あらすじ
大それた理由も大義名分も無い、世の中を変えたいなんて思わないし、別に金を稼ぎたいわけじゃない、単に生きてる実感を追い求めて、ウソ臭いリアルなんかより、真実を知りたいだけだった。
人を好きになるってどういうことだろう?冗談半分で言った、「一緒に死んじまうほどに愛されたい」って言葉が本当になってしまった。俺の全てを理解して欲しい、なんて幻想が本当になった瞬間が確かにあった。
18年間、見える景色全てが灰色で、喪失した感情を取り戻すために平気で腕を切り、ドラッグをキメて狂ってまでなんとか生き伸ばした先に見た、たった一枚の絵に俺は救われた。
何の才能も無ければ、何にもしてやれることなんか無い、ただ全力で生きてるだけの俺に惚れやがって、学校を辞め、何もかもを捨て、全てを俺に捧げてくれた女について、もうあれから7年間ずっと俺に付いて回り続けた胸の中の黒いモヤモヤをなんとか吐き出したかった。
呼吸が止まった俺を助けなかった理由は、結局分からずじまいだ。言葉ぐらいで、分かった気になるのもゴメンだ。
お前が薄い壁一枚を隔てて首吊ってるのを無視した理由も、全然分からないまんまだ。
ただ、俺達は死ぬギリギリで、物凄くちっぽけな希望を見た。
インターネットに簡単に書き散らしてみたこともある。人はソレを読んで感動したって言ってくれたりしたが、でも、自分の中には何にも起こらなかった。ずっとずっと俺は、ここに書いたことを、誰にも言えずに抱え続けて生きてきた。
別に書き終えたからって、全てがスッキリするわけでもない、最高の幸せや、恨み辛みの全てが消えるわけでもない。
ただ、過ぎ去った過去を置いてけぼりにしていくことぐらいは出来た。
最後にお前に会った時に、隣に居たヤツに言われた、「君は絶対に誰にも救われない、君は自分のことをしっかり抱き締めて、一人で生きていくしかない。」って言葉が間違ってるとは言わないが、少なくとも俺は、何冊かの本や、音楽、漫才、それから「それはお前のことを傷つけてるだけ」って言われ続けたどうしようもない女達と過ごす一瞬の中の、何気ない行動や一言に救われてここまで生きてきた。
そのおかげで俺にはデッカイ、返しきれないほどの借りが出来てしまった。
それを少しでも返すために、数年辞めていた文を書き始め、公募に出してみることにした。
勿論、ここに書かれてるコト、人間は全てフィクションだ。便宜上そう言わざるを得ないだけで、後は読んで勝手に判断して欲しい。
この本は、完全なるフィクション、・・・だったらいいのにね。
てんしのくびつるしのまちで
あたまのわるさをたしかめにいこう
By Hanadensha - Woo Rock
1章
1.
ウチに帰ると、荷物が全部無くなっていた。クーラーボックスの上に一万円札とレシート、裏には「来月からお父さんが来るそうです。」って書かれてた。
俺なりに何年も、母親とは必死に頑張って向き合ってきたつもりだったのに、寂しいもんだ。
つい最近まで一緒に買い物行って、料理を教えて貰ったりしてたのに。
引っ越すことは、なんとなく知ってた。でも、こんなに早いとは知らなかった。新しい住所も母親の電話番号も分からないまんま、俺は一人家に取り残された。
階段を登って自分の部屋のドアを開けると、俺の部屋だけが出掛ける前と全く同じでさ、吸ったってバッドになるだけなの分かってんのに、昨日の吸いさしのジョイントに火をつけて、案の定強烈にバッド。
でも断然、現実のがバッドなんだ。草でも吸ってる方がまだマシってモンだ。吐きそうになりながら一人川縁で、灰色の景色を眺めてた。
そのうちなんか、良いことあるって、なんてもう思わなくなってた。こんなモンだ、こんなモン。人生なんて、こんなモン。
淡路の商店街で待ち合わせ。いつも難波で会ってたから、セリナの住む街に初めて行く。一年ぶりに会うんだ。ずっと楽しみにしてたんだ。
「オススメの喫茶店あるねん。」
純喫茶で、俺はタバコ吸ってかっこつけてる。
「ウチ、もうタバコ辞めてん。」
「どうなん、最近。」
「彼氏出来て。」
一瞬黙って、色んなコトよぎって、「そうなんや。」
ヘラついてる。気にしてないフリしてる。俺より絶対イイ男じゃない、でもな、嬉しい、あの、中学生だったセリナにフェラチオさせるだけの大学生の男と居るより、笑うようになってるコトが。
耳掻きリフレ辞めて、今はしっかり浪人生。でも、親は相変わらずサイテーで、弟に首締められんだって。
なぁ、でもさ、もうちょっと俺の話させてくれよ、俺のこともっと聞いてくれよ。
何でお前ばっか話すんだよ。
喫茶店から出てもなかなか帰れず、河岸替えしてカレー屋行って、
「じゃあ、また。」
駅前で手ぇ振って、地下鉄までは平気なフリ出来てたんだ。
俺、飛び降りてぇ、って思って、必死になって考え振り切って、人生なんて、こんなモン、俺には何にも手に入らない、失ってくだけだ、って、虚しくなって。段々笑えてきてさ。
でも、あー、クソッタレ、俺だって、もう少し幸せになりてぇケドさ、なんて、幸せなんて見たこともなければ触ったこともないモンのために生きてる俺、草の吸い過ぎで幻覚でも見てんのか、なんか、何となく、まだ死ぬなって、そう言われてる気がして、諦めて、ケータイ取り出して、今の気持ちを詩にして全部メモん中にぶち込んだ。
いつからこんなことになったのか、分からない。自分のしてきたことの全てが間違ってた気がして、バイト中急にフラッと倒れそうになって、休憩室でタバコ吸って、「大丈夫、大丈夫、」って今日も口ずさんだ。
「なぁ、何でも買ったるで、何食べたい?」
うるさい、少し黙っててくれ。
「今日な、親おらんねん。」
「襲いますよ。」
「うん、襲って!襲って!!」
家に帰ったってどーせヒトリ。カエルみたいなツラだけど、ヤレたら別に、何でもイイ。
部屋ん中入ると、頭痛がした。
「・・・換気した?」
「正月に。」
イカれてる。辺り見渡すとゴミだらけ。むせ返るような女の体臭、気分が悪い、ここから出たい。
「掃除するわ。」
「襲ってくれへんの?なぁ?」
「勘弁してくれ、なんやこの黄ばんだパンツ、あー、もういい、もういい。」
帰る俺の背中サミシソーに見やがって、あぁ、ほんと、ろくな事が無い。
そもそも、ろくな事があった試しなんて一度も無い。
へっ、やってらんねー、次はなんだ?ヤタケタな気分だ。タイパンツにクルタ、で、中退した高校の学ラン着て、電車に乗る。
バスの中、AO入試の時ロン毛だったミナカミが、髪をバッサリ切ってる。
「お前、やっぱりイカレてんな。近寄らんといてくれ、俺まで頭オカシイと思われる。」
「うっせー、クソボケ、髪の毛切りやがって。」
ズンズン歩いてく後ろをミナカミがついてくる。
入学式の会場中の全員がスーツを着ていた。俺だけ、俺だけが、浮いていた。ヒトリくらい、俺と同じぐらいイカレたヤツが居てくれても良かったのに。
で、ミナカミ以外、俺の格好について、誰も何も言わなかった。
このまま帰るのも癪だから、酒呑に寄る。エリさんがインドネシアに行くらしくて、服を買ってきてくださいって、20000渡してた。
「これが一番高かったので、千円した。」
服は何度数えても7枚しかなかった。俺はソレについて、何も言わなかった。
「しっと、話しやすいよなぁ。ついついなんでも話してしまう。」
「よく言われます。で、俺は黙ってんすよ、いっつも。」
エリさんからジョイントが回ってきた。そのまま吸わずに黙って帰った。
オリエンテーションだかなんだか、テンションが下がる、気が滅入る。
「お前らは学校の癌やな。」
シンゴと二人、そんなこと言われてさ。殆ど寝てて、履修登録の仕方を聞き逃した。資料を読むのなんて面倒臭い。
落ち込みながらタバコでも吸おう、って。ライターが無い。トイレで、
「だれかー!!ライター持ってないー?」
叫ぶ。誰からも返事がない。みんなビビって俺から目を逸らしてる。
「なんや?返事もようせんのか?」
肩をポン、って叩かれて、
「お前、ボブマーリー、好きやろ?」
「勿論、当たり前に。」
「ついてきて。」
「ライター貸してって。」
「いいよ、もってるから、ついてきて。」
なげーこと歩き散らかしてるぜ、もう。いい加減ライター貸せよって思ってると、シンゴが俺のくわえタバコに火をつけてくれた。
「おい、お前ライター、持ってないんかよ。」
「うん。ケタケタケタケタ」
なんだコイツ、めちゃくちゃおもしれえ。
シンゴとマイキーが話してんのをぼーっと聞いて、時々相槌。バスん中、一生草の話して、喜志で降りて、タバコ吸ってると女が一人、声をかけてくる。
「もう、さっきから、この子、怖がってるねん。ほら見て、ウチの後ろ隠れて、」
俺は、至近距離まで近づいて、この子を見つめる
「俺が、怖い、ですかぁー?」
ウンともスンとも言いやがらない。
「なんでそんなことすんの?」
「オモシロイから。」
「ヒッピー君は、どんな女の子が好き?」
「俺?ヘルタースケルターのリリコ!!死にたいの、アタシ、女の子と二人で死にたいの、」
「こっわー!その腕の傷は何?」
「これか?リストカット、って言いますねん。シャーペンの銀色の部分でガリガリ、」
「それ、なんて腕に彫ってんの?」
「これか?FREAK、イカレてるって意味!」
バーカ、金髪チビゴリラ女、うっせー!黙ってろ!!なんだその、東京怪童のハシ、って。そんな漫画に俺は、全く、興味がねえ。知らねぇ。
俺はその、ハシってヤツになんか、全然似てねー。
一緒に電車乗り込んで、古市で、先降りるって。
「さみしいやん。」
「また明日、会えるやんか。」
「明日?明日にはもう、学校辞めてるわ。」
「そんなこと言わんとって、明日もまた話そうよ。」
「ヤ・で・すー!」
ヒトリで帰ってく寂しそうな後ろ姿見つめて、あの女とはもう二度と話さねーな、って思った。
ムカつくんだよ。ズケズケ色々聞いてきやがって。
でも、明日学校には行くことにした。
ウチに帰って、グループライン。どいつもこいつもべちゃくちゃ、リアルじゃ俺に何も言えねークセして、ラインだと言いたい放題。
「ヒッピーって呼んでくれ。好きなもんは、宇宙。」
みんなつまんねー返事ばっか。ヒトリだけ「どんな音楽聴くの?」って聞いてくるヤツが居て、アイコンを見ると、筑摩学芸文庫の太陽。
個別で「誰?」って聞くと、「今日話した、ちっさいヤツ!」なんて抜かしてくる。
あー、あの俺の後ろに隠れた子だな。リアルじゃ恥ずかしくて話せなかったんだな。なるほどな。
「普段、うち、絵、描いてる。」
「見せて見せて。」
どーーーーせつっまんねー、アニメかなんかの絵だろ。テキトーに褒めとこう、って、送られてきたその絵。
ケッコー、キツかった。俺の人生。
18年、何度も何度も何度も何度も、辞めようと思った。
草で鈍らす脳ミソ、酒飲んで暴れて、腕切って、クソみてぇな女にクソミソにされるセックス、殴られるわ、馬鹿にされるわ、もういろんなことで俺は草臥れてて、もう全部諦めてて、
なのに、その絵、見て、さ、俺はさ、急に
あー、生きてて良かったな、って、言葉にもならないくらい凄くて、俺と同じ傷持ってるヤツ、初めて見つけたぜ。
初めて、人のことを好きになるってコトを知った。
人間なんて、嫌いだった。どいつもこいつもつまんねぇ、どいつもこいつも俺を怖がって、サシじゃなんも言ってこねぇ、たまに抜かしてくるヤツがいたと思ったら、大体ウンザリさせられて終わり。
とうとう見つけたぜ。
やっと見つけた!!
コイツは俺のモン、コイツだけは、絶対に、絶対に、もう、絶対に!!
俺はもうメロメロ、君の声はなんでそんなに可愛いの、なんでそんなにやらしいの、もう無我夢中、セックスなんてどうでもいい、そんなコトよりもただ今は、話せてるだけで完璧に幸せ。
一言一句全てメモして覚えたいくらい君に夢中。
「うち、生きてて、疎外感ってコトバ使う人、初めて見たかも。うちもずっと疎外感感じてて。疎外感って、西の魔女が死んだって小説で初めて見たんやけど。それや、って。うち、それや、って。」
「俺はエリッククラプトンのドキュメンタリーかなんかで、見たわ。」
音楽の話になって、バットホールサーファーズ流して聴かせたりしてさ。でも、俺の今の気分は、ホントは、CharaのJunior Sweet。
会いたい会いたい会いたい会いたい会いたいもう早く会いたい、話したい、見たい、匂いを嗅ぎたい、知りたい、好き好き好き好きチョー好き!俺はお前にチョー夢中!なのに、風呂入るんだって。
電話切って、コレが幸せか?とか、そんなことすら考えずにただ俺は、明日君に何話そうか、ずーっとそれだけ、何時間も考えて、ぜんぜん眠れなかった。
かわいい、かわいい、かわいい、おいお前らなんで、俺の好きな女のかわいさに気がつかないんだ?
群がってくるクソみたいな女共を無視して、うっすら光って見える俺の天使に向かって全力疾走、
「絵、持ってきた?絵!」
胸に抱えてる茶封筒を渡されるより先に掴んで、中身を取り出して、眺めた。
「すっっっっげーーーよ!お前ら、おい、見ろよ!!なぁ、オイ!!天才!!のんちゃん!!」
「もう、恥ずかしいやんか、ヒッピー君にしか見せてないのに。」
オリエンテーションだか、オリエンテーリングだか、貧乏揺すりの連続、何度も抜け出して吸うタバコ、早く終われ、早く終われ、仕事より時間が長く感じる授業をやっつける度に俺は、大学中走り回ってのんちゃんを探す。誰かと居ると、袖を引っ張って、二人になろう、って。
夕暮れ、噴水のあるとこで、俺寝転んで、
「のんちゃん、ひざまくら。」
良い匂いがした。ボロボロのきったねー2本ラインのアディダスのバッタもんの袖で、頭撫でられながら、
「のんちゃん、俺から離れんとって。ずっと一緒におって。」
のんちゃんがびっくりした顔でこっちを見る。
「嫌なん?」
「嫌じゃないよ、ヒッピー君と居るの楽しいし。でも、うち不安やねん、ジャズ知らんから。トランペット専攻は、ジャズ勉強せなあかんねんて。もう一人のペットの男が、うっとおしくて。」
「殴りにいったろか?」
「辞めて、そんなん、」
「じゃあさ、じゃあさ、のんちゃん、俺がさ、教えるわ。ジャズの歴史とか乗ってる本、買いに行こ、一緒に勉強しよ。」
口から出任せ。俺はジャズなんて知らねー、はったりだ。本屋にジャズの本があるのかも、知らねー。
大体もう、一発デートしたらソレっきり。俺は素寒貧になっちまう。それでも関係無しに、強引に、明日の5限終わり二人でアメ村行こう、って。
女を連れてくような飯屋なんか、俺は知らない。でももう後戻りなんて出来ない。
実は今日すぐにでも行きたかったけど、ごめんなのんちゃん。今日はマイキーと、草吸うからさ。
まさかそんなこと、口が裂けても言えない。違法薬物をやってるんです、ボク。なんて。
なんかそれって、すっげぇかっこわりー気がするケド、でも、俺今、余りにも君に夢中すぎて、ド盲目のど真ん中だからさ。ちょっと、クールダウンしてーんだよ、今日くらいは。
マイキーが家に来て、取り敢えず炊飯器で米炊いて、なけなしの金叩いて豚と白菜のミルフィーユ鍋を作ってやった。上にカマンベールチーズ載せて、ヤマちゃんが教えてくれた美味かったヤツ。
米炊き上がって、二人で食って、シラフでマンチー。3号炊いた米なんてすぐになくなって、また2号追い炊き。思わずマイキーと抱き合う。
「はー、うめー。さいこー!!」
「食後のデザートもあるで。」
二人でわかばの先っちょ抜いてガンジャ突っ込んで、1本のジョイントを二人で回す。おもっきり吸い込んで、40秒くらい、しっかり溜めては吐き出すを繰り返す。
ジェットコースターみたいに、急にフッとシラフに戻ったかと思うと急にまたぶっ飛ぶような、そんなクソみたいな駄草を二人で夢中になって吸い込む。
サランラップに包まれた圧縮品なんてこんなもんだ、仕方ない。
俺は少しで飛べるからコスパがイイ。逆にマイキーは全っ然効かない。
Dub RockersのTrip in Rootsを聞きながら俺は、ベルボトムからタイパンツに履き替えた。
「マイキーも着るか?これ、滅茶苦茶楽やぞ。これの結び方は、いや、こんなん教えてもどうせ明日になったら忘れてるんやろうけどな。」
「ケタケタケタ。それはええねんけど俺、ゼンッゼン飛ばへん。なぁ、食ってイイ?」
「え?」
「食ってもイイ?」
「マイキー、俺金キツいから、ちょっとくれるなら、もうちょいいいよ。吸っても、食っても。」
マイキーに2000円貰って、草を手でちぎって渡すと、食い始めやがった。
良かった、コレで明日、なんとかのんちゃんと晩飯を食える。デートには誘ったものの、電車賃しかねーんだもん。ヤバかった。なんとかなって良かった。
外に出て、効いてこねー、効いてこねー、ってマイキーが色々試す。
「効いてきたら、ジュースが美味く感じるわ。」
「いつもと味、変わらんな。」
「お前なかなか吸ったし、その上食ってんぞ?」
「分からん。」
「しかし、この階段、クソ長いな。もう何年登ってる?って気分やわ。」
「ケタケタケタケタ、あっ、あっ!!わかった!そういうことか!はい、ヒッピー、俺、滅茶苦茶飛んでます。」
「だから、さっきから言うてるやん。」
二人で朝の五時過ぎに、大声で笑いながら、大和川。散歩してるオッサンに、マイキーが「Hey!」って、オッサン、おっかなびっくりスタコラサッサ、俺たちクソ大笑い。
気が付くともういつの間にか俺たちは部屋で眠ってて、起きると昼の1時だった。
「お前、起きろよ、おい!俺はな、俺は今日、のんちゃんに会わないとあかんねん!」
「亀!」
布団被って顔だけ出して、亀、だとよ、ふざけやがって。無理矢理布団から引きずり出して、外連れ出して、
「のんびり行こうぜ。カリカリすんなって。飯食べてからでええやん。」
「金がないねん。」
「奢りますやん。」
二人でカツオレでカツ丼食って、満腹で、眠くなりながらぼーっと電車に揺られて、芸大に着いた頃にはもう、授業が殆ど終わってた。
「でさ、サルトルって人が、・・・ごめん、おもんないな。哲学の話なんか興味ないよな。」
「ううん、おもしろいよ、もっと話して。」
ありのまんまジブンのまんま、クソガキみたいに好き勝手話し続けて、ちょっと休憩、って寄ったマクド。雨足が少し弱まってきて、二人で外に出る。
「相合い傘しよう!!」
「ヒッピー君、もう、雨止んでるよ、誰も傘さしてないよ。」
「いいやん。ほら、ちょっとだけ。」
くっついて、匂い嗅いで、俺のこともっと愛して。初めて入る、スタンダードブックストア。
「こっちこっち!」
知らねー、ジャズの本なんて一冊もないかも知れねーのに、初めての店を慣れた感じで御案内。
運良くジャズの本を見つける。完全に天が俺に味方してる。18年間、敵だったクセに。
二人バラバラになって、本屋の中をウロウロ。俺は夢中でレゲエの本を探してる。のんちゃんもなんか、探してる。
飽きてきたらのんちゃん探して、レジ済ませて、次は殆ど入ったことのないビレバンまで御案内。
探してた本が見つかって、でも俺金なくて、困って、
「なぁ、のんちゃん、あのさぁ、」
「うん?」
「これすげーーーー探し回ってたヤツ。3000円、」
「うん。」
「金なくてさぁ、貸してくれへんかな?」
「いいよ!そんな探してたなら、絶対買った方が良いもん。」
「ごめんなぁ、ごめん。ほんまごめんやで。」
情けねぇ、情けねぇ、クソ情けねぇ、俺。
母親と昔前を通っただけの、美味いかもよく分からないオムライス屋さんに連れてって、
「なぁ、俺食い方汚くない?」
「・・・かわい。」
「かわいい?」
「ヒッピー君、食べ方気にしてんの。」
「なぁ、汚くない?」
「大丈夫やから、好きに食べて。」
ブックオフの前で、急に、脱法ハーブのフラッシュバック。
「気持ち悪い。」
「どうしたん?」
「抱き締めて。いや、ごめん。やっぱいい。ヒトリで何とかする、」
頭を撫でられた。あー、もう、それだけで全部一瞬で治った。
「・・・ヒッピー君なら、いいのに。」
「え?声小さい、聞こえへん。」
「なんもない!」
地下鉄、近づいてくるお別れ。
「無理、帰したくない。帰らんとって。イヤや!」
「もう、何回も父ちゃんに、次の電車、次の電車って。父ちゃん絶対怒ってる。うちだって、帰りたない。」
地下鉄ん中、満員電車ん中、俺、のんちゃんに覆い被さってた。両手の間にのんちゃん入れて、他の誰ものんちゃんに触れないように、睨みを利かせてた。
嫌だ、のんちゃんが乗った後の座椅子に乗るヤツすら俺は許せねーんだ。
「もう、明日会えるやん。うちだってさみしいよ。」
「明日って、なぁ、のんちゃん、朝9時までやろ?11時間も離ればなれ。」
「11時間やんか。」
「11時間も、やんか。」
地下鉄降りて、近鉄電車まで送ってく。
なぁ、張り裂けそう。俺、引きちぎれそうなぐらいクソ寂しいよ。
帰りの電車で、ひたすらライン。
「さみしいわぁ、残り、10時間48分32秒も会われへんなんか。」
「早く寝たら早く明日になるよ。」
「無理です、幸せすぎて寝れません。夢に出てきてくれるなら寝ます。」
なんて、お惚気全開、隠そうともしない。
2.
喫煙所でシンゴとタバコ吸ってると、金髪にグラサンの先生が話しかけてくる。
「ヒッピー、ダメ。」
「18だから?」
「それはいい。そこで吸ってると、みんなに迷惑でしょう。」
俺この先生好きだな、って思った。
AO入試の時に、
「君は楽器、何してるの?」
「ずっとね、ノイズやってんすよ。俺、大学でボアダムスみたいなバンドやりたくて。」
「多分君は、この学校、向いてない。」
「あっそう。ジャズも好きっすね。」
「誰が好き?」
「コルトレーン。」
「コルトレーンは、すごくいいね。」
帰り、喫煙所でタバコ吸って、カツカレー食って、帰ろ、って。また冷凍倉庫での日々。でも、こんなにつまんねーとこよりまだマシだろ、みたいなこと考えながら、バス停に向かうと、ジャンベを叩いてるヤツが居る。
コイツは最高、俺はソイツの目の前で、夢中になって踊り狂った。
「叩いて!!」
座って見様見真似でジャンベ持って、セッション。
15分くらい、頭真っ白で没頭。終わって、立ち上がって二人で思いっ切り抱き締め合った。
俺はそれから必死で勉強して高卒認定を取り、入学した。
この大学に来て良かったホントに。
俺が俺で居られる。コイツら、ムカつくよ。みんなつまんねぇ。でも、つまんねぇけど、中学より高校より自由で居られる。
宿着いて、冷めた飯。200人くらい全員で同じものを食ってるのが気持ち悪くて、何も食べる気になれない。
のんちゃんは既に他のグループと食い始めてたけど、割り込んで、のんちゃんの隣。みんな「もしかして高校同じ?」って聞いてくる。
「いや、一目惚れ。」
「もう、何言うてんの、辞めてって。」
食事中唐突に、太った和服のオッサンが出てきた。
アホらしー、何が入学おめでとうだよクソが。ひっこんでろ。
取り出した尺八。
スウッ、って息吸って、なっげー曲なんだコレが、20分ある。
俺以外の殆どが寝てる。俺だけ、目、ランランで、目の前に居るのんちゃんが急に居なくなるような気がして、思いっきり抱き締めた。
涙が止まらない。なんだ、コレ。草で飛ぶより遙かにぶっ飛んでる、完璧に、もう、目が見えない、目の前が真っ黒になる、怖くて怖くてたまらない。
なんか、明るい光みたいなのがほんのすこしだけ、ソッと見えた瞬間に、曲が終わった。
俺は走って先生の元に駆け寄って、質問攻めした。
「ぶっ飛びました!!!!!ヤバい!!握手してください!ファンです。先生の授業取ります。」
「ありがとう。コレはね、偲びって曲なんだ。」
「だからか。大事な人がこの世から居なくなるんじゃないかって、思ったもんな。」
で、グループ組まされた。俺の先生は、たまたま尺八の先生だった。
グループ名を決めることになって、みんな、
「ヒッピー、ヒッピー、ヒッピーワールド!!」
「なんそれ。」
宿の部屋、ベランダでタバコ吸ってると、さっきのグループ発表で、殆どイジメみたいな名前だったグループのリーダーの、クレイジーゴリラが話しかけてきた。
「なんやー、タバコ吸ってイイんやー。持ってきたら良かった。1本ちょうだい!」
迷彩のパーカーにジャージで、ケバい。
「5本あげる。」
「ありがとうー!ヒッピーやろ。」
「クレイジーゴリラ?」
「それ、だるいって。うちはフユミ。」
二人でわかばを吸う。
「わかば、やっば、つよっ、まずっ、」
「貰っといて文句言うなよ。」
「ね、ね、緑好き?」
「みどりって、俺の愛した女の名前は、の方?」
「クサ、葉っぱ!!」
「好きってより、大好きなんちゃうかな。」
「赤とかは?」
「赤?」
「エリミン!」
「いったことないな。」
廊下歩いてると、目の前に犬みてーなやつが、
「りんりんりん!!!!」
っておっきい声で目ぇひん剥いて俺にメンチ切ってくる。なんだコイツ?怖ぇ、イカレてやがる。
そんなの無視して風呂に行くと、シンゴとさっきの犬みてぇなヤツと一緒に、マイキーが居た。
犬みてぇなヤツが自己紹介代わりにラップし始めて、「よろしくな、リュウ。完璧に喰らわされたわ。」コイツはスゲえ、めちゃくちゃかっこいい。一目置いた。
「ねぇ、ヒッピー君?」
「はい、なんでしょう。」
「ヒッピー君、俺、マイキー、シンゴで、面白四天王って言われてるらしいよ。」
「お前、誰だよ。」
「俺は、」
「いや、いいわ、名前覚える気も無い。」
「なんでよ、仲良くしてよ。」
「何のメリットがあるんすかね?退けよ、殺すぞ。」
「ねぇ、ヒッピー君?」
「あ?」
「ヒッピー君ってさぁ、おもしろいよね。」
「ほう。俺がオモシロイ?」
「うん、俺仲良くなりたいからさ、連絡先、教えてよ。」
「あっ、無理。」
「えっ、なんで。」
「えっ、あなたと絡んで、俺に何かメリットがあるんですか?」
「もう、いいやん。コレほら、QR。やり方わかる?」
「ヒッピー君!!」
「はーい、なんでしょう。」
「ヒッピー君って、いっつも何考えてんの?」
「じゃあ君は誰で、君はいつも何考えてんの?って今この瞬間は考えてたな。」
「えー、アタシは今、ヒッピー君が面白いって思ってて、かっこいいな、って。」
「はいはい、どうもありがとうございます、退いて貰ってもイイかな?俺は今、のんちゃんと話したいから、退いて欲しいと思ってるで。」
「あ、あ、じゃあじゃあ、いつも服、何処で買ってるのー?」
「服は、服屋で買ってます。」
「ヒッピー君!!」
「はい。」
「ヒッピー君って、いっつも何思ってんの?」
「怒ってる!!」
「何に?」
「環境汚染。自然を返せ。俺はヒッピー。」
「ヒッピーって何?」
「マリファナ吸うヤツ!」
「マリファナなんか、吸っちゃダメ。」
「じゃあ脱法ハーブならオッケー?ね、そこ退いてくれない?俺はね、のんちゃんと話がしたいんですよ。」
誰も居ねぇ、来ねぇとこまで歩いてって、のんちゃんと待ち合わせ。
「のんちゃん、もう俺、帰りたい。こんな知らんヤツらばっかと泊まるのシンドイ、疲れた。」
黙って頭を撫でてくれる。
「のんちゃん、俺、ヨーグルト飲みたいねんけどな、一円もないねん。」
「はい、」
200円渡される。
「ごめんな、ごめん。」
「いいよ、また返してね。」
「給料で!なんとか!!本の3000円も忘れてないで。」
甘えすぎ、ダレすぎ。
「抱きついてもいい?」
「うん、いいよ。」
抱きつこうとした瞬間、同じ学科のヤツらの声が聞こえた。思いっきり舌打ち。「はぁ、アイツらさえ来なかったらな。」二人で溜息。
「のんちゃん、ジュース飲みたい」
「お金?」
「ごめん。これやと、のんちゃんに会いたい理由がお金やと思われるわ。違う、会いたいだけやねん、」
「いいよ、うちも会いたいし。」
自販機前で待ち合わせて、トロピカーナのミックスジュース、一緒の買って飲んでさ。
「友達出来た?」
「ううん。ヒッピー君のこと、みぃんな聞いてきた。同じ質問ばっかり、みんな、同じ。ヒッピー君、何考えてるの?って。」
「そっか、俺はリュウってヤツと仲良くなってさ、」
「良かったやん。」
「良くねーよ。俺もう、クスリ辞めたいねん。俺はヒトリで吸うのが好きなだけで、人と吸うのは大嫌いやし。仲良くなりすぎた。大人数で吸うとか、地獄や。」
「大丈夫?ハグする?」
「のんちゃん、来て。」
走って、非常階段のドア蹴り上げて、外出て、階段ダンダンダン、「なぁ、俺、」
「うん?」
「なぁ、俺、マジやから。」
「どういう意味?」
「好き、好き、好き、好き、好き、俺、のんちゃんのこと好き。俺と付き合ってくれ。」
「うちでいいの?」
ボロボロ泣かれて、抱きついて、で、キス。
すっげーーー、すっげーーー、すっげーーーガサツなキス。焦って舌を入れようとすると、避けられた。
「ほんまに、ほんまに好きなん?」
「うん。」
「エッチしたいだけ?」
「違う、そんなわけないって。」
「じゃあ、舌は、まだ早い。」
唾液を服で拭われる。
「あっ、拭いた!」
「なによ、」
「嫌なんか、俺とキスすんのが。」
「嫌じゃなくて、」
「クサイんか。」
「あーもう、面倒くさい、違うって。別に、クセ。」
「はぁ?クセ?昔の男と、ってことか?」
「そう、そうそう。」
「うわ、なんか、つめた。のんちゃんこそほんまに俺のこと好きなんか?」
付き合った瞬間がまず、一発目の喧嘩だった。
リュウ、シンゴ、マイキー、フユミが居るとこに向かう。クソモブ共と話してるのはウンザリ、どいつもこいつもドラクエか、ってくらい同じことしか聞いてこない。そんなヤツらと話してるよりは、ジャンキーと話してる方がいくらかマシだ。
「俺さぁ、エリワンシート行って。」
「エリって?L?」
「エリミン、エリミン!!」
「フユミも好きやろ、エリミン。俺行ってない。導入剤ならよう食ってた。一ヶ月丸々記憶飛んだことあるわ、」
「LSDはさ、俺もまだ」
「さっきフリースタイルで、いつでも用意するぜ、ウィードとコーク、っつってたけど、コーク買えるならお願いしたいんやけど、」
「いや、いつもってわけではないかな。今は、無い。」
こんな会話がひっきりなしに続く。Trash Junkyのゴミゴミトーク。みんなで笑う。バッカ、お前、イカレてんな、ぶっ飛んでんなソレ、って。
そんな中も、のんちゃんとラインは欠かさない。
「みんな、ヒッピー君のこと、聞いてくる。知らんふりしてる。絶対内緒な、付き合ってるコト。」
「何で隠すん?俺と付き合ってるのが恥ずかしいとでも?」
「そんなんちゃうもん。恥ずかしくないけど、辞めて。しばらく黙っといて。」
また喧嘩。
「ヒッピー君が一番カッコイイって、みんな。良かったな。うちは早く帰りたいわ。マイキー君たちと楽しんで。おやすみ。」
なんか釈然としない言い回しばっかりするし、キスは嫌がるし、コイツホントに、俺のことが好きなのか?
「こう、エリミンさ、置いて。咳止めの空瓶で、ゴン、ゴン、ゴン、あっかんわぁ、あっかんわぁ、って。」
「鼻から吸います、と。」
「そうそう、」
こんなトラッシュトークまみれの夜、俺たちはシャブ中みたいに、廊下を何の意味も無く歩き回って、たまに座り込んだりしながら、ずっとクスリの話。
ジャンキーは、クスリの話をしてるのがクスリの次に好きだ。
「フユミは、ブリってマンチでコンビニ行って、家帰ったら、うわー、って。買いすぎ。レシートの値段やば、って。」
「脱法ハーブ行ったとき、ファミレスのドリンクバーで、あっかんわぁ、あっかんわぁ、って。もうコップから溢れてんのに、止め方忘れて。」
俺たちは通り過ぎてきたバッドな日々、暴れなきゃやってらんない日々を、笑い話にして誤魔化すんだ。
3.
23号館ホールでパフォーマンス、みんな面白かったけど、俺が圧倒的に掻っ攫った。
「団体賞優勝は、ヒッピーワールド!さ、出てきて!」
大量の景品。
「個人賞の優勝は、ヒッピー。さ、出てきて。」
「あー、みんな、宇宙は好きか?俺はいっつも宇宙について考えてる。芸術は爆発だ!!以上。」
ワー、キャー、歓声の中手渡される景品。景品に次ぐ景品で、しばらく食うものには困らない。
のんちゃんとバス停で待ち合わせて、
「見てコレ。重たいわぁ、邪魔やわぁ。」
「良かったな。」
なんとなく、不穏な雰囲気。のんちゃんに半分持たせて、俺は王様みたいな気分で古市をうろついた。
「手、繋ごう。」
「・・・」
俺はのんちゃんの手をガシッと掴む。しばらく歩いて、手を離す。
「別れよかー。」
「うん。」
「まぁ、ええやん、最後にロッテリア行こうや。」
「うん。お金、あるの。」
「・・・」
サイアクの雰囲気。優勝出来た嬉しさなんて、ひとつもない。
ロッテリア、黄色い照明、二人で下向いて、何の味もしないジュースを飲む。
「なんやねん、なんか、なんで、なんでこんなんやねん。」
「知らん、分からん、うちら、合わへんのちゃう?」
「のんちゃん、指貸して。」
俺は唐突に指を舐め始めた。のんちゃんが泣き出した。
「なんやねん。」
「あのな、あのな、うちな、」
「喫煙所、誰も居らんから喫煙所、」
はぁ、はぁ、って息で、泣きながら、
「元カレに似てる!」
「なんやねん。」
元カレくんは、中2の時付き合った男で、今現在も電話番号をいくら変えても、非通知で電話があること、とうちゃんに送り迎え来て貰わないと、刺されるから、マガジンをお腹に入れて通学してたこと、そんなことを聞かされた。
俺は立ち上がって、叫んで、壁を殴りつけた。
「それもそっくり!殴られててん。大きい声出さんとって、怖い。」
「ごめん、ごめん、そんなんちがうねん、ごめん。ムカついて、」
「初めて人に話せた。」
「で、どうすんの?俺ら、別れんの?」
首を振る。
外に出て、
「試しに、手、繋いでみよ、さっきすぐ、離したやん。。」
ずっと手、繋いで、古市の駅の中、
寂しい、光り輝いてる中に、灰色がキツく見える、今すぐ泣きてぇのに無理矢理無理して笑う。離れたくない、一人になりたくないけど、でも、強烈に一人になっちまいたいような。
俺は駅のホーム、一人でベンチに座り込んで、下向いて、涙が止まらなかった。
こんなに人の話聞いてて、悲しい、って思ったことなんか、今まで一度もなかった。色んな話聞いたよ、ヒデー話。でも、俺いっつも何を聞かされても、泣いたことなんかなかった。
CharaのJunior Sweetを鳴らした。風景にドンピシャだった。歌詞がまんま突き刺さった。
「のんちゃんと、どうなん?」
「別に、なんも、」
「ずっと一緒やん、ピッピ。」
おめーらもずっとくっついてるけどな、リュウとフユミ。
「ピッピ痩せすぎ、ジャンキーみたい。」
「ロクに食ってないねん。」
「フユミにお弁当作ってきて貰ったらいいやん。」
二人でのんを見てニヤニヤ、のんちゃん怒ってる、でも俺は正直リュウにはビビってる。なんとなく、要らんわ、とも言いにくくて、
「頼むわ、乞食やから。」
のんちゃん怒ってる。はー、もう二人だけにしてくれ。
「一緒にご飯どう?」
「空気読めよ、なぁ、」
「空気?」
「おい、のん、なんで隠すねん?二人きりにさせてくれへんぞ、コイツら。」
「もう、声デカいって!!」
「もうええわ!!!」
俺はズンズン歩いてく。
タバコ吸って、タール欲しくて、2本目に火をつけて、1本目と一緒に吸い込む。
クールダウン、あー、ヤベーことしたな、って、わりいのはあのクソモブだろ、って思い直して、のんちゃん探し回って走る。
さっきのモブと一緒にカレー食ってる。死んだツラして。
俺はモブの襟首掴んで、
「殺すぞ。」
その後、モブな、「ヒッピーは、脱法ハーブ吸ってる。アレはタバコじゃない。」ってウワサ流しやがった。
大麻の間違いだ。脱法ハーブなんてもう、とっくに辞めてる。
「ヒッピー君、Tシャツで寒くない?」
「むっちゃさむい。」
「マフラー、巻いたげる。」
俺はニヤニヤ。
「かわいい、かわいい。」
そんなこんなで日々、通り過ぎてく。色んなコト忘れてく、当たり前になってく、アリクイが俺の空洞を広げる。
「さっき便所行ってたとき、サカジマさんとなんか話してたやろ。」
「うん、たいせーと付き合うのは本当に大変だろうけど、頑張ってね、って。よろしく頼む、って。」
「なんだそれ。」
エレベーターまで待ちきれない。乗った瞬間舌入れてキス。早く二人きりになりたい。
テキトーにカラオケ入って、キス、抱きついて、肌を触りながらキス、キス、キス。
首を舐めると、恐竜みたいにざらざらしてるアトピーが可愛くて仕方ない。もう何も思わず、考えずに夢中でお互いがお互いの体を舐め合って、キスして、抱きついてを繰り返して、手をガッと掴んで、のんちゃんに触らせる、
「まだ、これはまだやな、ごめん。」
柔らかい胸、柔らかい、最高の、胸。良い匂いのする髪の毛は、触ると少しガシガシしてる。
1回延長して、取り敢えずその日は帰った。でも、もう、我慢限界だぜ。
ホントに、我慢限界だぜ。
「おい、シャブ中。」
「誰がや?」
「どっちも。お前ら、シャブやってるやろ。」
「あ?殺すぞ。」
「あ?」
こいつ、殴ってくるヤツだな。殴られたら俺は弱い。
「ちゃうっすやん、先輩、仲良くしたいだけですやんか。シャブ中とか辞めてくださいや。俺ら、マリファナですねん、勘違いは嫌やなぁ。」
「そうか、仲良くしたいんか。よろしくな、ヒッピー。」
取り敢えず握手。
よっぱらいが、motherfucker、隣でダイキがウズウズ、ブチギレてる。
茂みに女呼び出して告白するヤツらだの見過ごしながら、俺は、のんのもとへ。
案の定だ、こいつも先輩にだる絡みされてる。
「ほんまおまえは男みたいやな。」
頭の上に、ポン。手を置く。
暫く、待っておく。にやっにや、ピザとかくっちゃくちゃしながら、たまにわざとらしく笑いながら、だけど目だけは逸らさない。
背中に手を回そうとした瞬間見計らって、
「ウラーッ、アー?」
「なにこいつ、こわい。」
胸倉つかんで、
「先輩、分かるやろ?なぁ?お前、誰の女に手ぇ出しとんねん?」
「・・・すいません」
「ブルってんなぁ、怖い?なぁ?怖いん?」
「はい、離して貰っても、」
俺は離してやり、ニヤリ。のんちゃんに大声で、
「お前もお前じゃ!拒否出来てたんと違うんかい!」
「・・・」
のん、マイキー、俺、三人で、川縁の新入生歓迎会を抜け出した。
電車のホームで、
「マイキー、泊まりにくるか?ヤバいほどイラついてるやん。のんちゃんも、もう今日は泊まれよ。」
「うちは行くけど、」
マイキーは空気読んで、来ない、って。
シャッター下がった窓から差し込む僅かな光に目を覚まして、のんちゃん起こして、二人で服脱いで、
「入れよ。」
「ゴムある?」
「ある。」
「生理やけど。」
「我慢出来るなら、別に良いよ。オレは無理。」
「うちも無理。」
入れようとする、格好つける、でも、上手く出来ない。
「上乗ったげる。」
「童貞ちゃうで、俺。ほんまに、」
「分かってる。」
上に乗られる前に、完全に萎えた。
「はぁ、ごめん。怖い、俺、怖い、」
「どしたん。おいで。」
長い時間抱き締めあって、その日の夜、もっかいシテみた。
次は上手く出来た。4回、連続でヤって、草臥れ果てて、寝た。
「かゆい、かゆい、かゆい、」
「どしたん。」
「出来物出来てて、ストレスやろうな、みんな、どいつもこいつも面倒くさい、」
電車の中、ジャンキーの、探り合いみたいなのが止まらない。俺はくったくたのへっろへろ、電車の椅子に寝そべり込んでる。リュウに、次、みんなで草吸うけど、来る?って
「俺、吸うときは、一人じゃないと、嫌やねん。」
俺が西成育ちとか、ワケの分かんねーデマ、俺のうわさ話、俺についてどちゃくちゃ抜かすクソ共、陰でコソコソ、堂々と俺に聞いてこれない、マイキーは怖いし、リュウにも、シンゴにも聞けないヤツらが、のんに俺の話を聞く。
「ヒッピー君と一緒に居るとき、いつも何話してんの。」
俺にはツレが居るのに、のんちゃんはいつまでもひとりぼっち。
そんなこんなが溜まりに溜まって、腕に出来物が出来て、痒くて、掻き毟ると汁が出て、その汁が付いた場所にまた出来物が出来る、の繰り返し。
したらのんちゃんが、抱き締めながら、体を擦り合わせてくる。
「汚いよ、移るかも。」
俺の言葉を無視して、指で汁を掬って、黙って白い肌に塗りつける。
そんなことされたら、無理だよな。もう俺たち、学校も行かずに毎日ヤリまくり。
今や、俺は馬鹿にされてんのか?って思うくらい、俺が居るだけでみんな笑うし、キャーキャーうるさくてたまらない。
可愛いな、って思って授業中に見つめてた先輩からは、
「うち来てぇ、お茶しよう。好きな飲み物何?」
「俺?カルピス。」
「お茶しよ、絶対ね。」
「気が向いたらね。」
楽勝に手に入りすぎて、何の面白みもない。
その先輩に、CD貰って。
再生してみると、ジャパレゲだった。マイキーと二人でクスクス笑いながら叩き割った。
俺たちは、ジャパレゲなんて聞かねーよ。ルーツロックが好きなんだよ、Bitch!
噴水広場で、ツイッターで知り合った映画好きの女に会う。
「あっ、怖い、」
「うち怖い?」
「ヤバいやろ、何?」
「別れてん、2日前に。もう、しんどいわ。」
隣に、ヘルタースケルターのリリコが座ってるみたいな気分だ。
チカの顔は、俺の人生で見た中で、一番美しい顔だった。のんちゃんのことは、好き。
でも、ごめんな、めちゃくちゃドキドキするわ。
お菓子食べよ、って、何取り出したと思う?
うめねりだぜ?
高級ブランドのバッグに、うめねりが入ってんだぜ。
で、チカに、パンズラビリンス、トゥルーロマンス、パルプフィクションなんかをオススメされた。
「パンズラビリンス、知ってる?」
「おもしろいよ、好き、見たことあるの?」
「ちかが。」
「誰、ソレ。」
「めっっちゃかわいい、ギャルの中のギャルってぐらいギャルのメイクの女の子。アレはカワイすぎる。異次元。」
「何、ソレ。また、女の話?」
って喧嘩みたいになってると、チカが間に入ってきた。
「これが、のんちゃん?」
「そうそう。」
「えっ、カワイイ。連絡先交換しよっか。」
「・・・今、水没しててガラケー。」
「えー、カワイイ、今時ガラケー?はい、電話番号。」
「ありがとう、絶対連絡するわ!」
バッチバチに睨み合ってる。でも、チカは俺には全く興味が無い。
ただこの女、のんちゃんの反応を見て、クスクス笑いたいだけなのだ。
冷や汗モンだろ?
「縫い物出来る?」
「うん。」
俺は、戦隊モノのレンジャーのミニチュアのピアスをしてるイカれた女に、アラジンパンツを押し付ける。
「これ、どうやって穿くの、」
「これはな、」
クソ可愛い。なんだこの女。
それが、リュウと付き合うことになるヨツバちゃんだった。
リュウのCDを、家にあるボロボロのコンポで鳴らす。のんと二人で聞く。
何言ってんのか聞き取れねーけどひたすらにヤベーラップに完璧に噛まされる。
ヒップホップって、かっけーんだな。
「リュウくん、かっこいい。」
「俺よりか?」
「そんなん違うやん、かっこいいやろ?コレ。」
「かっこいい、文句なしに。俺よりかっこいいと言われても仕方ないくらいヤバい。」
リュウ、俺、マイキー、たまにくるシンゴ、いつも集まって、服の見せ合いだ。
俺たちはいつも会う度に、誰が一番イケてる服を着てるか、競い合ってた。
いっつもバチバチに、喧嘩みたいな雰囲気で会うんだ。
普通のジーパンにTシャツ、コンバースの靴、で学校に行ってみた。上はパジャマ。
原っぱで、トロピカーナのフルーツジュースを飲みながら、のんちゃんとお弁当を食べる。太陽が眩しくて気持ちいい。
ちょっと眠い。
のんちゃんと服を交換して、うろつき回るとみんな、いつもと違う俺の格好に驚いてた。
4.
毎週火曜に、タッちゃんとスタジオに入って、アンプ最大音量にして、セッション。その後は、古市前の大阪王将に、タッちゃんとのんの三人で乗り込むのが定番になってた。
何を話してたんだろう?取り留めもなく流れ去ってく月日。
全員集まる授業に、さっきまで一緒に昼飯食ってたのんが居ない。
授業終わりに図書室行くと、寝転んでるのんが居た。ぐったりしてた。
「これ。」
手紙を渡された。
うち以外と話されると、しんどいです。
うち以外と仲良くしてるたいせいを見るのがしんどい。
こんなん言うたらオカシイの分かってる。
マイキーくんと、タッちゃんはしんどくない。
もっと泊まりたい⬅無理強いはしない
の上に、斜線が引かれていた。
「取り敢えず、ゴールデンウィークはずっと一緒に過ごそう。」
そうとしか言えなかった。
「しんどい、しんどい、しんどい、ウチの彼氏はスーパースターや。モテモテや。うちはその女や。みんな聞いてくるもん、たいせいのこと、ずーっと、ずーっと、たいせいと二人で何話してるの?とか。」
「分かった、分かった。」
「個性的だよね。」「変わってる!」「変人!」違う、俺は普通にしてるだけだ。誰かと何かを話す度に、少しずつ磨り減っていく。
ある日、限界が来た。
教室のドアの前で、おどけて見せた。ドアを上手く開けられない、みたいな演技をすると、みんな一斉に笑い始めた。
なんでこいつら、こんな退屈なコトで笑いやがるんだ?常に誰かが俺を見てる。もういい加減、ウンザリしてきた。
教室に入って、鞄を机に叩きつけた。
「何がオモロいねん?」
ナツキとチカだけがニヤニヤ笑ってた。逆にドアの件の時は、ナツキとチカだけは黙ってた。
これでもうダイジョーブだろう。のんに話しかけるヤツらも減るはずだ。
「アイツは狂ってる。話しかけない方がいい。」
に、変わってく。
ちやほやされてたのは、本当に、一瞬だけだった。
ガーッ、ガーッ、ガーッ。
夜中にイカれた音。イカれたヤツ。
「ヒッピー!!!!!」
インターホン連打。階段降りてくと、親父が先に出て「ウィッス、」マイキーに言う。
「あ、こんばんわぁ。泊めさせてもらいます。」
「あ、あぁ、もうちょっと静かに頼むわ。」
スケボーで来やがった。家からここまで、一体何キロ離れてると思ってんだ?
部屋に向かうと、ジーパンが破れてて、血が流れてる。
「痛そう!ダイジョーブ?」のんちゃんが言う。
三人で銭湯に行ったり、大和川で星眺めたり、のんびりのんびり時間が過ぎていく。18年間俺は、色も匂いも無いような世界に生きてた。
多分コレが幸せってヤツ、青春ってヤツ。生きてることすら忘れるほど生きてた。
でも、詩が全く、書けないんだ。
何人かに詩を見せてた。みんな、褒めてくれた。仏教学校出身のデスボイス野郎のショウとか、バンギャみたいな、メンヘラみたいな、ロリータみたいなヤツとかに。
その真っ黒の格好した女には、多分、のんが居なけりゃ惚れてたってぐらい惚れ惚れしてたから、「読んでくれ!俺の全てを見てくれ!」なんて言いながら渡した。
中島らもの物真似みてぇなヒデェ詩だった。
そんなの書けなくても良いハズなのに、やけにピリピリしてきた。
俺は幸せすぎて、何も書けなくなっていた。
電車の中で、変な顔をする。真剣に。これは戦いだ。どっちがよりイカれた顔を出来るか。
思いつく限りの目一杯の変顔のツーショットを、30枚くらい連続でグループラインに送りつける。
「マイキー、LSDってのはな、悟りを開けるらしいんや。」
「悟り?なにそれ。」
「サイケデリーック!」
「サイケ?何ソレ?」
「連れて行こう。」
トリッパーでキーさんと話す。店ん中に充満するヤベぇ雰囲気。キーさんはマリリンマンソンみたいなツラしたガチモンのヒッピー。
マイキーが、スペーストライブに手をのばす。キーさんがニコッと笑う。
マイキーが好きになったサイケは、レイヴ。
俺の中のサイケは、グレイトフルデッドのことだった。
LSDの紙がダライラマになってるTシャツを買って、着て、マイキーはスペーストライブ。二人で奇声を発しながらアメ村を歩く。
鋲ジャンでピアスまみれのホームレスに呼び止められる。
「おい!お前ら、捕まるぞ。」
ボソッと言われる。
俺らはケタケタ笑うだけ。
キューズモールで、おにぎりと卵焼きと唐揚げを買って、二人で動物園。
楽しくて楽しくてはしゃぎまくる。動物園に漂う生き物の匂いがたまらなく好きだ。クソの匂い。どう考えても動物のクソの方が、人間のクソより良い匂いだ。
マンドリルの前で立ち止まる。ガラスの前、堂々たる姿で、人目もはばからずにオナニーを繰り返してる。
俺たちは、特段笑いもせずにずっとマンドリルを見ていた。
30分くらいシコってる、もう、何も出てねーのに。
「のん、俺はあんなくらい堂々と生きてみたいわ。」
「先生やな。」
閉園時間まで夢中で楽しんで、でも、やっぱ、帰らなきゃな、って。
「もうちょっと、もうちょっとだけ。」
びっくりドンキー。二人で手を繋いで座る。
「帰らんとこ、な。」
「でもうちら、依存し合ってる。考えて?うちら一緒に居ないの、段々週に1日とかになってきてる。土日は絶対泊まるし。」
「嫌や、帰らんとって。」
「うちだって帰りたくないよ。」
二人で、路面電車に乗って、俺の家へ。
俺たちドンドンダメになってくよ、もう学校行くのもヤなんだよ、ずっと二人、二人、二人。
でも、たまに息苦しい。
ケータイはお互いロックもかけずに見せ合った。ソレが俺たちには当たり前。
全部曝け出した。クソするときはクソするって言い合うし、オリモンシートを舐めたり、もう曝け出しまくってんのにも関わらず、iPodの中身だけは、絶対に見せてくれなかった。
「一年間、ずっとうちと居ってくれたら、見せる。これだけがうちの秘密。」
「見せてくれや、見せてくれや、なぁ。何聞いてるねん、普段。」
「・・・前は、クリープハイプ。」
「うわー、お前そんなん好きなん?うっわー。」
「ほら、そんなん言うやん。でもうち、たいせいと付き合ってから聞かへんくなった。」
「そらそやろ、そんなん、ニセモノ。俺らがホンモノ。」
ポケットの中には、3000円。大阪から150円の切符で今、山梨に居た。
「次は、甲府、甲府。」
数駅前からゾクゾクしてたのが、すげー強烈になってくる。
思いっきりダッシュで改札すり抜けて、追っかけてくるのを振り切るためにコンビニの便所に駆け込んで、しばらく息を潜めて静かに笑う。
5分くらいクソしてるフリして、外に出て、タバコ。
至福の一服。悪いことした後に、悪いことする。楽しい。
腹減ったな、じゃら銭、オレンジジュースを買って誤魔化す。これでチケット買っちまったら、もういよいよ、帰りの電車賃の150円だけ。
桜座に道に迷いながら向かう。エイジアはもう始まっちまってる。
途中から入って、で。
ずっと俺が追っかけてるヒデさんのライヴだ。4年ぶりの会合、半端ねぇ緊張。
俺はこの人真似して生きてるようなもんだ。
ベルボトム、クルタ、全部この人の真似。髪の毛だって伸ばして。
何がヒッピーだ、クソッタレ。目の前で演奏してる姿を見ると、俺は単なる物真似にしか思えなくなってくる。
4月、俺は写真に撮られたら、いっつも、どんなタイミングでも、目は尖って、髪の毛は逆立ってた。
なのに、なのに、今はすっかり腑抜けてる。
圧倒的な音。中でも、ドラムヴォーカルのあの、ワケの分かんねぇおっさん。
次の、友川カズキが霞んでみえた。友川カズキもライヴ中に褒めてたくらいだった。
しっかり喰らわされて、外に出て、さっきのワケの分かんねぇおっさんの物販へ。
「千円、か。俺、あと150円しかないんす。」
「いいよ、やるよ。」
「マジですか。大阪から来たんですよ。」
「150円でしょ?」
「うん。普通電車乗り継いで。」
「ヤバいな、俺も大阪だったんだよ。」
「俺、芸大す。」
「ってことは後輩か。」
その人は、ジャックダニエルかなんかの750を直でラッパしてた。
客が殆ど帰ってって、3分の1くらいになった後に、みんなで食った山盛りのパスタが最高に美味かった。
友川カズキが酔いながら、「生きてるって言ってみろ。」を歌い出す。
俺はヒデさんが隣に居て、キンチョーしてる。さっきから、8本くらい連続でタバコを吸い続けてる。
「ライター貸して。」
なんて話しかけられて、一緒に吸う。
でも、この人ずっと見てて、俺は、なんか、色々分かんなくなった。
ステージから出れば、フツウのニンゲンだった。
特に、彼女と居るときはフヌケみたいに見えた。
憧れる、って何なんだろう?
俺って、俺って、何になりたいんだろう?
なんか、ダセー!俺、のんちゃんと居るときこんな感じかよ、みたいな。
ヒデさんにも泊まれ、って言われたが、ヒナタさん家に行くことにした。いくら、ヒデさんを6年追っかけてても、今日喰らわされたのは明らかにこのおっさんだ。
タクシーから降りると、ボロッボロの家。ゴミ、ゴミ、ゴミだらけで混沌としてる。
クソ古いパンク雑誌、大量の本の中から一冊手に取る。ウィリアムバロウズのソフトマシーン。
実際、ソフトマシーンは睡眠薬だ。余りにも退屈すぎる。
酒に酔って気持ちわりぃ俺は、活字を追って、ソファベッドの上でそのまんま眠りについた。
口を開けると、3歳くらいの子供が、フォークに突き刺した桃を放り込んでくれた。
甘くて凄まじく美味い。何より子供が、無邪気で可愛い。二日酔いが一気にマシになってく。今日採れたての桃らしかった。
山の上の丘の上の小さなアトリエ、至る所に壁画、ガレージと絵の具の匂いの中、朝食、静かな朝食。ツナおにぎりと、自家製食パンにプチトマトをすりつぶして塗ったヤツ。
車で駅まで送って貰って、駅で、切符を買って貰った。
うーん、なんとかなったし、腹も膨れた。行き当たりばったりの割には野宿せずに済んでよかったよ。
3日、のんちゃんと、一言も話さなかったけど、もう限界だった。
「俺ら、別れたから。」
「付き合ってたんや、やっぱり。」
「別れました、俺はフリー、あー!詩が書けるな。」
「のんちゃんとおった方が、幸せそうやけど。」
そんなこと分かり切ってた。俺はのんに話しかけた。
「セックスだけなら、させたるけど。やりたいだけやから。好きちゃうから、お前のこと。」
「・・・うち、絵、描いてた。」
青、青、真っ黒い青、いろんなものがドロッドロに溶けてる絵を手渡された。
「ごめん、のんちゃんごめん、俺、すっげー悪いコトしてた。悪いコト言うてた。やり直そう、ごめん。もう嫌い?」
「アホやなぁ、いいよ、泊まりに行ってもいい?」
「うん。」
やっぱりのんちゃんとは真剣にやってこう。
マリファナとLSDの入ったパケを、便所に浮かべて、写真に撮る。
「辞めるわ、のんちゃん。酒も、クスリも、俺、辞める。」
便所に流して、写真に撮る。のんちゃんに送りつける。
「俺は、クスリよりお前のこと好きやから。もう、お前だけでイイ。」
「ほんまに辞めれるの?」
「約束する。」
あっつーまに、時は流れてく。
5.
「ヒッピー、アシッド入ったけど。」
「金ないわ。」
「金なんかええやん。今日マイキーとキメるけど、来るやろ?もちろん。」
「いや、俺なぁ、のんにもう、クスリ辞める、言うて。」
俺はのんを呼び出して、
「ごめん!のんちゃん!!LSDっつって、これはその、えっと、」
「いいよ、したいんやろ、気になって仕方ないんやろ、前に捨ててたヤツ?いいよ、無理しなくて。」
「ごめんな、約束破って。」
向こうでリュウがヨツバちゃんに頭を下げてる。
「この人達、本当どうしようもないな。」
「ほんまやで、こんな可愛い女の子二人より、クスリが好きやねんて。ほら見て、タバコなんか吸って。カラダに悪いのに!!」
「お金燃やすのが楽しいみたいやで。さ、もう行こ、帰ろ、ヨツバちゃん。」
俺とリュウはションボリしながら、マイキーの待つ噴水広場に向かった。
「マイキー、わりい、ヒッピー金ないみたいで。」
「ごめん、マイキー。」
「立て替えとくわ。お前、ほんまに返す気ある?」
「いや、すまん、ほんまにすまん。」
ガムのボトル裏からちっこいアルミホイル。手で穿ると、一ミリ四方の紙。それを器用に、半分に折る。舌の上に乗せて、咀嚼する。ほんの少しブルーベリーガムの味がする。
岡村靖幸のぶーしゃかloop聞きながら、マイキーの下宿先へ。
ベランダの下にある木が、ぐにゃん、と曲がって、トリップスタート。吸いすぎるタバコと、急激にやってくる懐かしさ。ガキに戻ったみたいな気分だ。
自然の美しさに圧倒された俺とリュウは、外に出たくなった。
「俺、後で行くわ。」
リュウと二人で用水路にある蜘蛛の巣を見たり、鳥の羽ばたきを見たり、蟻が歩いてるのを見たりしてると、遅れてマイキー登場。
「ケラケラケラケラ、みんな楽しいですか?俺は、今、ピエロ、綱渡り中。」
「おい、お前、何見えてん?」
「・・・リュウ、すまん、やってもうた。金、後で払うわ。2枚、全部食ってもうた。」
リュウと俺の半枚に対して、マイキーが2枚半。ドーズが余りにも違いすぎる。
取り敢えずマイキーの心を落ち着かせようと必死で、さっきまでの楽しさは地獄と化した。
思考の波に飲み込まれ、時計を見ると、秒針が動かない。やべーなー、正気を取り戻したくてとにかく俺たちは抱き締め合う。マイキーが勘繰る。
「俺、ホモちゃうから。」
「いや、そんな意味のハグじゃないやん。」
「マイキー、マイキー、おい、おい、」
「あっ、はぁはぁ、俺ヤバい、いまほんまヤバかった、」
「大丈夫、大丈夫おかえりおかえり、」
「おかえり?俺は人生で一回も親にお帰りなんか言われたことない!」
三人で号泣。
結局のトコロ、何がこんなにもしんどいのか?について、真剣に答えを出すべく、会話にならないトラッシュトークをリュウと二人で繰り返す。マイキーが、枕の綿、透明なビニールをうまい、うまい、って食ってるのを止めながら。
マイキーがイカれた行動を取る度、俺たちのバッドが深まる。
3歳の頃によく聞いていた、スピッツの猫になりたいを携帯から鳴らして、寝転んで目を瞑ると、光に包み込まれた。
「アー、俺、生きてるわ。」
それまで、脱法ハーブの副作用の離人症でボヤけてた現実感が、急にフッと戻ってきたような気がした。
デッカイ木に寄り添って、ぼんやり寝転びながら、30分くらい木を眺めてた。世界全てがキレイに光ってるのをただ眺めてた。
「きもちわる。」
のんがボソッと呟いた。
「おお、のんちゃん。俺、悟り開いたわ。」
「何それ。うち、もう帰る。いまのたいせい、なんか変。たいせいじゃないみたい。」
穏やかな心、今の俺は、誰に何を言われたって気にしないぜ、
「なんじゃボケ、あ?何が不満やねん。」
お前以外には、な。
「木がキレイとか、そんなことしか言わんおもろない彼氏嫌や。」
「うっさい、お前のせいで台無しじゃ。」
「いつものたいせいや、帰ろ。」
あんなにチヤホヤされてたのに、今は、女に見向きもされない。
「のん、別れよう。」
「・・・」
テキトーにラインを入れて、3日連続で色んな女と会うことになった。
1日目、惨敗
2日目、カルピス用意しておく、って抜かしてた先輩。「先週から彼氏出来て、」
3日目、チカと会った。うん、やっぱコイツは友達だ。
帰り道、のんに電話。
「セックスしたかったら、会ったるわ。」
「セックスだけでもいいから会いたい。」
「分かった、難波来て。」
シュークリーム売ってるとこで、並んだ。やべー、間に合わねー。「エクレアと、クッキーシュー、」
ジュンク堂の下んトコ、
「ごめん、遅れたな、ちょっとな、混んでてな。」
「・・・」
「なんやねん?ほら、これ食って元気出せや。」
のんちゃんが泣いている。
「もう、会ってくれへんと思ってた。」
「そんなわけ無いやろ。泣くなよ。」
牛角。
「なぁ、セックスだけなんとちゃうのん。」
「うるさいなぁ。食い終わったら、俺の家来るか。」
「やり直すの?」
「もうやり直すしかないやろ。」
「誰とも出来ひんかったん?」
「別に、そんなことが理由じゃないわ。」
その日は久し振りにセックスせずに、ただ、二人で眠った。
「たいせーにそっくりや。」
「また、男の話ですか。」
「ううん、くるりの街、って曲。けいはーんでんしゃの~、ほら聞いて。」
「よー分からん。」
「たいせーはほんま、全力やな、全部に。スキマスイッチの全力少年みたい。もっとのんびりしたらええのに。」
「このまんまじゃ、成功出来ひん。お前と付き合ってから俺は、幸せすぎて、音楽も文章も必要なくなってしまった。」
「ええやんか、それでも別に。」
今思えば褒め言葉も、全部悪口に聞こえる。
喧嘩になる。のんの言葉が段々、キツくなり、俺は段々殴るようになっていった。
手を上げると、のんがビクッと手で顔を隠し、目を瞑る。
俺は、時折苛つきを壁にぶつけて、部屋の壁に穴を開けまくった。
どう頑張っても自分のことを、抑えつけられなかった。
何度も別れては一人になり、またすぐにヨリを戻しを繰り返し続けた。
演奏学科の地方公演会は、喧嘩してばっかりだった。大阪公演の時に、遂に爆発した。
「たいせー、お姉ちゃんと、お姉ちゃんの彼氏がご飯一緒に食べよ、って。」
「黙れ、連絡してくるな。」
俺は一人で大阪王将で、天津飯を食った。何の味もしなかった。
ポケットに手を突っ込んで、下向きながら歩いてる。
隣にのんちゃんが居ない。
当たり前がなくなって、大切なモノだったことに気が付いて、また連絡する、
「さっきはごめん、のんちゃん、もう会われへん?」
「明日、泊まりに行く。」
8月。のんちゃんが、学校を辞めた。
UAのTurboを薄い音で聞きながら、30分くらいフェラされていた。
気持ちよくて、心地よくて、最高の気分、ゆっくり、ゆっくり、ゆっくり、ゆっくりと、ゆっくりとゆっくりと抱き締め合う。
UAがスカートの砂を歌い終わっても、俺たちはまだ入れない。
のんびりのんびり、自然に、初めてセックス出来た時だった。
頭がぼんやりして、目の前が白色に霞んでる、多分ソレはのんちゃんも全く同じ。
二人で手を繋いで、ただ、何にも言わずに寝っ転がってる。
それが、人生で初めての、記憶に残るほど気持ちいいセックスだった。
技巧も性欲も何もない、愛とかでもない、セックス以外の何物でもない、ただのセックス。
夏、俺たち、何してたんだろう。浮かぶのは断片ばっかり。風景、匂い、街の雑音、99.999パーセント、空気に溶けてったコトバたち。風呂場で初めてお前の毛を剃ったこと、自転車の後ろにお前が乗ってたあの道、レコ屋の店員に、お前がオトコと間違えられたりさ。夏には祭りに行った、パン屋、長居公園、お弁当、イオンで食べるペッパーランチと丸亀、のんちゃん、俺は、楽しかった。
ほんとに、ほんとに、楽しかった。
橿原神宮まで送る、俺は勿論遅刻。
「じゃあな、行ってこいよ。頑張れ。」
「・・・行きたくない。」
「・・・コロッケ食うか。」
「うん。」
俺が牛すじ味噌コロッケ、のんちゃんはチーズ、二人で食う。
「今、借金、11万ある。覚えてる、分かってる。」
「・・・いつでもいいよ。返さなくてもいい。」
「返したいのに、ごめんな。」
頭を撫でてやる。
あの金髪が茶髪になってた。
のんちゃんがパン屋に入っていく。
俺は自分が情けなくて、どうしようもなくて、自分で自分のことを殺したくなってくる。
のんちゃんは働いてるってのに、俺は一体を何をしてるんだ?
元カレの話くらい、黙って聞いてやったらどうだ。
でも、ムカつくモン。
でも、って、お前みたいなオトコとずっと居てくれてるんだぜ?なんで素直に感謝出来ない?
金返せよ、もう真っ当に働け。
頭ん中色んなコトバが鳴り響く。
のんちゃん、ごめん、俺、ちゃんとしないと。
でも俺は同時に、確かめてみたい。
「コイツの許せないコトって何?何をしたら、俺のことが嫌いになるの?」
ソレが気になって気になって気になって、たまらない。
どんどんわがままが溢れかえっては、増長していく。
「これ、下さい。のん、すまん、お金。」
「うちは全然新しい服、買ってないのに。」
「なんか揉めてるみたいやけど。」
「俺、ヒモなんですー。」
「・・・」
外に出て大喧嘩、当たり前だ。俺はまるで王様みたいな気分。
「もういい!知らんわ!」
のんが離れてく。
黙れ、チビガキが。イライラする、イライラする!!服を買って貰ったって、ぜんっぜん嬉しくも何ともない。
既読がつかない。のんちゃんを探し回る。ボロボロの服着た歯の抜けたヤツが、クスリを探してフラついてる前を2度通りすぎて、ようやくのんちゃんを見つけ出した。
「ウチも、探してた。」
「歯の抜けた、」
「ボロボロの服着た!!」
「お前も見た?」
「うん。」
「お金、ゴメンな。」
「そうやで、ほんまに。うち一人働いて、お前は働いてないのに。」
「働くやん、待っててや。」
「そればっかりやんか。」
って喧嘩になりかかってると、俺らの隣で、バシン!!
「ナンジャボケェ、金やったら返す言うてんやろがい!」
「30万、返してよ!!」
ソレ見て俺、本当に反省。隣でのんちゃんが笑ってる。
どんな不幸も幸せも、すべて過ぎ去っていってしまう。
殆ど忘れていく。どんなにマリファナを吸って、記憶の糸を辿っても、全てを思い出すことは出来ない。
そして、二度と帰ってこない。
大切にしろって思ってたって、俺はどうしても、上手く出来ない。
のんちゃんのノートに溜まってく、歪んだ、狂った、絵。
俺は、どれ程頑張ったって、のんちゃんには勝てないのだ。
もう、音楽なんかどうでも良い。別れて、前髪切って、また付き合って、別れて、髪の毛バッサリ自分で切って、また付き合って。
浮かれてた。完全に調子に乗ってた。二人でブックオフで見つけた西村賢太を読んで、暴力を肯定されたような気がして、どんどんのめり込んでく。
コイツ、何処まで俺のこと好きなんだ?
何をされたら俺のこと嫌いになるんだ?
トイレと間違えて楽屋、すっげぇ煙かった。目当てのJah Shakaまで数時間、ジリジリした気分で居心地が悪い。
イイ女、イイ女、イイ女が、また一人、また一人、また一人消えていく。
ボブマーリーのExodusが流れて、次にワンラブ。
完璧に、喰らった。
その日、Jah Shaka以外は、Bob Marleyなんか鳴らさなかった。どいつもこいつも、まるで中身のないDJばっかりだった。
ホンモノだ。
3時間、踊り狂う。爆音の中で、スピーカーの真ん前で。ジャーシャカの踊りに合わせて。
終わって、明るくなったステージを見渡すと、100人以上居た客が、10人くらいしか残ってなかった。
時計を見ると、朝の6時。信じられっか?1時間オーバーしたんだぜ、たかか10人くらい相手に。
Jah Shakaは、マジで、ホンモノだった。
うちに帰ると、なんか息苦しい。立ってられない。即、整形外科に行く。案の定、レントゲンでハッキリ分かる。
あー、やっちまったわ。
「手、繋いどいて。」
看護師に手を繋いでて貰う。手がちんこに当たってるコトの方が気になって、手術が割と平気に感じたよ。
「痛い、痛い、のんちゃん、痛い。」
「大丈夫?痛そう。それ、どうなってんの。」
「肋骨の間にチューブ入ってるねん。」
「よしよし。しんどいなぁ。もうちょっと頑張ろうな。」
「明日も来て。今日、帰らんとって。」
「一時間しか居てあげられへん。働かんと、ここに来られへんくなるもん。」
「ごめんな、働かせて。のんちゃんごめんな、俺酷いことしてるわ、もっと大事にしたい。」
「何言うてんの。弱気なってんの。」
「のんちゃん、ごめん、」
手術を終えて、俺はカテーテルの痛みに耐えかねて、看護婦に殴りかかったのを、のんちゃんがぼんやり眺めてた。
余りにも痛いので、オピオイドを点滴して貰った。頭がぼんやりしてくる。良い気分になってると、のんちゃんが泣き始めた。
せっかく良い気分だったのに、また、これだ。
「どうしたんのんちゃん。」
毎日院内食を食わない俺に弁当を届けてくれる俺の母親が、のんちゃんに弁当を渡す。
「お前、また泣かせたんか。」
「うるさい。俺も分からんねん。」
「お母さんは帰るわ。あんた、ちゃんとしときや。」
母親がスグに仕事に向かう。
「しんどい、うち、もう、しんどい。」
「仕事か?」
「全部!!」
「ごめん、」
「家出て、バス停まで歩いて、バスが30分、次電車乗って八木まで1時間、八木から橿原神宮まで30分、そっから阿倍野まで30分、阿倍野からここまで電車乗って15分歩いて、たいせいに1時間会ったらまた電車乗って、橿原神宮まで戻って、働いて、家帰って、起きたらまたここに来るまでだけで何時間も何時間も、」
「ごめん・・・」
「そんなん、1週間も毎日かかさず、繰り返してるんやで。ごめん、泣いて。嫌いになった?」
「ならへんよ、ありがとう。」
後ろのおっさんがウルさく怒鳴りつけるもんだから、看護婦が泣いてしまった。
俺はゆっくり起き上がって、ナースステーションへ行く。
「なぁ、大丈夫やで、看護婦さん悪ない。あのおっさんが悪いわ。なぁ、俺、場所変えてもらえません?」
「良いよ、言っといたげる。」
その日の夜、寝付けずにぼんやりしてると、怒鳴られてた看護婦が部屋に入ってきた。
「・・・眠れないの?」
「うん。」
「眠剤あるよ。」
「辞めてるから。」
「それ、リスカ?アタシもしてた。」
「ふーん。」
こんなんばっかだな、俺に近寄ってくる女、って。
6.
「のんちゃん、のんちゃん、のんちゃんとデート!」って、繋いだ手を振り回しながら俺は喜んでる。
「のんちゃん、結婚するなら、」
同時のタイミングで
「俺、ウェディングドレス!」「うちタキシード!」
俺たちは同じ、同じなんだ。
古市のほか弁の前でのり弁を食いながら、プロポーズしたのが一回目。付き合って2週間、まだセックスする前だった。
「急にそんなこと言われても。」
「嫌なんか。」
「考えとく。」
あれからもう半年経つ。
文と文の隙間に零れ落ちてく、喧嘩と喧嘩の間にある幸せなことたち。
窓を開けて、わかばを吸う。コンコン、ノックが鳴る。俺は急いでタバコをペットボトルの中に突っ込んで火を消す。
「おおう、居ったんかい。」
「あっ、初めまして、のんの彼氏の、」
頭を下げてるのに、見向きすらしていない。
「タバコ、それ、ペットボトル、危ないで。」
そう言って、父親が部屋から出て行ったと同時、ロンくんが鏡の後ろから出てきて喉を鳴らす。
俺は退院してからすぐにこの部屋に来て、ずっと学校も行かずにのんの仕事の帰りを待っている。
本が山積みになったこの部屋は、なんだか物凄く落ち着けて、俺は一日中、眠り続けていた。
時々、ギシギシ音の鳴る底の抜けそうな廊下を通り過ぎて、階段を降りるとお姉ちゃんがあぶらで描いたパンダの壁画がある、それを見過ごして、キッチンのウォータークーラーで水を汲んで飲み干し、ボロッボロの便所でションベンする。
部屋に戻って、また眠る。
「これな、チキンと挟んで食べると美味しいねん!食べて欲しくて貰ってきた。」
「今食ったら、夜飯食えんやろ。」
「一口でイイから、食べて。」
「はぁ、」
モグッと食うと、確かに美味い。俺は1本ペロリと食ってしまった。
「お前の分、、、」
「いいよ、美味しかった?」
「めちゃくちゃ!!また貰ってきて、廃棄。」
布団の上で、仕事前に描いた絵を見せて貰う。項垂れて下向いて歩いてる男は、まさしく俺そのものだった。
「お前この家、俺以外の男、来たことあるんか?」
「そら、まぁな。うちが行ったら彼氏とかの親が、嫌がるし、」
「うっさい、どういう意味やねん?」
「前、言うたやろ?」
記憶を掘り返す。俺がブルース聴きながら、
「のん、俺たちにはな、サニーボーイウィリアムソンのブルースハープの、本当のところの意味なんか分からんねん。俺はイエロー、サニーボーイはブラック。」
「やったらうちには、分かるわ。」
「お前なんかにブルースが分かってたまるかよ。」
「うち、ブラックでは無いけど部落やもん。」
コンコン、ノックが聞こえる。
「はじめましてぇ。」
「あ、たいせーです。」
「たいへーくん、のんちゃん、ごはんできたよ。」
「あっ、すぐ行きます。」
やべぇ、かわいい、かわいすぎる、なんだあれは。
「うーわ、普段あんなんちゃうのに、ぶりっ子しやがって、お前も何デレデレしてるねん、きもちわる。」
「うるさいな、あーもう、お姉ちゃんと入れ替われや!」
「もう、また喧嘩なる。一回ご飯にしよう。」
下に降りてく。お父さんが座ってる。全く、一言も話さない。
お姉ちゃんが作った豚の丸焼きをみんなで、いただく。
「あー、美味い、最高です。」
「ほんと?また作るね。」
お父さん、地獄だな。出てくる料理全てに、味が全くしない。
俺は無理矢理水で飲み干しながら、流し込むように食っていく。
「ごちそうさまです。美味しかったぁ、なぁ、のん。」
のんがニヤニヤ。「せやな、美味しかったな。」
二人で急いで部屋に戻る。
「あじ、うっす。」
「やばいやろ、」
「いや、どういうこと?なんであんな味薄いん?」
「逆にうちらの舌が味覚障害なんか?って、勘違いするよな。」
そんなことあーだこーだ笑いながらクスクス話してると、隣の部屋にお父さんが来た。
のんに引っ張られて、リビングに戻る。
風呂上がりのパジャマ姿のお姉ちゃんは、あまりにも可愛すぎて、思わず失神してしまいそうになった。眼鏡を取った姿も、強烈に可愛い、可愛い、可愛い。おれはのんちゃんなんて見向きもせずにお姉ちゃんの方を見上げては眺め倒す。
「たいへーくん、おふおはいゆ?」
「えっ?」
「たいせーくん、おふろはいる?」
「あっ、是非。」
ってコトで、俺は風呂に入る。
ノックが聞こえる、「あっ、はい。」
「開けてもいいー?」
「あー、どうしよ、」
おれはアレを上手くドアで隠して、ドアを開けた。
「はふひっほいへ。」
オノレには、歯ぁが無いんか?
「えっ、なんて。」
「はふ、、まらあろえわあうとおもう。」
何を言ってるのか分からないほど強烈なまでの舌っ足らず。のんちゃんいわく、
「普段は普通に話せる。お前の前やからかわいこぶり過ぎ。高校までずっと不登校で、彼氏は26歳になって初めて出来た、そんな人生歩んではるから、どうやってぶりっ子したらいいのかわからんねん。かわいい言うたり、喜ぶわ。」
水圧の弱すぎるシャワーをなんとか終え、タオルで体を拭いて外に出ると、ガスファンヒーターがついていた。なるほど、ガス消しといて、っつってたのか。
「いやー、風呂、アリガトウございました。」
「ううん、つぎのんちゃんはいう?」
「うん、たいせー、お姉ちゃんと話しとけばいいやん。よかったな、かわいいって言うてたもんな。」
「おねえちゃんは可愛いけどな、お前より、居心地悪い。」
隣のお父さんに聞こえないように、ひそひそと話す。
「うるさいわ、うちよりお姉ちゃんがイイなら、お姉ちゃん襲いにいきや。」
「なぁ、って。」
「聞こえるって、とうちゃんに。」
「なぁ、って。」
触らせる。
「お前としたいねん。風呂上がり良い匂いやわぁ、」
「はぁ、手コキして欲しくて急にうちのこと褒めるの辞めて。」
コイツに手コキされると、いつも俺は5分持たなかった。
コンコン、ノック、めんどくさいから寝てるフリをしてると、部屋の中に入ってきて、布団を持ち上げられた。
「はじめまして!たいせーくん?」
うわっ、びっくりした、誰だ?
「長女です。」
「えっ、ウソでしょ。」
「ホントです。」
「・・・」
俺は思わず絶句した。
お姉様、ぶりっ子眼鏡、茶髪ゴリラ、って感じるぐらいの差があった。流石、ファッション雑誌に載ってるだけある。
「見て、痛いわ。たいせいこんな女好きやろ。これ、何歳やと思う?」
「24とか?」
「30!でホットパンツ履いてさ、恥ずかしい。ノリノリで、」
「いや、ウソやろ?30?」
食い入るように何度も何度も眺めた太ももと顔面が目の前に。実物の方が圧倒的にエロい。
「ドライブしよっか。二人きりで。」
このおねーさん、ちょくちょく俺のことをおちょくってくる。
自分がキレイだって分かりきってる女独特の余裕。
「モモ、食べたことある?」
「ないっす。」
「じゃあ、モモ。と、」
「俺ほうれん草カレーと、チョコレートナンと、ラッシー、」
「あ、あたしはチャイ。以上で。」
ここがあの、のんがよく話してたインド料理屋か。
「あたしのかれし、マリファナ吸ったことあるよ。」
「そうなんすか。」
常にマウント取ってくる感じが疲れる。他の女と二人っきりになる度に、俺は、やっぱりのんちゃんが好きだな、って思う。
デッケースーパーで買い物して、榛原へ。のんちゃんの送り迎えを済ませる。
「ラッシー飲んだわ。」
「うわ、ラッシー嫌い。」
「なんで?」
「感触とかが精子に似てる。」
「はぁ?お前、俺の、飲んだことないやんけ。」
「え、」
「お前なぁ、」
「だって、飲まされたんやもん。その日、インド料理屋でさ、ラッシー頼んだら、そっくりで、それから、ラッシー嫌い。」
「そんな詳しく聞いてないやろ。お前、お前、飲め、俺のも飲め。」
俺は、脱いで、突っ込む。
「そいつとどっちが気持ちええねん!」
「たいせー、たいせー、」
「ほんまか。」
「そいつには入れさせてないもん。」
「黙れ、ボケ。とっとと忘れろ。」
出す寸前にゴム取って、口の中に出した。のんが目を瞑って、泣きそうになりながら飲んでる。
俺はすぐに、ディープキスをした。
大和八木のイオン、バスの中で大喧嘩。
「元カレとよく行ってたわ。」
バスから降りて、イオンまで喧嘩しながら歩くことにした。
「ここや、ここで元カレとも喧嘩してん、同じや、」
「いい加減にしろや、お前は、」
「お前なんか、お前なんか、元カレと同じや!記念日だって、同じや!」
「ウルサい、もう帰るわ。」
二人バラバラに歩いて、寂しくなって、走り回って、見つけ出して、仲直りする。
いっつも喧嘩ばっかりしてる。
イオンで遊んでると次女が、インフルで今から帰る、って連絡してきた。
「じゃあ今日は休んでて、たいせーが飯作ります、って送っとけ。」
「モテたいんやな。」
「そんなんちゃうやろ。」
俺はうどんと出汁と肉を買うことにした。それからまたしばらく、本屋を覗いたりして、家に帰ったらもう、夕方だった。
「うどんは?」
「あっ、帰ってきたらすぐ作ろうかなって。」
「面倒臭いなら良いよ!もう!!」
ドン、ドン、ドン、って廊下を踏みつける音。思いっ切りガラスで出来たふすまを閉める音。ガシャン!!
「のんちゃん、俺、俺、なんか悪いことした?」
「うちらの家族は全員、人の料理に飢えてるねん。給食が餓死から救ってくれてた。夏休みなんか、2週間も、水と塩しかなかったんやから。」
「なにそれ、どういうコト?」
「お父さんもお母さんも、両方浮気。家帰ってこなくて、長女はもうとっくにこんな家に見切りつけて、男と暮らしてたし、」
「今からうどん作っても遅いかな?」
「もう遅い。あぁなったらもう放っといたり。」
耳成から歩いてる、ひたすら歩いてる。田んぼと車以外には何も無いようなド田舎、だんだんイライラしてきて喧嘩になる。
「腹減った!!何食うねん!!」
「もうちょっとしたら、ラーメンあるよ。」
「あー、もう疲れた、ちょっと前まで入院してたのに、」
「うちだって、お前が働かんから、働いてるやんか。」
「それは言うなや。」
ビンタして、静まり込んで睨み付けてくるのんに、罵詈雑言。俺は本当に、最低だ。こんなの理不尽だ。
二人でラーメンを啜る。
「うまないな。」
「しーっ!店の外出てから。」
少し残して外に出て、
「のんちゃんごめんな、お腹空いてただけやった。」
「ううん、大丈夫。でも、喧嘩せんとこ。喧嘩したときって、ご飯おいしくない。」
「そうやな、ごめん。」
「あっ、サーティーワンあるよ、食べる?」
二人でレモン味を食って、さっきのラーメンの不快な脂を流し落とした。スッキリした。
それから古本屋で、俺はリーバイスのベルボトムを掘り当てた。めちゃくちゃ渋い、最高にイケてる。
のんちゃんも何冊か本を買って、二人でニッコリ家まで帰った。
「まだ寝させろや、」
「せっかく休みにして貰ったのに、」
「なにがいな。」
「今日、誕生日。」
「うわー、誕生日にデートとか、普通のヤツらみたいで嫌や。お前、そんなん好きなん?」
「うるさい!!もういい!!もういい!!」
大喧嘩からのんちゃんの誕生日が始まった。難波行こ、って予定が、気が付けばもう夕方。
「もう。何も出来ひんかったやん。」
次の日のんが仕事に行き、一人になり気付く、俺、サイテー。
その頃二人で一緒にリピートしてた田我流の、これがアレかも、、、って曲の歌詞がスッポリとハマるような日々。
こんな幸せな日々、長く続くはずもなく、少しずつ現実に引き戻されてく。
明日こそ学校行かねーと、そう思いながらのんちゃんに抱きつく。
「学校行きたくない」
「しんどいな。行かんかったら?あんなとこ。」
「あかん、頑張るわ。のんちゃんも仕事してるねんしな、俺だって。」
のんちゃんのラインのアイコンは、筑摩学芸文庫から、俺の選んだオリエンタルカレーのコックに変わっていた。
まず俺は、働き始めた。派遣の清掃員だ。
クソみてぇな先輩におちょくられながら、たった一時間半で実務終了。
電車賃代考えて、赤字だ。即、行くのを辞めた。
次に俺は、文化祭のステージにエントリーした。
サイテーの赤っ恥だった。失敗に終わり、のんの元に駆け寄ると、同期に頭を撫でられてる。
「おい、どけや。」
「ヒッピー、のんちゃん学校辞めて、久し振りやから、、、」
「頭勝手に触んなや、殺すぞ、大体お前も拒否出来たやろがい!」
「だって。」
帰り道に、ライヴの感想を聞いてみた。
「昔はほんまにかっこ良かったケド、さっきのは、60点。」
「うるさいな、幸せすぎてなんも表すモンないねん、しゃあないやろ。」
「昔の焼き回しみたい。もっと、幸せってコトを表現したら?」
「嫌やねん、俺は、俺は、」
「はぁ、また喧嘩なるな、ごめんな。ご飯前やから、喧嘩せんとこ。」
二人で黙って歩いてく。
お夢や
って看板に、二人で大爆笑する。
「オムライス屋さんでその名前は、」
「おもろい。」
店内に入って、オムライスを頼む。
不味い。
早々に外に出て、大笑いする。
「夢のない店やな。」
「夢のない店や、奢って貰ってて悪いけど、クソ不味かったな。」
まず、尺八の先生に診断書を渡す。
「入院してまして、そのあと自宅療養してました。」
「そうか、大変やったね。でもね、君、人生はこれから、もっとしんどいことしかないよ。」
なんつーこと抜かすんだ、この先生は。
でも、何個か、どうしても誤魔化せない授業が出てくる。俺は、泣きそうな顔しながら23前のソファで頭を抱えていた。
「ヒッピー、どうしたん。」
副手の女が隣に来て、俺の指を触ってくる。
「大丈夫?」
「俺、ダブるかも、、、」
「一緒にやり方考えよ。」
この副手が走り回ってくれたおかげで、俺はなんとか無事、冬休みを迎えられた。
俺の出席日数で留年しないのは、奇跡を通り越して、単なる不正だった。
7.
「なんでそんな機嫌悪いねん。」
「仕事、疲れてるから、」
「仕事疲れてるのにわざわざ俺の家来てご苦労さん。」
「なんでそんな言い方するん?」
「うっさい、もう、黙れ、俺だってイラついてる、帰れ!」
「嫌や!もう終電ないもん、嫌や!」
階段から突き落として、カラーボックス上から投げて、
「出てけ!」
こんなことを、もう、何度も繰り返してる。
はー、スッキリしたぜ。って思ってられるのなんて、十数秒、出て行くのんを見ながら、
「ほら、出て行くねん、ほら、出て行くねん!お前は俺のこと嫌いやねん!」
「違うわ!帰れ、って言うから、」
「帰れって言われて帰るようなら帰れ!」
なぁ、俺、ジョゼ見てねーのに、ずっと、このセリフ言い続けてたんだ。
ジョゼ見たとき、思わず、そのセリフで感極まって号泣したよ。
学校最後の日、バス乗り場、タバコ吸いながら、イイ女を眺めてた。サイコーの太もも、茶色のロングヘア。のんと大違いだ。のんは、刈り上げてるし、前髪は自分で切るから無茶苦茶だ。
「バス、次いつか分かります?」
「後、30分ありますよ。」
「えー、コンビニ行きません?」
「あ、行きましょ!寒いしー。」
「どうせやったら、一緒に帰りません?」
「えっ、帰ろ。」
「そんなん言うて、待っててくれんの、ちゃんと?ほんまに?夢見てんちゃう?こんな可愛い子と帰れるんや、俺。」
「彼女居るん。」
「うん。」
「うわっ、サイテー。アタシの元カレも浮気してた。」
この頃にはもう、太ももが俺の脚に当たるくらいにくっついてる。ツラかったツラかった話を聞いてあげながら、クソどうでもイイな、って思う。
「誰とでも寝ちゃう。」へー、そうなんですか。
「別に良いんちゃう?」
「このまんまじゃあかんの、分かってるのに。」
のんの話なら、もっと笑える。笑った後に、胸が疼く。コイツの話を聞いてても、俺は何も感じない。
またもや浮気しようにも出来なかった。
のんちゃんにライン、
「俺お前のこと、めっちゃくちゃ好きやわ。」
「女の子と一緒に居るんやろ?」
「・・・そうや。」
のんを突き飛ばし、バイト終わり、終電の無い外に放置して、しばらくすると反省してのんを探しに外に出て、コンビニで見つけて泣いてるのんを抱き締めて、謝って、セックスする、みたいな日々を繰り返し、ある日、唐突に、
「あっ、ヤバい予感する、」
って強烈に思って、いつもより早く家から出て、走って追いかけて、ファミマん中、のんちゃんが下を向いて泣いてる。
「どしてん、帰るぞ。ごめんやんか。」
「・・・」
「ほんまに、嫌いなった?」
「ちがう、はぁ、はぁ、はぁ、」
過呼吸気味、外に出して抱き締めようとすると、離れる。
「どないしてん、」
「痴漢された、襲われた、」
「どんなヤツや?殺しに行ったる。」
「あかん、辞めて、」
「クソ!!俺や、俺が悪い、もう二度と外追い出さん。」
「それ、昨日も言うてたで。」
「今回は違う、のんちゃん、俺証拠に髪の毛切る。働くわ。」
「・・・ほんまに?」
「あー、もう俺はほんまに生まれ変わる。」
「しかし人間って、ほんまに怖い時は、きゃー、じゃない。気が付けば、アアアアオオオオオオー!!って叫んでた。抱きつかれたけど、すぐ逃げてってん、」
「ほんまに、ほんまに、ほんまに悪かった。」
家に帰り、俺はのんを思いっきし抱き締めた。
「のん、もうさ、別れるって言うて別れへんの、コレで最後にしよう。キリないし、意味ない。もう行けるところまで行ってみよ。」
「初めから言うてるやんか。」
「のんちゃん、同棲しよう。家、借りよう。俺、マジで働くからさ。」
「ほんま?嬉しい。ウチも、実家居にくいねん。」
「俺も、この家やとたまに親父に出会すから、嫌やねん。俺の生活費、一ヶ月15000円やったんが30000になってから、ずっと機嫌悪い。次、休みいつ?」
「明日。」
「じゃあ明日、家探しに行こう。何処がイイ?俺の学校に近い方が良いけど、近すぎるとのんちゃんが下宿のヤツらに出会すのが嫌なのを鑑みると、」
「藤井寺!!」
「へぇ、芸大、ね。その長い髪は切れる?」
「すぐにでも切ってきます!」
1000円カットでクソみたいな髪型にして、毎朝起きてジュディマリのラッキープール聞きながら、自転車漕いで30分。スーパー銭湯のお湯の温度を測ったりするだけの、退屈極まりない仕事を始めた。
サウナのタオル換えに外に出た瞬間に、ポケットに隠しといたわかばをおもっっっきし肺にねじ込んで、吐き出す。1分半で1本吸いきる、それだけが楽しみだった。
1ヶ月持たなかった。俺は口座から30万、奨学金を下ろすことにした。
「のんちゃんの借金は、俺が全額出すのでチャラにしてくれ。」
「なんか、釈然としいひんなぁ。」
「釈然としいひんて、同棲費用のんちゃん1円も出さんでええんやで。」
「大体な、うちがいくら使ってるか!これ見て!買ったわ!回数券!」
「あんなに使い切ってしまったら、一生会えなくなる気がしてずっと買わなかった回数券やんけ。」
「電車賃考えてよ、時間も考えてよ、ずっとたいせいのために、」
「うるさい!」
バイトの帰り道、歩いて迎えに来たのんちゃんと、クタクタになってる俺でいっつも、大喧嘩。
8.
「リュウと話してて、俺らこのまんまじゃヤバいよな、って。ヒッピー、一番抜けやんか。」
「せやな。俺はもうあれから半年、酒も草も抜いてる。」
「やから、ちょっとみんなで集まって話し合おうや。」
俺は阿倍野のスタンダードブックストアでトレインスポッティングの原作を買って、ついつい夢中になって、電車を乗り過ごしちまった。
待ち合わせ場所について、リュウの口角の上がったツラを見て、何もかも全てを悟る。とっとと家に帰りたい。
「なぁ、俺ら、辞めなって。」ニヘラー。
「ヒッピー、草はクスリちゃうよなぁ?」
「俺もう、帰ってイイか?」
「ヤバいぃぃぃ!脚折れたあぁぁ!」
勘弁してくれって話だ。のんと今から、来年こそは喧嘩しないでおこうね、って、寿司取り寄せて年越し蕎麦食おうって、いただきますしてる瞬間に鳴る電話。
「7枚半、食ってもうたー。」
黙っててくれよ、最低の姫初めになることはもう確定。30分も、
「普通に歩けてるってコトは、脚折れてないから。」
「なるほどな、ところで、俺の脚って・・・」
を繰り返し、やっとのことで電話を切り、リュウに説明の電話を入れて押し付けて、やっとのことで席に着く。
「のんちゃん怒ってる?」
「怒ってないって!」
「怒ってるやんけ!」
「そんなんいうから腹立つねん、」
「あかん、大晦日やで。喧嘩せんとこ。」
「はぁ?やったら電話、もっと早く切ったらええやんか。」
「しゃあないやろ、マイキーが7枚半食って!」
またかかってくる電話。
いい加減にしてくれよ、俺だってもう、いっぱいいっぱいなんだよ。
俺とマイキーは、気持ち良くなりたいなんて全然思わない。ただ、自分のことを傷つけるためにクスリをやってた。
藤井寺で降りた。
二人で、何軒か周ってみたけど、どれもこれもいまいちピンと来ない。
3軒目で土師ノ里に、気になる家を見つけた。
入った瞬間、二人同時に気に入った。
「もう、ここにしようや。」
「もうちょっと考えへん?今日、真っ暗な中、懐中電灯で見てるだけやん。」
「ほら、ここ!台あります?」
二人で、トタンになってるベランダに移動した。俺達は下を見下ろした。
もう俺達がここに住むのは、最初から決まっていることだった、って思った。
30万くらい下ろした奨学金の、20万くらいを契約料に充てて、残りの10万円で、ガスコンロや冷蔵庫なんかを買う。
着々と進んでいく。
のんが仕事を辞めた。俺達は、当たり前のように飛ぶ。飛ぶ以外の辞め方を知らないから。
「のんちゃん、ここに俺の稼いだ7万があります。」
「うん。」
「浮いたお金で、パーッと、広島でも行きますか。」
姫路で降りる。キレイな町並みだ。
「のんちゃんアレが姫路城、オイ、」
「なんか、そういうの興味ない。うちは鳩を見たい。」
「鳩なんか、なにがおもろいねん。」
「旅行なんかしたことないねんもん。」
「なんでそんな機嫌悪いねん。」
さっそく揉める。尾道で切り替えて、二人で商店街を歩いて行く。
ロープウェイで登って、下までゆっくりと歩きながら降りていく。
広島駅に着く頃にはもう夜になってて、原爆ドームのある公園を歩いてると、急に、とてつもなく寂しくなった。
「のんちゃん、怖いねん、俺、怖いねん!」
「ウチも怖い。」
抱き締めると、あんなに太ってムチムチしてたのんちゃんが、ガリガリに痩せているのに気がついた。
俺たちもうすぐ、付き合って1年になるんだぜ。
1泊目の宿は狭い和室で、畳の良い匂いがした。
「今日はのんちゃん、しません!明日しよう。」
「うん、疲れたな。」
抱き締め合って、手を繋ぎ合って、眠った。
次の日、二人で路面電車に揺られた。日の光がぼんやりと暖かい。海沿いをゆっくり走り抜けていく単調なリズムの中で、俺達は身を寄せ合って眠る。
乗り物酔いで気持ち悪い。フェリーに乗って、いよいよ吐きそう。
のんちゃんと二人で外に出て、したら、風を浴びてるのんが、美しいお姫様みたいに、でも、憎たらしいクソガキみたいに見えた。
キスしたら、吐き気が一気に収まった。
鹿、鹿、鹿、鹿の群れ!!二人でもみ饅食って、海辺歩いたりしてると、あっという間に夕方。
「ポテト!」
「食べる?」
「いいの?」
「俺もさっきテンションあがって、全然関係ない牛串食ったし。」
のんがポテトを頼む。瞬間、鹿鹿鹿鹿鹿、のんちゃんが逃げ回ってるのを見て俺はゲッラゲラ大笑い。
ドラクエかなんかかよ、ってくらい、シカを引き連れて懸命にポテト食ってるのんを見て、笑いが止まらない。
コイツのこと、ホントに好きだなと思うし、同棲しよう、って改めて思う。
2日目の宿はドミトリーで、俺達はクソ狭い中抱き締め合って、外人のいびきを聞きながら寝なきゃいけなかった。タバコも自由に吸えない。
俺達は、ドミトリー、の意味を知らなかった。カッケーと思ってドミトリーにしたらコレだ。
コンビニ行って、タバコを吸う。自然と喧嘩になる。
「同棲なんか!辞めといたら良かったわ!!」
「仕事辞めてんぞ、お前は、お前は、なんでそんなヒドいことが言えるん?」
「お前が昔のオトコの話するからやろ、」
「それはお前が聞いてくるからや!」
「もう、辞めよ、広島やで、」
「そうや、ウチら悪ない。ドミトリーなのが悪い。」
「はぁーあ。セックスはナシやな。」
手で触る。手で触られる。
のんは俺のちんこを握ってると、眠くなるらしい。俺はいつも触らせて寝ていた。
のんは、生理2日目が超絶機嫌悪い。
俺は、生理中のイライラは全部飲み込むようにして、夜は、へその下辺りに手を乗せてゆっくりさすったりしながら眠ってた。
生理だろうが関係無しにヤリまくった。
俺達は今、セックスレスだ。もう、2日もしてない。
「ごめん、もしもし?あのさ、引っ越し頼める?」
「んー、彼氏が車乗れたと思う。」
段ボールに包まれた部屋の壁に、
「FUCK」
ってデカく描いて、のんを誘って、思い出の飯屋を巡る。ふくちあん、カツオーレ、にんにくや、からあげ道場のトンカツ、パリーネ、モンブラン山田。さみしい、さみしい、キョーレツにさみしい。
「また、来たらいいやんか。」
二人で食い切れねーほど買い込んだ飯を、川縁で食う。
マイキーとUFO見たり、のんちゃんと銭湯帰りに寝そべった川縁。さ、明日にはチカが家に来る。
お別れだ。アリガトウ、住吉。