幾らあるんすか?」
「50万ぐらい。毎月、利息だけは払ってるから増えないけどね。」
「ナカヤマくんに相談するのだけは辞めるっすわ。」

 


 金は魔法だな、って思う。俺は多分精神病ではないと思う、少なくとも金がある時だけは。給料日から数日が過ぎ去り、またその日の給料の半分を前借りする日々に戻り、俺は自殺に思いを馳せた。
 朝起きて、どう考えても間に合わなくて、のんびりタバコを吸って、自転車にギターアンプだの小説だのレコードだのを積み込んで、レコード屋まで走った。殆ど触ったこともないサンプラーをリュックに詰め込んでて、気が狂いそうなぐらい重かった。
「スマン、サンプラーだけは、触れる人が居らんから、買い取り出来んわ。まぁ、アンプは本来買い取りしてないけど、俺がなんとかしてやる。でも、あんまり値段はつかへんで。」
「すいません、いつもいつも。」
「移店してからな、色々厳しくてな。なぁ、今は何してんの?」
「ラブホの清掃っす。」
「ええなぁ、おもろい?」
「良くないっすよ。ま、みんな昼間っから酒飲んで働いたり、めちゃくちゃっすよ。ブコウスキーみたいな先輩も居るし。」
「ラブホか、そうか、ラブホか。ええなぁ。」
 馬鹿にしてんのか?アンタはこんなデカい店の店長だろ?一体何が不満なんだ?
 俺は、他のレコード屋だが、面接の時点で落とされてる。絶望的な気分で帰り道、声を掛けてきたキャッチについてって、電気も付かないような荒れ果てた部屋で、手コキ以外何もしない最悪の風俗嬢に当たって、最早笑うことしか出来なかったコトを思い出して、イライラし始めた。俺が店長するから、アンタはラブホテルで働いてればいい。高校の頃から世話になってるとは言えど、最近ヤケに態度が冷たい。
「そうか、サンプラーやってんのか。RAS Gは聞いたことある?」
「ないっす。フライング・ロータスなら好きっすけど。」
「フライング・ロータスが好きなら、多分RAS G、気に入るよ。この店、行ってみたらいいよ。」
 古着とかレコードとかを売ってる店のチラシを貰った。その店の名前は、日本語にすると負け犬、って意味だった。気に入った。冷やかしがてら、自転車を漕いで、その店に向かった。

 

「うわー、フライング・ロータスのuntil the quiet comesのTシャツじゃないっすか。」
「サイズは何がいい?」
 年上の、滅茶苦茶キレイな女の人が話しかけてきた。
「いや、お金なくて、買えないっす。」
「じゃあ、取り置きしとく?」
「取り置きしてもらっても、多分、うわー、ガス代払うの辞めて買おうかな。」
「まずはガスを払おう。それからにしよ。」
「このリュックにサンプラー入ってて、売ろうと思ったけど無理で。」
 俺はリュックのチャックを開けた。
「いいの持ってるね。MPC1000かー。」
「使い方分からなくて。」
「シールド持ってないの?これ、あげる。後は自分で頑張って調べるの。君、そのリュックにMPC入れて歩いてるの、凄く似合ってる。絶対に売っちゃダメ。」
「売らないと、ガス代が払えない。」
「ガス代は払った方がいいけど。ねぇ、普段何してるの。」
「小説の公募の結果を待ってます。」
「そっか。これ、あげる。読んで。」
 吉本ばななの本を手渡された。吉本ばななは嫌いだったが、この人のことは嫌いじゃなかった。
「ねぇ、受かればいいね。」
 俺はテキトーに笑いながら返した。
「そっすねー。」
「受かれば、全部、見返してやれるね。」
 帰り道、俺は、久しぶりに泣いた。
 そんな風に言われたのは、初めてだったから。

 


4.


 仕事中、メモ帳にこんなコトを殴り書きした。

ゴッホは多分、社会的に評価されてたって、全く同じ道を辿ってるとしか俺には思えない。ゴッホはそんなことの為に絵を描いていたわけじゃないから、そもそもそんなことを言い出すコト自体がお門違いも甚だしい。ゴッホはただ、絵を描いた、そうやってしか生きられなかったから。(前提として、俺は別にゴッホと自分を重ね合わせたいワケでは無い。)自分に嘘をつけないってのは物凄く苦しいが、ま、これ以上嘘をついて生きていくよりは苦しみ抜いて地獄の果てを繰り返す方がまだマシ、ってだけの話だ。俺は狂ってるのかもしれない、賞金も、受賞も、本を世に出すことも、俺にとってはものすごく些細な問題だから。世の中に評価されちまったりなんかしたら、それはそれで憂鬱になるだけだ。俺はもう自分が何を求めてるのかも忘」

 娘のピアノ教室の為に本職の休みの日に働きに来てる、期間限定のレトルトカレーを食べることだけが楽しみの、俺が一番嫌いな清掃員に「お疲れ様です!」って挨拶した後に洗面台の掃除をしてると、鏡には引き攣った、張り付いた様な笑顔の男が写っていた。
 精神科医なら、俺を鬱病と言うかもしれない。小さい頃に親に虐待されていたことが原因で、とか、若しくは生まれつきの発達障害が理由で、とか、薬物依存症だのを引き合いに出すかも知れない。だけど、自分が狂ってようが正気だろうが、俺にとっては物凄くどうでもいいことだ。俺はこうやって生きるしか他に方法を知らないだけだ。
「おはようございます。」
 初めて見る顔だった。
「あ、おはようございますー。」
「うわー、地元のツレにめっちゃ似てるっす。」
「俺、誰かに似てるって言われるの、嫌いなんすよ。」
「そういうとこっす、ソックリっす。」
「喧嘩売ってんすか?」
「アハハ、アイツ、元気かなぁ。」
 この一瞬で、気に入った。
 タイムカードを押し、顰めっ面で帰ろうとすると、呼び止められた。
「ハヤシさん、ボブ・マーリー、好きっすか?」
「もちろん、当たり前に。ノダくん、2PAC好きでしょ。」
「ってことは、こっちの方も?」
 親指と人差し指で丸を作って、口の前に持ってく、葉っぱ好きにだけ通じるあの仕草。
「なになに、ボブ・マーリー?」
 フロント勤務の、俺が遅刻したときにタイムカードをこっそり押しといてくれるコタニさんも話に混じった。しばらく話して、ノダくんとタバコを吸いながら外を歩いた。
「ノダくん、俺はいっつも神社に寄るんすよ。ついてきます?」
「なんでっすか?」
「作家目指してて。才能ないから神頼みっすよ。」
「受かったらいいっすね。」
「うん。ノダくんのこと、いつか俺、絶対書くよ。」
「見せてくださいよ、小説。」
「本屋で俺の名前、いつか見つけてよ。そっちの方がかっこいいっしょ。」
「大阪、すごいっすねー。この前飲みに行ったら、ぼったくりバーで、20万も取られましたよ。」
「それは落ち込むね。」
「落ち込まなかったっすよ。いい人生経験っす。俺、高知から逃げてきてんすよね。色々やらかし過ぎちゃって。」
「そっか。また今度、一緒に風俗でも行こうよ。」
「いいっすねー。是非是非、案内してくださいよ。」
 神社から出て、握手して、別々の方向に歩いて行った。同い年なのに、敬語を使い合う関係ってのは、どう考えても悪くない。
 なんで俺と同じ、嘘をつかずに生きてるのに、こんなにもノダくんはキレイなんだろう?それに比べて俺はなんだか汚れてて、そんな自分が割と好きだと思った。
 

 


 ケータイが止まってると真っ先に困るのが、オナニー出来ない、ってコトだ。俺は毎週チューハイ片手に自転車を漕ぎながら、近所にあるレンタルビデオショップに行き、エロDVDを3本吟味し、映画をテキトーに5本くらい借りていた。
「リンちゃん!その小説、トレイン・スポッティングやん。へー、映画だけじゃないんやな。」
「ナカヤマくん、トレスポ知ってんすか?」
「大好き大好き。さらば青春の光、とか知ってる?」
「つい最近見たばっかっすよ。」
「じゃあさ、バタフライ・エフェクトは?」
「それはまだ、っすね。」
「めちゃくちゃ簡単に言うと、失恋した男の話でさ、過去に戻って元カノと、」
「それ、自分の過去と重ね合わせてないっすか?」
「・・・」
「ナカヤマくん、メンヘラに好かれるでしょ。」
「分かる?仕事辞めて!とか言われたりしてさ。」
「昔、マリファナ辞めて!なら言われたことあるっすよ。」
「それはリンちゃんのコト思ってくれてるんやん。」
「んじゃー、ナカヤマくん、タバコ辞めろって言われたらどうします?」
「そんなの、滅茶苦茶嬉しいよ。」
「じゃあ、酒は?」
「殴るね。ってか、酒辞めろ、って言われて殴ったことあるね。」
「どーしよーもないっすね。でも、ナカヤマくん、飲みたくて飲んでないっしょ。」
「・・・」
 分かりやすくてカワイイ先輩だコト。俺はこの人が大好きだ。
「なんでそんなに飲んでんすか、毎日。今日も二日酔いでしょ?」
「俺、自分で言うのもなんだけど、辻調理専門学校って割と有名な学校卒業したあと、料亭に入ったのね。そこですっげーいじめられてさ。そっから酒、」
「・・・」
「すぐ料亭辞めちゃって、そっからずっと仕事、転々としててさ。ここも、もう何回も飛んでは戻ってきて、ってしてんだよ。俺は生まれて始めて後輩、ってモンが出来たんだよ、リンちゃん。もし俺に後輩が出来たらさ、大切にしてやろう、って決めてたんだ、俺。」
 俺は何も言えなかった。自ら不幸に飛び込んで、まるで苦労が自慢みたいなヤツらは大体、苦しみに飽きたらいつだって抜け出せる。心の何処かで不幸に酔ってる自覚があるはずだ。
 それに比べて、俺達はもう、余りにも手遅れだ。
 耳の齧られた野良猫は、その耳のせいで余計に虐められて苦しむことになる。
 俺は、ナカヤマくんを、優しいヤツだ、なんて、出来れば言いたくない。代わりにどうか、こう言わせてくれ。
 ばかものだ。
 愛すべき、ばかものだと。

 

 


5.

 

 実に、5年もかかった。妹はもう大学生になっていた。俺は、"高校の入学祝いに焼肉を奢る"って約束を果たす為に、天王寺でしゃがみ込みながら妹を待っていた。
 久しぶりに会う妹は、もう大学生なのに化粧っ気全く無しで、しまむらの服を着ていた。俺はなんだかものすごく悲しい気持ちになった。
 俺はこんなにも自由なのに、コイツはあの家から抜け出せないまんまだ。鳥籠に閉じ込められた鳥。餌やりを忘れられて、自力で血まみれになって抜け出して手に入れて俺は自由になった。大学を卒業して、奨学金を返すアテも無く逃げ回ってるのは、全く誇れたモノじゃないかもしれない。
 ブランキージェットシティはスカンクって曲で、「動物園の動物達は、何がなんだか死ぬまで分からない」って言ってる。俺はそれを高校の頃から信じ続けて生きている。
 妹に会うのはこれが最後になるだろう、ってコトが分かっていた。だから、精一杯で振る舞った。取り敢えず公園までを歩いていき、自販機の前で、
「何がいい?」
「大丈夫、水筒にお茶あるし。」
「・・・今日ぐらい、好きなの飲めよ。」
「大丈夫、水筒にお茶あるから。」
 俺はカルピスを買って飲んだ。
 一体どうすればいいんだろう?クレープ屋に向かい、好きなのを選ばせた。
「自分で稼いだ金で、自分の好きなモン買って食べたら幸せやろ?」
「・・・美味しいな。」
「高校卒業したら焼肉奢るって約束、5年も遅れて悪い。今日は好きなモン、好きなだけ食え。」
「そんなことより、奨学金、」
「確かにな、俺は最低やと思う。今日は給料日、もう今日しか約束を果たせない。」
「わかった。」
「なぁ、お前、彼氏居たことあるか?」
「彼氏ぐらいは居たことあるよ。」
「そうか、安心したわ。キスぐらいしたことあるか?」
「キスぐらいあるよ!」
「なんやねんその格好、オカンが選んだんやろ?なぁ、好きなの着ろよ。」
「大成は派手過ぎる。」
「大学、行きたかったところ行けたんか?」
「お母さんが、家から出るのは危ないから、一人暮らしはアカン、って。だから、」
「分かった、もういい。5年も遅れて約束果たしておいて偉そうに言えた義理じゃないけどさ、大学卒業したら、家出ろよ。俺との約束や。」
 妹は、高校受験のとき、氷ばかり食べていた。余りにもストレスが掛かり過ぎて、精神病寸前だった。俺は中学の頃、無理矢理引き摺られて車に載せられ、精神科に連れて行かされた。
「どうされましたか?」
 母親と父親が隣に居る状態で、「虐待が原因でしんどい。」とは言えなくて、医者には何も言えなかった。診断書を見ると、「不安障害」って書かれていて、俺は思わず笑っちまった。何も不安なんてない、ただ、父親にボコボコに殴られるのが嫌だった。母親に「お前さえ生まれて来なければあんな親父と結婚せずに済んだのに!」って言われるのが嫌だっただけだ。死にたくなるような嫌なことばかりだとは言えど、不安なことなんてなにもない。
 毎日出されたキツいクスリを飲んでは、授業中に頭を机に打ち付けて倒れた。
 起きるともう真っ暗で、掃除なんかとっくに終わってて、教室には誰も居なかった。誰一人として俺を助けよう、ってヤツは居なかった。
「焼肉、何処行きたい?なんか高い店で食べよか。」
「やったら、牛角。」
「それは、食べ放題の焼肉屋や。もっとええ店行こう。」
牛角がいい。安いし。」
牛角しか知らんねやろ。」
牛角でええやんか、安いし。」
 俺は諦めて、牛角まで歩いて行ったが、店が閉まっていた。牛角が入っているショッピングモールには、七夕の笹が飾られていて、紙とペンが置かれていた。
「ちょっと待ってくれ。」
 俺は、「俺を絶対に作家にならせろ。」って書いて、吊るした。

 


「ドリンクは何にする?」
「お冷があるから、」
「いいから、何にする?」
「そんなん、飲んだことない。いつもお父さん、頼ませてくれへんし。」
「俺はカルピス、お前は?店員さん待たせてるの分からんか?」
「あ、じゃあ、オレンジジュースで。」
「後は、特上牛タン定食2つ。一つはご飯大盛りで。」
 牛角の食べ放題と値段が変わらない牛タン屋さんに連れて行った。
 父親に最後に会った時、俺はこんなことを言われた。
「お前は失敗作や。」
「俺はもうええやろ、妹だけは助けてやってくれんか?」
「無理や、オカンがああやろ?俺も出来るだけのことはしてやってるつもりや。」
「・・・それでもなんとかしろよ、とはよう言わんわ。確かにな。」
「アイツ、もう20歳とかやのに、未だにあの家にベッタリや。」
 母親、いや、あの家は、俺が自由に振る舞い過ぎてネグレクトになった反動で、妹には過保護過ぎた。俺には責任があったが、母親に会うと毎回クスリをオーバードーズするか、首を吊っちまう様になった。離婚してからも親父はことあるごとに妹を食事に連れ出したりしてるみたいだったが、効果は全く無かった。
 料理が届いた。
「美味しいか?」
「うん!めっちゃ美味しい!」
 俺は店員を呼んで、カルピスとオレンジジュースを注文した。
「信じられへん!絶対に頼ませてくれへんもん。」
「なぁ、バイトは何してる?」
「お祭りの屋台で働こうとしたら止められたから、塾の先生か家庭教師やったらいい、って。」
「好きなところで働けよ。」
 酔っ払いながらラブホテルで働いてる俺が言えた義理じゃないか。俺は作家になりたい。それ以外に何もしたくないが、母親から逃れたぐらいで、世の中はそんなに甘くない。だけど、俺は思う。甘くない世の中なんてクソ食らえだ。
「お父さん、再婚するんやって。」
「あー、知ってる。」
「新しい人に会ってきた。」
 俺はもう、あの家からは、父親からは、存在していない人間だった。
「なぁ、俺、外国行くから。」
「そんなことより、奨学金返してよ!それでお母さんが毎日、」
「いいから、聞いてくれ。俺は外国に行くから、母親にそう言うといてくれ。」
 食べ終わり、店から出て、歩きながら、
「預けてる猫、どうしてる。俺、」
「幸せそうにしてるんやから、大成になんか任せられへん。」
「分かった。もういい。なぁ、俺、外国行くから。そう言っといてくれ。」
 手を振って、別れた。
 俺に出来ることは、何一つなかった。

 


「心底から疲れてるんで、優しい子でお願いします。」
「じゃあ、この中から選んで。」
「じゃ、この子でお願いします。」
「お兄さん、わかば吸ってるの?キツいの吸ってるね〜、俺も若い頃わかば吸ってたなぁ。」
 前歯が無いイカついボーイが笑いながら話しかけてくれた。
「金無いから。」
「あー、確かにねぇ。」
 待合室で俺は頭を抱えて下を向きながら、今にも泣きそうな気分だった。だけど、俺はずっと笑ってた。溜息みたいに笑いを吐き出し続けていた。だって、他に、何が出来るってんだ?俺には出来ることなんて、何もない。
「お待たせしましたー。番号札を、下に居る女の子に渡してねー。行ってらっしゃい!」
 ドアを開けて階段を降りて、女の子に番号札を渡した。激安店には釣り合わない、にわかには信じ難いぐらい可愛い女の子だ。手を繋いで歩いてホテルに向かって、服を脱がせると、右肩に和彫り、左肩に洋彫りが入っていた。
リストカットしてんの?アタシも。お揃いだね。」
 左手首から肘のあたりまでびっしりと、深い傷が何個も入っていた。しばらく話し込んでると、手際良くお湯が溜まっていた。二人で浸かる。俺は甘えたかったが、気付くと俺の方が抱き締めていた。
 あまりにも、あんまりだぜ。悲しすぎるぜ、何もかも全てが。人間、何かに傷つかなきゃ、優しくなれないのか?
スマホでユーチューブ聞ける?俺、ケータイ持ってなくて。UAのプライベートサーファー、って曲、流してほしい。」

「残された時間と、限られた時代には、
君みたいな迷わない、若者(ばかもの)がよく似合う・・・
ねぇ、誰か、
この世界を、全部笑って。」

 フェラチオして貰ったが全然ダメで、自分の手で終わらせた。

 

 眠れなかったが、だからと言って、酒を飲む気にもなれなかった。ただひたすら、部屋の隅っこで三角座りしながら、息と瞬きだけをしていた。何も考えなかった。石か、植物になったみたいだった。ひたすら時間が流れるに任せた。
 見飽きた地べたのフローリングをひたすら、何時間も見続けていた。夜の12時、インターホンが鳴った。マイキーはインターホンなんか鳴らさずにドアをノックする、鍵が開いてたら勝手に入ってくるから、まずは警察を疑った。他には誰も訪ねて来るはずが無いから。俺はしばらく無視していた。
「しっとー!!」
 女の声だ。一体、誰なんだ?
「開けてー!!」
 咄嗟のことで、声が上手く出ない。
「・・・誰っすか?」
「うちぃー!エリぃー!!」
 玄関まで身体を引き摺って行き、ドアを開けると、エリさんが泣いていた。
「良かったぁ、生きてたぁ!!」
「アハハ、な、どうしたんすか?エリさん。」
ツイッターもラインも全部ブロックされてるし、連絡取りようがないし、」
「いや、違うっす。ケータイ止まってるんすよ。」
「うち、しっと、死んだと思って。」
「俺は死なないっすよ。」
「うち、もう、これ以上、誰かが自分の手で死ぬのは嫌やから。」
「大丈夫っすよ、大丈夫。」
「タクシー代ちょうだい!もう、電車に乗る体力なんかない、それから明日は仕事?あるなら休んで。」
 エリさんは、俺の母親よりも、よっぽど母親らしかった。育ての母親って感じだ。この人こそが、俺をこんなふうにした張本人だ。
「チャンガ持ってきた。」
「なんすかそれ?」
「DMT。」
「あー、」
 一瞬間を置いた。
「やらないっす。」
「さっきまでヤッて来てん。DMT。あんな、しっとが初めてDMTやるときは、うちが傍で見てあげなあかんと思ってる。うちにはその責任がある。」
「今日は、ホンマに酷いことがあったばっかりなんで、やらないっす。」
「しっと、あんな、そういうときこそDMTをやるべきやねん。」
「一回落ち着いてくださいよ。幻覚剤キメるより、話を聞いてもらいたいっす。」
「分かった。ホンマにええの?」
「要らないっす。やりたくない。なんとなく、今じゃない気がするんです。」
「分かった、ホンマにええんやな?」
「エリさん、ハグしてもらってもいいですか。」
「いいよ、今は猿くんとかみんなと一緒に住んでるぐらいやから、慣れてるからそういうの、前みたいには、」
 俺はエリさんの細い身体に飛び込んだ。
「心臓の音、すっごい。」
「もう大丈夫っす。」
「えー、もうちょっと抱き着いててもええねんで。」
「もう大丈夫、もう大丈夫っす。」
「・・・」
「じゃあ、もうちょっとだけ。」
 散々色んな女と寝てきたが、安らぎを与えてくれた女なんて、一番最初に付き合った女と、エリさんだけしか居なかった。

 

 ずっと話をしてた。エリさんはハルシオンを飲んでボーッとしながらずっとニコニコ相槌を打ってくれていた。
 ずっと、ずっと、誰かに話を聞いてもらいたかった。ただそれだけで、俺には充分だった。
 俺は8時間もずっと話し続けたことになる。気がつくともう、朝の8時だった。一度バイト先に電話を入れて、「精神科でカウンセリングを受けるので」とかなんとか言って、二人で笑って、それからさらに3時間も、ひたすら話し続けた。
 一緒にスーパーに行って、トルティーヤを作って食べた。それから、タクシー代を渡して駅までエリさんを見送って、気絶したように眠った。
 いい夢を見た。
 俺は首吊り自殺をするために、ホームセンターで縄を探していた。可愛い女の子に見惚れて、俺は後ろをついて行った。ずっと何も話さず、ひたすら。
 赤信号を待ってると、先に渡った女の子が俺の方を振り向いて、
「ずっと待ってるから!」
 って叫んだ。
 その子を探す為に、やっぱり俺は、取り敢えず、8月31日までを生き伸ばすことにした。

 

 

6.

 エリさんに教えてもらったMSCの宿ノ斜塔ってアルバムを梅田で手に入れて、環状線の高架下をスプレーで落書きしまくりながら歩いて天王寺を目指す。
「俺を愛せ」「俺を見ろ」「首吊り穴から未来を」「幸せになりたい」
 人目を気にしてササッと終わらせて逃げなきゃいけないって緊張感では、何も考えられない。ひたすらに削ぎ落として、本質だけを描ける。「退屈」ってでっかく描いた公園の看板は撤去されていた。
 世の秤からすりゃ、俺のしてることは犯罪だ。俺からすりゃ壁に落書きすることなんかより、野良猫の性器を去勢しちまうヤツらの方がよっぽどイカれてると思う。どんな理由もクソ食らえだ、知ったこっちゃない。世間が俺を理解しないのと同じで、俺にも世間ってヤツについてはまるっきり、これっぽっちも理解出来そうにないし、理解したいとも思えない、骨になった後も永久に理解したいと思う日が来るコトは無いだろう。
 俺は街の落書きが大嫌いだ。何を描いてるのかよく分からないサイン、格好付けてるだけだ、そういう人間になってるジブンって雰囲気をただ楽しんでるだけで、どいつもこいつも嘘ばっかりだ。アートだの、芸術だのもクソ食らえだ。疲れてるヤツが見たときに思わず笑っちまうような落書きなんて一つもない。
 俺は、草臥れ切ってるアル中や、睡眠薬が手放せない不眠症のヤツ、ウンザリする様な客に当たっちまった風俗嬢の為だけに落書きを繰り返していた。
 電気屋でMP3プレイヤーを買ってしばらく歩いてると、大学の頃のひとつ上の先輩に会った。
「お久しぶりっす。」
「何してんの?学校卒業してから。」
「ラブホ清掃っす。」
「社会不適合者やん。」
 殺してやろうかと思った。
 俺はハナから社会に認定されたくもないし、自分のコトを他人に説明するときに、社不、だのなんだの言ってる、社会不適合者の集まり、って別の社会には溶け込めてるヤツらと一緒にされるなんて、許せなかった。
「じゃー、先輩は何やってんすか。」
派遣社員。」
 俺はお前がこの質問にどんな答えを返そうと、感想は全く同じだっただろう。
 見下しやがって。
 大学に通ってた頃は、素直に尊敬してたぜ、先輩。ニルヴァーナの曲をさ、あんなかっこ良くカバーしてたのはアンタぐらいだ、俺は素直に鳥肌が立ったよ。芸大に通っててニルヴァーナを聞いてるヤツらなんて全員ゴミカス以下だったが、そんなゴミカス共を黙らせたくて、あんな風に殆ど原型を残さないくらいアレンジしてコピーしてたんじゃなかったのかよ、アンタは。
 これ以上話すことは何もなかった。俺は唾を吐き、スプレーで落書きしまくりながら自分の家まで帰る途中、金周りの良い時は週5で通ってたラーメン屋に寄った。
「並卵とおにぎり。」
「おー、久しぶりやな。何してんの最近は。」
「ラブホ清掃っす。」
「おー、掃除か。」
「で、小説の新人賞の結果を待ってるっす。」
「俺もなぁ、若い頃はな、女遊びばっかりや。彼女の友達に誘われて、ヤッて、楽しかったなぁ。」
「・・・」
「そんな時、毎日な、この店のラーメン、食べてたんや。」
 どんな与太話をしてる最中でも急に静かになり、時計を睨みつけては湯切りのタイミングを見計らっているのを俺は知ってた。時計の隣には般若の仮面が飾ってあって、ラーメンに向き合ってる時のおっちゃんの顔とそっくりだった。
「俺にはな、これしかないんや。これしか出来ひん。今日は元気なさそうやから、麺硬い目にしといたったで。ホラ、」
「頂きます。」
 黙って、火傷するのも気にせずに麺を啜った。途中でコショウを入れるのだけは欠かさずに。
「ご馳走様でした。」
 お会計を済ませると、おっちゃんがニコッと笑った。
 少しだけ、ほんの少しだけ、そんなこんなでなんとか気が晴れた。

 


 

 今日もまた遅刻だ。猛ダッシュで地下鉄の駅に向かってる時に、ラブホの話をするといつも羨ましがるレコード屋の店長と出会した。
「おー!この辺かー。俺もこの辺や。」
「遅刻なんすよね。」
「アソコのラーメン、美味しいで。」
「常連す。」
「塩食べた?俺、案外塩も好きやねんな。飲んだ後とかに。」
「信号変わったんで、すいません、遅刻で。」
「おー、そうか。」
 握手して、離れた。それが最後で、この人は本当に、店長を辞めて、姿を消した。何処かのラブホ働きながら、仕事終わりに酔っ払いながら人生について考えてるんだろう、幾つになっても自分の本当の居場所を探し続けて二度と会えなくなるような、そんな人が俺は好きだ。
 知り合ったのは高校の時で、あのレコード屋でレジを待ってるときに、俺が有名なバンドの人の顔と名前を知らなくて滅茶苦茶怒られた、って話をしたのがキッカケだ。
「俺も全く同じ経験あるわ、その人と。」
 それからは金に困る度に、小説だろうがなんだろうが、身分証を誤魔化して書いてくれて、普通の査定より遥かに良い値段で買い取ってくれていた。この人が居なければ買えなかったタバコは、止まっちまった電気とガスは、って考えると、本当に命の恩人の様な人だった。
 信号を渡って、公衆電話に10円玉を放り込んで、仕事先に電話をするとコタニさんが出た。
「タイムカード押しとくで。」
「めちゃくちゃ助かります。」
 切符を買って改札をダッシュで走り抜けてる時、女子高生と目が合った。クスッと笑ってくれた。多分、あの子も遅刻なんだろう。
 地下鉄の中でMC漢の紫煙をリピートする。仕事前はこれ以外に聞かない。
 谷町九丁目に着き、階段を登りながら、俺はダボダボのカーペンターパンツでズタズタと歩いていく。
 俺はここから抜け出す。絶対に抜け出す。この最低な日々とおさらばして、大金を片手にこう言うのが夢なんだ。
「金持ちになったって、人生は相変わらずクソッタレで、退屈ったりゃありゃしねー。作家になったってラブホテルで働いてた頃とやることは同じだ、ただひたすらに、惨めな過去について、心臓を抉り取られる様な気分になりながら、ジョイント片手にひたすら書き続けるだけさ。」
 ってね。

 

 

 ホンモノのアナキストは、自分がアナキストだって自覚すらない。アナキズムにすら属さない天衣無縫の人間は、有名にもならない、そんなことには興味が無いからだ。人目を引かない格好でヒッソリと街の中に溶け込んでいる。なんて呼ぼう、神話上の人物とでも呼ぼうか?社会から独立していて、孤独と言うものが何なのかを知ってる、近くに居るだけで元気が出る、会話の節々に徴発と啓発が自然と交じる人達、根無し草で、心底から優しくて、傍に居るだけで元気になる人達。だが、信用し過ぎるべきじゃない。
 俺には、そんな人間以外は全員が、RPGゲームで同じ場所で同じ話を繰り返してるモブにしか見えない。そんなヤツらのコトは、名前も顔も覚えることは決してないし、存在していることを完全に忘れている。
 常に変わりながら貫き通し続けるのは余りにも難しい。大抵のヤツらは、一瞬だけ神話上の人物に見えても、いつかモブに成り下がる。俺はモブにだけはなりたくない。モブになるぐらいなら潔く死を選ぶ。
 大体弱って諦めそうに、ただ何も感じずに流されるだけになっちまってる時には、動物園の動物達は、もしかしたら色んなコトに気付いてるんじゃないか?なんて思ったりもする。だけど、そんなコトは絶対にあり得無い。
 アメ村でいつ行ってもサイケデリックトランスが流れてる服屋をやっているカイさんは、間違いなく俺が神話上の人物と呼ぶ人の一人だった。
「おー、久しぶりやな、ハヤシ。」
「お久しぶりです。」
「奥の部屋入っててくれ。コーヒー入れるわ。」
 カイさんは、チャールズ・マンソンみたいな見た目をしていた。
「今何してるんや?」
「ラブホ清掃っす。キツいんすよねー。」
「楽しめ、楽しめ。それ、Tシャツ、ピーター・トッシュ、流石、ボブ・マーリーを選ばん辺りが、分かってるな。昔な、クラブでボブ・マーリーの400 yearsが流れててな、急に、インドに行きたくなったんや。ほんでやな、女に、今すぐ10万円貸してくれ、って、で、その日のうちにインドや。」
「インド行ってみたいんすよね。」
「最終日や。無いんや、パスポートも、お金も、何もかも全部一式、なんにも、無いんや。」
「どうやって帰って来たんすか。」
「靴磨きして帰って来たんや。1年ぐらいかな?気づいたらお金貯まってたけどな、なんか、ずっとインド居ったわ。」
「なんか、しんどいとか、苦しいとか、そんなん思ったりしなかったんすか?」
「楽しめ、楽しめ。なんで帰ってきたか言うたら、日本中のヒッピーが集まるフェスティバルみたいなんがあってな。普段はみんな焼き芋屋やったりしてて、ずっと旅しとる連中や。阪神淡路大震災の時、みんなで集まってな、焼き芋配ったったら喜んだで。ほんで、そのフェスティバルはな、チェルノブイリって分かるか?」
原発事故の?」
「そうや。普段は山に籠もってるラスタの長老とかみんな集まって、原発反対のデモやったんや。でもな、ハヤシ、あんまり目立ち過ぎたらあかん、隠れてやりや。」
「なんでですか?」
「狙われるからや。アイツらは、簡単に人殺せるねん、証拠も残さずにな。」
 俺はタバコのパッケージになったチェ・ゲバラにも、リゾート地で流されるだけのボブ・マーリーにも、なりたくない。有名になるなんてクソ喰らえだ、誰も俺のことが何者であるかなんて知って欲しくない。有名になって、バカな女にチヤホヤされて、今は到底手に入らないようなイイ女に言い寄られたとしても、俺はその誰とも寝ない。で、誰も彼もから忘れ去られた時に、あーあ、ヤッときゃよかった、って、一人で笑うのさ。
 セックスが最終目的なんて、余りにも惨め過ぎるぜ、最近のヤツらと来たら、生き方が半端だ、やり口がビジネスだ、イイのは若い頃の一瞬だけ。何がリアルかなんてクソ喰らえだ、俺はフェイクでは無いが、リアルであろうとも思わない。ただ、徹頭徹尾貫き通して、何もかも全てから自由で居たいだけのハナシだ。
 俺は誰のコトも尊敬しないし、信頼も信用もしない。来るものは拒んで、去るものは無視するだけだ。
「昔、山でマリファナ育てててな、ワイドショーがな、警察が踏み込む瞬間をテレビに映しとるねん。とっくに逃げて、笑いながらテレビ見てたわ。なぁ、草、育ててみいひんか?」
「いやー。辞めとくっすわ。」
「そうか。金に困ってるんやったらな、あのネェちゃん、エラい羽振りエエで、社長やってる、」
「あぁ、ユカっすか?」
「あの子から金、上手いこと貰え。」
 カイさんは、人間の美しい部分と汚い部分が混ぜこぜになってて、それを一切、全く、隠そうともしなかった。60歳近いが、子供の様に目が澄んでいた。
 くだらない善悪の話も、苦労自慢も、何がリアルか、何処に属してるか、何者であるか、そんな次元でしか会話出来ないヤツとは関わってるだけ時間の無駄だ。俺は研ぎ澄まされた真実だけでいい。それ以外に気を取られている暇なんてない。
 ゴキブリが出て、カイさんがスプレーを取り出して殺した。
「殺すんすね。」
「店に来る女の子が嫌がるからな。」
 机の上に置かれてるかわいいパンダのチョコクッキーを食べて、ぬるくなったハーブティーを飲み干して、店を後にした。

 


 ウイスキーをストレートでラッパ飲み、底が見え始めた頃、気がつくと自転車を漕いでエリさんの家に向かっていた。エリさんが家に来た次の日に子供が書いたワケの分からない文字の羅列みたいな手紙を放り込みに行き、返事を待ってられなくてその次の日には家に行った。
 男が二人居て、「マリファナ持ってる〜?」「手紙出したらしいやん。」エリさんが俺の方をチラッと見た。それだけで全てを察して俺は黙って何も言わずに帰った。
 しばらく1週間位は我慢してたが、もう限界だった。インターホンを押して家の中に入ると、エリさん一人だった。
「ご飯、食べてる?」
「・・・お風呂に入りたい。毎日水浴びてて。」
「バスタオル、洗濯機の上にあるから。」
 シャワーは天国の様だった。この前ホテヘルに行った以来の風呂だった。汗をかきまくった日には水を浴びていた。仕事先で風呂を借りれたが、客の入った後の風呂で身体を洗ったって、汚れが取れない様な気がするだけで、入らなかった。
 風呂から上がると、エリさんがカップラーメンにお湯を入れてくれていた。
「・・・乾杯。」
 エリさんが赤ワイン、俺がウイスキーのストレートで乾杯した。しばらくエリさんは、死人の様な目でボーッとしていた。パソコンのモニターには人志松本のすべらない話が薄い音で流されていた。俺はカップ麺を一口だけ啜った。それ以上はどうしても食べられなかった。
 部屋の床にはヴィトゲンシュタイン論理哲学論考が置かれていた。俺が毎日持ち歩いて読んでる本だ。
論理哲学論考・・・」
「うち、しっとのことを理解したくて読んでみたけど、うちには全然分からへん。」
「エリさん、俺も格好つけて読んでるだけで、全然分からん、っすよ。ただ、最後の一文だけ、滅茶苦茶いいんす。分からなければ沈黙するしかない、って。」
「あんな、しっと、」
「・・・」
「26歳まで、なんにもいいことなんかない。うちも、しっとぐらいの年の頃が、一番地獄やった。どんなに頑張っても、どれだけ足掻いて藻掻いても、ひたすら落ちていく、でもな、26になったら、」 「26になったら?幸せにでもなるんすか?」
「それは、26になった時に分かるんちゃう?やから、それまでは、」
「・・・」
「うち今演劇してて、明日稽古やから、早く寝るわ。しっと、そのブックカバー、ちょうだい。」
 買ったばかりのお気に入りのブックカバーをエリさんにあげた。
「これ、あたしの好きな詩集。返しに来て。」
「おやすみなさい。」
「おやすみぃ。」
 ハルシオンを飲んでエリさんが眠りについた。
 酔いはとっくに冷めてて、机の上を見ると、小さな紙切れが置かれていた。殆ど暗号みたいな、エリさんにしか分からない言葉で殴り書きされたその小さな紙切れを、俺は一生忘れるコトが出来ない。
「顔にかけんじゃねぇ!」
 ってトコだけは、なんとか理解出来た。

 

 

 化粧をしたエリさんは、この世のものとは思えない程美しかった。踊っているみたいに歩いた。ただコンビニに行くだけで良かった。「今度金、返してな。」なんて言われながらオレンジジュースを買って貰い、エリさんはうどんを買っていた。家に帰って飯を食べてる姿をしばらく眺め、満足して、俺は外に出て、自転車を押しながら歩いた。
 受かるワケ、ねーよ、あんな小説。俺は出すのが嫌だったんだ。作家になんてなれるハズが無い、俺は欲しい物がみんな手に入らない、ただ、手に入れたもので満足してるだけだ。
 視界に人間が入らない、車の音がしてるはずなのに、自分の頭の中の声が余りにもうるさすぎる、「なぁ、もう終わりにしないか?」母親の声が聞こえるんだ、毎日、毎日、「お前さえ生まれて来なかったら、あんな男と結婚せずに済んだ、そしたらお母さんは幸せに過ごせたのに、全部お前のせいや!」もう辞めてくれ、辞めてくれ、、。
 絶え間なく聞こえ続ける母親の声を消す何かが俺には必要だった。仕事になんて、とてもじゃないが行けなかった。抗不安薬を飲んでも、何をしても無駄だった。ただひたすら、耐えるだけが俺の人生なのか?
 俺は脳内に映像を流し始めた。頭のおかしいヤツが俺の部屋に入ってきて、俺の頭に銃を当ててくるんだ。その銃は冷たくて、一瞬ピリッとするが、俺はゲラゲラと笑うんだ。頭のおかしいヤツが引き金を引く、その瞬間、俺はツラいことも、嫌なことも、最悪の過去も、何もかも全てを忘れるんだ・・・
 涙を流しながら、「8月31日まで、8月31日まででいい、8月31日まで、」って、呪文のように唱えながらひたすらフラフラと歩き続けた。
 川縁では、飛び込み自殺をする自分の姿を思い浮かべた。
 ドラッグストアの前を通ると、オーバードーズや、硫化水素の臭いを。
 幸せになりたい。
 なぁ、誰か、俺を愛してくれ。
 

 

7.


 カイさんのトコロに行ってみたが何にもスッキリしなくて、気がつくとホテヘルに入って和彫りと洋彫りが入った女の子を指名していた。ホテルの部屋が開くのを二人で待っているときの哀れみの視線になんとなくウンザリした。こんなコトなら、トコトンまで最低を煮詰めて、あの梅田のボロボロの部屋で手コキしかしてくれなかった女みたいな、どうしようもない風俗嬢みたいなのに相手して貰ってる方が幾らか気がマシな様に思っただけだった。
「アタシの友達、みんなコカインとかでおかしくなってるから、ねぇ、クスリは絶対ダメだよ。」
「別に、酔っ払ってるの好きだし。」
「今は通ってないけど昔ずっと通ってたセミナーがあるんだけど、行ってみる?」
「いいよ、行かない。」
 抱き締められても何も感じない、腕の傷を見て余計に悲しくなっただけ。この子は何も悪くないが、俺はひたすら不愉快で気分が悪かった。
 アソコを舐めると、滅茶苦茶酷い臭いだった。フェラして貰っても、出る気配が無かった。
「いいよもう、自分の手で終わらせるから。」
「大丈夫だよ。してあげる。」
「いや、もういいよ。」
 殆ど払いのける様にして手で無理矢理、トイレでションベンをするみたいに出した。最悪だった。最低だった。どうしても、何をしても、全く気分が晴れない。
 ずっと気が狂いそうで、何かスカッとすることを探し続けていた。

 


 わかばを吸ってる腰の悪いおっちゃんが、生活保護を受けるとかなんとかで仕事を辞めるってコトになった。去り際、俺の顔を見て、「頑張りや。」とだけ伝えて帰って行った。
 机の上に、バナナが置かれてあった。差し入れのつもりなんだろうか?
 俺はほんの少しだけ笑った。
 まだ大丈夫、まだやっていける、大丈夫。
 どう見てもゲイとしか思えないおっちゃんと、階段の端で客を待っていた。「あそこの部屋空いたら、2つ開くんや。ハヤシくんは奥の部屋を頼む。」「分かりました。あ、客出ましたね。」「よし、チャンスや。」
 チャンスって、なんだよ。俺はほんの少しだけ笑った。
 大丈夫、余裕、余裕、全然平気だぜ、まだまだ。

 


 給料日、ナカヤマくんの仕事が終わるのを待って、一緒に焼肉屋に向かった。
「今右側の肩をトン、ってしたじゃないですか。したら、左側もしてほしいんすよね。」
「こうか?」
「それだと下すぎる。もうちょい上を、さっき右側を叩いた時と同じくらいの力で。」
「これでいい?」
「後は、右側の下のところを、すいません、面倒くさくて。」
「これ、しんどいやろ。」
「酔っ払ったりラリったりぶっ飛んだりしてたらあんま気にならないんすけどね。」
 着いたホルモン屋は、流石、調理師の専門学校に通ってただけあってセンス抜群で滅茶苦茶美味しかったが、ナカヤマ君の酒の飲み方は異様でイカレていた。俺はレゲエパンチで乾杯してからウイスキーのストレート、って感じだったが、ナカヤマ君は、ビールで乾杯してからハイボールを3杯位飲んで、日本酒を飲み、赤ワインを飲み、焼酎、ってな感じで、チャンポンどころの騒ぎじゃなかった。
「クソが、クソ、クソ、どいつもこいつもふざけやがって、ムカつくねん、クソが、クソ、クソ、クソがよ。」
「ナカヤマくん、ヤバいっすよ、流石に飲み過ぎっす。」
「うるせー!!!!」
「ちょ、店に迷惑っすよ。」
「リンちゃん、マリファナくれよ、なぁ、俺、マリファナ吸ってみてーんだよ。」
「もし持ってても、ナカヤマくんには渡せないっすよ。」
「なんでやねん、なぁ、俺のことバカにしてんのか?マリファナぐらい怖くねーよ。吸わせてくれよ。」
「ナカヤマくん、まじ、お店に迷惑だし、俺も迷惑っすよ、もう長いこと吸ってないってさっきから何回も言ってるっしょ。」
「オウ、飲めよ、ウイスキーのストレートか?なんか頼むか?」
「頼み過ぎて食い切れてない皿が山程溜まってるっすよ。会計大丈夫なんすか?こんな高い店。」
「いーんだよ!リンちゃんは俺の初めての後輩だからよー、甘えろよ、なぁ、」
「ナカヤマくん、カラオケ行くって約束したじゃないっすか。そろそろ行きましょうよ。」
「おー。あー、あっ。店員さんすいません、お会計の方、お願いします。」
 会計は、20000円を超えていた。
 ファミマの前で一緒にセブンスターを吸う。俺がもし女なら、このどうしようもない男と寝て、思いっ切り愛していただろう。何も良くならなくても、なんの意味もなくても。この人は余りにも純粋過ぎて、優しすぎて、この世界の何処にも居場所がないんだろう。
 ナカヤマくん、なぁ、アンタは、俺の唯一の先輩だよ。俺はアンタの後輩になれて、嬉しいよ。
 カラオケに移動し、まずは俺がピーズのいい子になんかなるなよ、を歌った。
「ぎこちないだけ、
 人違いだぜ、
 どうせカスだろ、かなりカスだろ!」
 それから、ナカヤマ君が尾崎豊のアイラブユーを歌い始めた。
 笑っちまうくらい、真剣なんだ。切実なんだ。情景が思い浮かぶぜ、自分のことも、自分を愛してくれる女のことも上手く愛せなくて悩んでるアンタの姿がさ。
 人の歌を聞いてこんなに感動したのは久しぶりだった。
 2時間が過ぎて、終電寸前、地下鉄に向かう道中、ナカヤマくんは閉じられたシャッターを殴りながら、歩いてる女に向かって、
「ヤラせろよ!!!!」
「ちょ、ナカヤマくん、ヤバいっすよ。」
「うるせー!!!!クソが、クソがよ、クソが、クソが、クソが!!くそったれ、クソが、クソがよ!!!!」
 こんなに酒が似合う男は、俺の人生で他に誰一人として居ない。
 まるで、俺の代わりに、俺が出来ないコトをしてくれてるみたいだった。

 


8.


 カイさんに教えて貰った七夕のフリーパーティ、俺はシラフで狂ったように踊り続けていた。夜通しずっとテクノが流れてて、客の大半がクソ退屈なヤツらで誰とも話す気がしなかった。そんな中、天使みたいにキレイな女の子がお姫様の様に踊っていた。
 一瞬目が合って、女の子がニコッと笑ってくれた。俺は照れちまって、顰めっ面を貫き通したまんま、ひたすらただ単に地団駄を踏み続けてるだけみたいに踊ってるだけだった。
 最後の方、アンビエントみたいになってビートが収束していく中、汗だらけのシヴァのTシャツを脱ぎ捨てて上裸になって、手と手を合わせて神に祈った。
「俺を作家にならせろ。そんなことも出来ないなら、お前は存在していないのと同じだ。いっつも何も言い返さずに、何もせずに、ひたすらエラそうにしてるだけで、本当に居るなら、俺を救ってみろ。」
 俺の前のヤツも俺と同じ様に手を合わせて目を瞑っていた。アメ村から天王寺を超えて今川まで歩いて帰った。身体がバッキバキで、明日は一日動けないだろうな、って思った。
 俺は疲れるのが好きだった。苦しいのも好きだ。たとえば、自転車に乗っててクソが漏れそうになってるときなんかが最高だ。そんな時は、コンビニでトイレを借りたりせず、家まで全速力で息を切らしながら走るコトにしている。赤信号を時々無視したりして、車に轢かれそうになるのもスリルがあって好きだ。
 漏らす寸前で家に辿り着き、我が家の愛しの汚い便器に座って、既に顔を出して表面張力のクソを、アナルが拡がって痛い位に思いっ切りぶち撒ける、あの一瞬の安堵が好きだ。
 スパンって映画は見たことがあるかい?無いなら見た方がいい。シャブ中が、何日も眠らずにぶっ壊れるまで、いや、既にぶっ壊れてるヤツらが粉々になるまでシャブをキメにキメまくって、限界の限界の限界の限界で強制的にスイッチが切られたみたいに眠るシーンで終わるんだが、そんな人生を歩みたい。
 崖っぷちギリッギリで、落ちる寸前に来るようなクソみたいな救いなんて来なくていい。落ちた先で、俺を愛してくれる誰かに会えればそれでいい。
 大きすぎる希望や勝手な期待なんかを持つから人生は後悔や恨みに溢れるんだ。本の微かな、ギリギリバランスが取れるくらいの小さな光さえあれば、取り敢えずしばらくは生きていける。

 


 バイト先でシャンプー詰めをしてる時に、洗剤の「混ぜるな危険!」が目に入り、混ぜてみたくなった。
 階段で客が出るのを待ってる間、ずっと身を乗り出して飛び降り自殺に思いを馳せた。
 8月31日が限界だ。それまでに、間に合わなければ、やっぱりもう無理だと思った。でも、一体、何がどうなったら救われてるのか、ラクになれるのか、もうそんなのは何も分からない。ただ、待ち続けてる、って感覚に近かった。俺に出来ることも、やれることも、何もなかった。
 まずは、大学の頃の友達のチカの実家の病院まで歩いて行った。チカを呼び出してもらって、公園で二人で話した。殆どうわの空で、テキトーなコトばっかり話していた。今は何をしてるだとか、どうでもいい、思ってもないことをテキトウに。死ぬ前に最後に会っておきたかった。
 チカは、俺の人生で見た中で、一番キレイで、誰よりも抱きたい女だった。大学時代はしょっちゅう家に泊まりに行ったが、一度もセクシーな感じにはならなかった。
 もしコイツが、「寝てあげる。アタシのコトを書ける様にまでは生きてて。」なんて言ってくれたら、俺は生きのばせるだろう、そのぐらいに、俺はコイツのコトが好きだった。正直に言ってみたコトがあるが、コイツはどうしてもそんな気持ちにはならないし、そんな俺を気味悪がって、毎回距離を置かれた。
 どうして自分の気持ちに嘘をつかなきゃいけないんだ?そういう気持ちを隠してまで友達で居たい、ってコイツはいつも言う。で、なんだかんだ、コイツの付き合ってる男は多分全員見てきたし、コイツも俺の付き合ってる女とは殆ど会って来てる。
 思うに、俺達はずっとそういう関係なんだろう。
 チカが黙って見下すみたいに、俺が煙草を投げ捨てるのを見ていた。
「ケータイ無いなら、手紙書くわ。」
「・・・仕事中に悪かった。じゃ。」
 それから次は、中学の頃からの友達のタカナシに会いに行くことにした。何時間も歩いて地元に帰り、タカナシの家のインターホンを押した。
「・・・久しぶり。」
「・・・ちょっと待ってて。夜ご飯は食べた?」
「いや、」
「出すから、ファミレス行こう。」
 特に話すことなんか何もなかった。
「しんどい、しんどい、って、我慢しなきゃいけないんだよ。アタシだって働いてる、みんな働いてる。ハヤシだけじゃなくって、みんなしんどいのを我慢して生きてるの。」
「・・・」
「いい加減、もう社会人なんだから、しっかりしなきゃダメだよ。」
「お前だけだよ、俺のコト叱ってくれるのは、有難う。」
「もうあたし達は、子供じゃないの。」
 俺は何も言い返せなかった。ハンバーグを食べてるのに全然味がしなくて、何を食べてるのかもよく分からなかった。柔らかい味のしないコンクリートをひたすら口に運んでるみたいな気分だった。
 俺は、帰り道、孤独を思いっ切り味わった。空想に浸った。
 元カレの話なんてして来なくて、家庭環境が最悪みたいな話もして来なくて、手首なんか切ってなくて、宗教にも嵌ってなくて、ヤリマンでもなくて、そんな女の子が俺に膝枕をしてくれる、そんな妄想をしながら、何本も何本も立て続けに、フィルターギリギリまで吸った後、ライターを使わずにその火種で次の煙草を吸って、アスファルトだけをひたすら見ながら、自分から抜け出して、自分の身体を引き摺ってるみたいな気分で歩いて家まで帰った。

 


 シド・ヴィシャスが21歳で死んだのが不幸だ、だの、幸せだ、だの他人がどうこう言うのは全くのお門違いだ。それは死んだシド・ヴィシャスにしか分からないし、幸せだの不幸だのは置いといて、シド・ヴィシャスは自ら死を選んだ。ただそれだけのハナシだ。放っとけ。
 何もしないヤツ程、死なないで!なんて言いやがる。人一人を救い、生かすのは、並大抵の努力じゃ絶対に出来ない。覚えておきな、口先だけの優しさが一番傷つくんだ、辛辣な態度を取られた方がよっぽどマシだ。半端で近寄ってくるぐらいなら、俺のことなんて忘れてくれた方が有難い。
 親ガチャってコトバが俺は大嫌いだ。寧ろ俺は虐待されて育ったコトに対して感謝してる。失ったモノは余りにも多いが、手に入れた数少ないモノを俺は心の底から愛してる。似た境遇で育たなければ、俺の大切なツレ達とは出逢えなかったかも知れない、って考える。無理矢理そう思い込もうとする。でも、やっぱり8月31日が限界、って気がする。
 発狂しながら発泡酒片手に、Round About Midnight、日本橋を歩いてると何処からかジャズの有線が流れてる、マイルスのペットとコルトレーンのサックス、レッド・ガーランドのピアノに思わず泣き叫びそうになるクソみたいな夜、救いは一体何処にある?
 何が嘘はつかない、だ。全部虚勢がいいところだ、無理矢理コトバで自分を捻じ曲げて、誰も俺を助けちゃくれないし、俺も誰のことも助けられない。
 気がつくと俺は、いつの間にかランキング1位になっているサリちゃんの写真パネルを指刺していた。
「最終までもう予約で埋まってて、大分後になりますがよろしいですか?」
「大丈夫です。よろしくお願いします。60分で。あ、前に遊んだことあります。」
 13000円を渡すと番号札を渡され、俺は近くのゴミ箱と自転車の間に挟まって、電柱の下の犬のしょんべんで色が変わっちまってるアスファルトを30分くらいずっと見続けていた。
 それから3時間、飲んで、歩いて、立ち止まって、タバコを吸って、イライラしたり、気が狂いそうになったり、ラーメンを食ったりして時間をなんとか潰し、ひたすら俺はサリちゃんを待ち続けた。時間になって、店に戻り、番号札を渡して、久しぶりにサリちゃんに会った。
「もう、クッタクタ。」
「ナンバーワン、おめでとう。」
「嫌なんですよ、新規のお客さんが入るの。今は出勤日減らしてもらって、来月からはナンバーに入らないようにしてもらってるんです。どうせ、サリちゃんが本番させるからですよ。」
「違うよ。」
「そうですよ。みんな、本番がしたいだけですよ。」
「俺は違うよ。俺は、サリちゃんが歯磨きしてるところを見に来てるだけ。」
「アハ、なんですかそれ。」
「俺さ、小説書いてんの。今は公募待ち。」
「なんてタイトルですか?」
「君は俺の松葉杖。」
「なんか、すっごいえっちなタイトル。読んでみたいな。」
「いつか本屋さんで見つけたら買ってよ。」
 アソコを舐めまくって、軽くフェラしてもらって、一発ゴムをつけて一瞬で中に出して、さっきまで抱かれてた少し太った身体がたまらなくて、
「もう一回したい。」
「もうだめ、つかれた。」
 気付くとサリちゃんは俺の腕枕で寝ていた。俺はずっと寝顔を見ていた。すごく幸せだと思った。ほんの一部分だけだが、サリちゃんの本当の姿をようやく見れた気がした。
 アラームが鳴った。
「起きて、もうお金全然ないから、延長料金払えない。」
「うーん、いいんです、なんとかしますから、このまんまあと少しだけ寝させてください。」
 10分後、60分が過ぎたことを知らせるアラームを消して、何やらお店に電話してから、また15分位ずっと腕枕してあげていた。

 


 牛乳まがいの安モンで割ったカルーアを飲みまくって泥酔しながら、ホテルで盗んて来たT字を掴み、鏡を見ながらザビエルみたいになるように髪の毛を剃り始めた。
「ギャハハハハハハハ!!」
 一頻り大笑いしたあと我に返り、これ、どうすんだ?って思った。
「神よ、どうすれば俺は作家になれる?俺はもう失うものなんてなにもない、あるとしたら髪の毛ぐらいのモンだ。全部くれてやるから俺を作家にならせろ!!」
 そう叫びながら、髪の毛を全部剃って坊主にした。
 次の日、ノダくんが大笑いしてくれた。

 


9.

 


 ナカヤマ君を見てると、悲しくて仕方なかった。
「昨日のナカヤマ君、ほんますごかったなぁー!叫びながら走り回っとったがな。」
 って、フロントのおっちゃんが笑ってるのを聞いた。
「ナカヤマ君、もう、飲むの辞めた方がいいっすよ。すっげぇ余計なお世話だと思いますけど。」
「・・・この前な、ヤクザに絡まれて、ボコボコにされてな。」
「ほんと、いい加減ヤバいっすよ。ねぇ、酒、辞めましょうよ。最近読んでるアル中の主人公の小説これ、ばかもの、ってタイトルなんすけど、あげるから読んで下さいよ。俺、これ以上ナカヤマ君が無茶苦茶になっていくの、見てられないっす。」
 次の日の朝、ナカヤマ君が遅刻してきた。
「また飲んだんすか?」
「いや、飲んでない!飲んでないよ!!」
 嘘丸出しだが、付き合ってやった。
「ナカヤマ君、昨日もほんま荒れてたでー!」
 フロントのおっちゃんが、以下同文。
「ナカヤマ君、なんで嘘つくんすか。」
「・・・悪い。」
「別に悪くは無いっすよ、辞めれないのは仕方ない、でも、嘘はダメっすよ。幻滅したっす。」
 しばらく口を利かなかった。俺に気に入られようと媚びを売ってるみたいな態度が嫌だった。こんな調子でもし酒を辞めても、俺に甘えて依存するだけで、なんの意味もないし、大体、俺は毎日ウイスキーをストレートで1本近く飲んでは毎朝遅刻して、タイムカードを押してから吐くような毎日だ、人のことを言えた義理じゃないのは吐く度に血が混じってるのを見てる自分が一番よく分かってたし、酒を辞めて元気を失っていくナカヤマくんを見るのもそれはそれで、本当に正しいことを言ってやってるのか、段々と自信が失くなっていった。

 

 段々と職場の空気が狂っていった。バナナを置いて消えたおっちゃんが戻って来た。理由を訪ねると、西成で人を殴って、もし金を払えなければ檻の中に入ることになるかららしかった。
 おっちゃんは、コタニさんと、昼間っから客の残してたチューハイを開けて飲んでいた。ナカヤマくんも、昼間っからレモンチューハイを飲んで仕事をしていた。
 俺は、本当に心の底から仲良くなった人としか、決して、飲まなかった。どれだけ苦しくても二日酔いの身体で仕事をしていた。
 おっちゃんは結局、2〜3日で居なくなった。多分、檻の中に帰ったんだろう。


「パチンコで80万円くらい負けたっすわ。」
「なんでそんなお金あるの?」
 ノダくんは、Tシャツを捲り上げ、左腕を出した。錨の絵の下に英語、
「どういう意味?」
「俺、地元の高知県でマグロ漁してたんす。いつ死ぬか分かんないから、覚悟して船に乗るんす。」
「この下の英語は?」
ボブ・マーリーの言葉で、 自分の愛する人生を生きろ っす。で、だから、金はあるんす。」
「でも、80万ってヤバいね。」
「大したことないっすよ。だって昔、毎月ガンジャに60万円ぐらい使ってたっすから。」
「うわー、いいな、最高だね、それは。」
「今も楽しいっすよ。」
「そりゃね。3人も女居て、毎日ヤッてんでしょ?」
「俺、遅漏なんてモンじゃないから、毎晩膝が焼けそうになるっすけどねー。」
「なんかさ、ノダくんはさ、目がキラキラしてんだよ。」
「なんすかそれ。」
 ノダくんは、ま、誰が見てもどう見てもかっこよかった。イケメン、ってヤツだが、決して格好つけたような服を着たりしなかった。いっつも、安モンのTシャツと短パン姿で、髪はボサボサ、髭は生えっぱなし、脱ぐと、漁師として必要最低限の削ぎ落とされた筋肉がついていた。負けず嫌いで、しょっちゅう軽い喧嘩になったが、お互いがお互いを尊敬しあってるからか、何度も敬語辞めませんか?なんて言うには言うんだが、いつまで経っても俺もノダくんも敬語が抜け切らなかった。
 ホテヘルをフリーで奢って貰ったんだが、サイテーな相手で、小説の話になって、その子が平山夢明を知ってたこと以外は全くなんにも覚えていない。それも、最近流行ってる映画の原作で知ったとかなんとか、そんなレベルだった。
 俺はその頃毎日、マイキーにあげてしまった西村賢太を買い揃えてはひたすら読み返しまくっていた。どうしようもない毎日の唯一の慰みだった。
「じゃ、また遊ぼう。」
「っすねー。また!」
 握手して別々の方向に歩いて行った。

 


 そろそろもう、限界だな、終わりだな、この職場で働いてるのも、ってフンイキが充満していた。人手が足りなくて、フロントのコタニさんが、24時間労働をした後に4時間も残業して帰るようになり始めた。日に日に様子がおかしくなっていく。風呂清掃のホワイトボードの周りに落書きしたり、「イノキ・ボンバイエ!イノキ・ボンバイエ!!」って叫んだり、どう考えても狂っているとしか思えなかった。
 ある日のこと、ゴミ出しに外に出ると、駐車場の半端なところで車が止まっていて、中を覗くと24時間労働をして4時間残業して、ホテルで仮眠を取り、また24時間労働をして、4時間残業した後のコタニさんが眠っていた。
 俺にはその姿が、なんだか、天使のように見えた。
 次の日の朝、遅刻して仕事場に着くと、コタニさんが椅子に座り込んで下を見ていた。
 清掃をいくつか終わらせて、タバコ休憩をしに階段を降りて行くと、待機所から写真を撮る音が聞こえた。
 コタニさんの大声が聞こえた。
 それからはもう、二度とコタニさんに会うことは無かった。

 

「信じられへん、覚醒剤やって!リンちゃんはどう思う?」
 なんてパートのおばちゃん達から話を振られる度に、俺は心底からウンザリした。あんな地獄の様な仕事内容だ、シャブに手を出したってオカシクないだろ?
 ナカヤマくんがフロントをするようになり、ますます酒で荒れ初めた。
 コンビニの前で二人でセブンスターを吸い、前に飲んだのと同じところに向かう。ナカヤマくんは、前よりも遥かに酒の量が増えていた。
「コタニさん、パクられちゃったっすね。」
「シャブやろ?アイツ嫌いやってん、俺。」
 アンタもかよ?誰も、コタニさんの味方をしようってヤツは居ないのかよ?
 ノダ君に聞いても、
「自業自得っす。」
「いや、でも、」
「でも、じゃないっす。自業自得っす。」
 って言うだけだった。
 帰りにコンビニでウイスキーのボトルを買ってもらい、ストレートで呷りながら一緒に地下鉄を待つ。他の酒だと暴れ倒すんだが、ウイスキーのストレートだと、飲めば飲むほど大人しく、静かになる。地べたに座り込んで肩を組んで、俺はナカヤマ君を見ずにずっと線路を見ながら自殺を思い続けていた。
 どうしても、前みたいに楽しくはなれなかった。

 

 

10.

 

 キラーボングのライヴを見に行ったときに、完璧に持って行かれたバンドが居て、そのバンドのライヴを見に行くことにした。裸絵殺、入れ墨だらけのヴォーカルの男に出番を聞きに、物凄い緊張しながら話し掛けに行く。憧れから来る緊張ってよりは、何も出来ずに燻っている自分に対する苛立ちから来る緊張って方が近かった。 「出番って、いつですか。」
「一番最後だから、多分11時とかっすね。」
「そーっすか。他のバンドに全く興味無いんで、外出とこうと思うんすけ・・・」「ボンクラは見てください。」
「えっ?」
「間違いないので。」
「それはいつぐらいっすか?」
「もうすぐっす。うち気に入ったんなら、ボンクラは見てください。後悔させないので。」
 この人がこれだけ言うなら本当に間違いないんだろうと思い、俺はつまらねー客ばっかりのクソみたいなフロアでイライラしながらボンクラの出番を待つことにした。
 クラブ中を見渡したが、さっき話した人の隣にべったりくっついていた女の人よりもキレイな人は、何処にも居なかった。物凄く細い脚に、厚底のブーツを履いていて、髪もキレイにされていて、センスも、話し方も、何もかもが抜群で、あんなにキレイな人はここ最近見掛けたことがない、ってぐらい、素晴らしくキレイだった。
 そんなことを考えてボケーっとしてると、滅茶苦茶大人数の集団がマイクに向かって好き勝手べらべら話し始める。取り決めなんかない、即興的で自由過ぎる、取り留めの無い様な言葉の弾丸が耳に突き刺さって抜けない、
「昨日遊び過ぎて今キレメで滅茶苦茶やけど、まぁ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい、」
 俺はボンクラを全く知らなかったが、ま、確かめるまでもなくコレだろう。
 一体、なんなんだコレは?俺は完全に引き込まれ、ぶっ飛ばされまくった。
 一瞬で30分ぐらいの出番が過ぎて、クソ退屈なヤツらの演奏に戻った。刺激から回復するには丁度イイ塩梅、ってトコロだ。俺は座り込んでボケーっとしながら裸絵殺の出番を待ち続けた。
 あのタトゥーまみれの人が出て来て、耳の穴が痛くなるような、音の針を鼓膜に突き刺されてる様な、そんな音から始まった。
 セックスでイッてる時とか、自傷行為をして茫然自失してる瞬間とかが、永遠に続いてる様な感じの音の羅列、それに叫び声が加わる、同じリフレインのひたすらの繰り返し、
「TRASH DIRTY TALK 選り好みゴミのゴミゴミのゴミ」
 思わず口ずさんで一緒になって、あのクソみたいな職場のクソみたいなヤツらのクソみたいな会話に対する呪詛を繰り返した。
 凄すぎる、余りにも凄すぎる。こんなスゲーコトをヤッてんだ、あんなイイ女の子が夢中になって、当たり前だ。このクラブで一番良い女を連れ歩いてるんだぜ、王様みたいな気分だろ。俺は素直に羨ましいと思った。俺の近くで踊ってる女の子と身体がくっついて、その子が俺の方を向いた。ライヴ中に写真を撮ろうとして、ヴォーカルの男がケータイに掴みかかっていたのが最高にイカしてた。多分、一言二言喋り掛けたら上手く出来ただろうが、あの一番キレイな女の子とついつい比べてしまって、演奏が終わってしばらくくっついていたが、声を掛ける気が失せた。
 物販に行くと、一番キレイな女の人が立っていて、
「次、いつですか。俺、ケータイなくて。」
「紙に書きますね。」
「ありがとうございます。このTシャツと、こっちのCD買います。」
 お金を渡して、商品と、紙切れを受け取った。
「8月31日、戦国大統領」

 


 

 仕事中、ひたすら脳ミソの中で、「TRASH DIRTY TALK 選り好みゴミのゴミゴミのゴミ」って繰り返し続けていた。俺はこんなところに居たくない、かと言って、何をすればいいのか分からない、どうせ新人賞には落ちているだろう、確かめるのが怖くて、公募に出した雑誌を確かめるコトはいつまでも出来なかったから、一次選考だとかに受かっているのかすら分からなかった。
 俺が新人賞に受かるのは、最早、作家になりたいだとか、賞金が欲しいだとか、有名になりたいだとか、夢だとか、希望だとか、そんなんじゃなくて、神の不在を確かめる手段だとか、救済が一体何なのかを知る方法だとか、そんな、宗教的苦行の域にまで膨れ上がっていて、もう、俺にはどうすることも出来なかった。
 ただ、あの時、デブ女が勝手にコピーして出してなければ、俺はもうとっくに自殺していただろう。今まであのデブ女とは何回も会って何日も一緒に過ごして居るが、自ら行動を起こしたのは、それが初めてだった。あの女の為にも俺は、受賞する必要性があった。才能がないとか、誰かに読んでほしいとか、そんな理由でも最早なくなっていた。要するに、俺の頭は完全に狂っていた。
 8月31日に、一番好きなバンドの演奏を見て、気持ち良くなったまんま地下鉄に飛び降りて死ぬ。なんてロマンティックだろう。
 その前に、果たすべき用事を済ませておかないとね、ってコトで、俺は日本橋のホテヘルでサリちゃんを指名して、ずっと待っていた。
「あー!!!髪の毛なくなってる!」
「変かな?」
「ううん、かっこいいよ。」
「嘘でしょ。髪長い方がモテるんだよ、俺は。」
「そんなことない。サリちゃんは本当のことしか言わないから、疑わないでください、って、初めて会った時に話したの、忘れちゃったんですか?」
「分かった、分かった、信じるよ。」
「うん。すっごく似合ってる。あんなわけのわかんないチリチリの髪の毛よりも、よーっぽどスッキリしてて男らしくてかっこいいです。」
 この子は多分、世辞を言えない。お世辞か疑うと、濁すってよりも、ハッキリと、怒られるからだ。初めて会って褒められた時にも、「どーせお世辞でしょ。」って言ったら、暫くの間説教されることになった。
「サリちゃんは、お兄さんが聞いてくるから、真剣に考えて、思ったことをそのまんま正直に伝えてるんです。どう言ってあげたらいいのか一生懸命考えた時間が無駄になるじゃないですか。お世辞なんて言いません。疑うのは勝手だけど、すっごく気分が悪いです。」
「ごめんなさい。」
「信じて下さいよ。サリちゃんが嘘ついて、それが、何になるんですか。」
「はい。」
 俺はこの子を尊敬していた。もっと、色んな話が聞きたかった。
「次の出勤いつ?」
「ライン交換しませんか?」
「ケータイなくて。」
「そっか。メモ帳ありますか?書いてあげる。お兄さん、普段ケータイなくて、どうやってるんですか?」
「ラブホの清掃だから。」
「そっか、何処のラブホ?」
「修行部屋ってとこ。」
「あー、サリちゃん、そこ知ってる。今度セフレと行ってみようかな。お兄さんに会えるかな。」
 ゴミの様にどうでもいい、それで居て、心に残る様なキレイな会話を交わしていく。一瞬で過ぎ去っていく瞬間、セックスはとっとと済ませて、俺はこの子の声をずっと聞いていたい、どんな言葉で、どんな風に話すのか、もっと知りたい。
「なんでホテヘルで働いてるの。」
「色々夢があったけど、叶わなかったし、夢の為に家を捨てたんです。それ以上は言えないけど。」
 あっという間にアラームがなって、サリちゃんが歯磨きしてるのをボケーっと眺めていた。
「満足したよ。俺さ、サリちゃんの歯磨きしてる姿を見たらさ、いっつも、サイテーな気分になりながら稼いだ金を払って良かった良かった、って思えるんだよ。」
「いっつも褒めてくれますね。照れるなぁ。こっち見ないで。」
「もっと見せて。」
 俺は、作家になるよりも、サリちゃんの歯ブラシになりたいと思った。
 次の日、ネカフェに行って、写メ日記を見てみた。お世辞の連続の最後に、
「最後のお兄さん、歯磨きしてるの褒めてくれてすごく嬉しかったです。」
 って書かれていた。
 もう思い残すことは無い。
 8月31日になった。
 俺は、裸絵殺のライヴを見に、戦国大統領まで歩いて向かった。

 

 

11.

 

 裸絵殺のホームみたいな感じのライヴハウスなんだろう。その日の演奏は、酷いモンだった。ま、単純に、あのクラブの音質が良すぎただけなのかもしれない、と思い込もうとしたが、それはどう頑張っても不可能だった。なんだか、ダレまくった演奏で、曲間に客と話したりしていた。
 あのクラブで見たときは、他の退屈なバンドを全て焼き尽くすような演奏をしていたのに。相変わらず隣りに居る女の人は、他の誰よりも飛び抜けてキレイだった。俺は、何も言わずに外に出た。
 あー、ヤダな。
 こんな不完全燃焼で、死にたくねーな。
 ぜんっぜん、気持ち良くない。最高の気分で死にたい、ってのに、なんなんだよ、アレ。酷いモンだ。
 どうしよっかな。どうすればいいのかな。あー。イライラするな。腹減ったな。
 ローソンに入り、店員さんに、「なんか、この辺に、この時間でも開いてる美味しいラーメン屋さん、無いっすかね。」って聞いて、取り敢えず、オススメされた所に行ってみることにした。
 最後の晩餐、ってヤツだ。どうせなら、このまんまサイテーな気分で死にたい。不味いラーメンが出て来るのを期待して店の中で待ってると、豚骨ラーメンがカウンター席の上に置かれた。
 一口啜る。
 俺は、涙を流していた。
 なんて、なんて、なんて美味しいんだ。ニワカには信じられない程、最高の味だった。
 クソ、なんでもって、どいつもこいつも俺が死ぬのを邪魔しやがる?
 こんな気分じゃ、死ねねーじゃねーか。
 ボロボロ泣いて、泣いて、泣いて、泣き続けながら一人で、ひたすら宛もなく歩いていく。いつもなら飛び降りれそうなビルなりマンションを探すんだが、ひたすら下を向いて、ポケットに手を突っ込んで、何も考えず、気がつくと鶴橋で、俺は唐突に、壁の薄い最悪のあの部屋に帰りたくなった。
 俺はコンビニに入り、天王寺までの方向を中国人の店員に聞く。
「すいません、天王寺はどっちですか?」
天王寺?歩き?歩きなの?」
「はい。」
「遠すぎるね、タクシーに乗るね。」
「お金なくて、道、分かりませんか?」
 奥から黒人の店員が出て来て、ポケットから財布を取り出そうとする。
「ノー、ノー、ノー!!歩いて帰りたい気分、天王寺までの道、教えてほしい。」
「オッケイ。あっち。」
「センキュー。」
 天王寺に辿り着いた頃には、段々と空が明るみ始めていた。
 俺は、久しぶりに地べたを見ずに歩いた。
 久しぶりに見た朝日は、すっごくキレイだった。

 

12.

 


 憑き物が落ちたかの様に一気に落ち着いた、ってワケじゃない。相変わらず俺は待ち合わせ、ってヤツが苦手だ。待つのが兎に角苦手だ。よくぞ公募の結果を待てたモンだよな、って思う。
 俺は他人と飯を食うのが嫌いだ、愛のないセックスが嫌いだ、他人と一緒に寝るのも嫌いだ、流行りのコトバを使うヤツらが嫌いだ、他人と一緒に酔っ払うのも嫌いだし、働くのも嫌いだ、何かに属すのが嫌いだ、芸術もアーティストも嫌いだし、何かを尊敬するのが嫌いだ。
 言い出したらキリが無い程、何もかも全てにウンザリしてるまんまだが、心はなんだか晴れやかな9月1日の夜、I'm waiting for my man、ルー・リードの歌うベルベット・アンダーグラウンドの売人を待ってる曲を口ずさみながらひたすらエリさんを待ち続けていた。
 いつだって売人は遅れてくるのが相場だ。新人賞の公募の結果程では無いにせよ、俺はドキドキしながらエリさんが来るのを待ち続ける。惚れた女を落とす為の最初のデートよりも緊張する。俺のポケットには20000円が入っている。
 来た。エリさんなんて物凄くどうでもいい、急いでバーに移動し、机の下で2万円を渡し、手早く渡し返される久しぶりのマリファナ。急いでトイレに行き、中身を確かめるとヒドイネタで、今どき信じられない、種混じりの草がパケにパンパンに詰まっていた。端っこに青色のペンで③って書かれていた。1gが6500円ぐらい、ってことか。流石にこんなカスネタに20000は手数料の取り過ぎだって分かっていたとは言えど、この際だ、四の五の言ってられない。
 靴下の中に隠して、バーから出て、ビルの非常階段でタバコ混じりで巻いて、エリさんとエリさんの彼氏と3人でジョイントを回す。
 早く帰って一人になりたい。妙にピリピリした雰囲気の中、居酒屋でクラゲの刺し身を食う。ソコソコのキマリだが取り敢えず感謝を伝えとく。でも、多分、もうエリさんから買うことはないだろう。
 それから罰バーに連れて行かれた。トライバルタトゥーまみれの男とエリさんが話をし始めた。回ってきたリキッドで滅茶苦茶ぶっ飛んでるが、気分が悪くて仕方ない。店内のBGMはキング・クリムゾンのアースバウンド、悪徳の栄え、って感じの雰囲気が充満してて、俺は帰りたくて仕方なかった。
「すいません、気持ち悪いんで帰ります。」
「おー、好きにしたらええ、好きにするのが一番や。」
 返事もせずに外に飛び出し、孤独になり、地下鉄で下を向きながらレールを見てると次第に気分が落ち着いて、スッゲーハイになって来た。
 テレンスマッケナが言ってる。「幻覚剤をやる時は必ず、真っ暗にした部屋で一人で静かに」って。本当にその通りだと思う。
 それ以外の方法でクスリをやってるヤツらが嫌いだし、孤独じゃない環境でクスリをやる位なら俺は、シラフの方がまだマシだと思う。
 それはバッドトリップでしょ、とか抜かすクソ間抜けな自称平和主義者共に言いたい。俺は既に現実をオーバードーズし過ぎてて、常にバッドトリップしてんだ。今すぐ黙れ、消え失せろ。俺を決して分析しようとするな、解釈するな、なにかに当て嵌めるな、尊敬するな、推しってコトバを使うな、STRAIGHT NO CHASER。
 家に辿り着き、さて、これからどうしようか、と思う。
 手元には僅かばかりの金と、強制退去の通知、膨大な時間と退屈、持て余してる性欲、ブコウスキーの小説とサンプラーだけだ。
 俺は、シヴァのタペストリーを剥がし、ビリビリに引き裂き、窓の下に放り投げた。
 自由だ。
 それに、圧倒的なまでに強烈な孤独。
 わかばを吸いながら、天井に煙を吐き出し、俺はほんの少し笑った。
 そう、滅茶苦茶久しぶりに笑った。

 


 セフレ、ってコトバには、全く持って吐き気がするぜ。払うあての無い状態でケータイの契約をし、マッチングアプリを突っ込むと、案の定一番最初にデブ女とマッチした。滅茶苦茶距離が離れてるし、俺は✕ボタンを押すコトが無いから、天使か何かが俺達を出会わせてるとしか思えなかった。
 無駄な会話は必要なかった。
「今から来れる?」
「少し遅くなるけど。」
「なんで?」
「あんまり言いたくない。」
「なんで?」
「すね毛剃らなきゃだから。」
 久しぶりに大笑いした。俺はわかばの先っちょを抜いて爪で千切ったウィードを詰め込んで割り箸でタバコ、ウィード、タバコ、ウィード、タバコ、って押し込んで作った簡易式のジョイントを吸いながらデブ女を待った。
 キスもせず、スカートを捲ってパンツを履かせたまんま、ジーパンのチャックを開けてぶち込んだ。濡れてなくてアソコがギザギザするがお構いなしに思いっ切り突っ込む。デブ女は喘ぐのを我慢していた。ここまで強烈に性欲だけのセックスをするなんて、風俗でもなかなか難しい。
 俺はずっと、お前に会いたかった。前戯だの四の五の面倒臭いコトなんてヤッてられない。喘がれたらついついイカさなきゃ、とか考えちまう、デブ女はそこまで全て分かってる。完璧に理解されてるから、会話をする必要なんてない。
 最高に俺のことを愛してくれてるからこそ、俺達はこんな形でセックスをしていた。
 終えて、ひたすらデブ女が俺のをしゃぶり続けてくれる。口の中に出し、飲み終え、しばらくボケーっとして、頭に手を乗せるだけでいい、またしゃぶってくれる。
「なぁ、こんな気持ちよかったっけ?お前のフェラ。」
「ふふふ。」
「なぁ、お前のフェラは最高だよ。本当に、最高だよ。なぁ、最高だよ、俺今、最高に気持ちいいよ。」
「メガネにかける?」
「うん。その眼鏡見る度にさ、俺のこと思い出せよ。他の男とヤッてる時に俺のこと思い出せよ。」
「うん。」
 俺はデブ女の上に乗っかり、デブ女と唾液と俺の粘液まみれのアレを顔中に擦り付けて、思いっ切り、果てた。コトバを失って、何も考えられなくなるくらい最高の一発だった。
 どれだけ誰に話しても、それは都合のいいだけの関係だとかセフレだとかなんとかクソみたいなコトを言われるだろう。
 だけど、俺を心底から愛してくれてる、俺が愛してる女達は間違いなくみんな、「愛だね。」って言う筈だ。
 デブ女は俺に、「君の前で居る時だけは、アタシはアタシのまんま居てもいいんだ、って思う。」って言ってくれた。
 だったら俺も、コイツの前では、徹底的に、99%でもなく120%でもなく、100%で、何も包み隠さずに居なけりゃならない。
 それはお互いにものすごく磨り減るコトで、これ以上の愛は無いんじゃないか?って思える位に強烈で濃密な瞬間の連続だった。
 デブ女、デブ女、って呼んでたモンだから、名前を思い出せないんだが、多分、コイツの名前は、漢字までは思い出せないが、真実(まみ)だったと思う。

 


 殆ど何も話さずに、何度も何度も舐ってもらっては眠り、ウィードを吸っては舐って貰い、一緒に飯を食い、タバコを吸い、ただただ何も考えずに3大欲求を満たし続けて過ごした。
「俺、金無いからさ、お前、風俗で稼いでくれよ。」
「アタシ、出来るかなぁ。」
「出来るよ、お前なら。滅茶苦茶上手いし。どーせ俺と一緒に居ない時は他の男と寝まくってんだろ?」
「うん。お店で働いてお金いっぱい稼いだら、ずっと一緒に居てくれるの?」
「痩せて、後15歳若くなってくれたらな。」
「アハハ。誰かにお金借りてきてあげようか?それか、作業所で貰ったお金、」
「いいよ、嘘だよ。ほら、手でばっかしてねーで、ちゃんとしゃぶれ。」
 1日位経っただろうか?デブ女は、「これ以上居たら、君のことを好きになってしまってまたしんどくなるから。」って、いつもの去り際のあの言葉を言って去って行った。
 俺は、デブ女に、何もしてやれなかった。
 デブ女は、救い出そうと思う気も失せる程の、圧倒的に強烈な、今まで見たことが無い程の鬱病で、フェラをさせてるのは、そうさせていないと、ただひたすらに白い壁を見つめ続けて全く動かないからだ。掃除は出来ないし、飯も作れないし、なにか食べようともしないし、眠らないんだ。
 デブ女は、成長の止まった植物みたいな女だった。とても30を超えてるようには見えなくて、ずっと、小さな子供の様な顔をしていた。
 俺はウィードをしこたま吸った。
 俺は、デブ女を、本当に、心の底から愛していた。
 だけど、俺に出来ることは何もなかった。
 もう何年も経った今でもずっと、時々お前のことを思い出すぐらいには、俺はずっと、今でも、お前のことを親友だと思ってる、本当だぜ。
「あたし達の関係って、なんなんだろう。」
「さぁな、お前は俺の、大切な友達だよ。」
「あたし、友達、って、出来たことがないから、嬉しい。」
「悪いな、付き合えなくて。だってお前、俺も働かねーし、お前も働かねー。大体、俺達外に出てデートもしねーしさ、お前はすげー年上だし、すげーどうしようもねーくらい太ってるし、鬱病だしさ。」
「そっかそっか、友達なのか。」
 余りにも悲しすぎてさ、半年に1日だけで、本当に限界だったんだ。

 


13.

 

 中島らものエッセイに、
『ただこうして生きてきてみるとわかるのだが、めったにはない、何十年に一回くらいしかないかもしれないが、「生きていてよかった」と思う夜がある。一度でもそういうことがあれば、その思いだけがあれば、あとはゴミクズみたいな日々であっても生きていける。』
 ってコトバがある。俺は確かに存在すると書いてあるソイツを味わってみたくて今日までを生きてきた。
 全く、ボードレールが言ってる様にさ、「猫と女は求めてない時にやってくる」みたいなモンで、幸せって言うのは、もうそんなのどうでもいい時にしかやって来ないのが相場だ。ソイツが一番必要だと思ってる時には決してやって来ない。
 何気なくマッチングアプリを開き、「救済」って馬鹿みたいな名前の、古ぼけたコインランドリーで写真を撮ってる黒髪のボブカットの29歳の女が居て、俺は本当に救済だと思って、しばらく救済からの返事を待った。
「意味なんかないイェー。」
「おっ、ピーズのオナニー禁止?」
「そっちか、そっちもあるね。フィッシュマンズのbaby blueだよ。どっちが好き?」
「どっちも好き。ねぇ、アタシ、電話したい。」
 すぐにラインを交換して、電話することになった。
「ねぇ、今日、今すぐ会いたいけど、雨だから、明日時間ある?」
「あるよ。でも、お金はないよ。」
「アタシも無い。おまけにアル中だし。」
「俺も葉っぱ吸ってる、似たようなモンだよ。」
「早く明日にならないかな。あたし、てるてる坊主を吊るすよ。」
「晴れなきゃ困るね。ヒヤデスにお願いしとくよ、明日は辞めてくれって。何処に住んでるの?」
「長居。」
「分かった、公園散歩しよう。あそこのパン屋の前で待ち合わせでいい?」
「うん、あたし、今から眠剤飲むから、もしかしたら、明日になったら全部忘れてるかもしれないけど、許」
「すよ。許すよ。」
「ありがとう。おやすみ。って言っても寝れないから眠剤飲んでるんだけど。」
「俺は草でキマり過ぎてるから、しばらく我慢するよ。俺も寝るよ。じゃあ、明日ね。」
「うん、明日ね。」
 写真を送ってきたんだが、とても29歳には思えなかった。17歳くらいにしか見えなかった。これでも実際は30歳らしくて、1つサバを読んでいたらしい。本当の子供みたいな服装で、余りにも細すぎる太ももには切り傷が何本もついていた。本当に美しかった。
 次の日の昼頃、自転車に乗って長居公園前のパン屋で待ち合わせ、やって来た女と特に何も話さずにパン屋に入って好き勝手買って、スーパーまで引っ張られて酒コーナー、俺はオリオンビールを買ってもらって、彼女は9%の男梅サワー、レジを通して、スーパーの中で既にプルタブを開け始めて、俺は思わず笑っちまった。
「カンパーイ!!」
「カンパイ。」
 スーパーから出ると、「乗せろ!」って、俺の自転車の後ろに乗ってきた。
マリファナ臭い!!」
「うるせー、オメーだって酒臭えんだよ。」
「キャハハハハ、行けーっ!走れーっ!」
「はいはい、分かりましたよ、ジッとしてて下さいよ。なぁ、お前、ジョゼみたいだな。」
ジョゼと虎と魚たち?」
「お、やっぱり知ってたか。「なんやあの空。持って帰りたいわ。」分かる?」
「セリフ?キャハハハ、めっちゃ好きやん、めっちゃ好きやん!覚えてるの?」
「帰れ!帰れ言うて帰る様なヤツは早よ帰れ!」
「キャハハハハハハハハ」
「海へ行け。うちは海が見たなった。」
「めーっちゃ覚えてる!めーっちゃ覚えてる!!」
 公園の中に入ってしばらくして、
「止まって!ハイ、ストップ!猫居ます。」
「痛い痛い痛い、叩くなって。」
 自転車を押しながら歩いてると、白猫が一匹寄って来た。
「あー、アタシ以外にも懐くんや。」
「メス猫かー?お前はメスならどうしようもないビッチやな、こうやって色んな人にスリスリしとるんか!」
「キャハハハハ!ビッチや、ビッチー!おいでー!」
 俺はタバコを吸いながら、寝転んだ。
「はい、これ、プレゼント。」
 袋の中にはうまい棒が20本くらい入っている、
「俺さ、何日もロクに食ってないからスナック食うと気持ちわ」
「もういい!あげへん!!せっかく買ってきたのにもういい!!もういいです、食べなくていい!!!」
「いや、おこ」
「怒ってない、うるさい、食べへんかったらええやんか、折角あたしが、おなかすいてるからって何買えばいいか考えて昨日スーパー行って買」
「わかった、わかった、悪かった、ごめん、ごめんな?あー、シュガーラスク味なら食べれるかも、俺も好きでよく買ってたから、」
「触らないでください、食べなくていいです、もういい、もういい!!」
 俺はタバコを吸いながらひたすら、喚いたり笑ったり悲しんだり暴れたりしてる女をずーーーっと見ていた。
 この子は、今までの人生の中の、誰にも似ていない。前例がない。
 なんだコイツ、おもしれー、気に入った。

 


「ギャーー!ギャーーーー!!!ギャーーーーーーー!!!止めて止めて止めて止めて止めて止めて止めて止めて止めて」
「うるさい、ほら!ブレーキやるのを、止めたるわ」
「違う違う違う違う、ブレーキするの、ブレーーキーーーー」
 俺は歩道橋の坂をブレーキせずに自転車で突っ走っていた。後ろに乗ってる女が心底から怯えてるのが楽しくて楽しくて仕方なかった。
「どうする?お開き?」
「あたし、君の部屋が見たい。」
「辞めとけ。まじで辞めとけ。坊主にしてから、風呂に髪の毛が詰まって、水が流れなくてヘドロみたいになっててマジで臭いし、」
「あたし、君の部屋が見たい。」
「はいはい、何言っても無駄ですね。」
「うん!レッツゴーーー!!!」
 しばらくすると自分の部屋に着いた。ドアを開けるなり、
「アハハハハハハハハハハハハ!!アーッハハハハハハハハハハ、信じられへん!!!!汚すぎ!!!!」
「うるさい、お前が連れて来いって言うからやろ?」
「アハハハハハハ、汚い!汚い!信じられへん、なにこれ?なにこれ!!なにこれ!!!!」
 俺は冷蔵庫から水を入れてるプラスチックの容器を取り出して、口につけて飲み始めた。
「野蛮人!!!」
「はぁ?」
「普通コップに入れるやろ!!!アーーーーッハッハッハッハッハッ、この野蛮人!!!!」
「はぁ、文句ばっか言うならもう帰れ。」
「ごめんね、あたしが来たいって言うから連れてきてくれたんだもんね、はじめ嫌だ、汚い、ってのは聞いてて、あたしはそれが見たかったの。だから、」
「帰れ!言うて帰るようなヤツは早よ帰れ!」
「キャハハハハハハハハ!!!ジョゼ、ジョゼ、どんだけ好きなん?ジョゼー!ねぇ、」
「ん?」
「あたし、そろそろ帰らないと。」
「ドン引きして、逃げたいか?二度と会いたくないか?」
「違う、夜、用事があって。ねぇ、また会おう、絶対ね。」
「分かった。送ってくよ。」
 ナチュラルボーン、彼女は生まれつき、削る必要もなくずっとありのまんまで、新人賞に落ちたことに感謝した。
 だって、俺は、コイツと出会えたんだから。
 帰り道、自転車を押しながら、ピーズの好きな子が出来た、気が触れても彼女と歩いてた、やっとハッピーなんかを聞きながら、一人で泣きながら歩いていた。
 余りにも幸せ過ぎて、それで居て、余りにも悲しすぎるぜ。
 さ、一旦、読むのを辞めて、ピーズの喰えそーもねーを聞いてくれ。
 準備はいいか?一気に行くぜ、もう戻れない、戻りたいとも思わない、俺はこれから、いよいよらものあの言葉を味わうコトになる。
 そんなことは、この時、知る由も無かった。ただただ、家に着いて、一人でガンジャをキメながらピーズを聞きまくりながらひたすらぶっ飛んでいた。

 


 公園のデカい山みたいな滑り台の上に二人で立って、喚く女を見ていた。俺は飲まなかったが、女はチューハイのロング缶を飲んでいて、来る前から既に酒と抗不安薬コンサータでぶっ飛んでいた。俺は、ばかみたいな名前のジュースを買って飲んでいた。
 前よりも少し大人っぽい格好をして来た女は揺れる遊具に座って、
「撮れ!!!あたしを撮れ!!!!!」
 って大声で喚き散らかしていた。
 俺はUAの瞬間を流した。長いイントロの朗読の最中に、
「何この変な、うるさい、止めて!!」
「これだけは聞かせてくれ!!!!」
 曲が始まり、「この話に似たようなこと、あなたにも多分起こるでしょう、だけどそんなときは我慢しないで、飛び込んで、」
 俺は女を後ろから思いっ切り抱き締めた。
「すいませーん!」
 警察が来た。うわ、またコイツか、みたいな顔をしている。
「近所の人達から通報が入ってまして、」
「あー、すいません。」
 無機物みたいな、機械みたいなツラしたクソバビロンが、
「お兄さんも大変ですねー、」
 って言って来た。
 俺は睨んだ。
 お前らに何が分かるってんだ?
 女は知らんぷりをしていた。
「トイレまで競争、よーいドン!!!!」
「おい、待てって、」
「やったー!!!!あたしの勝ち!!待っといてね。」
 ヤレヤレだぜ、クッタクタだぜ。ションベンを済ませて待ってると、後ろから抱き締められた。ロマンチックな気持ちに浸ってると、女が濡れた手をTシャツで拭き始めた。
「お前はホンマ、」
 自転車に乗り、
「待って!!!!止まれ!!!!ストーップ!!!!!」
 女が自転車から飛び降りて、バカデカい岩みたいな石を持って来て、自転車の中に入れた。
「なにしてんねん。」
「行け!!!!進め!!!!!」
「はいはい、分かりましたよ。」
 コンビニに寄って、女がチューハイのロング缶を何本か買い込む。
 女のアパートについて、掲示板代わりのホワイトボードに、ねこぢるの絵を描くのを見ていた。岩みたいな石はもちろん、言うまでもなく、俺が持っていた。
 エレベーターに乗り、岩みたいな石を出てすぐのところの窓際に置いた。
 ドアを開けて、俺は思わず大笑いした。
 水道整備のマグネットが、200枚くらい、ドアを埋め尽くしているのだ。
「はい!!!!あたしは潔癖症です、お風呂ついてきて。外の菌を持ち込まれると困るから、お風呂上がったら服を渡すから全部着替えて。すごく穢れてるから、急いで!!!!早く!!!!あたしも一緒に洗う、洗い方教えるから、お願い、早くして!!!!!!!!」
 何も言い返す暇も無く風呂に押し込まれ、手の洗い方と脚の洗い方を聞き、露出していた部分全てを入念に、5分以上かけて洗わされた。
「満足?」
「よし、じゃあ、外に着替えを置いてるから、着替えて!」
 俺は服を着替えてから部屋に入った。オアシスのwhateverのクソダサいTシャツだった。
 部屋の中にはソニック・ユースのgooのポスターが貼られていて、机の上には、川上未映子の発光地帯が置かれていた。俺は笑っちまった。物が多すぎる。物、物、物まみれだ。
 ボケーっと寝そべって、取り留めもない話をし続けた。
「アタシ、テトリス上手いよ。」
「俺も上手い。」
「アタシの方が上手い。」
「いやいや、これだけは譲れない。」
 部屋の奥からボロボロの、ピーズの武道館記念のステッカーが貼られたDSを出して来た。勝負することになったんだが、何回しても俺が勝つ。名前の表記を見ると、37。ミナだから、37。アホらしくて、可愛くて、思わずクスッと笑っちまった。
「ありえへんもん!!!!あたしが負けるなんて、ありえへんもん!!!!おかしい!!!!こんなのはおかしい!!!!おかしいもん!!!!!!!」
 女が本気で号泣し始めた。
「酔ってるから、酒飲んでるから、」
「でも、事実やん、俺が勝ったのは。もう一回する?」
「うるさい!!!!セックスして!!!!」
「はぁ?」
「早く、エッチして!!!!」
「お前なぁ、誘い方ってモンがあるやろ。」
 俺はおっぱいを揉みながら、
「なんやこの乳、持って帰りたいわ。」
 って言った。
「キャハハハハハハハ!!!!ジョゼー!!!!ジョゼー!!!!!」

 


 気づくと朝。キレイに剃られてるアソコで、コイツ、今日は俺と寝るつもりだったんだな、って思った。肋骨が出てる程痩せていた。本当にキレイで真っ白な小さい身体だった。至る所が自分でつけた傷まみれだった。草臥れ果てて眼の前が白む、2年ぶりのセックスだったらしい、「最後にヤッたのいつ?」「1週間前、」「汚い!!汚い!!!!」って言いながらしてくるフェラチオは、人生で一番最高に気持ちいいフェラチオだった。思い出すだけで立ってくる、ミナとのセックスは、人生の中でも最高のセックスだった。
「なぁ、もっかい、もう一回だけ、」
「おばちゃん、もう疲れたわ。」
「こんなかわいいおばちゃん、この世の何処にも居らんわ。」
「「まいにーち、えーっちばっかでー、ちんこがいたーい、ピーンクがくろーい、」」
 二人同時に、ピーズのエッチを歌って、二人で笑って、風呂に入って抱き締め合った。
「なぁ、付き合おう。」
「本当に?」
 ミナが泣き始めた。
「なんやねんこれ、子供用の日本地図?」
「覚えられへんから。」
 それから、テトリスをして、
「ほら!!!!酔ってないから、やっぱしあたしの方が強い!!!!」
「はいはい。」
 ベランダに出て、12時間ぶりぐらいにタバコを吸った。
 枯れた観葉植物と、工事の音、俺は悲し過ぎて、倒れるようにしゃがみ込んで、しばらく立ち上がれなかった。

 


 夜、ゴキブリが出て、ミナがその辺のものを放り投げたりし始めた。
「ゴキブリ!!!!ゴキブリ!!!!!!なぁ、ゴキブリ!!!!!なぁ、」
「分かった、分かった、落ち着けって、」
「ゴキブリゴキブリゴキブリゴキブリゴキブリ!!!!!なぁ、ゴキ」
「わかった、わかった!!!!」
 俺は後ろから思いっ切り抱き締めた。悲しすぎて、全身が痛い位だった。
「離して!!!離して!!!!!」
「落ち着いて、スー、ハー、スー、ハー、」
「うるさい!!!!!ゴキブリ!!!!!ゴキブリ!!!!!!」
「明日、ゴキキャップ買いに行こう?」
「うるさい、うるさい!!!!!」
「お前の方がうるさいって。落ち着けって、なぁ、頼むから。」
 俺にはどうすることも出来なかった。多分、誰も、どうすることも出来ない。
 何かしようとすると、コイツの良さみたいなのが失われてしまうように思えて、でも、それでも何かしてやりたかったが、コイツは全てを払い除けてしまうだけだった。
 机の上の大量の眠剤抗不安薬と大量の咳止め錠剤。
 俺は、ミナの作ったポトフだけじゃ物足りなかった。散々文句を言われながら金を借りて外に出て、牛丼を買って家に戻った。
 手も脚も洗わず、服も着替えず、布団に潜り込んだ。それからどうやって過ごしたのか、何も覚えていない。もしかしたら、これは別日の回想かも知れない。後覚えてるのは、次の日の朝、面接があるから、って、起きるなり家を追い出されて一人で帰らされたコトぐらいだ。物凄く寂しい気持ちだったから、それだけは覚えてる。ミナは朝から酒を飲んでいた。
「飲んでた方が受かるから。」
 結局ミナは、怖くて面接に行けなかったらしい。
 マリファナの吸いすぎのせいもあるだろうが、それよりももっと深く、余りにも悲しすぎて、断片が脳に過るだけで、何年もかかって何度書き直し続けても、これ以上上手くは書けない。
 これは、余りにも深く、絶望的な程に美しすぎる、悲しい話だ。
 誰にも分かって欲しいとは思わないし、これを書いて、全てをキッパリ忘れようと思うが、忘れなくてもいいのかも知れない。
 簡単に、救われたいだのなんだの抜かすヤツらが居るが、本当の救済ってのは、助かりたくない程の、強烈な地獄だぜ。
 それでも、味わってみる価値がある。それは、これから先君が生きていく希望になるだろう。さ、UAの瞬間を聞き終えたら、息をするのも忘れて、散々助走ばかりして来たんだ、思いっ切り飛び込め。
 少なくとも俺は、全く後悔していない。

 


 たったの、4日で、別れた。
 俺の部屋で一緒にマリファナを吸いながら、ビッグ・リボウスキを観て、フィッシュマンズの頼りない天使を聞いてフラついて、俺は余りにも草臥れ過ぎていて、家まで送っていけなかった。
 次の日、「あたし達って付き合ってるんですか?」「なんで家まで送ってくれなかったんですか?」って連絡が来た。放っておいた。
 電話がかかってきて、女が夜中の公園を散歩していた。電話の最中に障害者用トイレに男に引き摺り込まれて、オナニーを見せつけられている。女がレイプされかけてるのを、必死に電話先から「大丈夫か?今近くに居るから向かおうか?」って大声で叫んだ。手が振り解かれた一瞬を狙ってなんとか逃げ出せたらしかった。
「何が、あたしはこの公園の裏番長、猫のことなら何でも知ってる、や。夜の散歩は辞めとけ。昼間にするか、自転車に乗れ。」
「うるさい!!!!あたしの勝手やろ!!!!!!」
 俺はもう、本当に疲れた。
 それ以上、俺達は、持続させることが出来なかった。
 もう、全てをやり尽くしていたから、これ以上頑張ろうとも思わなかった。

 


 俺が働いて養ってあげれる位のヤツだったら、ミナともう少し一緒に居られただろうか?なんて思い、コールセンターに勤務し始めたが、4日目に仕事中に気絶して、結局飛んで、振り込まれた給料でタバコを買い込んだ。
 マイキーから電話が来た。
「しっと、もう、俺の家住めよ。」
「うるさい、放っといてくれ。なぁ、俺、ヤクザの知り合い居るぜ、これ以上近付くなら、」
「ヘイ、ブラザー、落ち着けよ。」
 俺は、電話を切った。
 ナケナシの一発を吸い込みながらデリヘルを呼んだ。肌の荒れたデブの女、俺は口から出任せ、心にも無いことを言い続けた。
「ほら、その笑顔が可愛い。ほんま、はぁ、滅茶苦茶かわいいな。」
「ありがとうございますー。そんな、褒め過ぎですよ、さっきから。」
「謙遜することないよ。はぁ、可愛い。ほんと、大変でしょ、仕事。ほんとお疲れ様。偉いよなぁ、男の人のこと喜ばせてさぁ、すごい仕事だと思うよ、マジで。少なくとも俺は救われてる、君のその笑顔に。」
「なんかあたし、この仕事してて良かったって思った。やばい、泣きそう。」
「泣かなくていいよ、笑っててよ、ほんっと可愛い、笑顔見せてよ。あー、それそれ、はぁ、可愛い。」
 テキトーなコトを言いながら抱き締めると、
「入れていいですよ。」
「いいの?ほんとに?ゴムある?」
「ゴムなんていい、中に出して。お兄さんだけは、トクベツ。」
 ラッキー。俺は思いっきり、中で果てた。
 しばらくして、在籍を確認すると、その子は、店を辞めていた。

 


 金が尽きて、何日も何も食べてなかった。でも、何もする気にはなれなかった。強制退去が確定した手紙が届いた。
 俺は、ミナに会いたかったが、ミナは他の男にずっと何年もストーカーをされてるらしく、そんな風には思われたくなくて、会いに行けなかった。
 公園で寝転んでると、野良猫が、腹の上に乗ってきた。
 すぐ隣で、嵐のA・RA・SHIを何度も何度も何度も何度も何度もリピートしながら狂ったように踊り続けてるヤツが居た。
 俺は、思わず、笑っちまった。