タオ

 


「<じぶんの手に入るものがすき>ってことは<じぶんのすきなものを手に入れる>ってこととおんなじだって」

from 不思議の国のアリス by ルイス・キャロル

 

 何も知らないってのは何もかも知ってるのと同じ
 何もかも知ってるってのは何も知らないのと同じ
 中途半端に知っちまったら、知り尽くすか、忘れる去るか、だ。
 それ以外に方法は無い。
 完全に理解出来てるなら、もう何も学ぶ必要が無いし、
 ま、完全に理解出来てるヤツほど、全然分からないって言うんだけどな。

 王様は乞食と同じ
 乞食は王様と同じ
 真ん中のヤツに上も下もない、真ん中のヤツは努力してもしなくても、ずっと真ん中、永遠に変わらない
 品格、気品は生まれつき。
 金持ちは金持ちの身の振るい方をする、トラブルになるだけだから、わざわざ金を持ってる、なんて言う必要性がない。
 だから、貧乏人が金持ちのフリしてたらすぐに丸分かり。
 本当の金持ちは、いちいち名の知れたブランド物なんて着ないし、モノを凄く大切に使う。
 ブランド物を身につければつけるほど、貧乏なのをアピールしてるのと同じ。

 プライドは大切だ。
 プライドが高過ぎると見失う。
 プライドが低すぎるのは論外。
 
 それが好きで、コレクションしてるようなヤツは大して愛着を持ってない。
 本当に好きなら、常に触ってられるだけの量で充分。そういうヤツは、一生を掛けて少しのものをずっと大切にしてられる。
 成功しても不幸になるだけ。大勢に受け入れられれば受け入れられるほど、その分理解してないヤツがひたすらに増え続けるから。
 仏教なんかを鑑みればそれがよく分かるはずだ。
 本当の成功ってのは、ただ一人の人間の人生を完全に変えちまうこと、何らかしらの行動を起こさせること。
 そして、それは、自分の予期せぬ方法で無ければならない。

 常に自分と反対意見を言う人間を傍に置いておくこと。
 挑発は、必要最低限に抑えること。
 いつまでも挑発しか出来ないヤツは自分の意見に責任を持てないただのヘタレ。
 強制して自分の思い通りになる様な人間は退屈。
 だが、余りにも無視し続けてわざと真逆のコトをし続けるのは、ある意味ものすごく従順な犬と同じ。
 大切なのは、本心からの意志を貫き通してるかどうか。
 だが、余りにもずっと初心に拘り過ぎると、段々とブレてるコトにすら気がつけなくなっちまう。

 何も持ってないヤツは外面が悲惨な分、中身がクソ程豊かだ
 何もかも持ってるヤツは内面が悲惨な分、外見がクソ程豊かだ
 逃げ回るコトは立ち向かうコトだし、
 立ち向かうコトは逃げ回ってるってコトだ。
 ツレが多いヤツはずっと一人ぼっちだが、孤独にはなれない。
 天涯孤独のヤツは一生離れられない最良の友と一緒に居る、ソイツの名前は、孤独。

 ビジネスが絡んだ時点で全てゴミ。
 これはビジネスですよ、ってハナから明言してたら少しはマシになる、ってだけ。
 だが、全く金に無関心だと、一瞬しか継続出来ない。
 社会には参入するか、存在を完全に無視するか、しかない。
 社会批判を行った時点で、既に社会に参入している。


 バランスを取れ。
 偏り過ぎちゃ行けない。
 黒色の中に白色を置いて、白色の中に黒色を置いてる、より俺は、黒と白が完全に分離して灰色にならずに一致している状態こそが本当だと思ってる。
 常に擦り減らしながら集中を強いる永遠に終わらないオセロの様に生きるべきだ。

 大切なのは瞬間。
 瞬間は永遠。
 永遠は瞬間。
 全て受け入れてるのは、全てを無視してるのと全く同じ。
 情報を詰め込み過ぎると、伝わらない。
 この文章みたいに。
 だが、何も伝えようとしないと、何も伝わらない。
 99%でも120%でもダメだ、100%じゃないとね。
 時には75%になったり250%になったりしてもいい。

 自由は、自由過ぎると不自由だし、
 自由への活路が見出だせるのはいつだって強烈な不自由の中でだけ。
 欲しがり過ぎたら手に入らないし、
 欲しがらなければ手に入らない。

 後はそうだな。尊敬と崇拝だけは辞めとけ。
 どんだけクスリをやっても、どんだけヤバい過去を背負ってても、どんだけすげぇ経験してきても、人間は永遠に人間だし。
 依存症に関しては、依存しない、ってことに依存してるから考えるだけ無意味。
 だが、考えすぎないのはそれより最悪。
 
 散々考えたら、後は飛び込め。
 もしそれが怖いと思ったなら、いつだってそこに答えがある。
 逃げれる内に逃げてろよ。
 楽しいのは、救いなんて何処にも無いって分かるまでの内だけだしな。


 ま、せいぜい後悔だけはしないコトだな。
 

 
 
 

発狂痴態

 

 

 

この話に似たようなこと、あなたにもきっと起こるでしょう、だけどそんなときは怖がらないで、飛び込んで by UA 瞬間
 

 

 

1.

 残り僅かの茎混じりのウィードが入ったパケを振って、ジャニパイに詰め込んで吸い込んだ。ラブホテルの面接を終えてきたばっかり、次の面接は4時間後、これだけ連日吸い込んでりゃ2時間もすりゃ切れる、退屈で仕方が無いから取り敢えず吸って待つしか無かった。
 絶望的そのものだった。背水の陣とかなんとか、2〜3日前にぶっ飛びながら母親に電話した。俺は母親が怖くて、ぶっ飛びながらじゃないと電話なんて出来なかった。「もう、これっきりな。」って振り込まれた止まりかけのガス代に使う分の10000円は、激安デリヘルに使って消えた。80kgぐらいある40歳のホス狂いに突っ込んで、皮肉交じりに「滅茶苦茶気持ち良かった。」なんて言った。昼間だった。窓から狂ったみたいに差し込んでくる太陽の光。
 デリヘル嬢と寝たばかりの部屋に居続けるのは余りにも地獄で、外に飛び出して、わかばの先っちょを抜いて作ったジョイントを吸いながら、funkadelicのone nation under a grooveを聞きながら公園を散歩してると、桜の余りの美しさに涙が止まらなかった。
 70歳を過ぎた夫婦も俺と同じ気持ちだったようだ。環境も立場も生活水準も歩んで来た人生も何もかも違ったが、桜の美しさだけは誰に対しても平等だと思った。
 腹が減って腹が減って仕方なかった。後数日すれば携帯が止まる。古着屋の面接に立て続けに落ち続けて、レコード屋の面接にも落ち、個室ビデオの面接にも落ちて、最後の望みの綱のラブホテルですらも落ち続けていた。ウィードを吸いながら面接を受けても、ウィードを抜いて面接を受けても、結果は全く同じだった。
 自転車を漕ぎながらUAを聞いて面接に向かってると、「ふいに、ふいに太陽」って歌詞がヤケに頭の中を回った。
 ま、言うまでもなく、面接にはカスリもしなかった。


 

 冷凍庫の中から発掘されたいつからあるのかよく分からない鶏の軟骨のパックを半分焼いて、この家にある唯一の調味料、レモン汁と塩コショウをかけて食って滅茶苦茶腹を壊した。腹が減ってれば人はなんでも食う、みたいに思われがちだが、腹が減ってると味覚と嗅覚が敏感になって、普段なら食えるものも食えたモンじゃなくなる。2〜3日ろくに食ってないとは言えど、マズイもんはマズイ。
 ツレに電話をかけた。
「なぁ、履歴書があかんのかな?でもさ、証明写真撮る金なんかねーんだよ。」
「志望動機にさ、死にそうだからです、って書きなよ。」
イカれてるって思われて終わりだよ。あーあ。明日もクソ面接だよ。あー。腹減った。」
「死ぬなよ。また電話してくれよ。」
「いや、これが最後だわ。今月でケータイが止まる。」
 電話を切って、履歴書に、「死にたくないからです。」って書いて、一人で笑った。
 笑うしかなかった。

 

 自転車を漕いで鶴橋、面接まではまだ時間があった。マッチングアプリはろくに機能してない様に思えた。こんな俺に会いたいヤツなんて、俺と同じ位どうしようもないヤツしか居ない。高架下でわかばを吸いながら公園で咲いてる桜を見ていた。俺にしては珍しくシラフだった。俺は孤独だった。暇で、退屈で、ラブホテル横のコンビニに入って時間を潰してると、外人が居て、足元を見ると裸足だった。外に出て一人で笑って、少し早いがラブホテルの中に入った。
 青色の髪の毛の40歳を過ぎた女に中に通され、席に座って床を見てた。15分が経って、イカツイおっさんが入って来て、履歴書を渡すなり、
「お前、狂ってんな。」
「・・・」
「採用。金、あるか?うまい棒食うか?」
「余りにも腹が減りすぎてて、スナックなんか食ったら吐きますよ。」
「じゃあ、1000円やる。お前の職場は、谷九の修行部屋、ってラブホテルや。今から向かえ。携帯止まってないか?」
「はい。」
「んな、地図見ながら急げ。ホラ、立て!」
 俺は自転車を漕ぎながら、谷九まで、必死に自転車を漕いだ。
 ラブホテルの中に入り、何人かに挨拶をし、女の店長に1000円札を1枚貰い、一目散にほっともっとに向かって、のり弁当の大盛りを頼み、公園で桜なんかには目もくれずに食い始めた。
 今まで一人で食った飯の中で、一番美味かった。

 


 夜、なかなか寝付けずに、ほとんどキーフみたいにカスッカスの残り滓が入ったパケにわかばの先っちょを抜いたのを入れて、よく揉み込んで、タバコの葉っぱにパケのベタつきを無理矢理付着させてジャニパイに入れて吸い込んだ。
 久々に効きまくった、ガツンとハンマーで脳天をぶん殴られたみたいに、部屋の隅で、しばらく三角座りしながら涎を垂らしていた。音楽すら聴かなかった。
 夜が更けて、窓閉めて、お日様が少し登ってきた。ずっと前からそうだったが、段々憂鬱になってきた。インドじゃカースト制度なんて言って、生まれつき職業が決まってる、みたいな話を聞いたことがあった。俺にはやっぱり、ラブホテルしか行き先が無かった。
 高校を辞めたとき、俺は冷凍倉庫で働いていて、冷凍のフォアグラのバーコードについた霜をひたすら布で何時間も拭き続ける仕事をしていたコトがある。
 高校に居ても地獄で、高校を辞めても地獄で、自殺だけが俺にとっての蜘蛛の糸の様に思えた。仕事終わり、公園で缶コーヒーを飲んでタバコを吸いながら、大森靖子がまだ有名になる前のアルバムを聞いては泣いていた。
 俺の人生、一体なんだってんだ?世界が悪いんじゃなくて、俺がクソッタレなのかも知れない、なんて思い治したってなんの役にも立たなくて、俺は、大型トラックしか通らない埠頭の駅まで道のりを、ひたすら青信号で待って、赤信号で渡り続けたが、誰も轢き殺してはくれなかった。
 誰も居ない灰色のモノレールの駅中、俺は黄色い線からハミ出してケンケンパをしては片脚で下を覗き込んだ。俺にとって死は、生きてることに比べたら全然怖くなかった。
 家に帰り、脱法ハーブを吸い、朝起きてまたどうしようもなさすぎる仕事に行く、そんな日々を何ヶ月か過ごし、俺は気が狂って半年間、カーテンを閉めて真っ暗にした陽の全く当たらない何もない部屋で、ひたすら一日中三角座りをし続けて過ごした。
 別にわざわざ死ななくたって、死んでるようなモンだった。
 で、大学に行って俺は、人生で初めて、人に愛された。
 それは、鋭いナイフで心臓を突き刺されるような恋だった。18年間、生まれてから一度もロクなコトが無かった苦しみの日々も、コイツと出逢う為には仕方なかったんだな、なんて思えるくらいに俺は幸せに過ごし、それから一年位が経って、あの冷凍倉庫の日々を書き始めた。
 俺はそれを、志望動機に死にそうだからです、って書け、って言ってきたツレに見せた。
「これだとあまりに救いがなさすぎる。ほんの微かな光すらないよ、これは。」
 って感想を貰った。事実、救いなんてあの頃は自殺以外に何も無かった。
 で、そのツレが、親戚に俺の小説を読ませた。
「君はね、労働者を差別してるように見えるよ。歯がない覚醒剤中毒の人だって、必死に働いて生きてるんだよ。」
 その親戚のオッサンは、働いてなんかなかった。
 裕福な実家の資産であるマンションを経営してて、寝転んでるだけで金が入って来て、好きなことだけして生きていた。
 俺は、ただ笑うだけで、何一つ言い返さなかった。
 そ、あの頃よりはまだマシだ。若しくは、もっと重い荷物を持つ為の修行の繰り返し。
 ただ俺は、その連続で今日までなんとか生きてるだけだ。

 


 
 
 緑色の髪の毛をした同じ年のバンドマンに仕事の仕方をザッと教わる間、俺はずっとぶっ飛んていた。西成に住んでる腰の曲がった年寄りと吸ってるタバコが同じで仲良くなった。昼飯前に前払いで給料の半分を貰い、昼飯に松屋の牛丼を大盛りでかっ込んだ。
 コトが終わって散乱してる部屋を掃除してると、セックスがしたくてたまらなくなった。マッチングアプリのプロフィールを変えて、待つことにした。昼休みが終わって、部屋の掃除をしながら、最後に寝た女のことを思い出した。
 面接に落ち続けていた時、俺はデブ女、って呼んでる親友と半年ぶりに寝た。お互い何も変わってなくて、それは滅茶苦茶最低なコトだったが、ソイツと寝るのが俺は本当に大好きだった。
 連絡先を交換せず、数ヶ月おきにアカウントを作り直すマッチングアプリでマッチした時にだけ、すぐに俺の家に来てくれた。
 デブ女は30歳で、生まれて一度も職場で働いたことがなかった。
「お前さ、普段何してんの?」
「白い壁をずっと見てる。早く終わんないかなぁ、って。」
「毎日?」
「うん、毎日。」
 抗鬱剤の飲み過ぎで、俺よりも食ってないのに、変な太り方をしていた。
「君と居る時だけ、あたしはあたしで居ていいんだ、って思える。」
 なんて言ってくれた。本当に心の優しいイイヤツで、障害者支援施設に月に何日か行って貰ったお金でお弁当を買ってきてくれた。それが俺には余りにも悲しすぎて、俺達はたまにしか会えなかった。
 家に入るなり服を脱がせて、剃り残しのある脛を拡げて、殆ど濡れてないアソコに突っ込んで、キスも何もせずに数分で果てた。デブ女と寝る時だけ俺は、必ずゴムをつけた。
 心の底から愛していた。
 中で果ててから、何度も何度も口でヤッてくれた。何かすることを与えないと、ひたすら壁を見つめるだけだったから、フェラチオをさせて、飽きてきたらいつも、最近読んだ小説を読ませた。
 都合のイイ関係とは真反対だ。コイツと居ると、俺は100%、完全に俺自身で居なきゃならないし、何もかもがヘヴィ過ぎて、俺達はこんな歪な関係でしか持続させるコトが出来なかったんだ。
 デブ女が傍に居ると、俺はグッスリと眠れた。デブ女は、眠剤を飲んでもちっとも効かなかった。昼頃に目を覚ますと、血走った目で俺に、物凄く短い小説の感想を聞かせてくれた。
「これだとあまりにも、かなしすぎるよ。」
 俺はデブ女に小説を読んでもらうのが滅茶苦茶大好きだった。
 毎回的を得て、芯に迫ってて、余りにも正しすぎる感想だったから。

 

 仕事が終わり、外に出て、すぐそばにある神社に行き、小銭を放り投げて、俺は神を睨んだ。
 デブ女は、俺の書いたクソみたいな小説をコピーして、無理矢理公募に出させていた。
「こんなの、受かるワケねーよ。」
 俺は頬を思いっ切り殴られた。
「殴ってごめん、でも、君がパソコンをカチャカチャやってるとき、世界を作ってるように見えたから。ねぇ、またフェラしたげるから、メガネにかけてもいいから、ねぇ、出してよ。」
精子を?」
「小説を。」
「メガネに?」
「公募に。」
 なぁ、有名になるなんてサイテーだ、なんの興味もない。賞金があったって使い途なんて分からない。ろくでもない自分自身の救済の為に書くとか、うるせー、クソ食らえだ。
 俺はただ、アイツとか、色んなヤツらの微かな光になりたいだけなんだ。それ以外に何も望まない。
 俺はそれから毎日、雨が降ろうが飯を食ってなかろうが、仕事終わりにナケナシの金を投げ続けては、神を睨み続ける日々を過ごした。

 

 

2.

 

 遅刻ギリギリでどうにか辿り着き、タイムカードを押すなり階段を駆け下りてダッシュでトイレに向かい、喉に指を突っ込むまでもなく頭痛の種を吐き出す。二日酔いの身体に地下鉄の乗り物酔いは最悪の相性だ。便器を覗くと血が少し混じっている。ピンク色の苦酸っぱい肉の破片みたいなモノが浮いている。
 昨日俺はジンロを一本開けた。草を吸うヤツは良く、酒は喧嘩になるがマリファナは平和になる、なんて言ってるが、それは中毒してないヤツらのクソみたいな詭弁だ。俺は、何をキメても機嫌が悪くなる。だったらヤラなきゃイイ、って思うかも知れないが、少なくとも自殺する日を一日遅らせるコトが出来る。機嫌が悪いのは、シラフでも酔ってても同じ話だ。
 最早何の為に酔っ払ってるのか分からなくなるコトがある。そんなとき俺は、酷い二日酔いに少しだけ感謝出来る。あぁ、このクソ頭痛に比べれば、健康で居るコトはなんて素晴らしいんだろう、と。一瞬だけあんなシラフでも恋しくなっちまう。でも、ま、またシラフになったら俺は何かを入れて、そうやってバランスを取ってどうにか今日も仕事に来たってワケだ。
 全くもって、我ながら、本当にサイテーだな、って思う。俺のせいで現実が酷いのか、現実のせいで俺が酷くなってるのか、ま、そんなコトは考えるだけ無駄だ。
 待機所に戻って、テーブルの上でわかばを一本吸う。喉がイガイガする。とっとと部屋に入らないと、もう15分も過ぎている。だけど、特に、誰も、何も言わない。全員が二日酔いの気分を知ってるからだ。店長すら、怒らない。
「なんか、血、混じってましたわ。」
「喉裂けたんやろ。大丈夫大丈夫。」
「っすかねー。」
 心配されるより突き放される方が何倍も有難い。同情されたって酔っ払えない。少なくとも酒は俺を助けてくれる、一瞬だけだが。
 部屋の掃除をしながら、ガキの頃のコトを思い出した。墓参りで親族全員が集まって、俺と母親の兄が買い出しに行くことになった時のコトだ。
 指に人差し指を当てて、「シーッ。」臭くて汚い母親の兄が、スーパーから出るなりチューハイを一気に飲み干すのだ。隠れてコソコソと、美味しそうな顔もせずに。
 その母親の兄は酒の飲み過ぎで身体がヤラれてて、肺に水が溜まってて、医者からは「次、酒を飲んだら死ぬ。これ以上酒を飲むならもう来ないでくれ。」って言われてるって話をおばあちゃんから聞いたことがあった。
 生活保護で、アル中で、俺の家に泊まりに来た時は毎回、出会い系サイトのサクラとのメールを俺に見せびらかしてた。
 8階に上がって、階段から客が出るのを待ってる時、俺は下を覗き込んだ。
 まだ、後、もう少しだけは生きてみようと思う。
 部屋に入り、洗面台の鏡に写った痩せこけた頬をしたヤツは、余りにもあの母親の兄にソックリで、いや、もう、終わりにした方がいいんじゃないか?と思い治す。
 あの母親の兄はもうとっくに全てを諦めていたが、俺はまだ、諦めていなかった。
 そこだけは、絶対に、違った。

 

 何日か夢中になって連絡してた、銀髪で舌にピアスの開いた女と会うコトになった。天王寺の芝生で待ち合わせて、ほんの少しだけでもロマンチックな気分になりたかったが、会うなりすぐに帰りたくなっただけだった。
 ショッピングモールに移動して、何の興味も無いデパコスを眺めて、ビリヤードに着いて行ったが、帰りたくて帰りたくて仕方ない。俺はベンチに座り込んで下を向いて何も話さなかった。
 飲み屋に行き、「この前セフレにスーツ着て来て貰ってヤッた」みたいな話を聞かされた。メビウスのオプションを吸いながら、ハイボールをストローで飲んでいた。本当に、この上なく、最低最悪だった。ハズレもハズレ、大ハズレ、クソッ。
 河岸替えして別の飲み屋で俺はピーチフィズを飲みながら、女のツラを見ていた。バンドマンとヤリかけた話、もう勘弁してくれ、もうウンザリだ、最低だ、最悪だ、どうにもならない。
 電車から降りるとき、俺は手すら振らなかった。俺は銀髪の女に感謝した。
 孤独がこんなにも有り難いだなんて、思っても見なかったぜ。
 俺はマッチングアプリとラインをアンインストールして、アパートのドアに殴り書きした。
「入場料10000円」
 数日後、足音が聞こえて、「クソッ。」って声と、笑い声が聞こえた。
 

 

 仕方なくドアを開けるとマイキーが立っていた。
「帰れ。」
「ケタケタケタケタ、お前、ヤバいって!」
「うるせー、黙れ、帰れ。」
「牛丼奢ってやるよ。」
「オッケー、マイキー、助かるよ。」
 ビーサンを履いて、二人でボケーっとすき家を目指して歩いて行く。マイキーがケータイからボブ・マーリーのthree little birdsを流す。
「ドンウォーレー、アバーウシン、クスエブリルシン、ガナビアーライ!!(don't worry, about thing, 'cuz every little thing gonna be alright.)」
 二人で大声で歌いながらゲラゲラ笑う。
「なぁしっと、コイツ、心配しなくたってどんな小さいコトでも上手くいく、みたいなコト言うてるケドさ、」
「マイキー、分かるよ、ノーウーマンノークライでもエニシンガナビーオーライ(anything gonna be alright)言うてるモンな。少なくとも、その頃からこの曲が出来るまで、何年もずっと良くなってない、ってコトよな。」
「しっとみたいな天才がよー、大学卒業して、情けない、終わっててよー、」
「うるせー、殺すぞ。」
「俺なんか二留しててよー。」
 二人でしばらく何も話さずに、ひたすらボブ・マーリーを聞きながら牛丼屋を目指した。
 マイキーは、見る度にムキムキになっていってた。アシッドのやり過ぎで被害妄想の極地に居て、いつも誰かに狙われてると思い込み、ずっとスタンガンを手放せなかった。ケータイが止まっても勝手に心配して訪ねて来てくれる唯一無二の兄弟だったが、会うとどうしようもない愚痴ばっかりをひたすら聞かされ続けた。
「聞いてくれや!牛丼奢ったんやから、ええやろ!」
「マイキー、勘弁してくれ、なぁ、俺だって喋りたいっちゅうねん。」
「やったら、話せばええやろ。何がしんどいん?しっとは。」
「見て分かるやろ。ケータイは止まってる、ガス止まって水浴びてる、酒は辞めれん、ラブホ勤め、」
「俺なんか、サークルのヤツらが、」
「ガタガタ言うならサークル辞めろよ。あー、もう、ウンザリや、帰れ。」
 マイキーは、俺が部屋の四方に張り巡らしているシヴァ神タペストリーを剥がして毛布代わりにして、床で寝始めた。
 その頃俺の部屋は、台所と部屋の間のところにシヴァのタペストリー、穴の空いた壁を防ぐシヴァのタペストリー、隣の部屋との壁に貼られたシヴァのタペストリー、窓にもカーテン代わりにシヴァのタペストリー、シヴァの像も何個かあって、Tシャツは全部シヴァだった。シヴァはインド神話に出て来る破壊と再生の神で、俺はその頃、本気でこの世界の滅亡を夢見ていたし、今だってそれはずっと変わらない。
 ソファに座って、わかばを吸いながらマイキーがいびきをかいて寝てるのをしばらく見ていた。
 もう、大学の頃みたいに、俺の方が狂ってる、イカれてる、なんて競い合わなくなったな、って思った。
 俺達、本当に狂っちまったな。
 でも、マイキー、いつでも俺は、俺達なんかよりよっぽど、俺達をこんな風にしちまった世の中の方がよっぽどオカシイって思うんだ。

 

 ジャニパイにこびりついた黒いカスを耳掻きでガシガシ削り取って地べたに置いて、わかばの先っちょを抜いて混ぜ合わせてから、耳掻きの裏側で丁寧に押し込んでジョイントを作った。この黒いカスは頭が痛くなるのが難点だったが、ほんの少しだけキマった。
 ジーパンのケツに赤いスプレーを突っ込んで、電車に乗り込んで、気がつくと京都に居た。俺は自分が狂ってるコトぐらいは分かるぐらいには正気だった。
 京都駅から河原町出町柳、と、色んなところに「俺を愛せ」って落書きしながらひたすら何時間も歩き続けた。今の俺が共感出来るヤツなんて、ヒミズの主人公ぐらいのモンだった。
 昔暫くの間お金をくれてた風俗嬢のアパートに辿り着いたが、部屋の号室を覚えてなかったし、今更合わせる顔も無かった。
 ネカフェに泊まって、エロ漫画を読みながらオナニーして、そのまんま気絶した様に寝た。
 起きて、ネカフェを出て、ジョイントを吸って、電車に乗り込んで、ネカフェで調べていた精神科に向かった。
「君は、マリファナ依存症です。」
「ねぇ、先生、マリファナに依存しなきゃ生きてけない環境からは、どうやったら抜け出せるんですか?俺はマリファナなんかやりたくない。」
「クスリを出すから、」
睡眠薬抗不安薬の依存症から抜け出すために、マリファナを吸い始めたんですよ、俺は。もう、いいっすわ。」
 診察室から出ると、女の看護士に話しかけられた。
「どうだった?」
「最悪、最低っすよ。自分で分かり切ってるコトを言われただけ。」
「あなたの担当をしてた今の先生が、この病院で一番いい先生なのに。」
 俺は金も払わずに駅まで歩いた。
 出してた公募の結果が出るのが8月31日だった。
 受かってても、落ちてても、8月31日が限界だな、って思った。
 それまでは、生き延びよう。
 それでもう、全てを終わりにしちまおう。

 


3.


 舌を入れると、「酒臭い〜」って笑われた。諦めて、さっきまでオッサンのアレが入ってたアソコを舐める。少しだけフェラされて、鞄からコッソリ出されるコンドーム。少し太った小さい身体に突っ込んで、思いっ切り抱きつく。落ち着く。
 徹底してジブンを見せない、サリちゃんは他の風俗嬢とは全く違う。話をするときは、絶対に、一人称が「サリちゃんは〜、」から始まる。アタシとは決して言わない。この子は、仕事中はサリちゃんになり切っている。
 それで居て、テキトーな会話をすることはない。真剣に俺と向き合ってくれている。慰めるより、ハッキリと喋る。
「髪の毛、変だよ。」
「そうかな、ツイストパーマって言って、」
「お兄さんは、短い方が似合うよ。」
「髪の毛長い方がモテるんだけど。」
「変な女にでしょ。」
 思わず黙ってしまう。確かにその通りだから。
 風俗を呼ぶ時なんて、セックスしたいだけだから、誰が相手でもどうでも良かった。指名するのはこの子が初めてだった。だから、どうでもいいセックスはとっとと終わらせて、それからはずっと、腕枕をしながら、会話をしていた。
 アラームが鳴り、サリちゃんはお風呂に行き、歯を磨き始めた。
「俺、君が歯、磨いてる姿、スゲー好きだよ。」
「なんでですかー?」
「さぁ、ね。歯を磨いてる時だけは、気が抜けて、サリちゃんじゃなくなって、君だから。」
 目をギョロッとさせて一瞬コッチを見た。
「俺は、滅多に指名しないよ。」
「サリちゃんだとー、本番出来るからですか?」
「ううん。そんなのはどうでもいい。サリちゃんは、ホンモノだから。なんつーか、突き抜けてるよ。」
 外に出ると、まだ空は明るかった。場外馬券売り場から溢れ出た人達は、歯が無かったり、酒を片手にしてたり、俺はわかばをゆっくりと吸いながら、ほんの少しの幸せを味わっていた。
 悲惨な境遇に居る人間が全員ホンモノだ、なんてコトは無い。大抵のヤツらは流されて、受け入れてるってよりは諦めてる。
 サリちゃんだけは、目に光があった。
 半年で風俗に60万円くらい注ぎ込んだ俺が言うんだから間違いない。
 サリちゃんと手を離し、別々の方向に離れた。時々振り返りながら去って行くサリちゃんを眺める。
 初めて会った日と、全く同じ服装、二本ラインのジャージとネルシャツ。
 ブコウスキーのスタイル、って詩を思い出した。ザッと、こんな詩だ。
「みんな、スタイルをキープ出来ない。スタイルは危険だ、自殺もスタイルだし、手を切らずに缶詰を開けるのもスタイルだ。」
 俺は君の様に生きたい。全てを失いながら、一番大切な、大半の、殆ど全ての人間が失ってしまうモノだけはしっかりと誰にも見せずに持ってるその姿に、俺は心底惚れていた。
 サリちゃんに会う度に俺は、まだ大丈夫、なんとかやっていける、そんな気がした。

 


 エレベーターの中で、背の小さい髪の短い、黒色にヒロポンってプリントされたTシャツを着た男に話しかけられた。
「前、どんな仕事してた?」
「コールセンターとか。」
「俺もやってたよ。」
 ナカヤマくんは、いっつも遅刻してくる。一緒に部屋を掃除するコトになった。口笛を吹いて、それから歌い始めた。俺は少し固まっちまった。
「歌、滅茶苦茶上手いっすね。」
「恥ずかしいな。」
「恥ずかしがるコト無いっすよ。滅茶苦茶上手いっすよ。」
 そんなこんなで、俺達は滅茶苦茶仲良くなった。
「ナカヤマくん、今日俺、お昼買いに行くんで、ついでになんか買って来ましょうか?」
「マジで?助かるよ。お釣りはやるよ。」
 それから、毎日の様に、「わかばなんて安いタバコ吸うなよ、ホラ、」なんて、セブンスターを貰ったりし始めた。
 ある日のコト、一緒に昼休みに牛丼を買いに行くコトになった。
「ナカヤマくん、俺ね、スプーンで牛丼を食うヤツらが嫌いなんすよ。牛丼は箸でかっ込むから美味いと思うんす。」
「スプーンで食おうが、箸で食おうが、どっちでもいいだろ。なぁ、あの子、そうだろな。」
「分かるっすか?」
「この仕事してると、嫌でも分かる様になってくるよ、夜の仕事してる女と、そうじゃない女。」
 待機所で牛丼をかっ込み始めると、オッサンに、
「座り方、箸の持ち方、お里が知れるわ。」
 俺は、折角美味しく飯を食ってる時に、この島国でしか通用しないルールを強いて、場の雰囲気を最悪にするアンタの方がよっぽど行儀が悪い様に思えて仕方なかった。
 仲良くなれない人間を炙り出す為に俺は、わざと箸の持ち方を滅茶苦茶にしていた。店長も、ナカヤマくんも、それからフロントのコタニさんも、そんなことは気にも留めなかった。
 ナカヤマくんとは清掃中、色んな話をし始めた。
「リンちゃん、いっつも前借りで、お金困ってんの?」
「っすね。」
「相談乗ってやるよ。まずはさ、前借りを辞めんだよ。」
「辞めたいんすけどねー。」
「金なんか、消費者金融で借りれば良いんだよ。」
「ただでさえツレとかに借金まみれで逃げてんすよ、俺。」
「じゃあ、全部消費者金融で借りて、返しちまえばいい。」
「なんでそんなに消費者金融を勧めんすか?」
「俺は全部、消費者金融で金借りてなんとかしてる。」
「ナカヤマくん、借金幾らあるんすか?」
「50万ぐらい。毎月、利息だけは払ってるから増えないけどね。」
「ナカヤマくんに相談するのだけは辞めるっすわ。」

 


 金は魔法だな、って思う。俺は多分精神病ではないと思う、少なくとも金がある時だけは。給料日から数日が過ぎ去り、またその日の給料の半分を前借りする日々に戻り、俺は自殺に思いを馳せた。
 朝起きて、どう考えても間に合わなくて、のんびりタバコを吸って、自転車にギターアンプだの小説だのレコードだのを積み込んで、レコード屋まで走った。殆ど触ったこともないサンプラーをリュックに詰め込んでて、気が狂いそうなぐらい重かった。
「スマン、サンプラーだけは、触れる人が居らんから、買い取り出来んわ。まぁ、アンプは本来買い取りしてないけど、俺がなんとかしてやる。でも、あんまり値段はつかへんで。」
「すいません、いつもいつも。」
「移店してからな、色々厳しくてな。なぁ、今は何してんの?」
「ラブホの清掃っす。」
「ええなぁ、おもろい?」
「良くないっすよ。ま、みんな昼間っから酒飲んで働いたり、めちゃくちゃっすよ。ブコウスキーみたいな先輩も居るし。」
「ラブホか、そうか、ラブホか。ええなぁ。」
 馬鹿にしてんのか?アンタはこんなデカい店の店長だろ?一体何が不満なんだ?
 俺は、他のレコード屋だが、面接の時点で落とされてる。絶望的な気分で帰り道、声を掛けてきたキャッチについてって、電気も付かないような荒れ果てた部屋で、手コキ以外何もしない最悪の風俗嬢に当たって、最早笑うことしか出来なかったコトを思い出して、イライラし始めた。俺が店長するから、アンタはラブホテルで働いてればいい。高校の頃から世話になってるとは言えど、最近ヤケに態度が冷たい。
「そうか、サンプラーやってんのか。RAS Gは聞いたことある?」
「ないっす。フライング・ロータスなら好きっすけど。」
「フライング・ロータスが好きなら、多分RAS G、気に入るよ。この店、行ってみたらいいよ。」
 古着とかレコードとかを売ってる店のチラシを貰った。その店の名前は、日本語にすると負け犬、って意味だった。気に入った。冷やかしがてら、自転車を漕いで、その店に向かった。

 

「うわー、フライング・ロータスのuntil the quiet comesのTシャツじゃないっすか。」
「サイズは何がいい?」
 年上の、滅茶苦茶キレイな女の人が話しかけてきた。
「いや、お金なくて、買えないっす。」
「じゃあ、取り置きしとく?」
「取り置きしてもらっても、多分、うわー、ガス代払うの辞めて買おうかな。」
「まずはガスを払おう。それからにしよ。」
「このリュックにサンプラー入ってて、売ろうと思ったけど無理で。」
 俺はリュックのチャックを開けた。
「いいの持ってるね。MPC1000かー。」
「使い方分からなくて。」
「シールド持ってないの?これ、あげる。後は自分で頑張って調べるの。君、そのリュックにMPC入れて歩いてるの、凄く似合ってる。絶対に売っちゃダメ。」
「売らないと、ガス代が払えない。」
「ガス代は払った方がいいけど。ねぇ、普段何してるの。」
「小説の公募の結果を待ってます。」
「そっか。これ、あげる。読んで。」
 吉本ばななの本を手渡された。吉本ばななは嫌いだったが、この人のことは嫌いじゃなかった。
「ねぇ、受かればいいね。」
 俺はテキトーに笑いながら返した。
「そっすねー。」
「受かれば、全部、見返してやれるね。」
 帰り道、俺は、久しぶりに泣いた。
 そんな風に言われたのは、初めてだったから。

 


4.


 仕事中、メモ帳にこんなコトを殴り書きした。

ゴッホは多分、社会的に評価されてたって、全く同じ道を辿ってるとしか俺には思えない。ゴッホはそんなことの為に絵を描いていたわけじゃないから、そもそもそんなことを言い出すコト自体がお門違いも甚だしい。ゴッホはただ、絵を描いた、そうやってしか生きられなかったから。(前提として、俺は別にゴッホと自分を重ね合わせたいワケでは無い。)自分に嘘をつけないってのは物凄く苦しいが、ま、これ以上嘘をついて生きていくよりは苦しみ抜いて地獄の果てを繰り返す方がまだマシ、ってだけの話だ。俺は狂ってるのかもしれない、賞金も、受賞も、本を世に出すことも、俺にとってはものすごく些細な問題だから。世の中に評価されちまったりなんかしたら、それはそれで憂鬱になるだけだ。俺はもう自分が何を求めてるのかも忘」

 娘のピアノ教室の為に本職の休みの日に働きに来てる、期間限定のレトルトカレーを食べることだけが楽しみの、俺が一番嫌いな清掃員に「お疲れ様です!」って挨拶した後に洗面台の掃除をしてると、鏡には引き攣った、張り付いた様な笑顔の男が写っていた。
 精神科医なら、俺を鬱病と言うかもしれない。小さい頃に親に虐待されていたことが原因で、とか、若しくは生まれつきの発達障害が理由で、とか、薬物依存症だのを引き合いに出すかも知れない。だけど、自分が狂ってようが正気だろうが、俺にとっては物凄くどうでもいいことだ。俺はこうやって生きるしか他に方法を知らないだけだ。
「おはようございます。」
 初めて見る顔だった。
「あ、おはようございますー。」
「うわー、地元のツレにめっちゃ似てるっす。」
「俺、誰かに似てるって言われるの、嫌いなんすよ。」
「そういうとこっす、ソックリっす。」
「喧嘩売ってんすか?」
「アハハ、アイツ、元気かなぁ。」
 この一瞬で、気に入った。
 タイムカードを押し、顰めっ面で帰ろうとすると、呼び止められた。
「ハヤシさん、ボブ・マーリー、好きっすか?」
「もちろん、当たり前に。ノダくん、2PAC好きでしょ。」
「ってことは、こっちの方も?」
 親指と人差し指で丸を作って、口の前に持ってく、葉っぱ好きにだけ通じるあの仕草。
「なになに、ボブ・マーリー?」
 フロント勤務の、俺が遅刻したときにタイムカードをこっそり押しといてくれるコタニさんも話に混じった。しばらく話して、ノダくんとタバコを吸いながら外を歩いた。
「ノダくん、俺はいっつも神社に寄るんすよ。ついてきます?」
「なんでっすか?」
「作家目指してて。才能ないから神頼みっすよ。」
「受かったらいいっすね。」
「うん。ノダくんのこと、いつか俺、絶対書くよ。」
「見せてくださいよ、小説。」
「本屋で俺の名前、いつか見つけてよ。そっちの方がかっこいいっしょ。」
「大阪、すごいっすねー。この前飲みに行ったら、ぼったくりバーで、20万も取られましたよ。」
「それは落ち込むね。」
「落ち込まなかったっすよ。いい人生経験っす。俺、高知から逃げてきてんすよね。色々やらかし過ぎちゃって。」
「そっか。また今度、一緒に風俗でも行こうよ。」
「いいっすねー。是非是非、案内してくださいよ。」
 神社から出て、握手して、別々の方向に歩いて行った。同い年なのに、敬語を使い合う関係ってのは、どう考えても悪くない。
 なんで俺と同じ、嘘をつかずに生きてるのに、こんなにもノダくんはキレイなんだろう?それに比べて俺はなんだか汚れてて、そんな自分が割と好きだと思った。
 

 


 ケータイが止まってると真っ先に困るのが、オナニー出来ない、ってコトだ。俺は毎週チューハイ片手に自転車を漕ぎながら、近所にあるレンタルビデオショップに行き、エロDVDを3本吟味し、映画をテキトーに5本くらい借りていた。
「リンちゃん!その小説、トレイン・スポッティングやん。へー、映画だけじゃないんやな。」
「ナカヤマくん、トレスポ知ってんすか?」
「大好き大好き。さらば青春の光、とか知ってる?」
「つい最近見たばっかっすよ。」
「じゃあさ、バタフライ・エフェクトは?」
「それはまだ、っすね。」
「めちゃくちゃ簡単に言うと、失恋した男の話でさ、過去に戻って元カノと、」
「それ、自分の過去と重ね合わせてないっすか?」
「・・・」
「ナカヤマくん、メンヘラに好かれるでしょ。」
「分かる?仕事辞めて!とか言われたりしてさ。」
「昔、マリファナ辞めて!なら言われたことあるっすよ。」
「それはリンちゃんのコト思ってくれてるんやん。」
「んじゃー、ナカヤマくん、タバコ辞めろって言われたらどうします?」
「そんなの、滅茶苦茶嬉しいよ。」
「じゃあ、酒は?」
「殴るね。ってか、酒辞めろ、って言われて殴ったことあるね。」
「どーしよーもないっすね。でも、ナカヤマくん、飲みたくて飲んでないっしょ。」
「・・・」
 分かりやすくてカワイイ先輩だコト。俺はこの人が大好きだ。
「なんでそんなに飲んでんすか、毎日。今日も二日酔いでしょ?」
「俺、自分で言うのもなんだけど、辻調理専門学校って割と有名な学校卒業したあと、料亭に入ったのね。そこですっげーいじめられてさ。そっから酒、」
「・・・」
「すぐ料亭辞めちゃって、そっからずっと仕事、転々としててさ。ここも、もう何回も飛んでは戻ってきて、ってしてんだよ。俺は生まれて始めて後輩、ってモンが出来たんだよ、リンちゃん。もし俺に後輩が出来たらさ、大切にしてやろう、って決めてたんだ、俺。」
 俺は何も言えなかった。自ら不幸に飛び込んで、まるで苦労が自慢みたいなヤツらは大体、苦しみに飽きたらいつだって抜け出せる。心の何処かで不幸に酔ってる自覚があるはずだ。
 それに比べて、俺達はもう、余りにも手遅れだ。
 耳の齧られた野良猫は、その耳のせいで余計に虐められて苦しむことになる。
 俺は、ナカヤマくんを、優しいヤツだ、なんて、出来れば言いたくない。代わりにどうか、こう言わせてくれ。
 ばかものだ。
 愛すべき、ばかものだと。

 

 


5.

 

 実に、5年もかかった。妹はもう大学生になっていた。俺は、"高校の入学祝いに焼肉を奢る"って約束を果たす為に、天王寺でしゃがみ込みながら妹を待っていた。
 久しぶりに会う妹は、もう大学生なのに化粧っ気全く無しで、しまむらの服を着ていた。俺はなんだかものすごく悲しい気持ちになった。
 俺はこんなにも自由なのに、コイツはあの家から抜け出せないまんまだ。鳥籠に閉じ込められた鳥。餌やりを忘れられて、自力で血まみれになって抜け出して手に入れて俺は自由になった。大学を卒業して、奨学金を返すアテも無く逃げ回ってるのは、全く誇れたモノじゃないかもしれない。
 ブランキージェットシティはスカンクって曲で、「動物園の動物達は、何がなんだか死ぬまで分からない」って言ってる。俺はそれを高校の頃から信じ続けて生きている。
 妹に会うのはこれが最後になるだろう、ってコトが分かっていた。だから、精一杯で振る舞った。取り敢えず公園までを歩いていき、自販機の前で、
「何がいい?」
「大丈夫、水筒にお茶あるし。」
「・・・今日ぐらい、好きなの飲めよ。」
「大丈夫、水筒にお茶あるから。」
 俺はカルピスを買って飲んだ。
 一体どうすればいいんだろう?クレープ屋に向かい、好きなのを選ばせた。
「自分で稼いだ金で、自分の好きなモン買って食べたら幸せやろ?」
「・・・美味しいな。」
「高校卒業したら焼肉奢るって約束、5年も遅れて悪い。今日は好きなモン、好きなだけ食え。」
「そんなことより、奨学金、」
「確かにな、俺は最低やと思う。今日は給料日、もう今日しか約束を果たせない。」
「わかった。」
「なぁ、お前、彼氏居たことあるか?」
「彼氏ぐらいは居たことあるよ。」
「そうか、安心したわ。キスぐらいしたことあるか?」
「キスぐらいあるよ!」
「なんやねんその格好、オカンが選んだんやろ?なぁ、好きなの着ろよ。」
「大成は派手過ぎる。」
「大学、行きたかったところ行けたんか?」
「お母さんが、家から出るのは危ないから、一人暮らしはアカン、って。だから、」
「分かった、もういい。5年も遅れて約束果たしておいて偉そうに言えた義理じゃないけどさ、大学卒業したら、家出ろよ。俺との約束や。」
 妹は、高校受験のとき、氷ばかり食べていた。余りにもストレスが掛かり過ぎて、精神病寸前だった。俺は中学の頃、無理矢理引き摺られて車に載せられ、精神科に連れて行かされた。
「どうされましたか?」
 母親と父親が隣に居る状態で、「虐待が原因でしんどい。」とは言えなくて、医者には何も言えなかった。診断書を見ると、「不安障害」って書かれていて、俺は思わず笑っちまった。何も不安なんてない、ただ、父親にボコボコに殴られるのが嫌だった。母親に「お前さえ生まれて来なければあんな親父と結婚せずに済んだのに!」って言われるのが嫌だっただけだ。死にたくなるような嫌なことばかりだとは言えど、不安なことなんてなにもない。
 毎日出されたキツいクスリを飲んでは、授業中に頭を机に打ち付けて倒れた。
 起きるともう真っ暗で、掃除なんかとっくに終わってて、教室には誰も居なかった。誰一人として俺を助けよう、ってヤツは居なかった。
「焼肉、何処行きたい?なんか高い店で食べよか。」
「やったら、牛角。」
「それは、食べ放題の焼肉屋や。もっとええ店行こう。」
牛角がいい。安いし。」
牛角しか知らんねやろ。」
牛角でええやんか、安いし。」
 俺は諦めて、牛角まで歩いて行ったが、店が閉まっていた。牛角が入っているショッピングモールには、七夕の笹が飾られていて、紙とペンが置かれていた。
「ちょっと待ってくれ。」
 俺は、「俺を絶対に作家にならせろ。」って書いて、吊るした。

 


「ドリンクは何にする?」
「お冷があるから、」
「いいから、何にする?」
「そんなん、飲んだことない。いつもお父さん、頼ませてくれへんし。」
「俺はカルピス、お前は?店員さん待たせてるの分からんか?」
「あ、じゃあ、オレンジジュースで。」
「後は、特上牛タン定食2つ。一つはご飯大盛りで。」
 牛角の食べ放題と値段が変わらない牛タン屋さんに連れて行った。
 父親に最後に会った時、俺はこんなことを言われた。
「お前は失敗作や。」
「俺はもうええやろ、妹だけは助けてやってくれんか?」
「無理や、オカンがああやろ?俺も出来るだけのことはしてやってるつもりや。」
「・・・それでもなんとかしろよ、とはよう言わんわ。確かにな。」
「アイツ、もう20歳とかやのに、未だにあの家にベッタリや。」
 母親、いや、あの家は、俺が自由に振る舞い過ぎてネグレクトになった反動で、妹には過保護過ぎた。俺には責任があったが、母親に会うと毎回クスリをオーバードーズするか、首を吊っちまう様になった。離婚してからも親父はことあるごとに妹を食事に連れ出したりしてるみたいだったが、効果は全く無かった。
 料理が届いた。
「美味しいか?」
「うん!めっちゃ美味しい!」
 俺は店員を呼んで、カルピスとオレンジジュースを注文した。
「信じられへん!絶対に頼ませてくれへんもん。」
「なぁ、バイトは何してる?」
「お祭りの屋台で働こうとしたら止められたから、塾の先生か家庭教師やったらいい、って。」
「好きなところで働けよ。」
 酔っ払いながらラブホテルで働いてる俺が言えた義理じゃないか。俺は作家になりたい。それ以外に何もしたくないが、母親から逃れたぐらいで、世の中はそんなに甘くない。だけど、俺は思う。甘くない世の中なんてクソ食らえだ。
「お父さん、再婚するんやって。」
「あー、知ってる。」
「新しい人に会ってきた。」
 俺はもう、あの家からは、父親からは、存在していない人間だった。
「なぁ、俺、外国行くから。」
「そんなことより、奨学金返してよ!それでお母さんが毎日、」
「いいから、聞いてくれ。俺は外国に行くから、母親にそう言うといてくれ。」
 食べ終わり、店から出て、歩きながら、
「預けてる猫、どうしてる。俺、」
「幸せそうにしてるんやから、大成になんか任せられへん。」
「分かった。もういい。なぁ、俺、外国行くから。そう言っといてくれ。」
 手を振って、別れた。
 俺に出来ることは、何一つなかった。

 


「心底から疲れてるんで、優しい子でお願いします。」
「じゃあ、この中から選んで。」
「じゃ、この子でお願いします。」
「お兄さん、わかば吸ってるの?キツいの吸ってるね〜、俺も若い頃わかば吸ってたなぁ。」
 前歯が無いイカついボーイが笑いながら話しかけてくれた。
「金無いから。」
「あー、確かにねぇ。」
 待合室で俺は頭を抱えて下を向きながら、今にも泣きそうな気分だった。だけど、俺はずっと笑ってた。溜息みたいに笑いを吐き出し続けていた。だって、他に、何が出来るってんだ?俺には出来ることなんて、何もない。
「お待たせしましたー。番号札を、下に居る女の子に渡してねー。行ってらっしゃい!」
 ドアを開けて階段を降りて、女の子に番号札を渡した。激安店には釣り合わない、にわかには信じ難いぐらい可愛い女の子だ。手を繋いで歩いてホテルに向かって、服を脱がせると、右肩に和彫り、左肩に洋彫りが入っていた。
リストカットしてんの?アタシも。お揃いだね。」
 左手首から肘のあたりまでびっしりと、深い傷が何個も入っていた。しばらく話し込んでると、手際良くお湯が溜まっていた。二人で浸かる。俺は甘えたかったが、気付くと俺の方が抱き締めていた。
 あまりにも、あんまりだぜ。悲しすぎるぜ、何もかも全てが。人間、何かに傷つかなきゃ、優しくなれないのか?
スマホでユーチューブ聞ける?俺、ケータイ持ってなくて。UAのプライベートサーファー、って曲、流してほしい。」

「残された時間と、限られた時代には、
君みたいな迷わない、若者(ばかもの)がよく似合う・・・
ねぇ、誰か、
この世界を、全部笑って。」

 フェラチオして貰ったが全然ダメで、自分の手で終わらせた。

 

 眠れなかったが、だからと言って、酒を飲む気にもなれなかった。ただひたすら、部屋の隅っこで三角座りしながら、息と瞬きだけをしていた。何も考えなかった。石か、植物になったみたいだった。ひたすら時間が流れるに任せた。
 見飽きた地べたのフローリングをひたすら、何時間も見続けていた。夜の12時、インターホンが鳴った。マイキーはインターホンなんか鳴らさずにドアをノックする、鍵が開いてたら勝手に入ってくるから、まずは警察を疑った。他には誰も訪ねて来るはずが無いから。俺はしばらく無視していた。
「しっとー!!」
 女の声だ。一体、誰なんだ?
「開けてー!!」
 咄嗟のことで、声が上手く出ない。
「・・・誰っすか?」
「うちぃー!エリぃー!!」
 玄関まで身体を引き摺って行き、ドアを開けると、エリさんが泣いていた。
「良かったぁ、生きてたぁ!!」
「アハハ、な、どうしたんすか?エリさん。」
ツイッターもラインも全部ブロックされてるし、連絡取りようがないし、」
「いや、違うっす。ケータイ止まってるんすよ。」
「うち、しっと、死んだと思って。」
「俺は死なないっすよ。」
「うち、もう、これ以上、誰かが自分の手で死ぬのは嫌やから。」
「大丈夫っすよ、大丈夫。」
「タクシー代ちょうだい!もう、電車に乗る体力なんかない、それから明日は仕事?あるなら休んで。」
 エリさんは、俺の母親よりも、よっぽど母親らしかった。育ての母親って感じだ。この人こそが、俺をこんなふうにした張本人だ。
「チャンガ持ってきた。」
「なんすかそれ?」
「DMT。」
「あー、」
 一瞬間を置いた。
「やらないっす。」
「さっきまでヤッて来てん。DMT。あんな、しっとが初めてDMTやるときは、うちが傍で見てあげなあかんと思ってる。うちにはその責任がある。」
「今日は、ホンマに酷いことがあったばっかりなんで、やらないっす。」
「しっと、あんな、そういうときこそDMTをやるべきやねん。」
「一回落ち着いてくださいよ。幻覚剤キメるより、話を聞いてもらいたいっす。」
「分かった。ホンマにええの?」
「要らないっす。やりたくない。なんとなく、今じゃない気がするんです。」
「分かった、ホンマにええんやな?」
「エリさん、ハグしてもらってもいいですか。」
「いいよ、今は猿くんとかみんなと一緒に住んでるぐらいやから、慣れてるからそういうの、前みたいには、」
 俺はエリさんの細い身体に飛び込んだ。
「心臓の音、すっごい。」
「もう大丈夫っす。」
「えー、もうちょっと抱き着いててもええねんで。」
「もう大丈夫、もう大丈夫っす。」
「・・・」
「じゃあ、もうちょっとだけ。」
 散々色んな女と寝てきたが、安らぎを与えてくれた女なんて、一番最初に付き合った女と、エリさんだけしか居なかった。

 

 ずっと話をしてた。エリさんはハルシオンを飲んでボーッとしながらずっとニコニコ相槌を打ってくれていた。
 ずっと、ずっと、誰かに話を聞いてもらいたかった。ただそれだけで、俺には充分だった。
 俺は8時間もずっと話し続けたことになる。気がつくともう、朝の8時だった。一度バイト先に電話を入れて、「精神科でカウンセリングを受けるので」とかなんとか言って、二人で笑って、それからさらに3時間も、ひたすら話し続けた。
 一緒にスーパーに行って、トルティーヤを作って食べた。それから、タクシー代を渡して駅までエリさんを見送って、気絶したように眠った。
 いい夢を見た。
 俺は首吊り自殺をするために、ホームセンターで縄を探していた。可愛い女の子に見惚れて、俺は後ろをついて行った。ずっと何も話さず、ひたすら。
 赤信号を待ってると、先に渡った女の子が俺の方を振り向いて、
「ずっと待ってるから!」
 って叫んだ。
 その子を探す為に、やっぱり俺は、取り敢えず、8月31日までを生き伸ばすことにした。

 

 

6.

 エリさんに教えてもらったMSCの宿ノ斜塔ってアルバムを梅田で手に入れて、環状線の高架下をスプレーで落書きしまくりながら歩いて天王寺を目指す。
「俺を愛せ」「俺を見ろ」「首吊り穴から未来を」「幸せになりたい」
 人目を気にしてササッと終わらせて逃げなきゃいけないって緊張感では、何も考えられない。ひたすらに削ぎ落として、本質だけを描ける。「退屈」ってでっかく描いた公園の看板は撤去されていた。
 世の秤からすりゃ、俺のしてることは犯罪だ。俺からすりゃ壁に落書きすることなんかより、野良猫の性器を去勢しちまうヤツらの方がよっぽどイカれてると思う。どんな理由もクソ食らえだ、知ったこっちゃない。世間が俺を理解しないのと同じで、俺にも世間ってヤツについてはまるっきり、これっぽっちも理解出来そうにないし、理解したいとも思えない、骨になった後も永久に理解したいと思う日が来るコトは無いだろう。
 俺は街の落書きが大嫌いだ。何を描いてるのかよく分からないサイン、格好付けてるだけだ、そういう人間になってるジブンって雰囲気をただ楽しんでるだけで、どいつもこいつも嘘ばっかりだ。アートだの、芸術だのもクソ食らえだ。疲れてるヤツが見たときに思わず笑っちまうような落書きなんて一つもない。
 俺は、草臥れ切ってるアル中や、睡眠薬が手放せない不眠症のヤツ、ウンザリする様な客に当たっちまった風俗嬢の為だけに落書きを繰り返していた。
 電気屋でMP3プレイヤーを買ってしばらく歩いてると、大学の頃のひとつ上の先輩に会った。
「お久しぶりっす。」
「何してんの?学校卒業してから。」
「ラブホ清掃っす。」
「社会不適合者やん。」
 殺してやろうかと思った。
 俺はハナから社会に認定されたくもないし、自分のコトを他人に説明するときに、社不、だのなんだの言ってる、社会不適合者の集まり、って別の社会には溶け込めてるヤツらと一緒にされるなんて、許せなかった。
「じゃー、先輩は何やってんすか。」
派遣社員。」
 俺はお前がこの質問にどんな答えを返そうと、感想は全く同じだっただろう。
 見下しやがって。
 大学に通ってた頃は、素直に尊敬してたぜ、先輩。ニルヴァーナの曲をさ、あんなかっこ良くカバーしてたのはアンタぐらいだ、俺は素直に鳥肌が立ったよ。芸大に通っててニルヴァーナを聞いてるヤツらなんて全員ゴミカス以下だったが、そんなゴミカス共を黙らせたくて、あんな風に殆ど原型を残さないくらいアレンジしてコピーしてたんじゃなかったのかよ、アンタは。
 これ以上話すことは何もなかった。俺は唾を吐き、スプレーで落書きしまくりながら自分の家まで帰る途中、金周りの良い時は週5で通ってたラーメン屋に寄った。
「並卵とおにぎり。」
「おー、久しぶりやな。何してんの最近は。」
「ラブホ清掃っす。」
「おー、掃除か。」
「で、小説の新人賞の結果を待ってるっす。」
「俺もなぁ、若い頃はな、女遊びばっかりや。彼女の友達に誘われて、ヤッて、楽しかったなぁ。」
「・・・」
「そんな時、毎日な、この店のラーメン、食べてたんや。」
 どんな与太話をしてる最中でも急に静かになり、時計を睨みつけては湯切りのタイミングを見計らっているのを俺は知ってた。時計の隣には般若の仮面が飾ってあって、ラーメンに向き合ってる時のおっちゃんの顔とそっくりだった。
「俺にはな、これしかないんや。これしか出来ひん。今日は元気なさそうやから、麺硬い目にしといたったで。ホラ、」
「頂きます。」
 黙って、火傷するのも気にせずに麺を啜った。途中でコショウを入れるのだけは欠かさずに。
「ご馳走様でした。」
 お会計を済ませると、おっちゃんがニコッと笑った。
 少しだけ、ほんの少しだけ、そんなこんなでなんとか気が晴れた。

 


 

 今日もまた遅刻だ。猛ダッシュで地下鉄の駅に向かってる時に、ラブホの話をするといつも羨ましがるレコード屋の店長と出会した。
「おー!この辺かー。俺もこの辺や。」
「遅刻なんすよね。」
「アソコのラーメン、美味しいで。」
「常連す。」
「塩食べた?俺、案外塩も好きやねんな。飲んだ後とかに。」
「信号変わったんで、すいません、遅刻で。」
「おー、そうか。」
 握手して、離れた。それが最後で、この人は本当に、店長を辞めて、姿を消した。何処かのラブホ働きながら、仕事終わりに酔っ払いながら人生について考えてるんだろう、幾つになっても自分の本当の居場所を探し続けて二度と会えなくなるような、そんな人が俺は好きだ。
 知り合ったのは高校の時で、あのレコード屋でレジを待ってるときに、俺が有名なバンドの人の顔と名前を知らなくて滅茶苦茶怒られた、って話をしたのがキッカケだ。
「俺も全く同じ経験あるわ、その人と。」
 それからは金に困る度に、小説だろうがなんだろうが、身分証を誤魔化して書いてくれて、普通の査定より遥かに良い値段で買い取ってくれていた。この人が居なければ買えなかったタバコは、止まっちまった電気とガスは、って考えると、本当に命の恩人の様な人だった。
 信号を渡って、公衆電話に10円玉を放り込んで、仕事先に電話をするとコタニさんが出た。
「タイムカード押しとくで。」
「めちゃくちゃ助かります。」
 切符を買って改札をダッシュで走り抜けてる時、女子高生と目が合った。クスッと笑ってくれた。多分、あの子も遅刻なんだろう。
 地下鉄の中でMC漢の紫煙をリピートする。仕事前はこれ以外に聞かない。
 谷町九丁目に着き、階段を登りながら、俺はダボダボのカーペンターパンツでズタズタと歩いていく。
 俺はここから抜け出す。絶対に抜け出す。この最低な日々とおさらばして、大金を片手にこう言うのが夢なんだ。
「金持ちになったって、人生は相変わらずクソッタレで、退屈ったりゃありゃしねー。作家になったってラブホテルで働いてた頃とやることは同じだ、ただひたすらに、惨めな過去について、心臓を抉り取られる様な気分になりながら、ジョイント片手にひたすら書き続けるだけさ。」
 ってね。

 

 

 ホンモノのアナキストは、自分がアナキストだって自覚すらない。アナキズムにすら属さない天衣無縫の人間は、有名にもならない、そんなことには興味が無いからだ。人目を引かない格好でヒッソリと街の中に溶け込んでいる。なんて呼ぼう、神話上の人物とでも呼ぼうか?社会から独立していて、孤独と言うものが何なのかを知ってる、近くに居るだけで元気が出る、会話の節々に徴発と啓発が自然と交じる人達、根無し草で、心底から優しくて、傍に居るだけで元気になる人達。だが、信用し過ぎるべきじゃない。
 俺には、そんな人間以外は全員が、RPGゲームで同じ場所で同じ話を繰り返してるモブにしか見えない。そんなヤツらのコトは、名前も顔も覚えることは決してないし、存在していることを完全に忘れている。
 常に変わりながら貫き通し続けるのは余りにも難しい。大抵のヤツらは、一瞬だけ神話上の人物に見えても、いつかモブに成り下がる。俺はモブにだけはなりたくない。モブになるぐらいなら潔く死を選ぶ。
 大体弱って諦めそうに、ただ何も感じずに流されるだけになっちまってる時には、動物園の動物達は、もしかしたら色んなコトに気付いてるんじゃないか?なんて思ったりもする。だけど、そんなコトは絶対にあり得無い。
 アメ村でいつ行ってもサイケデリックトランスが流れてる服屋をやっているカイさんは、間違いなく俺が神話上の人物と呼ぶ人の一人だった。
「おー、久しぶりやな、ハヤシ。」
「お久しぶりです。」
「奥の部屋入っててくれ。コーヒー入れるわ。」
 カイさんは、チャールズ・マンソンみたいな見た目をしていた。
「今何してるんや?」
「ラブホ清掃っす。キツいんすよねー。」
「楽しめ、楽しめ。それ、Tシャツ、ピーター・トッシュ、流石、ボブ・マーリーを選ばん辺りが、分かってるな。昔な、クラブでボブ・マーリーの400 yearsが流れててな、急に、インドに行きたくなったんや。ほんでやな、女に、今すぐ10万円貸してくれ、って、で、その日のうちにインドや。」
「インド行ってみたいんすよね。」
「最終日や。無いんや、パスポートも、お金も、何もかも全部一式、なんにも、無いんや。」
「どうやって帰って来たんすか。」
「靴磨きして帰って来たんや。1年ぐらいかな?気づいたらお金貯まってたけどな、なんか、ずっとインド居ったわ。」
「なんか、しんどいとか、苦しいとか、そんなん思ったりしなかったんすか?」
「楽しめ、楽しめ。なんで帰ってきたか言うたら、日本中のヒッピーが集まるフェスティバルみたいなんがあってな。普段はみんな焼き芋屋やったりしてて、ずっと旅しとる連中や。阪神淡路大震災の時、みんなで集まってな、焼き芋配ったったら喜んだで。ほんで、そのフェスティバルはな、チェルノブイリって分かるか?」
原発事故の?」
「そうや。普段は山に籠もってるラスタの長老とかみんな集まって、原発反対のデモやったんや。でもな、ハヤシ、あんまり目立ち過ぎたらあかん、隠れてやりや。」
「なんでですか?」
「狙われるからや。アイツらは、簡単に人殺せるねん、証拠も残さずにな。」
 俺はタバコのパッケージになったチェ・ゲバラにも、リゾート地で流されるだけのボブ・マーリーにも、なりたくない。有名になるなんてクソ喰らえだ、誰も俺のことが何者であるかなんて知って欲しくない。有名になって、バカな女にチヤホヤされて、今は到底手に入らないようなイイ女に言い寄られたとしても、俺はその誰とも寝ない。で、誰も彼もから忘れ去られた時に、あーあ、ヤッときゃよかった、って、一人で笑うのさ。
 セックスが最終目的なんて、余りにも惨め過ぎるぜ、最近のヤツらと来たら、生き方が半端だ、やり口がビジネスだ、イイのは若い頃の一瞬だけ。何がリアルかなんてクソ喰らえだ、俺はフェイクでは無いが、リアルであろうとも思わない。ただ、徹頭徹尾貫き通して、何もかも全てから自由で居たいだけのハナシだ。
 俺は誰のコトも尊敬しないし、信頼も信用もしない。来るものは拒んで、去るものは無視するだけだ。
「昔、山でマリファナ育てててな、ワイドショーがな、警察が踏み込む瞬間をテレビに映しとるねん。とっくに逃げて、笑いながらテレビ見てたわ。なぁ、草、育ててみいひんか?」
「いやー。辞めとくっすわ。」
「そうか。金に困ってるんやったらな、あのネェちゃん、エラい羽振りエエで、社長やってる、」
「あぁ、ユカっすか?」
「あの子から金、上手いこと貰え。」
 カイさんは、人間の美しい部分と汚い部分が混ぜこぜになってて、それを一切、全く、隠そうともしなかった。60歳近いが、子供の様に目が澄んでいた。
 くだらない善悪の話も、苦労自慢も、何がリアルか、何処に属してるか、何者であるか、そんな次元でしか会話出来ないヤツとは関わってるだけ時間の無駄だ。俺は研ぎ澄まされた真実だけでいい。それ以外に気を取られている暇なんてない。
 ゴキブリが出て、カイさんがスプレーを取り出して殺した。
「殺すんすね。」
「店に来る女の子が嫌がるからな。」
 机の上に置かれてるかわいいパンダのチョコクッキーを食べて、ぬるくなったハーブティーを飲み干して、店を後にした。

 


 ウイスキーをストレートでラッパ飲み、底が見え始めた頃、気がつくと自転車を漕いでエリさんの家に向かっていた。エリさんが家に来た次の日に子供が書いたワケの分からない文字の羅列みたいな手紙を放り込みに行き、返事を待ってられなくてその次の日には家に行った。
 男が二人居て、「マリファナ持ってる〜?」「手紙出したらしいやん。」エリさんが俺の方をチラッと見た。それだけで全てを察して俺は黙って何も言わずに帰った。
 しばらく1週間位は我慢してたが、もう限界だった。インターホンを押して家の中に入ると、エリさん一人だった。
「ご飯、食べてる?」
「・・・お風呂に入りたい。毎日水浴びてて。」
「バスタオル、洗濯機の上にあるから。」
 シャワーは天国の様だった。この前ホテヘルに行った以来の風呂だった。汗をかきまくった日には水を浴びていた。仕事先で風呂を借りれたが、客の入った後の風呂で身体を洗ったって、汚れが取れない様な気がするだけで、入らなかった。
 風呂から上がると、エリさんがカップラーメンにお湯を入れてくれていた。
「・・・乾杯。」
 エリさんが赤ワイン、俺がウイスキーのストレートで乾杯した。しばらくエリさんは、死人の様な目でボーッとしていた。パソコンのモニターには人志松本のすべらない話が薄い音で流されていた。俺はカップ麺を一口だけ啜った。それ以上はどうしても食べられなかった。
 部屋の床にはヴィトゲンシュタイン論理哲学論考が置かれていた。俺が毎日持ち歩いて読んでる本だ。
論理哲学論考・・・」
「うち、しっとのことを理解したくて読んでみたけど、うちには全然分からへん。」
「エリさん、俺も格好つけて読んでるだけで、全然分からん、っすよ。ただ、最後の一文だけ、滅茶苦茶いいんす。分からなければ沈黙するしかない、って。」
「あんな、しっと、」
「・・・」
「26歳まで、なんにもいいことなんかない。うちも、しっとぐらいの年の頃が、一番地獄やった。どんなに頑張っても、どれだけ足掻いて藻掻いても、ひたすら落ちていく、でもな、26になったら、」 「26になったら?幸せにでもなるんすか?」
「それは、26になった時に分かるんちゃう?やから、それまでは、」
「・・・」
「うち今演劇してて、明日稽古やから、早く寝るわ。しっと、そのブックカバー、ちょうだい。」
 買ったばかりのお気に入りのブックカバーをエリさんにあげた。
「これ、あたしの好きな詩集。返しに来て。」
「おやすみなさい。」
「おやすみぃ。」
 ハルシオンを飲んでエリさんが眠りについた。
 酔いはとっくに冷めてて、机の上を見ると、小さな紙切れが置かれていた。殆ど暗号みたいな、エリさんにしか分からない言葉で殴り書きされたその小さな紙切れを、俺は一生忘れるコトが出来ない。
「顔にかけんじゃねぇ!」
 ってトコだけは、なんとか理解出来た。

 

 

 化粧をしたエリさんは、この世のものとは思えない程美しかった。踊っているみたいに歩いた。ただコンビニに行くだけで良かった。「今度金、返してな。」なんて言われながらオレンジジュースを買って貰い、エリさんはうどんを買っていた。家に帰って飯を食べてる姿をしばらく眺め、満足して、俺は外に出て、自転車を押しながら歩いた。
 受かるワケ、ねーよ、あんな小説。俺は出すのが嫌だったんだ。作家になんてなれるハズが無い、俺は欲しい物がみんな手に入らない、ただ、手に入れたもので満足してるだけだ。
 視界に人間が入らない、車の音がしてるはずなのに、自分の頭の中の声が余りにもうるさすぎる、「なぁ、もう終わりにしないか?」母親の声が聞こえるんだ、毎日、毎日、「お前さえ生まれて来なかったら、あんな男と結婚せずに済んだ、そしたらお母さんは幸せに過ごせたのに、全部お前のせいや!」もう辞めてくれ、辞めてくれ、、。
 絶え間なく聞こえ続ける母親の声を消す何かが俺には必要だった。仕事になんて、とてもじゃないが行けなかった。抗不安薬を飲んでも、何をしても無駄だった。ただひたすら、耐えるだけが俺の人生なのか?
 俺は脳内に映像を流し始めた。頭のおかしいヤツが俺の部屋に入ってきて、俺の頭に銃を当ててくるんだ。その銃は冷たくて、一瞬ピリッとするが、俺はゲラゲラと笑うんだ。頭のおかしいヤツが引き金を引く、その瞬間、俺はツラいことも、嫌なことも、最悪の過去も、何もかも全てを忘れるんだ・・・
 涙を流しながら、「8月31日まで、8月31日まででいい、8月31日まで、」って、呪文のように唱えながらひたすらフラフラと歩き続けた。
 川縁では、飛び込み自殺をする自分の姿を思い浮かべた。
 ドラッグストアの前を通ると、オーバードーズや、硫化水素の臭いを。
 幸せになりたい。
 なぁ、誰か、俺を愛してくれ。
 

 

7.


 カイさんのトコロに行ってみたが何にもスッキリしなくて、気がつくとホテヘルに入って和彫りと洋彫りが入った女の子を指名していた。ホテルの部屋が開くのを二人で待っているときの哀れみの視線になんとなくウンザリした。こんなコトなら、トコトンまで最低を煮詰めて、あの梅田のボロボロの部屋で手コキしかしてくれなかった女みたいな、どうしようもない風俗嬢みたいなのに相手して貰ってる方が幾らか気がマシな様に思っただけだった。
「アタシの友達、みんなコカインとかでおかしくなってるから、ねぇ、クスリは絶対ダメだよ。」
「別に、酔っ払ってるの好きだし。」
「今は通ってないけど昔ずっと通ってたセミナーがあるんだけど、行ってみる?」
「いいよ、行かない。」
 抱き締められても何も感じない、腕の傷を見て余計に悲しくなっただけ。この子は何も悪くないが、俺はひたすら不愉快で気分が悪かった。
 アソコを舐めると、滅茶苦茶酷い臭いだった。フェラして貰っても、出る気配が無かった。
「いいよもう、自分の手で終わらせるから。」
「大丈夫だよ。してあげる。」
「いや、もういいよ。」
 殆ど払いのける様にして手で無理矢理、トイレでションベンをするみたいに出した。最悪だった。最低だった。どうしても、何をしても、全く気分が晴れない。
 ずっと気が狂いそうで、何かスカッとすることを探し続けていた。

 


 わかばを吸ってる腰の悪いおっちゃんが、生活保護を受けるとかなんとかで仕事を辞めるってコトになった。去り際、俺の顔を見て、「頑張りや。」とだけ伝えて帰って行った。
 机の上に、バナナが置かれてあった。差し入れのつもりなんだろうか?
 俺はほんの少しだけ笑った。
 まだ大丈夫、まだやっていける、大丈夫。
 どう見てもゲイとしか思えないおっちゃんと、階段の端で客を待っていた。「あそこの部屋空いたら、2つ開くんや。ハヤシくんは奥の部屋を頼む。」「分かりました。あ、客出ましたね。」「よし、チャンスや。」
 チャンスって、なんだよ。俺はほんの少しだけ笑った。
 大丈夫、余裕、余裕、全然平気だぜ、まだまだ。

 


 給料日、ナカヤマくんの仕事が終わるのを待って、一緒に焼肉屋に向かった。
「今右側の肩をトン、ってしたじゃないですか。したら、左側もしてほしいんすよね。」
「こうか?」
「それだと下すぎる。もうちょい上を、さっき右側を叩いた時と同じくらいの力で。」
「これでいい?」
「後は、右側の下のところを、すいません、面倒くさくて。」
「これ、しんどいやろ。」
「酔っ払ったりラリったりぶっ飛んだりしてたらあんま気にならないんすけどね。」
 着いたホルモン屋は、流石、調理師の専門学校に通ってただけあってセンス抜群で滅茶苦茶美味しかったが、ナカヤマ君の酒の飲み方は異様でイカレていた。俺はレゲエパンチで乾杯してからウイスキーのストレート、って感じだったが、ナカヤマ君は、ビールで乾杯してからハイボールを3杯位飲んで、日本酒を飲み、赤ワインを飲み、焼酎、ってな感じで、チャンポンどころの騒ぎじゃなかった。
「クソが、クソ、クソ、どいつもこいつもふざけやがって、ムカつくねん、クソが、クソ、クソ、クソがよ。」
「ナカヤマくん、ヤバいっすよ、流石に飲み過ぎっす。」
「うるせー!!!!」
「ちょ、店に迷惑っすよ。」
「リンちゃん、マリファナくれよ、なぁ、俺、マリファナ吸ってみてーんだよ。」
「もし持ってても、ナカヤマくんには渡せないっすよ。」
「なんでやねん、なぁ、俺のことバカにしてんのか?マリファナぐらい怖くねーよ。吸わせてくれよ。」
「ナカヤマくん、まじ、お店に迷惑だし、俺も迷惑っすよ、もう長いこと吸ってないってさっきから何回も言ってるっしょ。」
「オウ、飲めよ、ウイスキーのストレートか?なんか頼むか?」
「頼み過ぎて食い切れてない皿が山程溜まってるっすよ。会計大丈夫なんすか?こんな高い店。」
「いーんだよ!リンちゃんは俺の初めての後輩だからよー、甘えろよ、なぁ、」
「ナカヤマくん、カラオケ行くって約束したじゃないっすか。そろそろ行きましょうよ。」
「おー。あー、あっ。店員さんすいません、お会計の方、お願いします。」
 会計は、20000円を超えていた。
 ファミマの前で一緒にセブンスターを吸う。俺がもし女なら、このどうしようもない男と寝て、思いっ切り愛していただろう。何も良くならなくても、なんの意味もなくても。この人は余りにも純粋過ぎて、優しすぎて、この世界の何処にも居場所がないんだろう。
 ナカヤマくん、なぁ、アンタは、俺の唯一の先輩だよ。俺はアンタの後輩になれて、嬉しいよ。
 カラオケに移動し、まずは俺がピーズのいい子になんかなるなよ、を歌った。
「ぎこちないだけ、
 人違いだぜ、
 どうせカスだろ、かなりカスだろ!」
 それから、ナカヤマ君が尾崎豊のアイラブユーを歌い始めた。
 笑っちまうくらい、真剣なんだ。切実なんだ。情景が思い浮かぶぜ、自分のことも、自分を愛してくれる女のことも上手く愛せなくて悩んでるアンタの姿がさ。
 人の歌を聞いてこんなに感動したのは久しぶりだった。
 2時間が過ぎて、終電寸前、地下鉄に向かう道中、ナカヤマくんは閉じられたシャッターを殴りながら、歩いてる女に向かって、
「ヤラせろよ!!!!」
「ちょ、ナカヤマくん、ヤバいっすよ。」
「うるせー!!!!クソが、クソがよ、クソが、クソが、クソが!!くそったれ、クソが、クソがよ!!!!」
 こんなに酒が似合う男は、俺の人生で他に誰一人として居ない。
 まるで、俺の代わりに、俺が出来ないコトをしてくれてるみたいだった。

 


8.


 カイさんに教えて貰った七夕のフリーパーティ、俺はシラフで狂ったように踊り続けていた。夜通しずっとテクノが流れてて、客の大半がクソ退屈なヤツらで誰とも話す気がしなかった。そんな中、天使みたいにキレイな女の子がお姫様の様に踊っていた。
 一瞬目が合って、女の子がニコッと笑ってくれた。俺は照れちまって、顰めっ面を貫き通したまんま、ひたすらただ単に地団駄を踏み続けてるだけみたいに踊ってるだけだった。
 最後の方、アンビエントみたいになってビートが収束していく中、汗だらけのシヴァのTシャツを脱ぎ捨てて上裸になって、手と手を合わせて神に祈った。
「俺を作家にならせろ。そんなことも出来ないなら、お前は存在していないのと同じだ。いっつも何も言い返さずに、何もせずに、ひたすらエラそうにしてるだけで、本当に居るなら、俺を救ってみろ。」
 俺の前のヤツも俺と同じ様に手を合わせて目を瞑っていた。アメ村から天王寺を超えて今川まで歩いて帰った。身体がバッキバキで、明日は一日動けないだろうな、って思った。
 俺は疲れるのが好きだった。苦しいのも好きだ。たとえば、自転車に乗っててクソが漏れそうになってるときなんかが最高だ。そんな時は、コンビニでトイレを借りたりせず、家まで全速力で息を切らしながら走るコトにしている。赤信号を時々無視したりして、車に轢かれそうになるのもスリルがあって好きだ。
 漏らす寸前で家に辿り着き、我が家の愛しの汚い便器に座って、既に顔を出して表面張力のクソを、アナルが拡がって痛い位に思いっ切りぶち撒ける、あの一瞬の安堵が好きだ。
 スパンって映画は見たことがあるかい?無いなら見た方がいい。シャブ中が、何日も眠らずにぶっ壊れるまで、いや、既にぶっ壊れてるヤツらが粉々になるまでシャブをキメにキメまくって、限界の限界の限界の限界で強制的にスイッチが切られたみたいに眠るシーンで終わるんだが、そんな人生を歩みたい。
 崖っぷちギリッギリで、落ちる寸前に来るようなクソみたいな救いなんて来なくていい。落ちた先で、俺を愛してくれる誰かに会えればそれでいい。
 大きすぎる希望や勝手な期待なんかを持つから人生は後悔や恨みに溢れるんだ。本の微かな、ギリギリバランスが取れるくらいの小さな光さえあれば、取り敢えずしばらくは生きていける。

 


 バイト先でシャンプー詰めをしてる時に、洗剤の「混ぜるな危険!」が目に入り、混ぜてみたくなった。
 階段で客が出るのを待ってる間、ずっと身を乗り出して飛び降り自殺に思いを馳せた。
 8月31日が限界だ。それまでに、間に合わなければ、やっぱりもう無理だと思った。でも、一体、何がどうなったら救われてるのか、ラクになれるのか、もうそんなのは何も分からない。ただ、待ち続けてる、って感覚に近かった。俺に出来ることも、やれることも、何もなかった。
 まずは、大学の頃の友達のチカの実家の病院まで歩いて行った。チカを呼び出してもらって、公園で二人で話した。殆どうわの空で、テキトーなコトばっかり話していた。今は何をしてるだとか、どうでもいい、思ってもないことをテキトウに。死ぬ前に最後に会っておきたかった。
 チカは、俺の人生で見た中で、一番キレイで、誰よりも抱きたい女だった。大学時代はしょっちゅう家に泊まりに行ったが、一度もセクシーな感じにはならなかった。
 もしコイツが、「寝てあげる。アタシのコトを書ける様にまでは生きてて。」なんて言ってくれたら、俺は生きのばせるだろう、そのぐらいに、俺はコイツのコトが好きだった。正直に言ってみたコトがあるが、コイツはどうしてもそんな気持ちにはならないし、そんな俺を気味悪がって、毎回距離を置かれた。
 どうして自分の気持ちに嘘をつかなきゃいけないんだ?そういう気持ちを隠してまで友達で居たい、ってコイツはいつも言う。で、なんだかんだ、コイツの付き合ってる男は多分全員見てきたし、コイツも俺の付き合ってる女とは殆ど会って来てる。
 思うに、俺達はずっとそういう関係なんだろう。
 チカが黙って見下すみたいに、俺が煙草を投げ捨てるのを見ていた。
「ケータイ無いなら、手紙書くわ。」
「・・・仕事中に悪かった。じゃ。」
 それから次は、中学の頃からの友達のタカナシに会いに行くことにした。何時間も歩いて地元に帰り、タカナシの家のインターホンを押した。
「・・・久しぶり。」
「・・・ちょっと待ってて。夜ご飯は食べた?」
「いや、」
「出すから、ファミレス行こう。」
 特に話すことなんか何もなかった。
「しんどい、しんどい、って、我慢しなきゃいけないんだよ。アタシだって働いてる、みんな働いてる。ハヤシだけじゃなくって、みんなしんどいのを我慢して生きてるの。」
「・・・」
「いい加減、もう社会人なんだから、しっかりしなきゃダメだよ。」
「お前だけだよ、俺のコト叱ってくれるのは、有難う。」
「もうあたし達は、子供じゃないの。」
 俺は何も言い返せなかった。ハンバーグを食べてるのに全然味がしなくて、何を食べてるのかもよく分からなかった。柔らかい味のしないコンクリートをひたすら口に運んでるみたいな気分だった。
 俺は、帰り道、孤独を思いっ切り味わった。空想に浸った。
 元カレの話なんてして来なくて、家庭環境が最悪みたいな話もして来なくて、手首なんか切ってなくて、宗教にも嵌ってなくて、ヤリマンでもなくて、そんな女の子が俺に膝枕をしてくれる、そんな妄想をしながら、何本も何本も立て続けに、フィルターギリギリまで吸った後、ライターを使わずにその火種で次の煙草を吸って、アスファルトだけをひたすら見ながら、自分から抜け出して、自分の身体を引き摺ってるみたいな気分で歩いて家まで帰った。

 


 シド・ヴィシャスが21歳で死んだのが不幸だ、だの、幸せだ、だの他人がどうこう言うのは全くのお門違いだ。それは死んだシド・ヴィシャスにしか分からないし、幸せだの不幸だのは置いといて、シド・ヴィシャスは自ら死を選んだ。ただそれだけのハナシだ。放っとけ。
 何もしないヤツ程、死なないで!なんて言いやがる。人一人を救い、生かすのは、並大抵の努力じゃ絶対に出来ない。覚えておきな、口先だけの優しさが一番傷つくんだ、辛辣な態度を取られた方がよっぽどマシだ。半端で近寄ってくるぐらいなら、俺のことなんて忘れてくれた方が有難い。
 親ガチャってコトバが俺は大嫌いだ。寧ろ俺は虐待されて育ったコトに対して感謝してる。失ったモノは余りにも多いが、手に入れた数少ないモノを俺は心の底から愛してる。似た境遇で育たなければ、俺の大切なツレ達とは出逢えなかったかも知れない、って考える。無理矢理そう思い込もうとする。でも、やっぱり8月31日が限界、って気がする。
 発狂しながら発泡酒片手に、Round About Midnight、日本橋を歩いてると何処からかジャズの有線が流れてる、マイルスのペットとコルトレーンのサックス、レッド・ガーランドのピアノに思わず泣き叫びそうになるクソみたいな夜、救いは一体何処にある?
 何が嘘はつかない、だ。全部虚勢がいいところだ、無理矢理コトバで自分を捻じ曲げて、誰も俺を助けちゃくれないし、俺も誰のことも助けられない。
 気がつくと俺は、いつの間にかランキング1位になっているサリちゃんの写真パネルを指刺していた。
「最終までもう予約で埋まってて、大分後になりますがよろしいですか?」
「大丈夫です。よろしくお願いします。60分で。あ、前に遊んだことあります。」
 13000円を渡すと番号札を渡され、俺は近くのゴミ箱と自転車の間に挟まって、電柱の下の犬のしょんべんで色が変わっちまってるアスファルトを30分くらいずっと見続けていた。
 それから3時間、飲んで、歩いて、立ち止まって、タバコを吸って、イライラしたり、気が狂いそうになったり、ラーメンを食ったりして時間をなんとか潰し、ひたすら俺はサリちゃんを待ち続けた。時間になって、店に戻り、番号札を渡して、久しぶりにサリちゃんに会った。
「もう、クッタクタ。」
「ナンバーワン、おめでとう。」
「嫌なんですよ、新規のお客さんが入るの。今は出勤日減らしてもらって、来月からはナンバーに入らないようにしてもらってるんです。どうせ、サリちゃんが本番させるからですよ。」
「違うよ。」
「そうですよ。みんな、本番がしたいだけですよ。」
「俺は違うよ。俺は、サリちゃんが歯磨きしてるところを見に来てるだけ。」
「アハ、なんですかそれ。」
「俺さ、小説書いてんの。今は公募待ち。」
「なんてタイトルですか?」
「君は俺の松葉杖。」
「なんか、すっごいえっちなタイトル。読んでみたいな。」
「いつか本屋さんで見つけたら買ってよ。」
 アソコを舐めまくって、軽くフェラしてもらって、一発ゴムをつけて一瞬で中に出して、さっきまで抱かれてた少し太った身体がたまらなくて、
「もう一回したい。」
「もうだめ、つかれた。」
 気付くとサリちゃんは俺の腕枕で寝ていた。俺はずっと寝顔を見ていた。すごく幸せだと思った。ほんの一部分だけだが、サリちゃんの本当の姿をようやく見れた気がした。
 アラームが鳴った。
「起きて、もうお金全然ないから、延長料金払えない。」
「うーん、いいんです、なんとかしますから、このまんまあと少しだけ寝させてください。」
 10分後、60分が過ぎたことを知らせるアラームを消して、何やらお店に電話してから、また15分位ずっと腕枕してあげていた。

 


 牛乳まがいの安モンで割ったカルーアを飲みまくって泥酔しながら、ホテルで盗んて来たT字を掴み、鏡を見ながらザビエルみたいになるように髪の毛を剃り始めた。
「ギャハハハハハハハ!!」
 一頻り大笑いしたあと我に返り、これ、どうすんだ?って思った。
「神よ、どうすれば俺は作家になれる?俺はもう失うものなんてなにもない、あるとしたら髪の毛ぐらいのモンだ。全部くれてやるから俺を作家にならせろ!!」
 そう叫びながら、髪の毛を全部剃って坊主にした。
 次の日、ノダくんが大笑いしてくれた。

 


9.

 


 ナカヤマ君を見てると、悲しくて仕方なかった。
「昨日のナカヤマ君、ほんますごかったなぁー!叫びながら走り回っとったがな。」
 って、フロントのおっちゃんが笑ってるのを聞いた。
「ナカヤマ君、もう、飲むの辞めた方がいいっすよ。すっげぇ余計なお世話だと思いますけど。」
「・・・この前な、ヤクザに絡まれて、ボコボコにされてな。」
「ほんと、いい加減ヤバいっすよ。ねぇ、酒、辞めましょうよ。最近読んでるアル中の主人公の小説これ、ばかもの、ってタイトルなんすけど、あげるから読んで下さいよ。俺、これ以上ナカヤマ君が無茶苦茶になっていくの、見てられないっす。」
 次の日の朝、ナカヤマ君が遅刻してきた。
「また飲んだんすか?」
「いや、飲んでない!飲んでないよ!!」
 嘘丸出しだが、付き合ってやった。
「ナカヤマ君、昨日もほんま荒れてたでー!」
 フロントのおっちゃんが、以下同文。
「ナカヤマ君、なんで嘘つくんすか。」
「・・・悪い。」
「別に悪くは無いっすよ、辞めれないのは仕方ない、でも、嘘はダメっすよ。幻滅したっす。」
 しばらく口を利かなかった。俺に気に入られようと媚びを売ってるみたいな態度が嫌だった。こんな調子でもし酒を辞めても、俺に甘えて依存するだけで、なんの意味もないし、大体、俺は毎日ウイスキーをストレートで1本近く飲んでは毎朝遅刻して、タイムカードを押してから吐くような毎日だ、人のことを言えた義理じゃないのは吐く度に血が混じってるのを見てる自分が一番よく分かってたし、酒を辞めて元気を失っていくナカヤマくんを見るのもそれはそれで、本当に正しいことを言ってやってるのか、段々と自信が失くなっていった。

 

 段々と職場の空気が狂っていった。バナナを置いて消えたおっちゃんが戻って来た。理由を訪ねると、西成で人を殴って、もし金を払えなければ檻の中に入ることになるかららしかった。
 おっちゃんは、コタニさんと、昼間っから客の残してたチューハイを開けて飲んでいた。ナカヤマくんも、昼間っからレモンチューハイを飲んで仕事をしていた。
 俺は、本当に心の底から仲良くなった人としか、決して、飲まなかった。どれだけ苦しくても二日酔いの身体で仕事をしていた。
 おっちゃんは結局、2〜3日で居なくなった。多分、檻の中に帰ったんだろう。


「パチンコで80万円くらい負けたっすわ。」
「なんでそんなお金あるの?」
 ノダくんは、Tシャツを捲り上げ、左腕を出した。錨の絵の下に英語、
「どういう意味?」
「俺、地元の高知県でマグロ漁してたんす。いつ死ぬか分かんないから、覚悟して船に乗るんす。」
「この下の英語は?」
ボブ・マーリーの言葉で、 自分の愛する人生を生きろ っす。で、だから、金はあるんす。」
「でも、80万ってヤバいね。」
「大したことないっすよ。だって昔、毎月ガンジャに60万円ぐらい使ってたっすから。」
「うわー、いいな、最高だね、それは。」
「今も楽しいっすよ。」
「そりゃね。3人も女居て、毎日ヤッてんでしょ?」
「俺、遅漏なんてモンじゃないから、毎晩膝が焼けそうになるっすけどねー。」
「なんかさ、ノダくんはさ、目がキラキラしてんだよ。」
「なんすかそれ。」
 ノダくんは、ま、誰が見てもどう見てもかっこよかった。イケメン、ってヤツだが、決して格好つけたような服を着たりしなかった。いっつも、安モンのTシャツと短パン姿で、髪はボサボサ、髭は生えっぱなし、脱ぐと、漁師として必要最低限の削ぎ落とされた筋肉がついていた。負けず嫌いで、しょっちゅう軽い喧嘩になったが、お互いがお互いを尊敬しあってるからか、何度も敬語辞めませんか?なんて言うには言うんだが、いつまで経っても俺もノダくんも敬語が抜け切らなかった。
 ホテヘルをフリーで奢って貰ったんだが、サイテーな相手で、小説の話になって、その子が平山夢明を知ってたこと以外は全くなんにも覚えていない。それも、最近流行ってる映画の原作で知ったとかなんとか、そんなレベルだった。
 俺はその頃毎日、マイキーにあげてしまった西村賢太を買い揃えてはひたすら読み返しまくっていた。どうしようもない毎日の唯一の慰みだった。
「じゃ、また遊ぼう。」
「っすねー。また!」
 握手して別々の方向に歩いて行った。

 


 そろそろもう、限界だな、終わりだな、この職場で働いてるのも、ってフンイキが充満していた。人手が足りなくて、フロントのコタニさんが、24時間労働をした後に4時間も残業して帰るようになり始めた。日に日に様子がおかしくなっていく。風呂清掃のホワイトボードの周りに落書きしたり、「イノキ・ボンバイエ!イノキ・ボンバイエ!!」って叫んだり、どう考えても狂っているとしか思えなかった。
 ある日のこと、ゴミ出しに外に出ると、駐車場の半端なところで車が止まっていて、中を覗くと24時間労働をして4時間残業して、ホテルで仮眠を取り、また24時間労働をして、4時間残業した後のコタニさんが眠っていた。
 俺にはその姿が、なんだか、天使のように見えた。
 次の日の朝、遅刻して仕事場に着くと、コタニさんが椅子に座り込んで下を見ていた。
 清掃をいくつか終わらせて、タバコ休憩をしに階段を降りて行くと、待機所から写真を撮る音が聞こえた。
 コタニさんの大声が聞こえた。
 それからはもう、二度とコタニさんに会うことは無かった。

 

「信じられへん、覚醒剤やって!リンちゃんはどう思う?」
 なんてパートのおばちゃん達から話を振られる度に、俺は心底からウンザリした。あんな地獄の様な仕事内容だ、シャブに手を出したってオカシクないだろ?
 ナカヤマくんがフロントをするようになり、ますます酒で荒れ初めた。
 コンビニの前で二人でセブンスターを吸い、前に飲んだのと同じところに向かう。ナカヤマくんは、前よりも遥かに酒の量が増えていた。
「コタニさん、パクられちゃったっすね。」
「シャブやろ?アイツ嫌いやってん、俺。」
 アンタもかよ?誰も、コタニさんの味方をしようってヤツは居ないのかよ?
 ノダ君に聞いても、
「自業自得っす。」
「いや、でも、」
「でも、じゃないっす。自業自得っす。」
 って言うだけだった。
 帰りにコンビニでウイスキーのボトルを買ってもらい、ストレートで呷りながら一緒に地下鉄を待つ。他の酒だと暴れ倒すんだが、ウイスキーのストレートだと、飲めば飲むほど大人しく、静かになる。地べたに座り込んで肩を組んで、俺はナカヤマ君を見ずにずっと線路を見ながら自殺を思い続けていた。
 どうしても、前みたいに楽しくはなれなかった。

 

 

10.

 

 キラーボングのライヴを見に行ったときに、完璧に持って行かれたバンドが居て、そのバンドのライヴを見に行くことにした。裸絵殺、入れ墨だらけのヴォーカルの男に出番を聞きに、物凄い緊張しながら話し掛けに行く。憧れから来る緊張ってよりは、何も出来ずに燻っている自分に対する苛立ちから来る緊張って方が近かった。 「出番って、いつですか。」
「一番最後だから、多分11時とかっすね。」
「そーっすか。他のバンドに全く興味無いんで、外出とこうと思うんすけ・・・」「ボンクラは見てください。」
「えっ?」
「間違いないので。」
「それはいつぐらいっすか?」
「もうすぐっす。うち気に入ったんなら、ボンクラは見てください。後悔させないので。」
 この人がこれだけ言うなら本当に間違いないんだろうと思い、俺はつまらねー客ばっかりのクソみたいなフロアでイライラしながらボンクラの出番を待つことにした。
 クラブ中を見渡したが、さっき話した人の隣にべったりくっついていた女の人よりもキレイな人は、何処にも居なかった。物凄く細い脚に、厚底のブーツを履いていて、髪もキレイにされていて、センスも、話し方も、何もかもが抜群で、あんなにキレイな人はここ最近見掛けたことがない、ってぐらい、素晴らしくキレイだった。
 そんなことを考えてボケーっとしてると、滅茶苦茶大人数の集団がマイクに向かって好き勝手べらべら話し始める。取り決めなんかない、即興的で自由過ぎる、取り留めの無い様な言葉の弾丸が耳に突き刺さって抜けない、
「昨日遊び過ぎて今キレメで滅茶苦茶やけど、まぁ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい、」
 俺はボンクラを全く知らなかったが、ま、確かめるまでもなくコレだろう。
 一体、なんなんだコレは?俺は完全に引き込まれ、ぶっ飛ばされまくった。
 一瞬で30分ぐらいの出番が過ぎて、クソ退屈なヤツらの演奏に戻った。刺激から回復するには丁度イイ塩梅、ってトコロだ。俺は座り込んでボケーっとしながら裸絵殺の出番を待ち続けた。
 あのタトゥーまみれの人が出て来て、耳の穴が痛くなるような、音の針を鼓膜に突き刺されてる様な、そんな音から始まった。
 セックスでイッてる時とか、自傷行為をして茫然自失してる瞬間とかが、永遠に続いてる様な感じの音の羅列、それに叫び声が加わる、同じリフレインのひたすらの繰り返し、
「TRASH DIRTY TALK 選り好みゴミのゴミゴミのゴミ」
 思わず口ずさんで一緒になって、あのクソみたいな職場のクソみたいなヤツらのクソみたいな会話に対する呪詛を繰り返した。
 凄すぎる、余りにも凄すぎる。こんなスゲーコトをヤッてんだ、あんなイイ女の子が夢中になって、当たり前だ。このクラブで一番良い女を連れ歩いてるんだぜ、王様みたいな気分だろ。俺は素直に羨ましいと思った。俺の近くで踊ってる女の子と身体がくっついて、その子が俺の方を向いた。ライヴ中に写真を撮ろうとして、ヴォーカルの男がケータイに掴みかかっていたのが最高にイカしてた。多分、一言二言喋り掛けたら上手く出来ただろうが、あの一番キレイな女の子とついつい比べてしまって、演奏が終わってしばらくくっついていたが、声を掛ける気が失せた。
 物販に行くと、一番キレイな女の人が立っていて、
「次、いつですか。俺、ケータイなくて。」
「紙に書きますね。」
「ありがとうございます。このTシャツと、こっちのCD買います。」
 お金を渡して、商品と、紙切れを受け取った。
「8月31日、戦国大統領」

 


 

 仕事中、ひたすら脳ミソの中で、「TRASH DIRTY TALK 選り好みゴミのゴミゴミのゴミ」って繰り返し続けていた。俺はこんなところに居たくない、かと言って、何をすればいいのか分からない、どうせ新人賞には落ちているだろう、確かめるのが怖くて、公募に出した雑誌を確かめるコトはいつまでも出来なかったから、一次選考だとかに受かっているのかすら分からなかった。
 俺が新人賞に受かるのは、最早、作家になりたいだとか、賞金が欲しいだとか、有名になりたいだとか、夢だとか、希望だとか、そんなんじゃなくて、神の不在を確かめる手段だとか、救済が一体何なのかを知る方法だとか、そんな、宗教的苦行の域にまで膨れ上がっていて、もう、俺にはどうすることも出来なかった。
 ただ、あの時、デブ女が勝手にコピーして出してなければ、俺はもうとっくに自殺していただろう。今まであのデブ女とは何回も会って何日も一緒に過ごして居るが、自ら行動を起こしたのは、それが初めてだった。あの女の為にも俺は、受賞する必要性があった。才能がないとか、誰かに読んでほしいとか、そんな理由でも最早なくなっていた。要するに、俺の頭は完全に狂っていた。
 8月31日に、一番好きなバンドの演奏を見て、気持ち良くなったまんま地下鉄に飛び降りて死ぬ。なんてロマンティックだろう。
 その前に、果たすべき用事を済ませておかないとね、ってコトで、俺は日本橋のホテヘルでサリちゃんを指名して、ずっと待っていた。
「あー!!!髪の毛なくなってる!」
「変かな?」
「ううん、かっこいいよ。」
「嘘でしょ。髪長い方がモテるんだよ、俺は。」
「そんなことない。サリちゃんは本当のことしか言わないから、疑わないでください、って、初めて会った時に話したの、忘れちゃったんですか?」
「分かった、分かった、信じるよ。」
「うん。すっごく似合ってる。あんなわけのわかんないチリチリの髪の毛よりも、よーっぽどスッキリしてて男らしくてかっこいいです。」
 この子は多分、世辞を言えない。お世辞か疑うと、濁すってよりも、ハッキリと、怒られるからだ。初めて会って褒められた時にも、「どーせお世辞でしょ。」って言ったら、暫くの間説教されることになった。
「サリちゃんは、お兄さんが聞いてくるから、真剣に考えて、思ったことをそのまんま正直に伝えてるんです。どう言ってあげたらいいのか一生懸命考えた時間が無駄になるじゃないですか。お世辞なんて言いません。疑うのは勝手だけど、すっごく気分が悪いです。」
「ごめんなさい。」
「信じて下さいよ。サリちゃんが嘘ついて、それが、何になるんですか。」
「はい。」
 俺はこの子を尊敬していた。もっと、色んな話が聞きたかった。
「次の出勤いつ?」
「ライン交換しませんか?」
「ケータイなくて。」
「そっか。メモ帳ありますか?書いてあげる。お兄さん、普段ケータイなくて、どうやってるんですか?」
「ラブホの清掃だから。」
「そっか、何処のラブホ?」
「修行部屋ってとこ。」
「あー、サリちゃん、そこ知ってる。今度セフレと行ってみようかな。お兄さんに会えるかな。」
 ゴミの様にどうでもいい、それで居て、心に残る様なキレイな会話を交わしていく。一瞬で過ぎ去っていく瞬間、セックスはとっとと済ませて、俺はこの子の声をずっと聞いていたい、どんな言葉で、どんな風に話すのか、もっと知りたい。
「なんでホテヘルで働いてるの。」
「色々夢があったけど、叶わなかったし、夢の為に家を捨てたんです。それ以上は言えないけど。」
 あっという間にアラームがなって、サリちゃんが歯磨きしてるのをボケーっと眺めていた。
「満足したよ。俺さ、サリちゃんの歯磨きしてる姿を見たらさ、いっつも、サイテーな気分になりながら稼いだ金を払って良かった良かった、って思えるんだよ。」
「いっつも褒めてくれますね。照れるなぁ。こっち見ないで。」
「もっと見せて。」
 俺は、作家になるよりも、サリちゃんの歯ブラシになりたいと思った。
 次の日、ネカフェに行って、写メ日記を見てみた。お世辞の連続の最後に、
「最後のお兄さん、歯磨きしてるの褒めてくれてすごく嬉しかったです。」
 って書かれていた。
 もう思い残すことは無い。
 8月31日になった。
 俺は、裸絵殺のライヴを見に、戦国大統領まで歩いて向かった。

 

 

11.

 

 裸絵殺のホームみたいな感じのライヴハウスなんだろう。その日の演奏は、酷いモンだった。ま、単純に、あのクラブの音質が良すぎただけなのかもしれない、と思い込もうとしたが、それはどう頑張っても不可能だった。なんだか、ダレまくった演奏で、曲間に客と話したりしていた。
 あのクラブで見たときは、他の退屈なバンドを全て焼き尽くすような演奏をしていたのに。相変わらず隣りに居る女の人は、他の誰よりも飛び抜けてキレイだった。俺は、何も言わずに外に出た。
 あー、ヤダな。
 こんな不完全燃焼で、死にたくねーな。
 ぜんっぜん、気持ち良くない。最高の気分で死にたい、ってのに、なんなんだよ、アレ。酷いモンだ。
 どうしよっかな。どうすればいいのかな。あー。イライラするな。腹減ったな。
 ローソンに入り、店員さんに、「なんか、この辺に、この時間でも開いてる美味しいラーメン屋さん、無いっすかね。」って聞いて、取り敢えず、オススメされた所に行ってみることにした。
 最後の晩餐、ってヤツだ。どうせなら、このまんまサイテーな気分で死にたい。不味いラーメンが出て来るのを期待して店の中で待ってると、豚骨ラーメンがカウンター席の上に置かれた。
 一口啜る。
 俺は、涙を流していた。
 なんて、なんて、なんて美味しいんだ。ニワカには信じられない程、最高の味だった。
 クソ、なんでもって、どいつもこいつも俺が死ぬのを邪魔しやがる?
 こんな気分じゃ、死ねねーじゃねーか。
 ボロボロ泣いて、泣いて、泣いて、泣き続けながら一人で、ひたすら宛もなく歩いていく。いつもなら飛び降りれそうなビルなりマンションを探すんだが、ひたすら下を向いて、ポケットに手を突っ込んで、何も考えず、気がつくと鶴橋で、俺は唐突に、壁の薄い最悪のあの部屋に帰りたくなった。
 俺はコンビニに入り、天王寺までの方向を中国人の店員に聞く。
「すいません、天王寺はどっちですか?」
天王寺?歩き?歩きなの?」
「はい。」
「遠すぎるね、タクシーに乗るね。」
「お金なくて、道、分かりませんか?」
 奥から黒人の店員が出て来て、ポケットから財布を取り出そうとする。
「ノー、ノー、ノー!!歩いて帰りたい気分、天王寺までの道、教えてほしい。」
「オッケイ。あっち。」
「センキュー。」
 天王寺に辿り着いた頃には、段々と空が明るみ始めていた。
 俺は、久しぶりに地べたを見ずに歩いた。
 久しぶりに見た朝日は、すっごくキレイだった。

 

12.

 


 憑き物が落ちたかの様に一気に落ち着いた、ってワケじゃない。相変わらず俺は待ち合わせ、ってヤツが苦手だ。待つのが兎に角苦手だ。よくぞ公募の結果を待てたモンだよな、って思う。
 俺は他人と飯を食うのが嫌いだ、愛のないセックスが嫌いだ、他人と一緒に寝るのも嫌いだ、流行りのコトバを使うヤツらが嫌いだ、他人と一緒に酔っ払うのも嫌いだし、働くのも嫌いだ、何かに属すのが嫌いだ、芸術もアーティストも嫌いだし、何かを尊敬するのが嫌いだ。
 言い出したらキリが無い程、何もかも全てにウンザリしてるまんまだが、心はなんだか晴れやかな9月1日の夜、I'm waiting for my man、ルー・リードの歌うベルベット・アンダーグラウンドの売人を待ってる曲を口ずさみながらひたすらエリさんを待ち続けていた。
 いつだって売人は遅れてくるのが相場だ。新人賞の公募の結果程では無いにせよ、俺はドキドキしながらエリさんが来るのを待ち続ける。惚れた女を落とす為の最初のデートよりも緊張する。俺のポケットには20000円が入っている。
 来た。エリさんなんて物凄くどうでもいい、急いでバーに移動し、机の下で2万円を渡し、手早く渡し返される久しぶりのマリファナ。急いでトイレに行き、中身を確かめるとヒドイネタで、今どき信じられない、種混じりの草がパケにパンパンに詰まっていた。端っこに青色のペンで③って書かれていた。1gが6500円ぐらい、ってことか。流石にこんなカスネタに20000は手数料の取り過ぎだって分かっていたとは言えど、この際だ、四の五の言ってられない。
 靴下の中に隠して、バーから出て、ビルの非常階段でタバコ混じりで巻いて、エリさんとエリさんの彼氏と3人でジョイントを回す。
 早く帰って一人になりたい。妙にピリピリした雰囲気の中、居酒屋でクラゲの刺し身を食う。ソコソコのキマリだが取り敢えず感謝を伝えとく。でも、多分、もうエリさんから買うことはないだろう。
 それから罰バーに連れて行かれた。トライバルタトゥーまみれの男とエリさんが話をし始めた。回ってきたリキッドで滅茶苦茶ぶっ飛んでるが、気分が悪くて仕方ない。店内のBGMはキング・クリムゾンのアースバウンド、悪徳の栄え、って感じの雰囲気が充満してて、俺は帰りたくて仕方なかった。
「すいません、気持ち悪いんで帰ります。」
「おー、好きにしたらええ、好きにするのが一番や。」
 返事もせずに外に飛び出し、孤独になり、地下鉄で下を向きながらレールを見てると次第に気分が落ち着いて、スッゲーハイになって来た。
 テレンスマッケナが言ってる。「幻覚剤をやる時は必ず、真っ暗にした部屋で一人で静かに」って。本当にその通りだと思う。
 それ以外の方法でクスリをやってるヤツらが嫌いだし、孤独じゃない環境でクスリをやる位なら俺は、シラフの方がまだマシだと思う。
 それはバッドトリップでしょ、とか抜かすクソ間抜けな自称平和主義者共に言いたい。俺は既に現実をオーバードーズし過ぎてて、常にバッドトリップしてんだ。今すぐ黙れ、消え失せろ。俺を決して分析しようとするな、解釈するな、なにかに当て嵌めるな、尊敬するな、推しってコトバを使うな、STRAIGHT NO CHASER。
 家に辿り着き、さて、これからどうしようか、と思う。
 手元には僅かばかりの金と、強制退去の通知、膨大な時間と退屈、持て余してる性欲、ブコウスキーの小説とサンプラーだけだ。
 俺は、シヴァのタペストリーを剥がし、ビリビリに引き裂き、窓の下に放り投げた。
 自由だ。
 それに、圧倒的なまでに強烈な孤独。
 わかばを吸いながら、天井に煙を吐き出し、俺はほんの少し笑った。
 そう、滅茶苦茶久しぶりに笑った。

 


 セフレ、ってコトバには、全く持って吐き気がするぜ。払うあての無い状態でケータイの契約をし、マッチングアプリを突っ込むと、案の定一番最初にデブ女とマッチした。滅茶苦茶距離が離れてるし、俺は✕ボタンを押すコトが無いから、天使か何かが俺達を出会わせてるとしか思えなかった。
 無駄な会話は必要なかった。
「今から来れる?」
「少し遅くなるけど。」
「なんで?」
「あんまり言いたくない。」
「なんで?」
「すね毛剃らなきゃだから。」
 久しぶりに大笑いした。俺はわかばの先っちょを抜いて爪で千切ったウィードを詰め込んで割り箸でタバコ、ウィード、タバコ、ウィード、タバコ、って押し込んで作った簡易式のジョイントを吸いながらデブ女を待った。
 キスもせず、スカートを捲ってパンツを履かせたまんま、ジーパンのチャックを開けてぶち込んだ。濡れてなくてアソコがギザギザするがお構いなしに思いっ切り突っ込む。デブ女は喘ぐのを我慢していた。ここまで強烈に性欲だけのセックスをするなんて、風俗でもなかなか難しい。
 俺はずっと、お前に会いたかった。前戯だの四の五の面倒臭いコトなんてヤッてられない。喘がれたらついついイカさなきゃ、とか考えちまう、デブ女はそこまで全て分かってる。完璧に理解されてるから、会話をする必要なんてない。
 最高に俺のことを愛してくれてるからこそ、俺達はこんな形でセックスをしていた。
 終えて、ひたすらデブ女が俺のをしゃぶり続けてくれる。口の中に出し、飲み終え、しばらくボケーっとして、頭に手を乗せるだけでいい、またしゃぶってくれる。
「なぁ、こんな気持ちよかったっけ?お前のフェラ。」
「ふふふ。」
「なぁ、お前のフェラは最高だよ。本当に、最高だよ。なぁ、最高だよ、俺今、最高に気持ちいいよ。」
「メガネにかける?」
「うん。その眼鏡見る度にさ、俺のこと思い出せよ。他の男とヤッてる時に俺のこと思い出せよ。」
「うん。」
 俺はデブ女の上に乗っかり、デブ女と唾液と俺の粘液まみれのアレを顔中に擦り付けて、思いっ切り、果てた。コトバを失って、何も考えられなくなるくらい最高の一発だった。
 どれだけ誰に話しても、それは都合のいいだけの関係だとかセフレだとかなんとかクソみたいなコトを言われるだろう。
 だけど、俺を心底から愛してくれてる、俺が愛してる女達は間違いなくみんな、「愛だね。」って言う筈だ。
 デブ女は俺に、「君の前で居る時だけは、アタシはアタシのまんま居てもいいんだ、って思う。」って言ってくれた。
 だったら俺も、コイツの前では、徹底的に、99%でもなく120%でもなく、100%で、何も包み隠さずに居なけりゃならない。
 それはお互いにものすごく磨り減るコトで、これ以上の愛は無いんじゃないか?って思える位に強烈で濃密な瞬間の連続だった。
 デブ女、デブ女、って呼んでたモンだから、名前を思い出せないんだが、多分、コイツの名前は、漢字までは思い出せないが、真実(まみ)だったと思う。

 


 殆ど何も話さずに、何度も何度も舐ってもらっては眠り、ウィードを吸っては舐って貰い、一緒に飯を食い、タバコを吸い、ただただ何も考えずに3大欲求を満たし続けて過ごした。
「俺、金無いからさ、お前、風俗で稼いでくれよ。」
「アタシ、出来るかなぁ。」
「出来るよ、お前なら。滅茶苦茶上手いし。どーせ俺と一緒に居ない時は他の男と寝まくってんだろ?」
「うん。お店で働いてお金いっぱい稼いだら、ずっと一緒に居てくれるの?」
「痩せて、後15歳若くなってくれたらな。」
「アハハ。誰かにお金借りてきてあげようか?それか、作業所で貰ったお金、」
「いいよ、嘘だよ。ほら、手でばっかしてねーで、ちゃんとしゃぶれ。」
 1日位経っただろうか?デブ女は、「これ以上居たら、君のことを好きになってしまってまたしんどくなるから。」って、いつもの去り際のあの言葉を言って去って行った。
 俺は、デブ女に、何もしてやれなかった。
 デブ女は、救い出そうと思う気も失せる程の、圧倒的に強烈な、今まで見たことが無い程の鬱病で、フェラをさせてるのは、そうさせていないと、ただひたすらに白い壁を見つめ続けて全く動かないからだ。掃除は出来ないし、飯も作れないし、なにか食べようともしないし、眠らないんだ。
 デブ女は、成長の止まった植物みたいな女だった。とても30を超えてるようには見えなくて、ずっと、小さな子供の様な顔をしていた。
 俺はウィードをしこたま吸った。
 俺は、デブ女を、本当に、心の底から愛していた。
 だけど、俺に出来ることは何もなかった。
 もう何年も経った今でもずっと、時々お前のことを思い出すぐらいには、俺はずっと、今でも、お前のことを親友だと思ってる、本当だぜ。
「あたし達の関係って、なんなんだろう。」
「さぁな、お前は俺の、大切な友達だよ。」
「あたし、友達、って、出来たことがないから、嬉しい。」
「悪いな、付き合えなくて。だってお前、俺も働かねーし、お前も働かねー。大体、俺達外に出てデートもしねーしさ、お前はすげー年上だし、すげーどうしようもねーくらい太ってるし、鬱病だしさ。」
「そっかそっか、友達なのか。」
 余りにも悲しすぎてさ、半年に1日だけで、本当に限界だったんだ。

 


13.

 

 中島らものエッセイに、
『ただこうして生きてきてみるとわかるのだが、めったにはない、何十年に一回くらいしかないかもしれないが、「生きていてよかった」と思う夜がある。一度でもそういうことがあれば、その思いだけがあれば、あとはゴミクズみたいな日々であっても生きていける。』
 ってコトバがある。俺は確かに存在すると書いてあるソイツを味わってみたくて今日までを生きてきた。
 全く、ボードレールが言ってる様にさ、「猫と女は求めてない時にやってくる」みたいなモンで、幸せって言うのは、もうそんなのどうでもいい時にしかやって来ないのが相場だ。ソイツが一番必要だと思ってる時には決してやって来ない。
 何気なくマッチングアプリを開き、「救済」って馬鹿みたいな名前の、古ぼけたコインランドリーで写真を撮ってる黒髪のボブカットの29歳の女が居て、俺は本当に救済だと思って、しばらく救済からの返事を待った。
「意味なんかないイェー。」
「おっ、ピーズのオナニー禁止?」
「そっちか、そっちもあるね。フィッシュマンズのbaby blueだよ。どっちが好き?」
「どっちも好き。ねぇ、アタシ、電話したい。」
 すぐにラインを交換して、電話することになった。
「ねぇ、今日、今すぐ会いたいけど、雨だから、明日時間ある?」
「あるよ。でも、お金はないよ。」
「アタシも無い。おまけにアル中だし。」
「俺も葉っぱ吸ってる、似たようなモンだよ。」
「早く明日にならないかな。あたし、てるてる坊主を吊るすよ。」
「晴れなきゃ困るね。ヒヤデスにお願いしとくよ、明日は辞めてくれって。何処に住んでるの?」
「長居。」
「分かった、公園散歩しよう。あそこのパン屋の前で待ち合わせでいい?」
「うん、あたし、今から眠剤飲むから、もしかしたら、明日になったら全部忘れてるかもしれないけど、許」
「すよ。許すよ。」
「ありがとう。おやすみ。って言っても寝れないから眠剤飲んでるんだけど。」
「俺は草でキマり過ぎてるから、しばらく我慢するよ。俺も寝るよ。じゃあ、明日ね。」
「うん、明日ね。」
 写真を送ってきたんだが、とても29歳には思えなかった。17歳くらいにしか見えなかった。これでも実際は30歳らしくて、1つサバを読んでいたらしい。本当の子供みたいな服装で、余りにも細すぎる太ももには切り傷が何本もついていた。本当に美しかった。
 次の日の昼頃、自転車に乗って長居公園前のパン屋で待ち合わせ、やって来た女と特に何も話さずにパン屋に入って好き勝手買って、スーパーまで引っ張られて酒コーナー、俺はオリオンビールを買ってもらって、彼女は9%の男梅サワー、レジを通して、スーパーの中で既にプルタブを開け始めて、俺は思わず笑っちまった。
「カンパーイ!!」
「カンパイ。」
 スーパーから出ると、「乗せろ!」って、俺の自転車の後ろに乗ってきた。
マリファナ臭い!!」
「うるせー、オメーだって酒臭えんだよ。」
「キャハハハハ、行けーっ!走れーっ!」
「はいはい、分かりましたよ、ジッとしてて下さいよ。なぁ、お前、ジョゼみたいだな。」
ジョゼと虎と魚たち?」
「お、やっぱり知ってたか。「なんやあの空。持って帰りたいわ。」分かる?」
「セリフ?キャハハハ、めっちゃ好きやん、めっちゃ好きやん!覚えてるの?」
「帰れ!帰れ言うて帰る様なヤツは早よ帰れ!」
「キャハハハハハハハハ」
「海へ行け。うちは海が見たなった。」
「めーっちゃ覚えてる!めーっちゃ覚えてる!!」
 公園の中に入ってしばらくして、
「止まって!ハイ、ストップ!猫居ます。」
「痛い痛い痛い、叩くなって。」
 自転車を押しながら歩いてると、白猫が一匹寄って来た。
「あー、アタシ以外にも懐くんや。」
「メス猫かー?お前はメスならどうしようもないビッチやな、こうやって色んな人にスリスリしとるんか!」
「キャハハハハ!ビッチや、ビッチー!おいでー!」
 俺はタバコを吸いながら、寝転んだ。
「はい、これ、プレゼント。」
 袋の中にはうまい棒が20本くらい入っている、
「俺さ、何日もロクに食ってないからスナック食うと気持ちわ」
「もういい!あげへん!!せっかく買ってきたのにもういい!!もういいです、食べなくていい!!!」
「いや、おこ」
「怒ってない、うるさい、食べへんかったらええやんか、折角あたしが、おなかすいてるからって何買えばいいか考えて昨日スーパー行って買」
「わかった、わかった、悪かった、ごめん、ごめんな?あー、シュガーラスク味なら食べれるかも、俺も好きでよく買ってたから、」
「触らないでください、食べなくていいです、もういい、もういい!!」
 俺はタバコを吸いながらひたすら、喚いたり笑ったり悲しんだり暴れたりしてる女をずーーーっと見ていた。
 この子は、今までの人生の中の、誰にも似ていない。前例がない。
 なんだコイツ、おもしれー、気に入った。

 


「ギャーー!ギャーーーー!!!ギャーーーーーーー!!!止めて止めて止めて止めて止めて止めて止めて止めて止めて」
「うるさい、ほら!ブレーキやるのを、止めたるわ」
「違う違う違う違う、ブレーキするの、ブレーーキーーーー」
 俺は歩道橋の坂をブレーキせずに自転車で突っ走っていた。後ろに乗ってる女が心底から怯えてるのが楽しくて楽しくて仕方なかった。
「どうする?お開き?」
「あたし、君の部屋が見たい。」
「辞めとけ。まじで辞めとけ。坊主にしてから、風呂に髪の毛が詰まって、水が流れなくてヘドロみたいになっててマジで臭いし、」
「あたし、君の部屋が見たい。」
「はいはい、何言っても無駄ですね。」
「うん!レッツゴーーー!!!」
 しばらくすると自分の部屋に着いた。ドアを開けるなり、
「アハハハハハハハハハハハハ!!アーッハハハハハハハハハハ、信じられへん!!!!汚すぎ!!!!」
「うるさい、お前が連れて来いって言うからやろ?」
「アハハハハハハ、汚い!汚い!信じられへん、なにこれ?なにこれ!!なにこれ!!!!」
 俺は冷蔵庫から水を入れてるプラスチックの容器を取り出して、口につけて飲み始めた。
「野蛮人!!!」
「はぁ?」
「普通コップに入れるやろ!!!アーーーーッハッハッハッハッハッ、この野蛮人!!!!」
「はぁ、文句ばっか言うならもう帰れ。」
「ごめんね、あたしが来たいって言うから連れてきてくれたんだもんね、はじめ嫌だ、汚い、ってのは聞いてて、あたしはそれが見たかったの。だから、」
「帰れ!言うて帰るようなヤツは早よ帰れ!」
「キャハハハハハハハハ!!!ジョゼ、ジョゼ、どんだけ好きなん?ジョゼー!ねぇ、」
「ん?」
「あたし、そろそろ帰らないと。」
「ドン引きして、逃げたいか?二度と会いたくないか?」
「違う、夜、用事があって。ねぇ、また会おう、絶対ね。」
「分かった。送ってくよ。」
 ナチュラルボーン、彼女は生まれつき、削る必要もなくずっとありのまんまで、新人賞に落ちたことに感謝した。
 だって、俺は、コイツと出会えたんだから。
 帰り道、自転車を押しながら、ピーズの好きな子が出来た、気が触れても彼女と歩いてた、やっとハッピーなんかを聞きながら、一人で泣きながら歩いていた。
 余りにも幸せ過ぎて、それで居て、余りにも悲しすぎるぜ。
 さ、一旦、読むのを辞めて、ピーズの喰えそーもねーを聞いてくれ。
 準備はいいか?一気に行くぜ、もう戻れない、戻りたいとも思わない、俺はこれから、いよいよらものあの言葉を味わうコトになる。
 そんなことは、この時、知る由も無かった。ただただ、家に着いて、一人でガンジャをキメながらピーズを聞きまくりながらひたすらぶっ飛んでいた。

 


 公園のデカい山みたいな滑り台の上に二人で立って、喚く女を見ていた。俺は飲まなかったが、女はチューハイのロング缶を飲んでいて、来る前から既に酒と抗不安薬コンサータでぶっ飛んでいた。俺は、ばかみたいな名前のジュースを買って飲んでいた。
 前よりも少し大人っぽい格好をして来た女は揺れる遊具に座って、
「撮れ!!!あたしを撮れ!!!!!」
 って大声で喚き散らかしていた。
 俺はUAの瞬間を流した。長いイントロの朗読の最中に、
「何この変な、うるさい、止めて!!」
「これだけは聞かせてくれ!!!!」
 曲が始まり、「この話に似たようなこと、あなたにも多分起こるでしょう、だけどそんなときは我慢しないで、飛び込んで、」
 俺は女を後ろから思いっ切り抱き締めた。
「すいませーん!」
 警察が来た。うわ、またコイツか、みたいな顔をしている。
「近所の人達から通報が入ってまして、」
「あー、すいません。」
 無機物みたいな、機械みたいなツラしたクソバビロンが、
「お兄さんも大変ですねー、」
 って言って来た。
 俺は睨んだ。
 お前らに何が分かるってんだ?
 女は知らんぷりをしていた。
「トイレまで競争、よーいドン!!!!」
「おい、待てって、」
「やったー!!!!あたしの勝ち!!待っといてね。」
 ヤレヤレだぜ、クッタクタだぜ。ションベンを済ませて待ってると、後ろから抱き締められた。ロマンチックな気持ちに浸ってると、女が濡れた手をTシャツで拭き始めた。
「お前はホンマ、」
 自転車に乗り、
「待って!!!!止まれ!!!!ストーップ!!!!!」
 女が自転車から飛び降りて、バカデカい岩みたいな石を持って来て、自転車の中に入れた。
「なにしてんねん。」
「行け!!!!進め!!!!!」
「はいはい、分かりましたよ。」
 コンビニに寄って、女がチューハイのロング缶を何本か買い込む。
 女のアパートについて、掲示板代わりのホワイトボードに、ねこぢるの絵を描くのを見ていた。岩みたいな石はもちろん、言うまでもなく、俺が持っていた。
 エレベーターに乗り、岩みたいな石を出てすぐのところの窓際に置いた。
 ドアを開けて、俺は思わず大笑いした。
 水道整備のマグネットが、200枚くらい、ドアを埋め尽くしているのだ。
「はい!!!!あたしは潔癖症です、お風呂ついてきて。外の菌を持ち込まれると困るから、お風呂上がったら服を渡すから全部着替えて。すごく穢れてるから、急いで!!!!早く!!!!あたしも一緒に洗う、洗い方教えるから、お願い、早くして!!!!!!!!」
 何も言い返す暇も無く風呂に押し込まれ、手の洗い方と脚の洗い方を聞き、露出していた部分全てを入念に、5分以上かけて洗わされた。
「満足?」
「よし、じゃあ、外に着替えを置いてるから、着替えて!」
 俺は服を着替えてから部屋に入った。オアシスのwhateverのクソダサいTシャツだった。
 部屋の中にはソニック・ユースのgooのポスターが貼られていて、机の上には、川上未映子の発光地帯が置かれていた。俺は笑っちまった。物が多すぎる。物、物、物まみれだ。
 ボケーっと寝そべって、取り留めもない話をし続けた。
「アタシ、テトリス上手いよ。」
「俺も上手い。」
「アタシの方が上手い。」
「いやいや、これだけは譲れない。」
 部屋の奥からボロボロの、ピーズの武道館記念のステッカーが貼られたDSを出して来た。勝負することになったんだが、何回しても俺が勝つ。名前の表記を見ると、37。ミナだから、37。アホらしくて、可愛くて、思わずクスッと笑っちまった。
「ありえへんもん!!!!あたしが負けるなんて、ありえへんもん!!!!おかしい!!!!こんなのはおかしい!!!!おかしいもん!!!!!!!」
 女が本気で号泣し始めた。
「酔ってるから、酒飲んでるから、」
「でも、事実やん、俺が勝ったのは。もう一回する?」
「うるさい!!!!セックスして!!!!」
「はぁ?」
「早く、エッチして!!!!」
「お前なぁ、誘い方ってモンがあるやろ。」
 俺はおっぱいを揉みながら、
「なんやこの乳、持って帰りたいわ。」
 って言った。
「キャハハハハハハハ!!!!ジョゼー!!!!ジョゼー!!!!!」

 


 気づくと朝。キレイに剃られてるアソコで、コイツ、今日は俺と寝るつもりだったんだな、って思った。肋骨が出てる程痩せていた。本当にキレイで真っ白な小さい身体だった。至る所が自分でつけた傷まみれだった。草臥れ果てて眼の前が白む、2年ぶりのセックスだったらしい、「最後にヤッたのいつ?」「1週間前、」「汚い!!汚い!!!!」って言いながらしてくるフェラチオは、人生で一番最高に気持ちいいフェラチオだった。思い出すだけで立ってくる、ミナとのセックスは、人生の中でも最高のセックスだった。
「なぁ、もっかい、もう一回だけ、」
「おばちゃん、もう疲れたわ。」
「こんなかわいいおばちゃん、この世の何処にも居らんわ。」
「「まいにーち、えーっちばっかでー、ちんこがいたーい、ピーンクがくろーい、」」
 二人同時に、ピーズのエッチを歌って、二人で笑って、風呂に入って抱き締め合った。
「なぁ、付き合おう。」
「本当に?」
 ミナが泣き始めた。
「なんやねんこれ、子供用の日本地図?」
「覚えられへんから。」
 それから、テトリスをして、
「ほら!!!!酔ってないから、やっぱしあたしの方が強い!!!!」
「はいはい。」
 ベランダに出て、12時間ぶりぐらいにタバコを吸った。
 枯れた観葉植物と、工事の音、俺は悲し過ぎて、倒れるようにしゃがみ込んで、しばらく立ち上がれなかった。

 


 夜、ゴキブリが出て、ミナがその辺のものを放り投げたりし始めた。
「ゴキブリ!!!!ゴキブリ!!!!!!なぁ、ゴキブリ!!!!!なぁ、」
「分かった、分かった、落ち着けって、」
「ゴキブリゴキブリゴキブリゴキブリゴキブリ!!!!!なぁ、ゴキ」
「わかった、わかった!!!!」
 俺は後ろから思いっ切り抱き締めた。悲しすぎて、全身が痛い位だった。
「離して!!!離して!!!!!」
「落ち着いて、スー、ハー、スー、ハー、」
「うるさい!!!!!ゴキブリ!!!!!ゴキブリ!!!!!!」
「明日、ゴキキャップ買いに行こう?」
「うるさい、うるさい!!!!!」
「お前の方がうるさいって。落ち着けって、なぁ、頼むから。」
 俺にはどうすることも出来なかった。多分、誰も、どうすることも出来ない。
 何かしようとすると、コイツの良さみたいなのが失われてしまうように思えて、でも、それでも何かしてやりたかったが、コイツは全てを払い除けてしまうだけだった。
 机の上の大量の眠剤抗不安薬と大量の咳止め錠剤。
 俺は、ミナの作ったポトフだけじゃ物足りなかった。散々文句を言われながら金を借りて外に出て、牛丼を買って家に戻った。
 手も脚も洗わず、服も着替えず、布団に潜り込んだ。それからどうやって過ごしたのか、何も覚えていない。もしかしたら、これは別日の回想かも知れない。後覚えてるのは、次の日の朝、面接があるから、って、起きるなり家を追い出されて一人で帰らされたコトぐらいだ。物凄く寂しい気持ちだったから、それだけは覚えてる。ミナは朝から酒を飲んでいた。
「飲んでた方が受かるから。」
 結局ミナは、怖くて面接に行けなかったらしい。
 マリファナの吸いすぎのせいもあるだろうが、それよりももっと深く、余りにも悲しすぎて、断片が脳に過るだけで、何年もかかって何度書き直し続けても、これ以上上手くは書けない。
 これは、余りにも深く、絶望的な程に美しすぎる、悲しい話だ。
 誰にも分かって欲しいとは思わないし、これを書いて、全てをキッパリ忘れようと思うが、忘れなくてもいいのかも知れない。
 簡単に、救われたいだのなんだの抜かすヤツらが居るが、本当の救済ってのは、助かりたくない程の、強烈な地獄だぜ。
 それでも、味わってみる価値がある。それは、これから先君が生きていく希望になるだろう。さ、UAの瞬間を聞き終えたら、息をするのも忘れて、散々助走ばかりして来たんだ、思いっ切り飛び込め。
 少なくとも俺は、全く後悔していない。

 


 たったの、4日で、別れた。
 俺の部屋で一緒にマリファナを吸いながら、ビッグ・リボウスキを観て、フィッシュマンズの頼りない天使を聞いてフラついて、俺は余りにも草臥れ過ぎていて、家まで送っていけなかった。
 次の日、「あたし達って付き合ってるんですか?」「なんで家まで送ってくれなかったんですか?」って連絡が来た。放っておいた。
 電話がかかってきて、女が夜中の公園を散歩していた。電話の最中に障害者用トイレに男に引き摺り込まれて、オナニーを見せつけられている。女がレイプされかけてるのを、必死に電話先から「大丈夫か?今近くに居るから向かおうか?」って大声で叫んだ。手が振り解かれた一瞬を狙ってなんとか逃げ出せたらしかった。
「何が、あたしはこの公園の裏番長、猫のことなら何でも知ってる、や。夜の散歩は辞めとけ。昼間にするか、自転車に乗れ。」
「うるさい!!!!あたしの勝手やろ!!!!!!」
 俺はもう、本当に疲れた。
 それ以上、俺達は、持続させることが出来なかった。
 もう、全てをやり尽くしていたから、これ以上頑張ろうとも思わなかった。

 


 俺が働いて養ってあげれる位のヤツだったら、ミナともう少し一緒に居られただろうか?なんて思い、コールセンターに勤務し始めたが、4日目に仕事中に気絶して、結局飛んで、振り込まれた給料でタバコを買い込んだ。
 マイキーから電話が来た。
「しっと、もう、俺の家住めよ。」
「うるさい、放っといてくれ。なぁ、俺、ヤクザの知り合い居るぜ、これ以上近付くなら、」
「ヘイ、ブラザー、落ち着けよ。」
 俺は、電話を切った。
 ナケナシの一発を吸い込みながらデリヘルを呼んだ。肌の荒れたデブの女、俺は口から出任せ、心にも無いことを言い続けた。
「ほら、その笑顔が可愛い。ほんま、はぁ、滅茶苦茶かわいいな。」
「ありがとうございますー。そんな、褒め過ぎですよ、さっきから。」
「謙遜することないよ。はぁ、可愛い。ほんと、大変でしょ、仕事。ほんとお疲れ様。偉いよなぁ、男の人のこと喜ばせてさぁ、すごい仕事だと思うよ、マジで。少なくとも俺は救われてる、君のその笑顔に。」
「なんかあたし、この仕事してて良かったって思った。やばい、泣きそう。」
「泣かなくていいよ、笑っててよ、ほんっと可愛い、笑顔見せてよ。あー、それそれ、はぁ、可愛い。」
 テキトーなコトを言いながら抱き締めると、
「入れていいですよ。」
「いいの?ほんとに?ゴムある?」
「ゴムなんていい、中に出して。お兄さんだけは、トクベツ。」
 ラッキー。俺は思いっきり、中で果てた。
 しばらくして、在籍を確認すると、その子は、店を辞めていた。

 


 金が尽きて、何日も何も食べてなかった。でも、何もする気にはなれなかった。強制退去が確定した手紙が届いた。
 俺は、ミナに会いたかったが、ミナは他の男にずっと何年もストーカーをされてるらしく、そんな風には思われたくなくて、会いに行けなかった。
 公園で寝転んでると、野良猫が、腹の上に乗ってきた。
 すぐ隣で、嵐のA・RA・SHIを何度も何度も何度も何度も何度もリピートしながら狂ったように踊り続けてるヤツが居た。
 俺は、思わず、笑っちまった。
 

 

 

 

 


 
 

 

 

 

 

 

 

唾液じゃ傷は治らない   

 


             同じ目的を持つ者同士
          出鱈目で辛めで粗めな荒療治

           By Jube from Think Tank

1.

 インターホンが鳴った。ハイハイ分かりました、行きますよ。
「話聞かせて貰いたいんだけど。」
「えぇ、えぇ、ずっと誰かに話したかったんすよ。」
 乗り込んだ車の中で「刑事さん、俺やっと自由になれますわ。」って。
「アホか、自由とは真逆じゃ。」
 俺の女はツラは酷かったが、体が良すぎた。17歳。パッツパツの肉にぶち込むのはあまりにも気持ち良すぎたし、おまけに金に困れば働きに出てくれた。
 ただ、余りにも性格に難がありすぎた。
 犬の散歩みたいに手錠からロープが出てて、男の腹に巻かれてる。惨めな気分だ。俺は上手く現実を受け入れられず、階段でふらついて叱られた。
 指紋を採って着替えさせられ、俺の住んでる部屋と大して変わらないくらいの大きさの部屋にぶち込まれた。悪くない、が、余りにも退屈すぎる。
 ザラついた感触の毛布、ひんやりした畳、独特の大理石みたいな、腐敗した正義の香りの中、横になる。
 俺は何も考えたくなかった。水を飲み込み、喉に指を突っ込み、音を立てずにゲロを吐いて、オナニーして取り敢えず無理矢理眠った。

 まずは尿検査だった。見張られながらションベン、運良くガンジャは1ヶ月くらい抜いてたから絶対に大丈夫だってのに、ビクビクしながら結果を待った。結果は教えて貰えなかった。
 クソッタレ、ケツアナの皺の数を聞かれてるみたいな気分だ。
「風呂に沈められて殺されかけた、って言ってるようなんだけど。」
「頭真っ白で何の記憶も無いっすね。彼女の被害妄想では?あっ、今なんて書きました?」
 調書を片っ端から検閲仕返してやった。少しでも表現が気に食わなければ全て書き直しさせ続けた。これっぽっちも話が進まず、とにかく刑事をウンザリさせ続けてやった。

 通ってた医者の処方で、合法的にクスリを手に入れられる。運悪くこの時は真面目に医者に通ってたせいで、ちょっと眠くなるだけのヤツだったが、まぁ、無いよりはマシだった。口に入れられ、水で流すところを見られるのは少し照れた。
 飯はクソ不味かったから、俺は味噌汁と米以外には決して手をつけなかった。冷たい廊下、永遠に近い待ち時間。あー、もう懲りましたよ。しばらく悪いことしねーからとっとと出してくれよって、岩山の孫悟空みたいな気分になってくる。ラジオから流れるウルフルズ。「とにかく笑えれば、」全然笑えなさすぎて、逆に笑えてくる。ノートに「分からん、分からん、分からんらん、」って書いてると、少しクスリが効いてきた。

「猫に餌と水をあげたいんすけど、どーしたらいいすかね?」
「お前の猫、死んでるわとっくに。アハハ。」
 クソバビロンMotherfucker!こんなコトを笑いながら抜かせるヤツらが正義なんだもんな、笑える。
 弁護士に会って、取り敢えず「学業に支障が出る。」でゴリ押しさせる。
 ま、もう7月だってのに、今年になってまだ数回しか学校に行ってないんだがな。
 取り敢えず無事、4日で釈放が決まった。20日もパクられっぱなしのヤツらはバカだ。初めてにしては上出来だろ?

 カーキ色の草臥びれたスーツを着た刑事が俺の隣りに座って、ジャージのオトコが運転席に座った。
「はぁ、ツイテナイ。ガム踏んで気持ち悪くてな。靴、新品やで?ホンマ、最悪や。」
「俺に比べたらマシですよ。」
「そうやな、お前は今回ホンマ、運が悪かった。」
「ま、接触禁止命令勝ち取れたんで。あの女と別れるにはこれしか方法無かったんすわ。あの、コンビニ寄れます?」
「あぁ、タバコか?」
「そう。」
「久し振りやろ?倒れんなよ?」
「すんません、聴きたい曲あるんすけど、ユーチューブ見せて貰えます?ずっと聞きたかったんすわ。」
ジャージマンからケータイを借りて、ピーズのいきのばしを流した。
「これは良い曲やな。うん。」ジャージマンがそう言って、みんなで黙ってピーズを聞きながらしばらく車に揺られていた。
 セブイレついて、わかばとライター買って、思いっ切り吸い込んだ。倒れそうになりながら久々の実家、久々の母親、カーキが俺の肩を叩き、
「もう帰ってくんなよ!!」
「あざっす。」
 クソバビロン共の中にも、イイヤツは居る。


「ヨージ、パクられたわ。」
「お疲れ。20日?」
「4日で解放。実家で過ごすことが条件やって。引っ越し頼める?」
「ええよ、軽トラで積める?」
「全然積める。」
 階段を降りて、先ず第一声、
「真っ当に生きるわ。髪の毛切りたいからお金ちょうだい。」
 ゲームオーバー。もう、コンティニューする気にもなれない。


「もう、バッサリ切っちゃって。」
「えー、なんで切るんですかー?」
「なんかね、真っ当に生きてみようかなって。」
「いいですか?切りますよ?」
 バッサリ、あっさり、さみしくなった。寂しさを埋めるために、日本橋の黒いBoxの中に入って、写真を指差した。
「この子。」
「では、番号札でお呼びしますんで。」
 同じ目的の他の客との沈黙が満たす待合室の中、俺はタバコを吸いながら待った。


「髪の毛切ったんよ。」
「なんで切ったの?」
「女殴って、パクられて。」
「うわっ、サイテー!」
 ベッドの上でパンストを脱ぎ始める。なんて、なんてイイ女なんだ。30歳なのが信じられない。
 大体こんな女がこの値段で来ることなんか、あり得ない。一体どうなってんだ?風呂に一緒に入るとすぐに理由が分かった。俺はその理由に触れた。タトゥーだ。
 彼女の体で泡立てて、抱き締め合ってると、スッゲーぼんやりしてきた。
 風呂から上がって、ベッドにぼっさり寝転がってタバコを吸う。Yes, I’m Lonely, Wanna Dieって気分だ。隣に女が来る。腕を差し出して抱き締める。
「君みたいな、女殴るような酷いオトコばっかり好きになってきたわ。」
「なぁ、俺、ハマッちゃいそう。」
「アタシ、ハマッてる。抱きついてるだけで気持ちいいモン。」
「いっつもこうやって色恋営業に持ちかけてるワケですか。」
 キスして、舌を絡め合って、まさぐりあった。すっげー濡れてて、柔らかくて、キツくて、サイコーだった。
 病んだ女が吸う、匂いのキツいタバコを1本貰って、二人で黙って吸った。


「ホントに働く気あるんですか?」
「あります。」
「だったら、面接にビーチサンダルはあり得ないよ。履歴書に写真も貼ってない。」
「お金全くなくて。取り敢えずスニーカーは始業までになんとかするんで。」
 将来の夢を聞かれて、作家、って答えたのが功を奏し、コンビニのレジ打ちに無事採用された。店長が元々本屋で働いてたおかげだ。
 母親にスニーカーを買って貰い、実家の近くのコンビニで、毎日5時から9時の4時間のシフトだった。
「今日さ、長居店で仕事って言われてたから、余裕持って向かったら「何で来たの?」って。どうやら向こうの伝え間違い。謝り一つナシでさ、気分悪いわ。」
「そんなん、どうせお前が悪いねん。」
「何がやねんな。向こうの伝え間違いやって言うてるやろ。」
「お母さんの方がもっともっと大変やわ。お前が悪いねん、お前が。のんちゃんの時だって、別れんかったら良かったのに。どうせお前が、」
「もういい、もういいわ。」
 階段を登って猫の居る自分の部屋に戻り、ジンロを飲みながら先輩に電話した。
「実家キツいっすわ。」
「なんで実家帰ったん?」
「いや、パクられて。」
「終わりやな、終わり。パクられた?ゲームオーバーやん。女殴るのだけは辞めとけって、俺散々言うたやろ。」
「もういいっすわ。」


 制服を着て、母親に買って貰っただっせえスニーカーを履き、Tik Tokの話で盛り上がってる同僚とは一切口を利くことなく、俺は真面目に、真っ当に、働いていた。
「アナタたち!喋ってばっかりで、新人君だけやないの、きちんと働いてるのは!」
 なんてクレームが入るぐらい真面目にやってたのに、どうしてか俺は店長に呼び出された。
「・・・あのねぇ、昨日事務所でお弁当食べたでしょ。」
「家に帰って食べたかったんですけど、ここで食べて帰ったら?って、買ったのをあっためられたんで、仕方なく食いましたよ。」
「食べちゃダメなんだよ。あのね、君、仕事覚える気、ある?」
「少なくともクレームが入らないぐらいには。」
「あのね、クビ。」
「はぁ?」
「ま、せいぜい作家になるって夢だけは諦めないでくださいよ。」
 無遅刻無欠勤だぜ?Noクレームだぜ?Tik Tokの話が出来ねーからって、余りにも理不尽だ。
 俺は4日でコンビニをクビになった。


 引き払う予定のアパートに逃げ帰った。全く何もない部屋の中で太陽を浴びて寝転んでると、ふと、もういいんじゃないか?って気になってきた。
 酔っ払いながらタイパンツのヒモを首に括り付けて、思いっ切り引っ張った。首が絞まった。息が止まった。
 40秒くらい、ぼんやりと気持ち良くなってきた。あー、俺、今だったら死ぬの怖くねーわ、縄でも買いに行って首吊るか、それとも飛び降りるか、って考えてると、
「ヘッ、もったいな。」
 って聞こえた。
 それは、自分の声だった。
「何がもったいないねん?」
 返事は無かった。
 取り敢えず俺は、何がもったいないのかが分かるまで、生きてみることにした。


「2週間しか経ってないのに、すまんな。」
「こうなることは分かってたから別に、でもな、もうこれっきりな。」
 ヨージの軽トラに荷物を詰め込んで、警察の命令なんてガン無視で、俺は西今川の俺のアパートに戻ることにした。
 実家には耐えられない。タバコを吸う度に外に出るコト、音楽が聴けないコトは別に特段、気にならない。
 あの沈黙。俺がパクられたコトが、無かったコトにされてるあの感じに俺は、草臥れきっていた。


「なぁ、そっち行って良い?」
「ん、いいよ。」
 抱き締めてキスすると、さっき食ったふぐ鍋のもみじおろしの匂いがして、吐きそうになった。脱がそうとすると、
「生理。」
「じゃ、生で出来るやん。」
「あのね、アタシ、はぁ、彼氏出来たばっかりなんだよ、3日前に。生理だから絶対大丈夫、って、だから君のコト泊めたのに。」
 鬱病の薬を飲んでる女は、どいつもこいつも独特の太り方をしてるからすぐに分かる。肉が、固い。ネグリジェを脱がし、前戯をテキトーに済ませて、血でぬるぬるした部分に突っ込んだ。
 前付き合ってた女の痩せて引き締まった若い肌に比べて、30歳のババアの皮膚は、どう考えてもサイテーだった。
 終わる度に女が舐めて、俺のについた血をキレイにしてくれた。そんなコトされちゃたまんない。結局、朝まで4回もヤッちまった。


「で、今は、猫ちゃんを飼ってるってわけ。」
「猫?オトコじゃなくて?」
「そ、オスの野良猫。」
 笑っちまいそうになりながら、ベランダに出てタバコを吸う。
 この家に来る他の男が忘れてって、この家に来る他の男が着たであろうパジャマ姿でベランダに出て、タバコを吸って、しばらく待つ。
「電話してたの、誰?」
「友達。」
「そいつと、寝たことある?」
「昔ね。」
 穴兄弟の声なんか朝っぱらから聞かせんなよ、気持ちわりい。ウォータークーラーで水を汲んで飲みながら、ハムスターがエサ食ってんのを眺めて、もっかいベランダに出て、一服する。枯れた観葉植物と、灰皿の中の、銘柄の違うフィルターを眺めて笑う。


 仕事に出掛けた女の部屋で思う。何が真っ当にやり直す、だ?笑えてくる。結局俺はまた同じコトを繰り返し続けてる。大阪からわざわざ千葉まで逃げてきてんのに、太った女に飼われてちゃ何の世話も無い。何かに期待して死ぬことすら出来ないクセに、それならそうと腹キメて頑張ることも出来ない。
 途方もなく長い夜の10時までを何とか耐えて、仕事帰りの女を駅まで迎えに行く。24時間営業のスーパーに入って、食いたいモノ、飲みたいモノを買って貰う。
 味噌汁、魚のフライ、サラダ、雑穀米、俺はいい加減にゲンナリしてくる。味は美味いが愛がクドい。
「こういう飯、マジでキツいわ。」
「愛されんのが嫌いなの?猫ちゃん。」
「猫って呼び方辞めろよ。」
「ずっと酷いコトされてきたんだよ、付き合ってきた女の子達に。」
「酷いコトしてきたのは、俺の方。」
「ねぇ、歯磨きしたげよっか。」
 口の中に歯ブラシを突っ込まれて、俺は吐きそうになる。
「オエッ。こんなワケの分からん白い化学製品なんか、良く口ん中入れれるよな。」
「ヨシヨシ、頑張ったね。」
「お前の方が頑張ってるわ、仕事して。なぁ、休みいつ?」
「明後日。なんで?」
「デートしよう。」
 そう言って俺は服を脱がして、前戯も関係無しにぶち込んだ。
「やっぱり猫ちゃんは、猫ちゃん。だって、エッチがケモノみたい。」
 ケモノは終わった後一人でタバコなんか吸わねーよ。


「閉まってんな、これは。」
「閉まってるね。せっかく渋谷来たのにね。」
 俺は愕然とした。侍が食える、それだけを楽しみに渋谷まで来たのに、閉まっていた。仕方なく近くにあった家系に入ったけど、食ってる途中に二人で見つめ合って、黙って笑って外に出るようなサイテーな代物だった。
 原宿まで歩く道のりにある古着屋に片っ端から入ってみるけど、全然乗らない、面倒臭いだけ。
 ちょっと休憩、って立ち寄った喫茶店っつーか、小綺麗な店で、ワケの分からない1200円ぐらいするパフェを奢って貰ってから、女が服を買うのについていった。
 30超えた太った女のワンピースなんて、右でも左でもどっちでもいい。俺はずっと椅子に座って下を向いて頭を抱えていた。


 渋谷に戻って入った居酒屋、これが見事にハズれの酷い、サイテーの店で、俺達は妙に酸っぱいもんじゃ焼きを食って、二人で殆ど睨み合った。
「今日は、ダメな日だな。俺が選んだ店、ことごとくサイテーだわ。」
「アタシは楽しいよ、10年ぶりくらいにデートして。何年もセックスばっかりだったから。」
「痩せろ、イイ女なんだから。」
「クスリ飲み始めてから太り出しちゃって。」
「言い訳、言い訳。このまんまでイイワケ?お前、イイ女やねんからさ、」
 都合の、な。
「だったら、だったらキスして下さいよ!」
ハイボールをしこたま飲んだ女の一言で、地下鉄中の全員がコッチに振り向いた。
「アホ、お前が俺に言うたら周りのヤツら、ママ活してるようにしか見えへんぞ。年を考えろ、年を。」


 起きてまずは服を着た。いびきかいて寝てる女はほったらかしにしといて、フライパンをあっため始めた。
 鯖缶を開けて、ハーブを何種類か振りかけて、岩塩が無いから塩と黒コショウ、それからオリーブオイルと大量のチーズをぶっかけて、ぐちゃぐちゃに混ぜておく。オリーブオイルでニンニクを炒めて、トマト缶突っ込んで、ほうれん草煮込んで、さっき用意した鯖を入れて、味見する。うん、良い感じだ。
 火を止めて、お湯をウォータークーラーから運んできて、塩を入れて、パスタを入れて、タイマーセットしてから、俺は女を起こした。
「ん、いいにおい。」
「飯出来たぞ。」
 軽く湯切りして、ソースにぶち込んで、混ぜながら温めて、さっき用意しておいた皿に載っけて、粉チーズと鷹の爪をふりかけてテーブルに持ってくと、女が水を汲んでくれている。
「ほんっとに美味しい。これ、作り方教えて。」
「カナダでプッシャーしてたツレが、イタリア料理店で働いてて、その時に作ってたパスタやって。」
「プッシャーって何?」
「ドラッグ売ってたの。」
「ダメだよ、ドラッグは。」
「んじゃ、不特定多数の男と年に100回寝ちゃうのもダメだよ。」


「帰りたいなら帰れば?あっ、コレ、君の好きなジョゼのセリフだっけ?」
「ふざけんなよ、お前にジョゼが分かってたまるかよ。それにセリフは、帰れ、帰る言うてほんまに帰る様なヤツは帰れ、や。」
「君はね、真剣に生きすぎなんだよ。もっとテキトーに、リラックスして、ご飯食べさせて貰ってればいいの。」
「わーった、帰るわ、帰る。俺は一人で生きてける。」
「君は野良猫だから無理だよ、誰かに飼われないと。」
「もういい、もういい、気分悪い、なぁ、飯食いに行こうぜ。」
 セックスして、喧嘩して、またセックスして、また喧嘩してたらいつの間にか朝になっていた。
 誰も居ない真っ白な街中を二人でふらついて、朝っぱらから牛丼を食った。
「じゃあな。」
「君のことだけは、絶対に忘れないよ。君、本当に、死んじゃいそうだよ。ねぇ、もっとテキトーに、」
「テキトーに、クスリでもやるよ。」

 
「しっと、俺、キッツいわぁ。」
「俺だってキツいわ。パクられてきたばっかやぞ。」
「親父がよー、キッツいねん、お前は良いよな、一人暮らしで。」
「じゃあお前も引っ越せよ。お前、人の話聞いてる?俺だってキツいって、俺の話も聞けよ。」
「金貯めてたけど、サークルの飲み会で飛んで、はぁ、」
「なぁ、オイ、もういいよ。」
 マイキーは、かれこれ4時間も昔話をし続けてる。あの時LSD8枚食って、だの、指詰めようとして包丁を押し当てたけど、やっぱり俺には出来なかっただの、もう聞き飽きた、聞き飽きた、うんざりだ。
「そんな昔話するならよ、昔みたいに無茶苦茶しようぜ。俺今から、自転車で京都行ったるわ。」
「90キロも離れてんねんぞ?」


 隣が急斜面の丘になってて、落ちたら終わりだ。当たりは真っ暗、少しでもスピードを緩めたら跳ねられちまう。走る車のライトだけを頼りに必死にママチャリを漕いでる俺を、ロードバイクに乗ってるマイキーが笑いながら写真に撮った。
「ケタケタケタ、イカレてる!ママチャリで大阪から京都は頭オカシイって。」
「なぁ俺ら、いつまで無茶し続ける年や?もう俺、半年ちょいで社会人や。」
「俺は、2留してるから。お前、卒業出来そうなん?」
「偽装の診断書で楽勝。」
クッタクタのヘッロヘロの意識モーローになりながら、8時間ぐらい自転車を漕ぎ続けて、俺たちは何とか京都に辿り着き、ネカフェで少しだけ仮眠を取って、体がギシギシいってるのをなんとか少しだけマシにしようと、京都タワー下の風呂に入った。


 清水寺をぶらついてから新京極で、俺はビール、マイキーはウイスキーを片手に、酔っ払ったテンションで買ったハッピ姿で、女に声を掛け始めた。キャー!って叫びながら逃げられて、俺達は一旦色々と考え直すために、コンビニの前でタバコを吸い始めた。
 マイキーがトイレに行ってる間、俺は地面を見続けた。たまらなくこれ以上もなく本当に心底から家に帰りたい、が、自転車で来てるからそんなことは不可能だった。
 俺は、肩を叩かれた。
「初めまして。お兄さん、ヤバいらしいっすね。」
「オイ、マイキー、誰コイツ?」
「便所で話しかけてな、」
 リュウそっくりのツラしたヤツだったが、リュウとは似ても似つかないほどクソつまらねーヤツだった。
 

「なぁ、マイキー、お前、いつまで引き摺ってんだよ?あの頃は楽しかった、あの頃は楽しかったって、俺らもうすぐ、22になんだぜ?18の頃みたいには出来ないって、お前、そろそろいい加減に理解しろよ。」
「俺はな、お前が髪の毛伸ばして、ヒッピーで、クスリも滅茶苦茶やってて、リュウが居って、俺が居って、あの頃に、」
「勘弁してくれよ。あのさっき連れてきたヤツ、なんやねん?リュウに、」
「お前に何が分かるねん?あ?」
 胸倉を捕まれた。睨むと、フッと離された。
「ヤバい、ヤバいな、すまん、しっと、すまん、」
「Cool Downメーン。お前、流石にウイスキー飲みすぎ。」
「俺ホンマな、家がな、」
「No!No!マイキー、これ以上話聞いて欲しいなら、金くれ。もう、ウンザリや、もうウンザリ。」
「分かった、いくら払えば良い?いくら払えば教えてくれる?」
「何を教えれば良い?解決策は提示してる。家がツラいなら、家を出ろ。サークルのヤツらがイヤなら、サークルを辞めろ。昔に戻りたいなら、タイムマシンを探せ。」
「なんやねん、聞いてくれや。」
「聞いてるやんけ、ひたすら、お前、俺は俺の話、一つも出来てないねんぞ。俺だってキツいねん。」
「何が?」
「マイキー、これ以上会話したいなら、金払え。お前とは暫く関わりたくない。一人にしてくれ。」
「分かった、払うわ、いくら?」
「1時間1万円。」


 心痛むような、叫び出したくなるようなガキの頃からの話を永遠とされ続けた。金を貰ってるから、かろうじて冷静に聞いていられた。もし金を貰ってなけりゃ、心が掻き毟られ、気が狂っちまいそうな、虚言癖を疑っちまうぐらいにエグい話のオンパレードだった。
「1時間経った。まだ話す?」
 1万円を手渡された。遂に大学の話まで辿り着き、リュウの話になった。
「Hey, Bro、あのな、リュウの昔の女と俺は寝た。だから俺はもう、リュウとは会いたくない。」
「お前もキツかったよな、あんなビッチと寝て、アイツはシンゴともヤッてたし、それから、」
「はい、金貰ってるから聞いてやるよ。でも俺からの意見も言わせろ。ヨツバちゃんをビッチ呼ばわりしてもいいのは、ヨツバちゃんと寝た男だけや。何も知らんクセに、勝手なこと抜かすな。」
「あんな女と、」
「マイキー、今は金貰ってるから好きに話せば良いけど、俺はお前のツレを貶さないんやから、俺が寝た女の悪口、普段は絶対に言うなよ。」
「この話、辞めるわ。すまん、しっと、もう俺は下ろさな一万円札が無い。」
「ほんなら、帰ろか。結論。親がキツいなら、金を貯めて家から出る以外に方法は無い。親が理解してくれるとか、そんなこと今までありましたか?今まで一度も無いことが今後起こることはない。後は、もうあの頃には絶対に戻れない。オッケー?以上。」
 タクシーの後ろに自転車を乗っけるマイキーをぼんやりと眺めながら、俺はこの辺なら何処にホテヘルがあんのかを調べ始めた。


 とにかく誰かに話を聞いて貰いたかった。
 検事に話してみた。「あなたみたいな女性に暴力を振るうようなクズは、また同じことを繰り返すに決まってるんだ!」
 医者に話してみた。「女の子殴って捕まったんですってね。どうしますか?クスリ増やしときますか?」
 千葉の女に話してみた。銀行にお金が振り込まれてて、俺は新幹線に乗っていた。
 アフターピル、新幹線代、毎日の外食代。金を出して貰い、俺は精子を出し続けた。Give and Take、サイテーの関係だ。

 
「恋人が出来たらずっと行きたかった店があるの。」
「良いよ、着いてくよ。」
 その店が、あんまりにもハズれだったモンだから、二人で笑いながら、アパートの真正面にあるラブホテルに入った。
 背中を抱き締めながら、いびきをかいてる太った女に突っ込んで、そのまんま出して、疲れ果てて電気も消さずに眠った。


「君はね、結局元カノを引き摺ってるだけなんだよ。君の悩みなんか、」
「うっせー、黙れ。」
「元カノ、元カノ、元カノ、元カノの話、元カノの話、元カノの話、そんなに好きなら会いに行けば?」
「もういい、話すだけ無駄やった。よし、寝よう。」
「ずーっと元カノ、元カノ、元カノ、しつこいんだよ。」
「そうじゃねぇって、しんどかったから話してみたかったんだよ。」
「その割に楽しそうに話すクセに、」
 俺は女の顔面を思いっ切り殴りたくなる衝動を何とか抑えつけ、どうにか外に出てタバコを吸って無理矢理気を沈めた。それから暫く20分くらい、上手く声が出なくなった。


「俺って、上手い?」
「滅茶苦茶気持ちいいよ。」
「それは答えになってない。上手いと気持ちいいは全然違う。」
 俺達はいつも話し合いながらセックスしてた。コイツは何百人もの男と寝てる。その中でなんとしても一番になりたい。
「君は、アタシのこと愛してる?」
「愛?お前、セックスに何求めてんの?」
「・・・やっぱり愛じゃない?誰もアタシなんて愛してくれない。」
「ソレはお前が太ってるから。痩せたら愛されるよ。後は、自分のこと粗末に扱わず、もっと品を持てよ。俺はお前のイイトコロ一杯知ってる。お前は、イイヤツ過ぎて疲れてんだよ。」
 抱き締めて、
「セックスに何を求めてるか知らんけど、セックスはただのセックスや。」
 って言った瞬間、女が泣き出した。俺はその泣いてるツラにぶちまけた。


「これ、ハンカチ。アタシね、セックス依存症治すのに、医者行ってみる。セックスはただのセックス、だもんね。」
「おう。なぁ、ほんまにハンカチだけでいいんかな?」
「仕方ないよ、急だったからね。」
「もやし、多めって言うたほうがええで。」
「そうなの?」
「俺は少なめ、この人多めで!後、俺のはニンニクとアブラ多めでお願いします!」
 出てきたラーメンを前に、暫く茫然自失してる女を見ながら大笑いした。
「ねぇ、アタシこれ、無理だよ。」
「アハハハハハハッ、ハー、おもしれー。」
「良かった、元気出た?」
「出ないよ。無理矢理笑ってんの。わけわかんねーわ。実感ねーわ。つい最近まで、また飲みに行こうってハナシ、してたのに。」
 一緒に手を繫ぎながら電車に乗って、去り際にキスした。


 左手にマジックで、「声が出ません。」って書いて1週間くらい過ごした。
 俺の嫌いなヤツが、俺のコトをじろじろ見て笑った。頭の横に手をくるくるして、パー。ふざけんなよ、俺がムカついて咳払いをすると、そいつも同じように真似した。こんなヤツが教師なんだもんな、笑えるよ。
 俺は声が出るクスリを貰いに、信頼出来る医者を頼ることにした。
ハルシオン120、デパス180、ソラナックス90、マイスリー60でお願いします。」
 それから薬局をまわって、大量の咳止めシロップと咳止め錠剤、カフェイン錠、ウットなんかを買い漁って、俺はニコニコ顔でソラナックスウイスキーで流した。
 勿論、声はすんなりと出るようになった。


 千葉の女のスマホの通知によく出てた変なアプリを突っ込んで、テキトーにプロフィールを埋めた。埋めたらすぐインターホンが鳴って、制服姿の女がドアの前に立ってた。
「よかった、生きてた。」
 ゼリーだの、お弁当だの、山ほど入った袋を持った女子高生が泣きそうな顔で俺の方を見てる。抱き締めて、服を脱がせる。余りにも白くて、柔らかすぎる。全身を舐め合って、そのまんま生で突っ込んだ。
「アタシ今日、する気じゃなかったのに。」
「ねぇ、何歳?」
「15。」
 俺はローリングストーンズのストレイキャットブルースを流してニヤつきながら、もう一回、若くて柔らかくてあったかいアレに突っ込んだ。
 女が帰った後、俺はもうウンザリしきってて、気がつけば100錠くらい、白ワインと咳止めシロップで流して、ぶっ倒れてた。


 睡眠薬ハルシオンと、目覚ましのカフェインを同時で突っ込むとどうなるか?スーパーマンになる。
 授業中にも関わらず大音量で景観を損ねる場違いなベースソロを繰り出して、後輩の女の子にきゃー、カッコイイー!貰って、そのまんまベースを投げ捨ててトイレに向かった。
 トイレの中でハルシオンとカフェインを飲み干し、全力ダッシュで教室のドアに向かって突進した。
 ガン!! 俺はぶっ倒れた。何かが砕けるみたいな音がして、全身が痺れてきた。ヤベー、今俺、この壁突き抜けれるって思ってた、アハハ。
「だいじょうぶかぁぁぁぁ!!!」
岸田先生が、防音室のドアを開けて大声で叫んでる。
「気持ちいいんで、このまんまにしといて下さい。」
「えげつない音やったぞ。」
「ベースが?」
「違う!壁にぶつかる音や!死んだんちゃうか?って。」


 流石に前日に100錠飲んで、今日もかれこれ30錠は飲んでるだけあって、俺はバス停の前でぶっ倒れて身動きが取れなくなった。10月の肌寒さに加えて雨まで降ってきやがった。ちくしょー、携帯の電源まで切れて、助けも呼べない。
 薄らぼんやりしていく意識の中、隣を過ぎ去ってく人間達の冷たい目線。俺はどうしようもない負け犬みたいな気分だ。クスリに手を伸ばしたいが、指すら動かない。
「助けてくれ、」
 小声で言ってみた。
「何あれ?気持ち悪い。」
 って返事してくれた。
 2時間くらい雨に打たれてると、ようやく知ってる女の事務員が来て、腕を支えられた瞬間、思わず抱きついてしまった。
「ごめんごめん、ごめんやで、寒くてさ。」
「取り敢えず、もうちょっとしたら救急車来るから。」
 さっきまで無視してたクセに、野次馬が出来て、ちょっとした騒ぎになった。
「お前ら、見せモンちゃうぞコラ!」
「もう、怒っちゃダメ。」
「ごめんな、アイツらさっきまでガン無視キメ込んでたクセに。」


「どうされました?」
「栄養失調っす、栄養失調。ただの栄養失調。」
「点滴は?」
「大丈夫、大丈夫っす。取り敢えず、車椅子貸して貰えたら。」
 フツウこの量飲んだら胃洗浄は確実だが、俺は慣れていた。初めて100錠飲んだときは、流石に呼吸が止まって4日間昏睡してたが、それでも胃洗浄だけは断固として拒否した。一ヶ月後に200錠飲んだときも、3日間昏睡してたが胃洗浄は拒否。その次に100錠飲んだときは、流石に強制入院寸前だったが、胃洗浄も入院も拒否していた。
 だって、死にたいからクスリ飲んでんだぜ?胃洗浄なんかされちゃたまったもんじゃない。俺は決して、助かりたくない。
 母親が迎えに来て、車椅子を押して貰って、ラーメン屋に入った。普通濃いめ多めの豚骨ラーメンなのに、デパスの味がした。なんとか半分くらい食うと少し元気が出てきて、俺は車椅子無しで歩き始めた。
「ヨシオくん呼んでるから。」
「最悪、最悪、最悪や。ふざけんなって。」
「電車乗るのしんどいかな思って、」
「歩いて帰った方がマシ。」
「ほら、言うてる間に来たわ。」
 車に乗り込むと、母親が手を握り締めてきた。
「おかん、俺はな、今、女と寝まくってる。俺はな、草臥れてる。俺は、汚れてるわ。」
「そんなことない、」
「そんなことあるやろ!!金貰ってセックスしとんねん。」
「じゃかましいんじゃボケ!!」
「何じゃコラ?」俺は運転してるオッサンの座椅子を蹴り上げた。
「お前が心配でみんなわざわざ来てるんやろ!そのクセ女の話、女の話、お母さん可哀想やと思わんか?」
「お前ら、俺が何でパクられたか知ってるか?」
 全員口を閉ざす中、母親が小っさい声でジブンに言い聞かせるように、
「お前は悪くないんや、お前は悪くない、お前は悪くない、」
 指と指を重ね合わせて、上目遣いで、オンナの顔で、俺の目を覗き込む。俺は、この母親とはもう金輪際関わりたくない、と思った。
「お前ももっとな、話せよ色々と。」
「だから話そうとしとんのに、女の話、で遮ったからやろがえ。」
「どうしてん、今日は何があってん?」
「ありとあらゆるラリれるクスリ100錠突っ込んで、ぶっ倒れてんやわ。」
 絶句。まるで何もなかったかのように唐突に、無理矢理世間話が始まった。
「お前はなぁ、人を見下してるところがあるぞ。俺はお前のことなら何でも分かるからなぁ。」
 そうやって、テメーが一番人のコト見下してんのにいつまでも気がつかないバカ。
「お前は俺にソックリや。俺も昔は変わってる、ってよく言われてた。」
 へぇ、そうかよ。俺は変わってなんか居ない。俺がフツウで、この世の中がオカシイだけの話だ。
 お前らは、本質を覗かない。お前らは、本質から遠ざかる。真実なんてどうだっていい、リアルもフェイクもクソ喰らえ、俺はただ、正体を暴きたいだけだ。見下しても無いし、見上げても無い、そもそも興味が無い。


 ブラックブレインのバッズのキャップの中に銀行の封筒が入ってるのを確認し、黙って財布から25000円を取り出して、ソラナックス4錠と一緒にヨージに手渡す。封筒を破ると、3って書かれたパケと、2って書かれたパケが出てきた。
 ソラナックス4錠で、二人ゾンビみたいにクラックラになりながら街の中を肩組んで歩いた。
「なぁ、お前、カウントは治らんの?相変わらず。」
「無意識にしてるよ。例えば今、右肩2回叩いてからなぁ、って言うたやろ?左肩もなぁ、って言いながら2回叩いて欲しいんよな。」
 ヨージが笑いながら左肩を2回叩いてくれる。例えば、横断歩道とかだと、左足で出て右足で終わらなければ一歩戻ってやり直して4回踏む、みたいな。後は返事で、「はいはい。」って言われると、あと2回はい、って言わせて4回にする、みたいな。もう2年近くもこんなのが続いていた。
「なんで4?」
「死を回避してるんやろうな。回数をカウントすることで、死から遠ざかってる。」
「気にならなくする方法は?」
 返事をする代わりに、ホルモン屋に入って、ビールを頼んで、こっそりとヨージにソラナックスを手渡した。
「なぁ、ハヤシ、欲しいときは俺から買えよ。」
「草以外頼める?」
「罰ならなんとか、でも、ウィード以外辞めといた方が良いと思うわ。カウントとか、正気ちゃうで。俺もまぁ、割と凄いと思ってた。カナダの路上でヘロ突いて伸びてるヤツとか毎日見てたで、でもな、お前ほどのジャンキーを俺は、人生の中で見たことがない。」
 ウチに帰って二人でタバコの先っちょを抜き取って作ったジョイントを回した。
 俺は、それまで人と草を吸うのが嫌いだった。でも、ヨージはツレで、俺は物凄くリラックス出来た。二人でピザを焼いて食ったりしてると、こうやって楽しむのか、って吸い始めて6年で、ようやく知った気がした。


 自分の一部分を粘膜の中にぶち込むコトは出来ても、お先真っ暗にまっしぐらに自分の人生を突っ込むことは出来ても、太った10歳も年上の女とキスするのは相変わらず吐き気がするモンだ。
「なんでこんなにも太れるわけ?」
「うーん、」
「取り敢えず、しゃぶって。」
「うん。」
 黙々と俺のを吸ってる女を見ながら、俺は草をモクモクと吸った。
「掃除しといてね。」
「うん。」
「取り敢えず、コレ終わったらコーヒー買ってきて。」
「うん。」
「お前、本当に分かってる?」
「掃除、上手く出来るかな。掃除の本みたいなの何度も買って、それが片付けられなくてまたぐちゃぐちゃに。」
「まぁ、テキトーにやっといてよ。ほら、手コキでサボんな、咥えて。」
 

 起きると、ほんの少しだけ部屋が掃除されていた。
「ごめんね、まだ終わってない。」
「・・・お前、本当に掃除出来ねーんだな。」
「うん、ごめんね。」
「いいよ、お前、アスペか?」
「なんかそうお医者さんには言われてる。」
 こういうヤツがホンモノなんだな、って思った。私アスペだから、とか自分でイチイチ抜かす様なヤツらが、本当にアスペだった試しなんか一度も無い。
 俺は8時間かけて掃除された畳半分くらいのスペースを見て、大笑いしながら頭を撫でた。
「お前、面白い。しばらくここに居ろ。」
 起き上がって、30分くらい真面目にゴミ捨てや雑巾がけを済ませると、部屋はスグにピカピカになった。
「お前はこっち掃除して。」
 人間何か一つは必ず取り柄がある。コイツは、こっちの掃除が天才的だった。俺はすぐに果てた。


「君のこと、アタシ好きかもしれない。」
「正気か?アスペ。まずは痩せろ。それから15歳若返れ。」
「君と居ると、アタシはアタシで居て良いんだ、って思う。」
「いや、ダメだな、働け。」
「アタシ、生まれてから1回も働いたことないよ。」
「普段何してんの?」
「白い壁見つめて、まだ終わんないかなぁ、まだ終わんないかなぁ、って。」
「帰れ。俺は俺のことなんか誰にも好きになって貰いたくない。」
「分かった、帰るね。」
 気がつけば、もう3日も経っていた。


「この前来たばかりですよ?」
「来月忙しいんで、先に受け取りたいんです。」
「分かりました、クスリは前の量と同じで?」
マイスリー減らして、代わりにハルシオンを。」
 ジーパンに油絵の具ででっかく、「精神病」って描いて、学校に行った。岸田先生だけが反応してくれた。
「それは反則やわ、お前、おもろい。」
 俺はニコッと笑いながらベースを弾いた。信じられない量のハルシオンとカフェイン錠で俺は完全に出来上がっていた。先生も完全に俺がクスリをやってるのは分かり切っていた。
 イライラしてギラギラして、頭の中でシンバルがずっと鳴ってるみたいな感じで気が狂いそうになりながら西成に向かい、ワケの分からないフォーク野郎のライブに乗り込んでフリースタイルをカマしてから、岸和田に向かうともう、すっかり夜中になっていた。
 俺は血走った病んだ目つきで岸和田駅のホーム周りを見渡した。真夜中で、すっかり静まり返ってるってのに、爆発しそうな目覚まし時計が頭の中でジャンジャン鳴り響き続けてる。
「なぁ、お前、パクられるって。」
「ヨージ、俺は狂ってない、俺は狂ってない、俺は」
「頼むから慎重になってくれ。いいか?次からは俺がハヤシの家に渡しに行く。お前、ちょっと休め。」
「黙れ、俺は狂ってない、俺は、俺は。」
 便所でジョイントを作って、駅のホームの端っこで隠れて吸いながら、終電を待った。
 

 ブロン80粒ぐらいをアネトン2本で流し、立て続けに草を吸い続けた。ハルシオンとカフェイン錠剤で狂った脳ミソを、上手い具合に静かにしてくれた。
 気絶してしまいそうな、永遠に眠ってしまいそうな。目を瞑ると色んな夢が表れては立ち去った。
 もうすぐピーク、ってとこで、ドアが開く音が鳴った。誰なのかは分からない。一人はフォーク野郎だが、他は一体誰なんだ?
「近所迷惑考えろよ。」
「すまんすまん、酒飲んでも良い?」
「殺すぞ。」
「まぁ、まぁ、デパスあげるから。」
 俺は3シート全部を口の中に放り込んで、ジョイントを回してみんなで吸った。


 起こされて、ぼんやりとぼやけながら名前も何も分からないヤツらと王将で飯を食ったが、何の味もしなかった。
 一人で家に帰って、俺は叫び声を上げた。散らばった錠剤、なぜかあぶらぎったキャベツの破片、半分に減ってるアブサン、パケの中も半分。
 その時、急に思った。あ、俺、壊れてるわ、って。
 どう考えても200錠飲んで、次の日フツウに起きて、王将で幻覚見ながら飯食ってるなんて、正気の沙汰じゃない。
 デブ女が部屋の中に入るなり、大笑いした。
「もう、むっちゃくちゃだね。」
「いいか?話聞け。俺は、クスリを金輪際辞める。咳止め、睡眠薬、カフェイン、抗不安薬、あとは酒も金輪際、一切飲まない。もうすぐとんでもない離脱症状が来る。いいか?ひたすらフェラし続けててくれ。あとはもう、何もしなくて良い。」
「うん、分かった。」
 ジョイントを吸いながらフェラされてると、幻覚と体の気持ち悪さが少しだけマシになった。
 そんな調子で3日間、草を吸い続けながら吸われ続けてると、体が少しずつフツウに戻ってきた。


 太った女を帰らせた。シラフの空をぼーっと眺めてると、女子高生が家に来た。
「会いたかったから、学校休んで、」
「・・・脱いで。」
「生理だから。」
 布団に引っ張り込んで、ゆっくりと脱がせて、入れた。布団に血がこびりついた。
 俺は、ジョゼのサウンドトラックを流した。抱き締め合ってる裸の体に、毛布がこすれた。火照ったカラダが、冬の冷たい空気に冷やされてく。女が帰ってすぐに、俺はシンスケに電話をかけた。
「文化祭のエントリー、まだ間に合う?」
「なんとかするよ。やるの?今年も。」
「ドラムは、ヒビキくんで。」
「バンド名は?」
「出会い系サイト。これが俺のソロ、で、俺らのバンド名は、出会い系サイツにする。」
「酷いなぁ。」
「去年お前が名付けた、ザ・草、よりはマシ。」


 デブ女が、俺の頬にビンタした。
「出して。」
「無理だよ俺、才能ないもん。」
「ごめんね、叩いちゃった。でも、君がパソコンの前でカチャカチャしてるとき、世界を作ってるように見えたもん。」
「じゃ、お前がコピーしろよ、全部。俺は知らねー。ほら、しゃぶって。」
「しゃぶるから、出して。前みたいに眼鏡にかけてもいいから、公募出そうよ。アタシがコピーするから。」
 なんだ、世界を作る、って。

 


2.


「切符代。」
 改札前で睨まれ、俺はケタケタ大笑いした。
「金持って来てないわ、悪いな、お前、出られへんなぁー?」
「・・・サイテー。」
 女が1000円出してチャージして、改札から出てきた。
「ほんまに19?」
「ナツ、ほんまは16歳やから。変なことしんといて、警察行くから。」
「捕まったばっかやねんけどなぁ、また捕まるんか。」
「はぁ?きっしょ。」
「ほら、自転車後ろ乗れ。あのピンク色の。」
 自転車の後ろにナツを乗せ、急いでケータイを見る。やべー、リハにはどう考えても間に合わねー。1発、なんとしてもこのオンナに1発ぶち込まなきゃ気が済まねえ。
「あー、おっぱい背中に当たってるぅ~もっとくっついて~。」
「声、でっか、きっしょ、」


 部屋の中に入れて、俺は押し倒して抱き締めた。ナツも俺を抱き締めてきたから、キスをした。キスをしたら舌を入れてきたから脱がそうとした。
「辞めて、ホンマに、ホンマに辞めて。キスまで、な?辞めて、嫌、嫌や。」
「知らんがな。」
「警察言う。警察に言う。」
「勝手にしてくれー。お前のコト抱けるなら、別にパクられてもイイわ。」
 上を脱がし、ブラを剥ぎ取り、乳首を舐めて、ジーパンの中にゆびを突っ込むと、しゃびっしゃびに濡れてる。俺はジーパンを脱がそうとする。ベルトが引っ掛かって上手く脱がせない。
「はい、残念でした。ここまででしたー。」
「ちゃうねん、なっちゃん。」
「ん?」
なっちゃん、セックスとかもうそういうのいいわ、このベルト、どないして取るん?単純に。」
「これはな、こうして、」
「はい引っ掛かったー!バーカ!」
 脚を思いっ切り固く締めて股を閉じながら、
「なっ、なっ、お願いやから、辞めて。」
「無理。諦めて、もう。」
「分かった、じゃあ、せめてゴムつけて!」
「萎えたから、1回しゃぶって。」
 女の口元に持ってくと、これが、恐ろしいくらい強烈に気持ち良かった。
 抵抗しなくなった柔らかい体にぶち込んで、腰を振る。痩せまくってて、人形みたいな体だ。
「早く終わらせて!お願い!早く終わらせて!」
「分かった分かった、急ぐ急ぐ。」
 イッたような感じはあった。ひっこぬいてコンドームの中身を見ると、何もなかった。なんとなくそこで俺は辞めにした。
「今から俺、ライヴのリハがある。既にもう、遅刻や。」
「ナツ、この部屋で寝てる。帰ってくるまで待ってる。」
「あかん、見に来い。」
「何処で?」
「芸大の文化祭。」


「なぁ、なんでそんなに声大きいの?」
「えーっ?なんてぇーっ?俺のこと愛してるってぇー?」
「もう、はずいって、辞めて。」
 ナツの体は良い匂いがする。独特の、粉っぽい甘い匂い。俺は電車の中で抱き締めて、髪の匂いを嗅いだ。
「はい!はい!警察言う、警察言う。」
「それ卑怯やわ。ほら、」
「ジュース?ありがと。」
「間接キス~!間接キス~!」
「ガキみたい。クソガキ。」
「オメーにだけは言われたくねーわ。」
 駅から降りて、俺はナツにベースとテレビを手渡した。
「はい!みなさーん!この子、テレビ持ってる~。なんでテレビ?」
「もう、恥ずかしいから辞めて!!なぁ、このテレビ、何のために持ってんの?」
「ライヴで使う。ナツ、俺は今から集中するから黙っててくれ。ライヴ中、カメラ頼んだ。」
「うん、分かった。ナツ、ローディみたい。」
 俺はバスの中でナツと手を繫ぎながら、遅刻の言い訳を考え始めた。


「取り敢えずマーシャルとJCに突っ込んで、ほんで、ベーアンにも繫ごか。」
「で、フルテン。ヤバいですよ。」
「すっげぇ量のエフェクター、流石。気分はマイブラのラブレス、って感じ。愛のないセックスって感じ。」
「了解っす、いきますよ。」
ドッギャアアァァーンって、脳の機能が止まるような爆音が朝っぱらから鳴り響いた。
「エグいわ、はー、草吸いてぇ。」
「吸ってないんですか?今日。」
「その代わりに、さっきまで女の体吸ってた。リハもういい、終わり。早く女に会いたい。」
 俺は走ってナツの元へ行く。
「水と、なんか食い物買うからついてきて。荷物ごめんな、マジで集中したい。」
「何考えてんの。ライブのこと?」
「違う、お前のカラダのコト。」
「きっしょ。」


 朝の10時、信じられないほどの爆音が芸大を包み込んだ。客なんて殆ど居なかったが、そんなことはどうでも良かった。俺は液晶の割れたテレビの電源を入れて、爆音を浴びながらひたすら15分間叫び続けた。
 後ろの方で見てたヤツが、終わったあと拍手をくれた。カメラの電源を落としたナツが遅れて拍手した。
「あのギターのヤツ、凄いやろ。」
「うん、めっちゃくちゃかっこよかった。」
「でも、服装が童貞臭いやろ。」
「うん、それは凄い思った。」
なっちゃん、Vansやん、俺も。」
「あ、ほんまや。」
 俺は誰も居ないひんやりとしたところに移動して、なっちゃんに膝枕して貰って、二人でしばらく、ぼんやりと1時間くらい眠った。


「リハ行ってくるわ。」
「ん。」
「何?寂しい?早く帰ってきて欲しい?」
「早く帰ってきて欲しいけど、リハ、しっかり頑張って。」
 ナツのセブンアップを少し飲んで、俺はリハ室に入った。
 シンスケは、プロになるだろうから、二度とこんな遊びには誘えない。思いっ切り楽しんどけ、って、クロスロードでジャムる。
 ドラムのヒビキくんは、授業中二人でバカみたいな爆音でジャムって、一緒に岸田先生を困らせてきた最高のドラマー。俺とヒビキくんはジャムることはあっても、会話をしたことは一度も無かった。何を考えてるのかこれっぽっちも分からない、宇宙人みたいなヤツだ。
 10分ジャムった。これ以上にない、最高の瞬間だった。
「なぁ、もう本番面倒いよな。」
「うん。結局リハが一番。なぁ、あの子、誰?」
「今日の朝、セックスした子。」
「めっちゃ可愛いやん。」
「どうも。あの子は?俺が連絡先教えてもらった!って喜んでたら、ごめん、それ僕の彼女、って言ってた、」
「メンヘラ。」
「やっぱり。」
「最後やな。僕は毎年、この1回が楽しみやった。今日も、これだけのために文化祭来たし。」
「シンスケ、朝に俺がやったヤツ、見た?」
「見てないけど、デカすぎたせいで苦情入って、次のバンドからすごい音が小さくなってるって聞いたよ。」
 外に出て俺はナツの元まで全速力で走った。ナツは、俺のジージャンを丸めて抱き締めて、匂いを嗅いでいた。
「なんしてんの?寂しかったん?」
 俺はナツを抱き締めて、頭を撫でた。


「なんでもっと本気でせえへんの?なぁ、ナツ、ナツがたいせーのバンドライブハウスで見てたら、絶対追っかけなってる。」
「無理やねん、ナツ。これは1年に一度しか出来ひんから凄いねん。分かりやすく言うたら、イチゴのショートケーキみたいなバンド。」
たいせーたいせー清志郎みたい。」
「ナツ、俺は清志郎じゃない、俺は俺や。」
「なんでもっと真面目に、」
「なぁ、ナツ、うっさい、俺は疲れてるねん、静かにしてくれ。」
「ごめんね、ごめん。コレからバイトで、ほんとはおうちまで送ってってあげたいんやけど。」
「一人にしてくれ。」
 俺は、寂しかった。俺だって、本気でやりたかった。でも、シンスケはやりてーコトが決まってるし、去年までのドラムは、他のバンドで結構名前がある人だったんだ。ヒビキくん?ヒビキくんのことはドラムの音がヤバいってコトだけしか知らない。
 遊びだからこそ、完璧な即興だからこそ、無茶苦茶で楽しかったんだ。真面目にやると、練習する度に良さが薄れていっちまう。
「なぁ、ナツ、明日仕事休みなんやけど。学校帰り、掃除しにいこっか。」
「明日は他の女がセックスしに来る。」


「今から来いよ。」
「15歳の子は?」
「俺はただ、お前に会いたいだけ。」
 洗いたての制服から微かにするナツの匂いの元を入念に探していく。スムーズにコトが進んでく。昨日とは大違いだ。口に突っ込んで、髪の毛を引っ摑んで喉の奥まで差し込んで、唇に体を押し付ける。ナツが苦しそうな眼で俺を睨みながら、太ももを弱く叩いてるのを無視する。
 解放してやってすぐ、思いっ切り抱き締めて、ダレてる唾液が粘ったのをお互いの舌に行き来させて、今度は俺の番。生え揃ってない毛を舐めながら、指で触る、指を入れる、シャバっとした液体が顔に勢いよく飛んでくる。
 寝転ばせて、壊れそうなカラダに突っ込んで、壊れるまで腰を動かし、果てた。
 寝転んでタバコを吸いながら、腕枕してると
「ナツ、喉の奥にされんの、大好き。みんなビビって、あんなにも完璧にしてくれへんの。」
「なぁナツ、セックスってこんな気持ち良かったっけ?」
「思った。なんか出たし。」
「なんか出てたな。」
「15歳の子、ホンマに来えへん?なぁ?」
「ドタキャンされたからな。」
「ドタキャンされたから、ナツのこと呼んだんや。別にそれでもいいけど。」
「違うよ、ナツ、付き合お。」
「えっ、本当?」
「何泣いてんねん。」


 体中の液体を絞り尽くすぐらい愛し合って、二人で歌いながら天王寺を歩く。俺は時々ナツを抱き締め上げて、思いっ切り振り回したり。ナツがニコニコ笑ってる。ヤケに眩しすぎるくらい眩しい黄色い照明。
「ほんなら、ナツはJRやから。」
「改札までな、改札まで。」
「何してんの?改札こっち。」
なっちゃん、何処の駅?」
「桃谷やけど、何してんの?」
 俺は切符を買って、改札に突っ込んだ。
「ついてきてくれんの?」
「もう、夜やし。でも、多分、改札通らずにこのまんま阿倍野帰るわ。」
 桃谷について、
「じゃあね。」
「うん、さみしいけど、じゃあ。」
 改札に切符を通した。
「何してんの。」
 駐輪場でキスして別れて、電車の中で詩、っていうかラブレターをひたすら書き続けた。
 その詩の一節、「帰ると見せかけて家まで送ってくぜベイベー」が、ナツのLINEの一言になっていた。


「はい、脱がすのちょっと待って。」
 ナツが鞄から何やらゴソゴソと取り出す。
「これ!学校で貰ってきました。はい!注目!見て!」
「なんやねん。」
「はい、いいですか?マーリーファーナーはー、この国で禁止されています!」
「そうやったそうやった、忘れてたわ。」
「あんな、フツウの女子高生は、彼氏がマリファナなんか吸ってたら嫌やねん。」
マリファナ吸ってるヤツが彼氏な時点で、もうお前はフツウじゃないの。」
 俺は笑いながらナツを抱き締めた。
「・・・ナツが毎日一緒居てあげられへんから、たいせーは寂しくてマリファナ吸うの?」
睡眠薬辞めるため。」
 ナツがガムテープを見つけ、したり顔で俺の部屋の壁に「マリファナはこの国では、」プリントを貼り付けた。
「大丈夫。文化祭の朝、ナツのことレイプしたときに全部吸い尽くしちゃって、今はもう無いよ。」
「ほんまに?あの時、ちょっとおかしかったもん。」
 網タイツを脱がせる。いつもと色の違う白い肌は、薄いパンストのせいだった。俺はソレを少しずつ剥いでいき、脛の痣を一つずつ舐め始めた。
「これ、なんで痣あんの?オトコ?」
「ううん、ブヨに刺された。」
 俺が枯れ果てるまで、ナツが満たされるまで、ひたすら俺達はヤッてヤッてヤリ続けた。
「また今日も掃除出来ひんかった。」
 ナツに俺のTシャツとAdidasを穿かせて、俺はカオマンガイを皿に盛る。付け合わせは、オイスターソースと鶏ガラとごま油で作る中華風出汁巻と、ナツに作らせた叩きキュウリ。
 

 セックスは上手なのに、ベタだよな、本当。壁に貼られたマリファナ禁止のポスターと、机にこれ見よがしに置かれたヘアピン。
 浮気されると分かってても、精一杯の抵抗。可愛くてたまらない。こんなことされると、余計に浮気してやりたくなるし、余計にマリファナが吸いたくなるだけ。
 でも、俺は救えないロリコンみたいだ。ナツから抜け出せない。ナツは、自分が可愛いってコトを理解しきってる。昨日の服装は、とても16歳だとは思えないくらいに群を抜いてシャレてた。
 俺好みのショートカット、それからいつ何時もすっぴんのツラ。バイト前に電話でメイクしてる姿を見せてくれたことがあったが、信じらんないくらい可愛かった。なのに、なのにすっぴんでしか俺に会わないトコロ。
 でも、ナツは、可愛いだけだった。隣に居る女は、余りにも過剰に美しすぎた。
 余りにも極端に美しすぎると、俺は勃起出来ない。ゴッホの絵とか、海とか見ても立たないのと同じ。
 本当の美しさってのはいつだって際立って、彫り込まれてる。
「呼んで良かった。美しすぎる。」
「どうもー。」
「ファンやったわ、そのタトゥー。完璧だよ、会えて良かった。」
「アタシもだよ。」
 緊張で頭がおかしくなりそうになる。ツイッターで見つけた、信じらんねーくらいバツグンに好みの女が真横を歩いてる。キメッキメのナツとは違う、無造作に選んだ服を着て。
 久しぶりに会う中学の頃の友達と寝る予定だったけど、ドタキャンしてまで会った甲斐があった。


 ま、電話でレズビアンなのは確認済みだ。大体、こんな女に手を出そうとは流石の俺も思わない。布団の中、寝惚けた女に抱き締められて、俺は抱き締め返した。
 そんだけ。
 俺の部屋が余りに汚すぎて、わざわざ東京から出てきたのに、掃除してすぐに帰ってった。
「・・・部屋、キレイ。」
「あー、まぁな。女の子来て。ナツ?何もしてない、マジで何もしてない。」
「どんな子?また女子高生?」
「1つ年上の、フランス育ちの女の子。レズビアン。美しかった。ほんまに心の底から美しかったわ。」
「見せて、写真。うわ、これはキレイ!これは仕方ないわ。」
「やろ?実物はもっとやで。」
 俺たちはもう、生でするようになっていた。


「はー、疲れたなぁ、休もうや。もっと疲れることするために。」
「今日はナシ!セックスばっかりやもん。セックスしかしてないもん。なぁ、また女の子見てる。」
「ナツが一番可愛いな。」
「知ってる。」
 プリクラ撮って、びっくりドンキー。こんなの、一体何が面白いんだ?せめて本屋に行きたい、レコ屋に行きたい、クソ退屈だ。大体、5つも年下のヤツと共通の話題なんて作れるワケが無い。
 フリースタイルラップのハナシすんだもんな。俺が聞いてるのはブッダブランドとかブラックムーンだ。全く会話が噛み合わない。
「こいつ知ってる?」
「あー、なんか、クソみたいなポエムツイート集、本で出してる。」
「そう、昔コイツに、会わない?って言われて。会いに行ったら、友達のお兄ちゃん。」
「へぇ、そんで?」
「で、したんやけど、こんな格好つけて恋愛ポエム書いてるクセに、早漏で、」
「あー、気分悪い、雲が落ちてきて押し潰されそうな気分や。」
「何ソレ、カッコイイ。」
「お前、イイ男に抱かれてるならまだしも、そんなクソみたいなヤツに抱かれてんなよ。」
 そんなクソみてーなヤツが、クソみてーな本を出版し、俺はと言うと、公募に落ち続けてるんだもんな。
 うちに帰るとすぐ電話。うんざりしてくる。しかも最近は、カメラ通話だ。相変わらず処分しても処分しても増え続けるヘアピン。


「ナツ、たいせーのコトもっと知りたい、聞きたい。教えて、何でも、聞かせて。」
 俺は何も話したくなかったが、少しだけ掻い摘まんでパクられたこと、なんで睡眠薬を食ってるのか、なんかを話し始めた。
「・・・」
「・・・」
 間があった。電車の中、俺は制服にこびりついた精液を眺めながら、あ、もう終わりか、って思った。
 多分もう、連絡は来ないだろうし、貸してたジメサギのアルバムももう、返って来ないだろう。
 俺は手ぶらでキングギドラを聞きながら、京都独特の寒空の下、女を待っていた。

 

 

3.


 可愛い、美しい、と来たら次は?って思いながら、セブンイレブンの前でタバコをふかす。
 ヤベー、死に神がこっちに歩いてくる。全身黒づくめで、髪の毛の一部だけが赤い。こんな髪型のヤツは、当時はコイツぐらいしか見たことがなかった。
「・・・」
「はじめまして。」
 ジローッと、下から上まで見られる。
「なぁ、はじめまして。」
「・・・はじめまして。」
 黙って後ろを着いていく。俺はコイツが男なのか、女なのか、はっきりと確証が持てない。
 日が暮れてオレンジ色になった空の下、気の触れた二人が何も話さずに歩いていた。工事現場の後ろにあるアパートがソイツの住処だった。


「これ、合鍵。これ、タバコ。これ、今日の食費。」
「金はいいわ、まだ余裕ある。」
「ほんまに良いの?」
「うん、大丈夫、やから、」
 俺はベッドに押し倒して、キスをした。ギョロッとした眼が俺を見据えた。俺は気にせず舌を入れようとした。とんでもない悪臭、強烈な悪臭だった。わかが歯を閉じた。
「・・・じゃあアタシ、タバコ吸ったら仕事行くから。」
 奇妙なメイクだった。自分が病んでるコトを他人に見せつけるようなメイク。こんなメイクをしてるヤツは、この当時はコイツぐらいしか居なかった。
 勿論、部屋の中にマイメロのぬいぐるみがあったりなんて、そんなクソみたいなコトは無い。
 本棚にある、ピンク色と黒色の表紙の本に眼が行った。手に取ってみると、殆どエロ本みたいなBLだった。
 その本棚の前に、熊のぬいぐるみ2つが手を繫いで座らされていた。
 暖房で部屋の中がおどんでる。ジメジメした毛布から汗の匂いがする。机の上にはジャックダニエルと追い鰹つゆと醤油。服は全部真っ黒だし、液体も真っ黒ばっかりだな、って思う。
 冷蔵庫を見てみるとにんにくのチューブが1本だけ入ってて、思わず俺は大笑いした。


「おかえり。」
「・・・ただいま。」
 二人同時にタバコを吸い始め、わかが吸い終わるより前に灰皿に入れ、脱がし始めた。無言で、何の抵抗もしない、前戯ゼロの、ただの交尾。
「・・・」
「何?」
「・・・アハハ、なんや、大層な口説き文句やったなぁ?って。おはようとおやすみ、おかえりとただいまがしたいだけ、やったっけ?って。アホやわアタシも、アハハ、何が一日目はエッチしないでおこうねー、やねん、って。」
「・・・」
「アタシはなぁ、アタシは、アタシはレイプされたんじゃ。お前もやっぱり変わらんわ!」
 泣きながら思いっ切り叩かれた。
「だってさ、お前こうでもせな喋らんやん。」
「・・・昔、」
 「苦しみってのは人それぞれ違うからね」だとか、そんな程度で終わらせれるような話じゃないし、かと言って「何も返事出来ないけど、ちゃんと聞いてるからね。」みたいな言葉で終わらせたくはない。
「周りのみんなに、彼氏出来てって。アハハ、すっごいキツかった。彼氏と初めてのエッチしたー、って、優しくしてくれたー、って。まさか?本当のコトなんか、アタシはずっと処女のフリ、アハハ。」
「この家はいつから住んでんの。」
「17ん時に、親が離婚するって言うから、どっちに着きたい?って。どっちも嫌やったから。」
「カッコイイ。」
「どうも、そら、あたし頑張ってんもん。」
「わか、カッコイイ。」


「お前さ、店で働いてたやろ。」
「なんで分かるん?」
「お前のフェラは、プロ独特のフェラが染みついてる。」
「そ、年齢偽って。稼がせて貰いましたー。レイプされて、親が離婚して家飛び出て、もう、無茶苦茶なんですって言うたら、そら無茶苦茶やな。ほんな、本番禁止の店にしよか、って。店長いい人やった。」
「それで学費納めながら?・・・俺はヒトとしてお前に勝てないわ。肝、座りきってる。」
「ようするに、一人目の客がアタシの初めてのフェラになるわけ。最後までずっと来てくれてたわ。」
 俺はゴムをつけてわかにぶち込んだ。
「お前、何でそんなアニメ声みたいな声?」
「言わんとって、」
 可愛い可愛い可愛い声のギャップにやられて、俺は腰を振り倒し続けた。
 なぁ、首締めて?腹殴って?話し飽きた苦労自慢の後にする予定調和のセックスなんか、ただのお遊びだ。
 俺達は激しく魂と魂をぶつけ合って、擦りつけ合って、なすりつけ合って、削り合うようなファックをしてた。
 性癖なんて元々存在が怪しかったモンは、「おしっこ?別に飲めるけど、朝は勘弁してな。」って言われた瞬間に、何処かに消し飛んで消えた。


 買ったばかりのブコウスキーの短編集を何気なく、テキトーに開いた。
「アンタにラブストーリーは書けない」
 って、サイコーにイカしたタイトルに俺は大笑いした。
「行ってきます。」
「行ってらっしゃい。」
 俺は玄関まで見送り、部屋の中で寝そべった。なんて、なんてツイてるんだ。なんて、なんて最高なんだ。平和と書いたらピンフと読むのだ、って感じ。ピンプの暮らし。
 左右非対称の歪んだツラも見れば見るほどに美しい。真っ白い肌、小っさいケツ、すらりと伸びる脚。わかの服は全部黒色で、パジャマ代わりのムエタイパンツだけが鮮やかな緑色をしていた。
「ただいま。」
「あ、先に言われた。おかえり。」
「買ってきた、食べよう。」
 俺は、ピザまんを食ってから、セックスした。現実なんて見ずに、わかのカラダだけを見ていた。


 さて、どれほどまでに逃げ続けても自分からは決して逃げられない、ってボブマーリーも言ってたとおり、余りにも行かなさ過ぎてる学校からは逃れられそうにない。
 俺はビールで酔っ払いながらスタジオで先生を待った。
「俺はな、単位やれるわ。でもな、分かるやろ?お前、1、2、3・・・俺の授業ですら5回しか来てない。それにお前、前期なんか1回しか来てない。」
「診断書あっても無理っすかね。」
「学年主任に話してみろ、ついてったる。ま、無理やろな。確実に留年やろな。」
 ベースの個人レッスンの授業で、この1年間俺は、ただの一度もベースを弾いてなかった。代わりに俺は、もっともっと大切なことを聞き、学んでいた。
「ハヤシ、コカインだけは辞めとけ。コカインだけはホンマに辞めるの苦労した。」
「手に入らないんすよね、コカイン。だから仕方なく、近くに眠剤あったから、」
眠剤?そんなもんお前、最悪や。」
「もう辞めて、今は草だけっすけど。」
「あんな、お前じゃないのは分かってる。お前はそんなバレるようなことせん。でもな、見つかったんや、喫煙所でジョイントが。」
「マジっすか?」
「警察来てやな、今、大変なことなってる。でも、成分出なかったみたいや。お前、なんか知らんか?」
「それ多分、俺の手巻きタバコのフィルター、誰かがジョイントと間違えて通報してるだけっすよ。」
 芸大の先生達は、こんな感じの筋金入りの”元”ジャンキーばっかりだった。
「ハヤシ、お前はアーティストやな。お前だけがこの大学で異質や。お前だけが群を抜いてる。」
「嬉しいっすね。」
「まぁ、死になや。」
「うーん、何回も死のうとしたんすけどね、余りにも死ねないんで、諦めましたわ。」
 授業が終わり、俺は一番偉そうにしてるヤツのトコロに頭を下げに行った。
「お願いします!卒業させてください!!」
「うーん、出席日数、足りないなんてモンじゃないし。」
「診断書あるんすよ。右肩上部骨折2ヶ月、右肩下部骨折2ヶ月、左肩上部骨折2ヶ月、って3枚。」
「だって、去年も、一昨年も、同じところ骨折してるじゃん。」
「お願いします!!」
「分かった、分かった。じゃあ、何があっても一度も休まずに学校に来い。」
「熱があっても?」
「40度出てても、インフルエンザでも来い。したら、卒業させてあげる。」
 

 5000円にしちゃかなりのハイグレード。ヨージが、「必ず俺から買え。いつだって俺が届けるし、儲けもナシ。」って言ってくれたのに、俺は優しさを感じた。多分、他から買えば他のモノにハマッちまうからだろう。
 ヨージは未だに眠剤を辞められずに居た。俺達は日々の疲れを、月1の草会でぼんやり沈めた。
 ギャーギャー大笑いするのなんてゴメンだ。俺達は、思い思いに瞑想したり、美味いモンを食ったり、ニーチェを読んだりして過ごしていた。


 休みのクセに、なんでバスが運行されてんだ?俺は草でボケボケになってて、学校が休みってコトを完璧に忘れきっていた。
 雨の中、音楽を聴きながら帰りのバスに乗り込むと、おい、マジかよ、
「プッシー!!!!」
「おう、ハヤシ。久しぶり。なんか、ずっと声かけずらくて。」
「ずっとラリってたからな。」
「土師ノ里ヘルハウス、もう引き払ったんだっけ。」
「そ。この前あの接骨院行ってみた帰りにヘルハウス寄ったら、もうフツウに別の家族が住んでたよ。」
 二人でジョイントを巻いて回して、レズビアンに教えて貰ったトルティーヤを巻いて食った。
「お前がもし自殺したとしても、俺は笑うよ。俺は悲しまないコトにする。」
 そう言われたのが本当に嬉しかった。


「インフルエンザ治った?」
「・・・彼氏出来た。」
「はぁ?帰るわ。」
「待って!彼氏には許可貰ってる、だからエッチしても良いから居って。」
「いやいや、」
「足掻かせてよ!!!!」
 俺は思いっ切り殴られた。
「おかえり、ただいま、おはよう、おはよう、おやすみ、おやすみ、ってしたい!!」
「帰りたい。」
「なぁ、このまんま幸せになるの怖いねん!!!」
「じゃ、マリファナ吸わせろ。正気でヤッてられっかよ。」
「・・・」
「おい!!マリファナ吸わせろ、」
「・・・」
 肩に手を置くと、
「ん?」
「おまえもしかして?」
「言ってなかった?左耳聞こえへんの。」
「なんで?」
「親にぶん殴られて鼓膜破れて。医者には階段から落ちたって言え、って。」
「取り敢えず、マリファナ吸わせろ。正気でヤッてられっか。後、飯奢れ。」
「タバコも買う。」
「上出来だ。」


「ただいま。」
「おかえり。なぁ、さっき書いたから読んでくれ。」
「・・・」
「なぁ、おもろい?」
「当たり前に、おもろいな。あたしが昔書いてた詩に似てるわ。」

「ただいま。」
「おかえり。なぁ、お前、口臭いで。」
「やっぱり?歯槽膿漏、気にしてんねんから言わんとって。」
「こっち来て、嗅がせて。お前のその匂い、俺、好き。」
「絶対無理。なぁ、アンタぶっ飛んでるやろ。」
「お前も目、据わってるで。」

「おはよう。」
「おはよう。」
「うちはな、足の先が冷たいねん。」
「うん。」
「うちは、足の先が冷たい、ほら。」
「ちょ、辞めろや。」
「アハハ、」
「立ってきた。」
「ん。」

「おやすみ。」
「おやすみ。」
「うちはな、足の先が冷たいねん。」
「うん。お前は、足の先が冷たいな。」

 雪降って、タバコ吸って、手繫いで、寒くて、俺の白いコートの中にわかが黙って手を突っ込んだ。色んな話して、たっけー居酒屋奢らせて、ウチについてベランダ、枯れた観葉植物見ながらガンジャ吸ってると、やたらと感傷的な気分になってきた。


「アンタ、シャンプーちゃんと治して、って。」
「分かった、ごめん、分かったから。」
「大体何コレ、怖いわ。アタシの部屋に違法薬物。」
「なぁ、帰るわ。」
「・・・性病かも!!」
「お前以外と寝てない。」
「はぁ?アンタ、アンタは、」
「何?」
「アンタ、ムカつくねん。」
「やから、帰るって。」
「・・・最後の最後、思いっ切りセックスしような、って。しいひんねや。」
「あぁ、もういい。じゃあな。」
 効き過ぎた草、過ぎ去った過去、通り過ぎた身体。視界が歪む。草のせいってよりは多分、涙のせいで。
 俺は駅で電車を待ちながら、アプリをアンインストールした。


 さっき便所で吸った草ですっかり出来上がってる。でっかいヤツがステージで、マイク持って、よく分からない機械を叩いてる。
 俺は茫然自失で、呆けたように突っ立ってることしか出来なかった。
 なんだアレ?アレは一体、なんなんだ?
 プッシーのオススメ、Killer Bong。俺は家に帰ってすぐに、25万のリッケンバッカーを8万で売って、5万のMPC1000に変えた。残りの3万円は草と風俗代に消えた。
 余りにも衝撃的すぎて、思わず熱出して、大晦日正月が台無しになっちまったぐらいだよ。
 

 

 

4.


「ハヤシさん、卒業すんすね。」
「ん、お前も進級出来そうか?」
 堂々と原っぱで葉っぱをまわす。どうせ誰も気付かない。俺はこのトラって後輩が大好きだった。バスの中で目をトロンとさせながら、スーパーで買った鯖寿司を食うコイツが。ライターのガスを吸ってラリってるコイツが。コイツはいつも一人で居た。本当に風変わりでイカしてた。
 トラと別れ、14ホールの床に寝そべりながらぼんやりと、クソつまらねー演奏を聴いていた。
 あまりにもつまらない、ブックオフの280円コーナーに並ぶクラシックとか、スーパーのmidi音源とか、不動産屋とか焼肉屋の白人ジャズの方がまだよっぽど聞いていられた。退屈が過ぎて、俺はうっすらと眠っていた。
 飛び起きた。ステージの上で飛び跳ねながら歌ってる女の子が、俺には天使に見えた。
 たった1分間の持ち場で完全に圧倒されて、ステージまで走って行くと、女の子は先生に怒られていた。
「きちんと歌いなさい。」
「えー、ごめんなさーい。」
「あなたは、」
 センスのねぇ、数年前にほんの僅かだけ売れて、消え去って、学校で先生なんかしちまってるようなクソが、退け、引っ込んでろ。俺は女の子の元に走った。
「ヤッバイ!!!感動した!!!!」
「でもさっき、先生に怒られちゃった。」
「気にすんな、気にすんな、先生より上手いねんから。嫉妬されてるだけ、嫉妬されてるだけ。」
「ふふ、褒められたの初めてかも。ありがとーございまーす。」
 手ぇ振って、俺は追加の草も入れずに頭を抱え込んだ。コレが最後の授業だ。このまんま俺はあの子の名前も、あの子がどうやって笑うかも知らずに終わりってか?冗談じゃねー。俺は女の子の元に走って行った。
「バンドやってんの?」
「ううん、」
「なんで?もう既にプロ?」
「あはは、そんなわけないですよー。褒めてくれるのは先輩だけです。」
「じゃあ俺のバンド入ってよ。連絡先聞いて良い?」
 俺はバンドなんてやってないし、MPCなんて、電源の入れ方すらロクに分からないで放ったらかしてるぐらいだ。最低の口説き文句だと思ったが仕方ない。こんなイイ女に出会うことは滅多に無い。
「何年生?」
「1年、でも、もう辞めるんです。」
「何で?」
 手で、小さく丸を作って、「お金。」って、のんが小さく笑った。


「何が良い?」
「コンポタで。やった!いただきまーす。」
「一緒に帰んない?」
「先輩、もう授業無いんですか?」
「後残り一コマだけ。」
「じゃ、アタシ待ってますね。」
「いいの?いいの?じゃ、23の喫煙所で待ってて。」
 元カノと同じ名前だが、見た目は正反対だった。元のんはベリーショート、のんは長い茶髪、ってな具合に。
 最後の授業は岸田先生の授業だった。俺はロクにベースも弾かずに、携帯のインカメで髪の毛を整えたりしながらニヤニヤし続けていた。
「コラお前!何してんねん、ちゃんと弾けて!」
「先生、春が来ました。」
「今、冬や!」
「そうです、冬に春が来たんです。なぁ、髪の毛どう?おかしくない?」
「髪型より、頭おかしいわ!」


 お前らは一体何故、この子の可愛さに気がつかないんだ?ドギツイメイクに爆発したエクステ。俺は一番可愛い瞬間を見続けたくて、夢中になって笑わせ続けていた。
「先輩、終電なくなっちゃった。アタシ、奈良だから。」
「友達とか居ないの?」
「うん、でも大丈夫。最悪野宿するし。」
「大丈夫ちゃうちゃう、こんな可愛い子が道端で寝てて大丈夫なワケ無い。」
「先輩も可愛いよ。」
「なぁ、おいでよ。」
 駅から家まで歩く間、俺達は手を繫いでいた。
「なぁ、うちついたら草吸ってもいい?」
「草?」
マリファナ。」
「勝手にすれば良いんじゃない?あたしだって、19なのに飲んでるし。」


 部屋に着くなりポケットから取り出したジャニパイで一服して、俺はチューハイ飲んでるのんの太ももの上に寝そべっていた。
「はー、あたしの男って、こんなのばっか。」
「じゃ、甘えねーからさ、歌聞かせてよ。」
 起き上がって、歌を聴いた。なんか、今流行りの外国の曲だった。俺は引き込まれた、持ってかれた、ぶっ飛んだ。胸を爪で抉られてるみたいな気分になって、俺は暫く呆然とした。
「拍手ありがとー。どう?」
「・・・やっぱ、スゲぇ。」
 灯りを消して、二人で布団に入って、唇を重ねて、舌を入れて、体をまさぐろうと服の下に手を入れると、
「はい!ここまで!アタシ、処女なの。」
「はぁ?もうちょっとマシな嘘つけよ。」
「ほんと!ほんと!!ね、ダメ。」
「俺って魅力無い?」
「先輩、服装も、髪型も、ぜーんぶかっこいいって思ってたよ、声かけられたとき、ラッキーって。」
「じゃ、手でして。」
 手を無理矢理引っ摑んで、俺のトコに持ってった。
「・・・やっぱいいわ。なんで嫌なのかだけ教えて。」
「パンツがね、死んでるから。」
「はぁ?」
「パンツが、死んでるから。」
「死んでるパンツ見せてよ。」
「死んでも嫌。」
「じゃあ何?明日俺がパンツ買ったら、出来んの。」
「後は明日、吸わないで居てくれたら。」


「急いで来てくれ。どっかに落とした。」
「それはヤバすぎるっす。急ぎます。」
 早々に電話を切って、トラが息を切らせながら走ってきた。
「ハヤシさん、たとえば、もう絶対やってると思うっすけど、ポケットにあったりは?」
「ポケットなんか見飽きたわ。」
「ちょっと休憩しましょう。」
 タバコを取り出して、火をつけようとして、気がついた。俺は笑いながら”タバコ”をトラにまわした。
「トラ、俺、ぶっ飛びすぎてるわ。」
「全然何処にも落として無いじゃないっすか。」
 俺はぶっ飛びながら英語のテストを済ませた。コレでラスト、正真正銘のラストの授業。
「・・・ごめん、やっぱり吸っちゃった。」
「・・・もう、ダメなヒト。」
「こんなババアみたいな下着より死んでんの?昨日の。」
「うん、死んでる。本当に死んでる。」
「分かった、俺、スーパーの外で待ってるから。」


 キスして、脱がせて、ババアみたいな下着を見てから、ゆっくりとあたためてあげた。フェラなんかする暇も無いくらいに俺が徹底的にリードして、撫でて、舐めて、濡らして、押し当てた。
「本当に大丈夫?」
「ん、怖い。」
 俺はゆっくりと、ゆっくりと、ゆっくりと入れた。少しずつ、少しずつ、進んでいった。
「痛くない?」
「ちょっと、ほんのちょっとだけ。」
「大丈夫?少し動くな。」
 思いっ切り抱き締められる。丁寧に言葉を交えながら、ゆっくりとまぐわっていった。
 奥まで入り、一旦抜いて、ゴムをつけて突っ込んだ。
「痛くない?」
「大丈夫、でも、もうちょっとだけゆっくり。」
 俺はゆっくり、ゆっくりと体を味わい、キョーレツな1発をカマした。ノックダウン。視界が白けててぼーっとするような、最高の1発だった。
「痛くない?」
「うん、大丈夫。アタシ、他にしたことないから分かんないけど、多分、たいせーはめっちゃくちゃ上手いと思う。」
「そうかな?」
「全然痛くなかったもん。」
「きもちかった?」
「・・・どうしよ、アタシ、淫乱になっちゃう。たいせいのせい、たいせいがセックスは気持ちいいってアタシに教えたせい。」
 俺達はキスして、飽きることなくFuck、Fuck、Fuck。
 

 2~3日もすると今度は俺がいじめられ始めた。俺が喘ぐ様を、このオンナはBL同人のネタにして、ネットに投稿しやがった。
 永遠に続くような好きだった男のハナシ。
「あの人、童貞やから、処女は怖いって。」
 俺は、昔の女が同じ名前だってコトを黙っていた。
マリファナ辞めて偉いね、あー!!」
「何?」
「タバコ吸おうとしてる。タバコも辞めよ。」
「タバコだけは勘弁して。」
 芸大近くの駐輪場で、滅茶苦茶デカいバイクに華奢な小さいカラダを乗せて、うさぎみたいなヘルメットを被ったのんを、俺はたまんなく寂しくなりながら手を振って見送った。
 

 ガッサガサのエクステを捨てて、黒髪のショートに、妙ちくりんなロリータ服になってるところは許そう。でも、歌が余りにも下手クソになってるのはどうしても解せない。
 ま、カラダがあればなんでもいいしどうだっていい。脱がせて突っ込んでると、段々気にならなくなってくる。相変わらず魔法の穴だ。終わった後に愛の言葉を囁きたくなっちまうような。
「結婚しよ。」
「無理。なんか、もっとダメなヒトやと思ってた。がっかり。やっぱ、アタシにはあの人しか居らんわ。」
「・・・ふーん、そっかぁ。連絡してみたら?」
「既に取ってるかもね。」
 俺は苛立ちを押し隠して、笑顔で見送り、直ぐにアプリを再インストールした。「出会い系なんかで出会おうとするから、メンヘラばっかやねん。」ってよく言われるし、俺だってそう思うが、童貞に女を取られるくらいなら、メンヘラの方がまだマシだった。


「君は何見に来たの?」
「キラボン。」
「お、分かってるね。俺は九州から、オリーブオイル見にわざわざ来たの。」
 人と話すのが億劫だ。クラブの暗がりでクラックラ、ふらっふらで踊り狂ってると、さっきまわしてやった男が話しかけてくる。
「みんな、怖がってるよ、君のこと。これ、噛みなよ。」
「アシッド?」
「ただのガム。匂いがヤバすぎるんだよ。」
 俺は香水をふられた。
「オーイ!!君、ここに居たの。さっき、キラボンさんに紹介しといたよ、君のこと。」
 目の前にキラボン。俺は睨み付けた。コイツは一体、なんなんだ?本当に人間なのかもかなり怪しい。俺は固まっちまって、一言も話しかけれない。
「君、いい目してるね。」
「・・・っす。」
 無言で15分くらいが過ぎた。多分、キマり過ぎてるからそう感じるだけで、実際は1分も経ってない。俺は番号を呼ばれ、フードを取りに行き、そのまんま戻らなかった。
 めんどくせー品の無いダサいヤツらに草をたかられ、俺は上手く引き離せない。
「そこそこ良い草っしょ。」
「まぁ、そこそこやな。」
 乞食のクセして偉そうに、礼一つ無いんだから驚くよな。


 クソみてーな男にイイ女がどんどん剥奪されていく。でも、そんなことはどうだっていい。さっき見たアレは一体、何なんだ?喫煙所で茫然自失、全くカラダが動かない。
 目の前にライターを探してる女が居て、俺はポケットからライターを取り出し、
「あげる。」
「えっ、良いんですか?」
 隣に座ってきた。
「何見に来たんですか?」
「・・・分かんない。」
 そう言うしかなかった。目の前でキラボンが、俺の隣の女より遥かに可愛い、このクラブの中でダントツの女にベタベタ甘えてんだから。


 田我流のゆれるが流れて、取り残された男だけで大合唱が始まった。
「猫みたいなビッチ、追い掛けるのに必死、」って部分だけ、みんな大声で叫んでた。勿論俺も。
 それからみんな、別々の方向に帰って行った。


「いやいや、ヤラさんなら、風俗行きたいから金くれよ。」
「・・・いくら?」
「そうだね、君レベルの可愛いツラなら、指名しないとキツいわ。15000でいいよ。」
 おめーが昔レイプされてようが俺にはどうだっていい。毟り取った金でデリヘルを呼んで、俺は突っ込んだ。
 ヤタケソで、どうでもよくて、面倒臭くて、何も考えたくなくて、草吸っても逃げられなくて、どうにもならなくて、俺は終わりを求めていた。強烈な1発が欲しいだけ。もう、何もかも終わりにしちまうような。 

 

 

5.


「今の、なんのキス。」
「ん?始まりのキス。」
 服に手を伸ばす。いつも通りの作業。
「アタシ、したくない。」
「そっかぁ、俺はしたいわ。」
「ねぇ、するなら早くして。終わったら直ぐ帰るから。でも、あたし、お話ししたいな。」
「宗教勧誘か?レイプされた話か?元カレの話か?クスリ飲んでる話か?クスリ辞めろって話か?」
「そんな話しないよ。」
 震えながら、意を決したように唐突に、
「どうするの。する?それともお話しする?」
「お話しする。」
 抱き締められ、頭を撫でられた。フィッシュマンズのキングマスタージョージを鳴らして、寝転びながら二人で抱き合っていた。
 開けた窓の外の空が青かった。ヒナが大声で歌い始めた。
「近所迷惑や。」
「音楽の方がヤバいよ。ライブハウスみたいだよ。」
 ヒナがカメラで写真を撮り始めた。ゴミ箱の中で萎びたレタス、白ワインにぶら下げたおまもり。
 俺達は何も話さなかった。


 お風呂に湯を溜めて、髪の毛を洗って貰ってると、ヒナが唐突に湯船にカメラを投げた。
「お前、何してんの?」
「びっくりした?防水だよ。」
 髪の毛を乾かしてもらって、気がつくと夜の9時になっていた。
「おばちゃーん、オススメは?」
「オススメはね、トンカツ味噌ラーメン。」
 やっちまった。この店は絶対ハズレだ。
「何ソレ?」
「うちの主人が、ラーメン屋さんやる前がトンカツ屋で。」
「へー。他にオススメはー?」
 ヒナがおばちゃんと喋りながら、俺の方を見てニヤニヤしてる。
「餃子!これがまた美味しいのよー。」
「そっかー。じゃ、あたしチャーハンで。」
「・・・俺、醤油ラーメン。」
「オススメは頼まないのね。」
「うん、聞いただけだから。」
「二人はカップル?」
「ううん!さっきね、アソコでナンパされて、ごはん食べませんかー!って。」
「・・・あら、」
「本当はね、出会い系サイトでしたー!あたしね、初めてだったの、出会い系サイトしてて人と会うの。」
「なぁ、ヒナ、黙れよ。」
「ねぇ、おばちゃーん、」
「なぁ、絡むなよ、」
「もーこれ、要らない。食べて良いよ。」
 俺は、チャーハンと、不気味なぐらいに不味い醤油ラーメンを食い始めた。
「おばちゃーん、この、なんか、かまぼこみたいなヤツ、何?」
「それはねー、」
「やっぱりいい。あたし食べないから。」
 俺は先に店を出て、タバコを吸い始めた。おかしなモンだよな、俺が全部食ってんのに、俺の方が先に外に出てるなんて。


 シラフで、懐かしいアナウンスを聞きながらチン電に揺られていた。
 家に着いた。相変わらず玄関の鍵はぶっ壊れたまんまだった。前に来たときから、ゴミまでそのまんまの俺の部屋に入った。
 壁に書かれた落書き、「FUCK 不失者」「WAR INA BABYLON」開いた穴、鍵盤の壊れたピアノ、笑えてくる。
 押し入れの中も変わってなくて、あの時のまんまで、俺は久しぶりに、久しぶりに泣いていた。
 確かにあった。のんが居た痕跡が、そのまんま。  
 俺は、タバコをふかして、いつもと違う窓から、前の家が更地になってるのをぼんやりと眺めていた。


「おう、来てたんか。」
「荷物取りにな。」
「聞いてくれ、俺は精神病かもしれん。」
「やっと気ぃついた?ずっとやで。」
「なぁ、恋の病でも精神科受診してもいいんか?」
 もう、話す気にもなれない。俺はこんな奴が親父で、情けない。
「今付き合ってる女が、他の男にプロポーズされた、って。俺もう不安で不安で、見捨てんとってくれー!って叫んで。」
「お前さぁ、息子に恋愛話なんかするか?フツウ。」
「友達居らんのや、飯奢るから話聞いてくれや。ほんでやな、」
「俺がのんとここで殆ど同棲してたときは、」
「そうや、その女の家転がり込んでたんや。その女がもう、最悪で。」
「その人とは別れて、で、今のヒトがそのプロポーズされてるって人か?」
「付き合ってる期間は被ってない!被ってないで!」
 隠し方が、下手クソ過ぎんだよ。
 俺はずっと、コイツに似てるって言われんのが嫌で嫌でたまらなかった。髪を伸ばしてるのは、コイツがハゲだからだし、服に気を使いまくってんのも、コイツがどうしようもなくダセーから。クスリキメてんのも、瞳孔が開いて、顔つきが変わるから。
「お前は、失敗作やわ。」
「自分の子供によく、そんなこと言えんな。俺のことはもう手遅れやから、妹だけでも、」
「俺にはどうしようもない。」
「まぁな、まぁな。」
「俺が付き合う女、みんな、能面みたいなツラになっていく。なんでやろな。」
 俺は、女を笑わせてた。怒らせてた。悲しませてたし、楽しませた。そこだけは、親父と違った。
「お前の母親とはあれ、別れた後も、」
「そんな話、誰が聞きたい?殺すぞ。」
「そうか、そうやな、気持ち悪いわな。のんちゃんとはなんで別れてん?」
「・・・さぁな。親父、ラーメン食いに行こうぜ。」
 ガキの頃は、親父が調べ上げてきたラーメン屋についてってたのに、今は俺が親父に美味いラーメン屋を教えてる。
「なぁ、これ、美味いわ。何ラーメン?」
「家系。俺のスープ飲んでみ。」
「うわっ、俺のと全然違うな。お前のは、濃いめ多めか。」
「玉ねぎ入れると美味い。」
「家系って、いっぱいあるんか。」
「ここは、工場系って俺は呼んでる。玉ねぎかウズラが入ってたら、大体工場スープ。色々あるよ、酒井製麺使ってるところはハズさんな。直参みたいな店が多い。でも俺は、まだ総本山の吉村家踏んで無いから、家系を語るわけには行かんねん。」
「なるほどな。俺多分、家系また行くわ。」
「家系好きなヤツと、天一好きなヤツと、二郎好きなヤツと、山岡家好きなヤツと別れるな。みんな、どれかにハマる。他の良さも認めてるけど、やっぱ俺は家系。」
「そうか。俺、もしかしたらその言うてる女と、再婚するかもしれん。」
「なんやった?別れてから、二人で行った京都の温泉一人で行って、号泣したって女と?」
「違う違う、他にプロポーズされてる女や。」
「もうええわ、親父。じゃあな、帰るわ。」


「もーーー、ウンザリや、ウンザリ、ヒナ、ピクニックしよう!」
「長居の植物園なら近いよ。」
「おにぎり作るから、弁当頼んだ。ウインナーと、ゆで卵!!ラップでケチャップきゅっと締めて持ってきて!」
 俺は急いでおにぎりを作り、植物園の前でタバコを吸いながらヒナが来るのを待った。
 おわりさ、もうおわりだよって、フィッシュマンズの佐藤慎治が歌ってて、俺は涙をこらえんのに必死になった。
 しあわせ。もう、終わりでいいよ。寒空の下、でっかい切り株の上で、ランチョンマット敷いてる君に俺は惚れてる。
「きゃー!ほうれん草のおひたしまで!」
「そ、作ったの。」
「はい、おにぎり。」
 二人で黙って、時々笑いながら、フィッシュマンズを聞きながら、一体いつぶりだろう?メシを食って味がするなんて。
 ネオヤンキースホリデイを流す。晴れた日は、君を誘うのさ、君を連れ出すのさ、寝っ転がったりするのさ、紅茶を飲んだりするのさ、タバコを吸ったりするのさ、そう、つまらないのさ。
「抱き締めても良いですか。」
「良いですよ。」
「なぁ、おっぱい、これ、気持ちええわぁ。何カップ?」
「Cの75だよ。」
「75って何。そんな自信満々で言うようなサイズかよ。」
「Cの75が、日本で一番多いって言われてんの。」
「黙れ!Cの75!」
「うるさい!細巻き!」
「見たことないクセに。」
 二人で笑いながら、イカれた君はベイベー、イカれた俺のベイベー。


「キスしてもいい?」
「うん、」
 唇を重ねようと、顔を近づけると、
「おーい!!もうそろそろ閉館ですよー。」
 二人で顔を見合わせた。
「邪魔されたな。」
 誰も居ないの確認して、腕引っ張って、キスした。カラスに見られてて、二人で笑った。
「なぁ、帰りたくない。」
「あたしも。」
「海外行ったことある?」
「エジプト。」
「なんでエジプト?」
「ピラミッド!!あんな大きいの、どうやって作ったんだろう、って。見に行かなきゃ、って。」
イカレてるな。」
「エジプトのバスのチケット、この前こっそり、たいせーの家の本に挟んできたよ。」
「なんで?」
「あたしのこと、忘れないように。いつかあの本を開いたときに、あたしのことを、思い出してくれるように。」


 部屋に入るなり、暖房もつけずにベッドでキス、キス、キス、キスしてキスしてキスして、キスし続けてると、だんだん汗だくになってきた。
 舌を入れて、歯の形状を1本1本思い出すように舐める、俺が全部の歯を入念に舐め尽くすと、次はヒナが同じことをする。
「入れたい、入れたい入れたい入れたい入れたい入れたい!!」
「あたし、」
「言わなくても分かってる。」
 岡崎京子は暗すぎる、魚南キリコは臭すぎる、安野モヨコは上手すぎる。俺は、南Q太が大好きだった。さっき、本棚に日曜日なんて大嫌い、が飾られてるのを俺は見てしまっていた。
 日曜日なんて大嫌いは、兄にレイプされる妹の話だ。
「お前、彼氏とセックスしたことある?」
「無い。全部・・・。あ、ごめん、電話。」
 全部ってコトは、ま、そういうコトだ。なんでなんだ?同じようにレイプされてても、刻み込まれ抉られるように胸が締め付けられる時と、全く何一つ感じない時があるのは。
「えーっ、今からですか?うーん、今からって、終電も近いからあんまりお話し出来ないですよ。」
 俺は、睨みながら机をバシバシ叩いた。
「あの、ごめんなさい、ちょっと友達が来てて。そろそろ切りますね。」
「オイ、ヒナ、バカ、こんな時間に誘ってくるような男んトコなんか、行くな。」
「先生とは、写真の話するだけだよ?」
 キス、キス、あくまでキスがメインで、合間合間に会話をした。
「あたし、デリヘルで働こうかな。ね、もしあたしがデリヘルで働いたら、どうする?」
「指名して、指名して、指名し続けて、借金まみれになって、」
「もうすぐ卒業で、」
「19じゃなかったっけ。」
「短大なんだよ。ねぇ、アタシね、東京行くの。」
「だから、引っ越しの準備してんだ。」
 コーデュロイの脚に、タイパンツ越しに擦すりつける。
「写真の修行するの。スタジオでアシスタントするんだよ。」
「俺、何も考えてないな。」
「ねぇ、あたし、怖いの。不安なの。ねぇ、東京ついてきてよ。」
「えー、マリファナ吸うぞ?」
「ご飯は全部あたしが作るし、お金足りなくなったら、いくらでも好きなだけ使ってよ。あたし、欲しい物なんか何もないから。」
「へー、それでマリファナ吸って良ければ天国だな。」
「ずっと家に居て良いよ、働かなくて良いよ、何にもしなくて良い、傍に居て欲しいの。」
「甘えんな。頑張るんやろ?」
「セックスだけは出来ないけど、女の子見つけて勝手にしてきても良いし、」
マリファナは?」
「・・・あたし、この前ね、屋上呼び出されて、青春ってヤツ、ロマンチックだよね、お前のことは俺が守る、なんて言われちゃって。」
「オッケーしたの?」
「ううん、するわけない。だって、」
 キスして、
「ねぇ?」
 唾液が粘って、白く固まり始めて来て、「いい加減臭いな。」「いい加減臭いね。」二人で笑った。
 気がつくと、もう、5時間もぶっ通しでキスし続けていた。
 ヒナが歯を磨いて、俺はフリスクを囓って、また二人でキスし始めた。
「なぁ、俺、夢見るの怖いねん。」
「したら、明日起きたときまた夢の話聞いたげるから、今日はもう、お休み。」


 天王寺を歩いてると、懺悔したい気持ちになってきた。誰かに話したい、いっつもいっつも聞かされてばっかりで、なぁ、俺だって言いたい、吐き出したいんだぜ?
 俺はJudee Sillを聞きながら、教会を目指して下を向きながら歩いていた。教会の前に来た。閉まっていた。
 なら、仕方ない。俺は開いてる方のドアを開けた。番号札を渡されて、便所でパイプを取り出して一服した。
「で、そいつが東京ついてきて、って。」
「不安なんだよ、ついてってあげなよ。」
「うーん、それで本当に良いのかな、って。荷造りすんの、途中で嫌になってきて。」
「優しいんだね。ちゃんと考えたげてるんだね。」
「俺も舐めたい。」
「クサイみたいだから、恥ずかしい。」
「可愛い。」
 舐めると、本当に臭かった。俺は、臭い方が好きだ。2~3日洗ってないくらいがちょうど良い。愛してればの話だが。
「入れていい?」
「いいよ。お兄さんだけ、トクベツ。」
 太ったカラダを抱き締めて、俺は中で果てた。ブコウスキーの、充電の合間に、って短編を思い出しながら一緒に風呂に入った。


 3万円払って黒ギャルを呼んだ。憧れの黒ギャルだ。キャラメル色の肌がたまらなくエロい。顔面に唾を吐きかけてもらったりしてると、なんとか黒い肌を一部分だけ白く出来た。
 黒ギャルが、ヒナが買ってくれた高いボディーソープで体を洗ってから、帰って行った。
 Killer BongのMoscow Dubを聞きながら、髪についた乾いた唾の匂いを嗅いでると、泣きそうになってきた。サイテーのハッピーバースデーだった。


 


6.


 朝の5時まで吸って、気絶したように眠って、起きたらどう考えても間に合わない時間だった。
 慌てない慌てない一休み一休み。俺の卒業は確定してる。俺は一服して、外に出て、近鉄今川駅のトイレで一服して、阿部野橋で一服して、御堂筋線のトイレで一服、また一服、へろっへろになりながらなんばHatchに向かった。
「みんなぁ、どこー?」
「あー!やっと来た!」
「あら、上から見下しちゃって、まぁ。どうやって上がんの?」
「そこにあるよ、エレベーター。」
「何処?」
 俺はぶっ飛びすぎてて、エレベーターが何処にあるのか全く分からない。
「もう、しっかりして。」
 マユミちゃんが、隣で肩を支えながらエレベーターに乗せてくれた。ただそれだけのことで、今まで誤魔化して来たことが全部、瓦解した。卒業演奏会なんて、俺、出番が無いから、本当は休みたかった。
 俺は、この子が好きだった。
 のんと付き合ってるときからずーっと。
 色んな女と寝たけど、好きだって思い込もうと何度も頑張ったけど、やっぱりどうしても無理だった。
 でも、何にも言えなかった。
「ヒッピー、大丈夫か?」
「ハットリ、最近何聞いてる?俺はヒップホップ、ブッダブランドと、キングギドラ、」
「おお!クラシック!!J Dillaって分かる?」
「分かんねー。」
「聞いてみて、ドーナツってヤツ。ヒッピー絶対好きやから。」
「なぁ、ハットリ、俺達、4年前初めて話したとき、マイルスはDoo Bopの良さだけよー分からん、って言うたん、覚えてる?」
「言うてた、言うてた。」
「なんか、それ思い出して、あー、そっか、もう4年も経ったんやな、ってさ。」
「良さ、分かるモンなぁ、今は。」
 喫煙所で盛大に追加して、アベちゃんとタッちゃんがサボり、ミナカミが留年で寂しそうにしてるタツヤに声をかけて、カレー食って、一服して、Kinjiで服買って、一服して、フレッシュネスバーガー食って、食い過ぎだって笑って、一服して、なんばHatchに帰った。


 みんなヘラヘラ笑ってる中、俺だけがカメラを思いっ切り睨んで居た。
 ここに居るヤツらの全員が、今後もう一度此処に立つことは無い。でもな、俺はいつか、満席の状態で、再び此処に立ってやるぜ、って意気込んで。
「ヒッピー!!ヒッピー!!お前なぁ、お前は、お前はなぁ、」
「なんすか、岸田先生。」
「心配なんじゃあ!!死ぬなよ!!お前みたいなおもろいヤツが、死んだらあかん。」
 チューハイ片手に言われちゃ、世話無い。


「ドラッグストアカウボーイでさ、主人公がクスリ辞めて、真面目に働こうとするんだよ。なんか、そんな感じのライヴだったな、今日は。」
「・・・プッシー、卒業やわ。」
「ダブったよ。来年から、俺たちの偽装の診断書のせいで、診断書が禁止になるらしい。」
 金龍でラーメン食って、ファミマ前でジョイントを回した。
 もう、二度と会わないんだろうな。立ち去ろうとして、振り返ったプッシーに、
「楽しかったよ、マジで。ありがとうな。」
「こちらこそありがとう。」
 ボロッボロ泣きながら、俺はただひたすら歩いた。黒いボックスの中、パネルを見てると、脚のキレイな女の子が入ってきた。
「あの子とか。」
 俺はさっきカーテンの奥に消えてった女の子を指差した。番号札を手渡されて、便所でこっそり一服して、待った。
「あはっ、なんで泣いてるんですか。」
「人生最後のライヴだった。俺は二度と音楽をしない。出来ない。」
 俺はエレベーターの中、背中をさすられながら部屋に向かった。
 無我夢中でヤリまくった。恋人とする初めてのファックぐらい、丹念に、入念に、必死に、切実に。全然上手く出来なくて、自分の手で終わらせた。
「なぁ、気持ち良かった?」
「・・・気持ち良かったけど、なんか、なんかサリちゃん、お兄さんの全てをぶつけられてるって感じがしたな。」


 フラフラしてたら、式場から追い出された。俺は一服、一服、一服に次ぐ一服で、吸ってるのがシラフみたいな状態になっていた。
 入学式じゃ、スーツじゃないヤツなんて俺以外に居なかったクセに、卒業式は、何人かがジーパンの裾を引き摺っていた。
 14号館ホールに集まって、在校生が作った思い出ビデオ流すんだってよ。
 先生たちのビデオメッセージが終わり、いよいよスライドショー。俺、全然出て来ないな、って思ってると、唐突に、のんとヨツバちゃんが抱き締め合ってる写真が流れた。
 俺は、必死に強がって誤魔化してた涙を滝のように流した。
 のんは、俺が2年半付き合った女で、俺が生まれて初めて愛した女で、ヨツバちゃんは、俺がのんと付き合ってるときに浮気した女だった。
 最後の最後まで、俺の写ったのは、ただの一枚すらも出て来なかった。
 式が終わって、喫煙所で、もう既に吸うのが嫌になってきてるお馴染みに火をつける。
 みんな誰かと話してる。
 俺の隣には誰一人居ない。チカとリュウとフユミとシンゴは1年の時に辞めてるし、マイキーとジョンとミナカミは留年。
 もうどれだけ吸っても現実は誤魔化せない。
「なぁ、ヒッピー、飛田どう?」
「俺、ゆっくりキスしたいからちょんの間はちょっと、」
「なんやソレ。なぁ、お前、どないすんのこれから?」
「先輩は正社員っしょ。」
「うん、26やで、俺もう。4年休学してるからな。」
「カナダでプッシャーするために。」
「それが、正社員なるねんもんな。」
「ソレより先輩。」
「忘れてないよ、はい。ありがとうな、助かったわ、偽装の診断書くれる病院に話し通してくれて。」
 一万円を受け取った。
「いつでも飲みに誘ってくれ!」
 多分、二度と連絡することは無いだろう。俺は個室でさらに草を足して、涙を拭いて、ホールの中に戻った。
「なぁ、マユミちゃん、アレやな。卒業やな。」
「そうやな、卒業やな。」
「あのさ、マユミちゃん。」
「ん?」
「いや、あの、4年間、ありがとうな、ずっと、ノート見せてくれたり、」
「うん。こちらこそありがとうヒッピー。」
 やっぱり何も、何も言えなかった。
 俺は、バスに乗って、喜志の駅のトイレで吸い込んだ。吐き出し損ねた言葉を飲み込んだ。涙の出過ぎで喉が渇いた。
 俺はお似合いの日本橋のあの黒いBoxに向かって、フラッフラになりながら歩き続けた。


 父親がコーヒー、母親がコーラ、俺がQooのスッキリ白ぶどうを頼んで、テーブルに座って待っていた。
「鍵、返してくれ。」
「何で?」
「再婚するからもう来るな。犬とか飼うから。」
「わかった、わかったわ。金の・・」
「金は、一円も出せません。来月携帯解約する。さ、話しよう。」
 母親が立ち上がって、コーラを取りに行った。俺はQooのスッキリ白ぶどうを受け取るなり一口も飲まずにゴミ箱に放り投げた。
 父親だけが一人で、コーヒーを飲んでいるのを後にして、一言も話さず、母親とマクドの外に出た。
「面接、落ち続けてるねん。髪の毛があかんのかな?」
「お母さんが、一ヶ月分だけならなんとかしたる。」
 俺は、母親から8万円受け取った。
 

 髪を切っても、何も変わらなかった。古着屋、古着屋、古着屋、レコード屋、個室ビデオ、ラブホテル、ラブホテル。俺は、落ちて落ちて、落ち続けて金も尽きた。
 残り後僅かの草のカスを掻き集めて、吸いながら母親に電話した。
「なぁ、光熱費払えん。仕事が見つからん。」
「分かった。最後な、これっきりな。」
 振り込まれたなけなしの10000円で、俺はデリヘルを呼んだ。待った。来た。
 太った40過ぎた女に突っ込んで、空を見た。死にたいくらいにキレイだった。
 久しぶりに散歩でもしてみるか、って、俺は最後の茎混じりの1発を吸って、FunkadelicのOne Nation Under a Grooveを聞きながら歩き出した。
 桜が、信じられないほど、キレイで。俺は、久しぶりに少しだけ笑った。 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

首吊り穴から未来を 3

 

 

 

 

 

 

1.

 

行く先も考えずに150円の切符を突っ込み、満員電車の中、ほんとに良いのか?なんて悩みの欠片すら見当たらず、ポケットの中からデパスを一錠取り出し、当たり前のように口に放り込んだ。
化学製品の歪な甘さが口の中に広がって、「なんだ、効かねーじゃん。」なんて思った15分後には、何もかもがクソどうでも良いって気分になってきた。
気に入った。
広島駅で降りて、3錠口の中に放り込み、薬研堀までフラフラ歩いて、一番安い店に入った。


のんより短髪の、太った50過ぎのおばちゃんがネグリジェ姿でお迎え。
金を払って地獄を見てるみたいな気分で、笑いが止まらない。
薄暗い湿った部屋の中で風呂に入り、体を隅々まで洗って貰う。
ベッドに寝転んで、キスをする。ヤタケソな気分で69、アナルまで舐めてやると、段々立ってきた。
どーしようもねー気分で口の中に出す。
「おばちゃん俺ね、彼女居るんですけどね、もうね、しんどいんすよ。」
「アタシもアナタぐらいの頃はすごくしんどかった。でもね、まだまだ君は若いんだから大丈夫。」
「良いこと言いますね。」
俺は20で死ぬって決めてんだよ。
理由?俺はその理由を飲み干すために、コンビニでジムビームを買ってデパスを追加で流し込んだ。
淀んだ視界に、薬研堀のネオンがぼやけてキレイだった。


身分証がなくてネカフェで泊まれない。4軒目くらいのネカフェでようやく「テーブル席なら。」なんて言われ、テーブル席で財布を握りしめながら眠った。
起きて、南に向かった。このまんま沖縄まで流れ着きたい。
電車の中でジムビームの350mlが底を尽きて、博多で降りて、ニッカとジムビームを買って、ひたすら飲みながら歩き続けた。
歩いて、歩いて、歩いて、歩き続けた。何人か女に声をかけたりしたけど何も起こらなくて、天神のドンキでテンガを買って、死にそうなツラで通行人を睨みながら、ひたすらウイスキーをストレートで流し続けた。
親不孝の個室ビデオん中で、丸山れおなのDVDを見つけた。
この世界の中で唯一、丸山れおなだけが俺のことを分かってくれてる気がした。
俺はデパスを10錠口に放り込み、ウイスキーで流し込み、外に出る。
死にたくねー。
なんか、なんか、なんでもいい、俺に生きててイイって誰か言ってくれ。そんなシルシみたいなモンを俺に見せてくれって祈りながら、天神をほっつき歩く。
なんもない、なんもない、本当に、何もない。
気が付けば2キロくらい歩いてて、暗い公園の中、橋がかかってる真ん中で三味線の弾き語りをやってるおばはんが居た。近づいて音を聞いてみる。
ウルトラマンの息子、息子、息子、ウルトラマンの息子、ウルトラマンコ。」
クソみてぇな歌詞に俺は大笑いして、金を入れる。
「アンタ、こんだけしかないのん?」
「すんません。」
「しゃあないな、お兄さんのために一曲!」
「はい。」
ウルトラマンの息子、息子、息子、ウルトラマンの息子、ウルトラマンコ。」
俺はゲラゲラ笑う。
「もう、お金無いならはよおうち帰り!」
帰ることにした。


「プッシー、イイモン入った。」
「何?草?」
「まぁ、飲めよ。」
プッシーがジムビームのストレートを喉に流し込む。
「そんな飲んだら死ぬぞ。」
プッシーが少し吐き出す。
「やり過ぎた。」
「ツラくなったら、すぐデパス。」
笑いながらデパスを手渡す。プッシーが3錠、俺が2錠食う。ジャックダニエルの750mlを買って、二人で飲みながらふらつく。
「喜志のクソみたいな風景も、クスリが入ってたらキレイだな。」
「そうやな、プッシー。まぁ、飲もうぜ。」
スーパーに入って、追加でカルーアを買い込んで、喜志駅の前で、俺達は寝転びながら酒盛りをした。
後輩のタカショーが来た。
「先輩、ヤバいですよ。意味分かんないっすよ。カルーアって割って飲むもんでしょ?」
「まぁ、飲めや!」
「おい、プッシー、俺でもカルーア直飲みはやらんぞ。おい、こっち飲むか?」
「あっ、じゃあ。」
フタにウイスキーを注いで渡してやる。
タカショーが咽せてる横で俺は、ジャックダニエルをラッパ飲みする。


「ふじかわぁ!!!」
「声でかいって、プッシー。」
「ふじかわぁ!!!電話出ろや!!!殺すぞ!!!」
「落ち着けって、be so cool メーン、プッシー、」
「ふじかわぁ!!!あっ、繫がった、電話するね。もしもし藤川?あのさぁ、困るんだよ、来てくれよ、今から。俺達はお前が必要なんだよ、そう、」
「っていうてもなぁ、」
「頼むわ、来てくれって。ヒッピーの家泊まれ、来いよ、頼むよ、来てくれよ、今から。俺達はお前が必要なんだよ、」
「おいプッシー、そのお前が必要なんだよ、ってのもう、20回目だぞ。」
藤川が俺の家まで駆り出される。プッシーが外に出て、藤川をどつきまわす。
暴れてるプッシーを押さえつけて、俺の家の中に引きずり込む。近所迷惑にも程がある。田舎町の静かな景観を明らかに損ねるプッシーの罵声。
鉛色の空の下、笑いたくねーのに笑ってる俺。忘れるためにひたすらウイスキーを流し込み続ける。
プッシーはまるで、俺の代わりに暴れてくれてるみたいだった。


終電で帰ろうとする藤川をプッシーが無理矢理引き留めて家に泊める。夜中の2時に、フルテンのアンプから藤川の声を録音したのを、Delayをかけて流し続ける。
「この家のこと、これから、土師ノ里ヘルハウスって呼ぶことにしようぜ。」
「いいね、プッシー。そうしよう。」


簡単なことさ。大量の錠剤を出してくれる医者の見分け方なんて、ちょっと考えりゃすぐに分かる。
完璧な電話応対の仕方をする医者を、3軒目で見つけた。
俺は、ウイスキーを掻き消すためにガムを食いながら、待合室でニヤニヤ。
「はやしさん、どうされました。」
「いやー、眠れなくて。あとは、不安で。不安でしょ?不安なんですよ、すっごく。」
病気のフリ。俺は、座れなくて、歩きまくってるって設定で、ありもしないことをテキトーにべしゃくしゃ。
「出来ればね、精神科に来ること自体にトラウマがあって。ツラい過去を送ってきてるんす。だからね、1ヶ月に1回しか来れない。」
「分かりました、じゃあ一ヶ月分ね。あの、おくすりは、」
「お薬は、苦手なヤツがある。あのね、デパスを90錠と、マイスリーを60錠ちょうだい。」
電車の中、デパスを6錠舌の上で溶かして、ジムビームで流し込む。
ニヤニヤしてる俺の隣にリュウが座ってて、一瞬、目が合った。
何が腹立つのか知らねーが、俺と口一つ聞こうとせず、歩き去って行った。


近づいてくるプッシーに、挨拶するより前にマイスリーを4錠手渡す。
「ま、お水の代わりにどうぞどうぞ。」
ジムビームのポケット瓶を差し出す。俺もデパスを2錠、放り込み、スタジオに入る。
「おい、チンコ出せ。」
「はぁ?」
「チンコでピアノ弾こう。」
俺達はチンコでピアノを弾いた。その後、プルがガラスにチンコを押し付けた。
「見えてたらヤバいやろ!!」
「俺のチンポ見てくれ!!なぁオレ、下痢便ビチクソ、職員室にぶちまけて、学校辞めたいねん。」
「プッシー、落ち着け、飛びすぎ。」
「飛んでないよ!飛んでない。」
「ツラくなったら?」
「すぐデパス。」
俺は、プッシーにデパスをワンシートやる。もちろん、ジムビームのストレートで流す。
俺は、マイスリーを4錠口の中に放り込んで、ジムビームで流した。


無茶苦茶な気分さ、どうにでもなれ、いや、どうにかなって欲しいんだ。
もっともっと自分のこと傷つけたいのさ、暴れたいのさ。
プッシーと薬局までフラフラでぶらぶらする。
「この腐った町の腐った景色も、クスリをキメてたらキレイに見える。」
「そうだな。」
「なぁ、おい、チンコ出してイイか?」
「勝手にしろ。」
プルがチンコを出しながら歩く。もう、無茶苦茶だ。
ドラッグストアに入り、「すいませーーーーーーーーん!!!!」大声で店員を呼ぶ。
「コンドームあります?」
「こちらです。」
チョコフレークを1袋買おうと店員に探して貰ってると、プルの叫び声。
「おい!!!!」
「なんやねん!」
「どれか、ラリれるヤツあるか?」
「声デカいわ、アホンダラ。マイキーがこれ好きやな。」
金パブの48袋入りを、クレカでプッシーが買う。


どう考えても死ぬ気の量。道端でしゃがみ込みながらプッシーが、機械のように金パブを、一袋、一袋、一袋、一袋、と、「ラリりたい、もっとラリりたい、もっともっとラリりたい、」ってブツブツ念仏みたいに唱えながら、ひたすら、ウィスキーで流し続ける。
「流石に、ウイスキーだと金パブ流れへんわ。」
なんて言いながら、気が付けばもう40袋も飲んでいた。
フラッフラで、オレはプッシーが2重になって見える。白のプッシーと黒のプッシー。俺は、プッシーの隣をスカスカ殴りつけながら、「ニセモノのプッシーを殺すねん!」なんてワケの分かんねーこと抜かし、プッシーはと言うと、「俺は、地球とヤル!地球とヤル!」なんて抜かしながら、フェンスに向かってチンコを出して、腰を振っていた。
「神社の中でキメたら、なんか、めっちゃキマりそうじゃない?」
「それはない、それだけはない。」
プッシーがそう言ったとこまでは覚えてる。それからの記憶が曖昧だ。


起きるとテーブルの上にある、大量の金パブの空き袋に気付いて、ゾッとする。
「ヤバいよ俺達、とんでもない量やってるよ。」
「いや、そんなことよりおい、プッシー、俺ら、一体どうやって帰ってきたんや?」
「分からん、オレ、万引きしてない?」
「してなかった、クレジットで払ってた。」
「いや、オレ、本当に万引きしてない?」
「レシート確かめろよ。」
「レシートがニセモノの可能性は?オレ、万引きしてない?」
「そんなことよりお前、のんと寝たやろ?」
「寝てないよ・・・」
全く同じ会話を1時間、ひたすら何度も繰り返し続けた。


「あのね、こんなにも疑われて、もう俺は自分のことが分からない。浮気を認めれば許してくれるのか?」
「いや、オレが知りたいのは事実や。」
「事実は浮気してな・・・」
ガラガラガラガラ、おもっきりガラス戸を引く音。
「うっさい!!!!いい加減にしろ!!昨日帰ってきたら、ここで二人ともぶっ倒れてたんや。うちは浮気なんかしてない!!静かにしろ!!」
バタン、とガラス戸を閉じる。俺達は茫然自失。
「怒られちゃったよ。」
「じゃ、浮気してないってコトも、ようやくにして分かったことだし、取り敢えず飲もうぜ、プッシー。」
デパスを6錠ずつ、ジムビームで流し込むところから俺達の朝は始まるのさ。


「君の絵は、いいよ、ほんとに、いいよ。」
はぁ、溜息。電話先で絡まれてるタカショーが哀れだ。
「君の絵はね、いいよ、ほんとに、いいんだよ。」
「はい、分かりました、もうほんっと、そろそろ切らせてもらってもいいっすかね?」
「違う!!聞けって!君の絵は、」
プッシーの頭をハタク。「いい加減にしろって。お前、ループするクセあるぞ。ほれ。」
「おっ、追加ありがとう。ちょ、また電話するわ。とにかく、君の絵はいいから、」
「プッシー、いい加減に電話切れ、デパスヤるから、なぁ、後輩、ごめんな。」
「ほんとっすよ、もう、2時間も、、。」
「すまん、」
なんとかプッシーの電話を切ることに成功すると、また始まる、
「藤川ぁぁぁぁ!!!!」
無理矢理プッシーを黙らせる。もう、かれこれ、15錠は食ってる。
フラッフラになりながら、夜のラーメン横綱までの道。プッシーが、さも当たり前かのように平然と、チンコを出しながら歩く。俺達は、何もない夜の中で、必死に何かを探しながら歩く。
ネギを山盛り乗せた後、プッシーが白目剥いてぶっ倒れた。
「もうコイツ、死ぬかもな。」
ケラケラ笑いながら一人でラーメンを啜る。化学薬品の、奇妙な甘い味のするラーメンを。
肩を貸してやり、ふらっふらで歩き、あと家まで5mってとこで、
「オレ、此処で寝る。」
プッシーが、道端で寝てるのを放ったらかしてオレは家に帰って、血走った目ん玉で、20年前のリズムゲームをしてるのんちゃんに抱きついて、そのまんまぶっ倒れる。


朝起きると雨が降ってて、キレイだった。俺は、二日酔いを無理矢理掻き消すためにジムビームをストレートで呷り、ぐったり。
戸を開ける音がした。びしょびしょに濡れたプッシーだった。荷物を持って帰ってくプッシーを見送り、俺はのんちゃんを呼んだ。
「これ、しんどいときに飲み。こっちは、寝れないとき。」
デパスマイスリーを手渡した。


息苦しい。
目を開けると、のんが俺の腹の上に座りながら、血走った目ん玉して、俺の首を絞めていた。
「なぁ、うち、どうしたらええんよ!!」
殺意のある、冷たい手だった。
俺は思いっ切りのんをぶん殴り、なんとか手を首から退けて、ようやく酸素を吸い込むことが出来た。
ハッキリしてきた視界に先ず写ったのは、昨日渡したデパスマイスリーの殻だった。
「のんちゃん、眠剤効き過ぎ。」
「あっ、そうなん?ごめん。」
「失せろ。」
「話したい。」
「だるい。」
「話したい。」
「もううんざりやねん、お前も、俺の人生も、何もかも。」
「一緒に死のう。」
「分かってる。お前死んだら俺は死ぬし、俺が死んだらお前も死ぬんやろ。」
「もう、しんどいんやろ?せっかく殺したろうと思ったのに。」
「なんやねん、もう話聞いたったやろ。向こう行ってまたゲームしてこい。」
「夢の話聞いて、今日はな、」
「ゾンビの話か?また。」
「あのなぁ、夢の話くらいしか、無いんよ、他にウチには、なんもない、なにもない、なにもない、」
ひたすら泣き叫ぶのんを抱き締めて、頭を撫でる。
凍えるほどクソ寒いブリザードの中を二人、抱き締め合って、一生懸命暖め合ってるみたいな、そんな、そんな気分で。

 

2.

 

デパスを砕いて粉にして、1万円札で鼻から吸い込んでると、玄関のガラスを叩く音がする。
「助けてくれぇ、」
勘弁してくれ、助けて欲しいのは俺の方だ。
フラフラで階段を降りて扉を開けると、案の定、マイキーが立っている。
「助けてくれぇ、」
「ヤダ。」
「頼む、話だけでも聞いてくれ。」
「ヤダ。」
扉を閉めようにも、スニーカーの先を突っ込まれてて、仕方なく俺は、溜息をつきながら部屋の中に入れた。
「アシッド8枚食ったぁ!」
「おう、オレは忙しい、のんちゃんの部屋行け。」
部屋の中でデパスを砕いてはひたすらウイスキーで流し込むって作業に没頭し続ける。
「そっかぁ!そうかぁ!!オレはアリやったんや!」
「そうや!マイキーくんはアリやねん。」
全くワケの分からない会話をしながら、二人が静かに笑ってんのに段々ムカついてきて、のんの部屋に入り、
「お前ら、浮気してたやろ。」
「してない、ありえへんやん、ずっと話してたんや、」
「話してる風を装いながらバレへんようにお前らはセックスしてた。」
「してないって。」
マイキーのヨレてたのがマシになったと思ったら次、オレがヨレてる。


土師ノ里のホームでタバコ吸いながら、マイキーを問い詰める。
「お前、金盗んだやろ。」
「Hey Bro, 落ち着け、キマり過ぎてる。」
「うるさい、」
オレはデパスを取り出し、口に入れようとする、
「待てや。これ以上食ったら、お前ぶっ倒れるって。」
「違う違う、これ飲んだら落ち着くから。」
「さっきから落ち着くから、って散々食い散らかしてんのに、全っ然今、落ち着けてないで。」
制止を振り切ってデパスを口に突っ込んでると、タカショーが来る。
「ちょ、なんすかこの匂い?プラスチック焦げたみたいな匂いしますやん、マイキーさん、今なんか入れてるでしょ?」
「アシッド食いまくったときに出る、独特の汗やろな。」
「ヒッピーさんもずっと、何勘繰ってるんですか?」
「なぁ、コカイン持ってない?」
「持ってても、今のヒッピーさんには渡さないスよ。」
「ええから、マイキー、金返せ。」
「待てやヒッピー、さっき計算したばっかりやんけ。」


火影に着く頃にはようやく、マイキーがオレの金を盗んでない、一万円が消えてるのは、昨日のんと薬局を4軒ハシゴして咳止めシロップを8本買ったせいだ、って結論に達した。
今日はエリさんのバンドのライヴで、エリさんが久々に東京から帰ってきていた。
「あっ、エリさん、お久しぶりです。」
「・・・ひさしぶりぃ。」
「エリさん、コーク売ってくれません?」
「しっと、あんな、しっとはマリファナ以外やらんように、みんなにもう言ってるから。誰からも買われへん。しっと、今の君は、多分死ぬまでやり続けると思うし、うちは人殺しにはなりたくない。」
「えー、じゃあいいや。ライヴ楽しみにしてますね。」
クソ、コークがどうしても手に入らねぇ。


ライヴの記憶は消し飛んでる。気付くとマイキーが居なくて、俺はワケの分かんねード派手なピンク色のバーの中に居て、タカショーがバーテンしてる。目の前にウィスキーのストレートがある。取り敢えず飲み干す。
「なぁお前、帰ってくれ。」
「なんでですか?」
覚醒剤使用者はお断り。」
デパスっすよ、デパス。」
「ウソつくな、死ぬ気やろ。」
「彼女がツラいんすわ。」
「別れたらええやん。」
「愛しすぎててそんなこと出来ないっすわ。タカショー!!ウイスキーのストレート!」
「ヒッピーさん、飲み過ぎっす。これ飲んだら外で待っててください。店終わったら、付き合います。」
「出てって欲しいんか。」
俺はストレートを飲み干し、外に出て、ジムビームでデパスを流す。
今日何錠飲んだかなんて、もう忘れてる。
ラムネみたいに食ってたって表現がよくあるが、オレはラムネよりも遥かに多く食ってた。


タカショーを待ってる間、歩き回りながら、1h 10000のカンバンを見つける。
黒いボックスのようなその店舗に入り、女の子の写真を眺める。
「優しい子がいいッスね。。」
「だったらこの子とか。」
「お願いします。」
コーヒー屋のポイントカードを渡されて、笑っちまう。
外にいる女の子と手を繫いでラブホテル。
シャワーを浴びて、冷房の効きすぎたベッドの上寝転んでると、女の子が舐めてくれる。
「なんでこの仕事してんの?」
「応援してる人が居るから。」
口に出す。
俺には、優しさ、ってのが分からない。
ただ、デパスウイスキーだけが確実に俺に優しくしてくれる。


真っ暗なきったねぇバーの端っこで目を覚ました。
「あー、すんません。」
「いやいや、いいよ。」
「オレンジジュースください。タカショー、すまん。」
「いいっす、大丈夫、気にせんで下さい。」
オレンジジュースを飲みながら、うつろな眼で、タカショーとパンクスが話し込んでるのをぼんやり聞き流す。
腐りきった朝日が眩しくて、心地良いのに、その心地良さにムカつきながら、のんびりと歩を進める。
「帰りたいわ。」
「家ですか?」
「うん。」
ウチに帰って、泣きながらのんに謝る。
「頼むから、もう、別れてくれ。」
「ムリ。」
「このまんまやったら、俺、死んでまう。」
「ええやん、死んでも。うちなんかもう、悟りじゃないねんけどもう、何もかも全部分かってん、余りにも分かりすぎてて、うち、うち、もう誰にも話すヤツおらへん。」
「どういう意味?」
「ほらな、分からんねん、誰にも。」
「俺はお前のこと分からん、だから別れよう。」
「ムリ。お前が浮気しても、別れヘん。浮気しても良いで、お前はな、赤塚不二夫みたいなモンや。」
「なんやねん。」
「お前には、オンナが2人居る。」
「のんちゃんだけにしたいねん。」
「お前にはムリ。お前にはそんなことはムリ。」
ウィスキーを回し飲みする。
「行くとこまで行くしかねーか。」って思いながら、溜息を吐き出す。


「取り敢えず量が分からんから、半分こしよう。」
二人でクスクス笑いながら、咳止めシロップを一気に飲み干し合う。
30分後くらいに、二人でゲロを吐くと、めちゃくちゃゆったりとしてきて、寝転ばずにいられなくなる。
二人で手を繫いで、寝転んで、揺蕩う憧憬を流していく。
ケータイでピンクフロイドのechoesを再生して、まぶたの裏で、イルカが紫色の空を飛んでいくのを二人で眺める。
次の日起きると、少しだけ気持ち悪かった。


プッシーとアネトンを乾杯する。何度も言うが俺たちは、ストレイトノーチェイサー、スプライトで薄めたりなんて煩わしいことはしない、直で一気だ。隣で2本目を一気してるこのイカれたヤツは、カルーアもミルクで割らずに飲むんだぜ?
もちろんだろ、BGMはEchoes。最高の気分で揺蕩う。
風邪薬でやられちまったみたいな、そんな、そんな気分で、のんびりと公園まで歩いてく。
普段見えない星まで見えてるみたいな、キラッキラの空の下、ギラッギラの目つきした末期のジャンキーが、メッキを剥がすためにキマッてる。


ウチに帰り、プッシーが3本目を開け、俺も1本追加する。
ひたすらプッシーが、ツラかった過去とやらを陳述し続ける。
うぜぇ、知ったこっちゃねぇ、お前のトラウマなんて、過去なんて。
俺は今、現在進行形で、20年間生きてる中で一番厄介な問題に取り組んでる最中なんだ。いちいち昔を振り返ってる暇なんか無い。
悩んでられる内が幸せだ。悩まなくなったら終わり。
悩んでる暇があったら俺はクスリで流す。


次の日起きると、強烈な気持ち悪さだった。体がガッタガタ。
「おはよう、たいせい、髪の毛で遊んでイイ?」
「いいよ。」
三つ編みにしたり、ワックスで固めたりしてのんが俺の髪の毛で遊んでる。俺はジャックダニエルを飲んで、ご機嫌だ。
プッシーはと言うと、さっきから1時間くらいずっと、耳を塞いでうずくまってる。
「プッシー、とにかく俺らはヤバい。何か腹に無理矢理詰め込もう。」
「待ってナ、待ってナ、あー、やばい、やばいほんとにやばい、俺もウイスキー、くれ。」
ジャックダニエルを渡す。
「じゃあな、のんちゃん、愛してる。行って来る。」
「うちも愛してる。」
学校に着き、俺たちは分き目も降らずに中華食堂にまっしぐら。
日替わり定食のご飯大盛りを、無理矢理ひたすら、流し込む。したら、元気になったような、気がするんだ。
俺はこれを、是非とも普及したい。クスリの開けは、無理矢理中華料理を突っ込んだらマシになるって理論を。


「俺、わりぃ、もう辞めるわ。」
「へっ?」
「俺、なんか前の咳止めで、吐き出してぇこと吐き出せた。」
「そうか。」
「またなんかあったら、いつでも呼んでよ。」
「おう、また遊びに誘うよ。」
二人で、最後にタバコを吸う。俺のKoolと、プルのゴールデンバッドを交換して吸う。
「やっぱバットは、バッド入る。」
なんて言って笑いながら、俺は寂しさをひたすらウイスキーで流し続けた。


「なんか、効かなくて。」
「でも、まだ一ヶ月経ってないよ。」
マイスリーが60、デパスが180、ロヒプノールが90、それからソラナックスを90、お願いします。」
外に出て、カルピスでソラナックスを4錠流す。
ゾンビみたいな感じの気分で、藤井寺の駅前、遣る瀬ない気分で、のんと待ち合わせて、ソラナックスで苦いだけのメシを青空の下で食いながら、
「なぁ、俺、行くよ。」
「うちも連れてって。」
「いいよ、じゃあ、金渡すから、夜行バスのチケット買いな。向こうで落ち合おう。」


ラリってるのがシラフみたいな状態だ。ウイスキーを飲みながら150円の切符で、まずは愛知を目指す。
エリミンのことで話があるんだけど、」
なんて女の子に言われたらそりゃ、胸も高まるってもんだ。胸が高まりすぎたら、落ち着けなきゃな。俺はデパスを口に放り込む。
大須公園。
「ちょっと、信じられない。デートに普通、クスリキメてくる?」
「普通って、何?インスタに青いベロの写真載せてる割に、今、シラフなんや。」
「そりゃあ、ねぇ、」
「で、エリミンの話って?」
「あ、ワンシート20000で、」
「はっ?20000?ふざけんな。」
バカらしい。俺はInstagramにアップするためにクスリをやってるわけじゃない。見栄に高ぇ金出すなら、実質を伴うロヒプノールで充分だ。


ウイスキーを飲みながらプリクラ、じゃあまたね。セックスもクソもあったもんじゃない。
クソッタレ、クソッタレ、クソッタレ、惨めな負け犬みたいな気分で、血眼で俺は、ワケの分からねぇ雑居ビルに入って、女の子の写真を見る。
「優しい子で。」
うっすい彫りのだっせぇタトゥーのオンナを見てると笑けてきた。
ベッドに寝っ転がり、早々に口の中に出す。膝枕されながら頭を撫でられる。30手前のオンナ、俺は今、極上の気分だ。
「クスリ辞められへんツレがおってな、困ってるねん。」
「あらあら大変、そんなん、離れてしまえばいいんよ。」
「離れられへんねん、それがなかなか。」
黙って頭を撫でられる。
漫喫でリュックサックの中に突っ込んでた、この前咳止めと一緒に買ったウットを9錠、ウイスキーで無理矢理流し込む。
ふらー、っと、うつらうつらした視界の中でKikagaku Moyoを聞く。
段々と俺は気絶してって、起きたら、昼の2時だった。


延長料金を支払って電車に揺られながら、俺はウットを1錠、ウイスキーで流し込んだ。
350mlを1本開ける頃にはもう夜になってて、東京に着いていた。
「新橋から、190円、」
「はい、どうされましたか?」
「切符落としまして。」
190円支払い、東京駅で一旦降りて、地下鉄で新宿に向かう。
東京、この冷たい街が俺は好きだ。京都も好きだ。でも、大阪だけは、大嫌いだ。
新宿で降りるとおっさんが3人、地べたに座りながら飲んでいる。
「すいません、ゴールデン街ってどっちですか?」
「あっち。でも、兄ちゃん。」
「はい?」
おっさんが地べたを指差す。
「ここがほんまのゴールデン街や。」


「オレンジジュース下さい。」
「飲まへんの?」
ウイスキー開けてきたばっかで。」
俺はオレンジジュースを飲む。ひたすらに、視界が、ぼんやりとし続けてる。
隣に、働くオッサン劇場の野見さんが居て、握手して貰う。
野見さんは、完璧に、野見さんだった。
エリさんは、完璧に、エリさん。
なのに俺はクソガキで、単にラリってるだけの小僧。
途中で外人が二人来て俺とエリさんに混ざり、一緒に外に出るとドレッドヘアの男が居る。
「ヤーマン!!」
エリさんがドレッドヘアの男を、思いっ切り蹴りつける。
「今日、誕生日!蹴らんといて!」
「ヤーマン!!」
「ヤーマン!!」
5人で神社に行き、爪楊枝みたいに細いジョイントを囲んで吸い込む。
俺は一服だけ貰って、後は遠慮した。俺は大人数で吸うのが、大っ嫌いなんだ。
ぼんやりする視界を眺めながら駅に向かう。
「八王子行き、八王子行き、最終列車、10分後に、」って電車に乗り込む。


「オロエエエエエエエッ!!」
「ウソやろ?マジかよ!!」
悲痛な叫び声が聞こえる中、俺はケタケタ大笑い。近くに居たヤツらがみんな、ゲロまみれになっている。
比較的酔ってないし、ゲロのかかってない俺とドレッドで、無理矢理エリさんを担いで外に出す。
オロエエエエエエエッ!!オエエエエ!!
俺はゲロを食べようと、ズボンに付いたのを指で掬った。匂いを嗅いで、やっぱり辞めておくことにした。
胃液とカクテルされて腐った赤ワイン。酸味が目にしみる最悪のゲロだった。
ひたすら笑い続けながらエリさんの背中を撫で続けてると、八王子の終電が行っちまった。
「そのゲロ、水で流しなさい!」
おばちゃんにvolvicを渡され、俺はエリさんに飲ませる。それから、ゲロを水で流す。
「アホやなぁ、余計に広がるだけやん。」
エリさんと二人でゲラゲラ笑う。


ドレッドが、「なぁ、俺、今日、誕生日なんだよ。」って、小さく呟いた。
「おめでとうございます。」
「俺、飲みなおすよ。」
下を向いてとぼとぼとドレッドが歩き去って行った。
さっきのバーでキスした外人と二人で、エリさんをタクシーに乗せる。
「なぁ、写真撮ったるから、二人でキスして。」
ってのは、エリさんの要望だった。俺は、オトコとキスさせられた。唇の柔らかさって、男も女も一緒なんだな、って思った以外には全く、何も感じなかった。
さっきキスした名前も知らねー外人のオトコが、運転手に住所を伝える。
「アーーーー!!!猫が!!!帰らないと!!!猫が!!!!」
エリさんが泣き喚く。
「ダカラ、サッキ言ったジャン、ボクの家で取り敢えず、ッテ、猫は明日すぐ帰ったらダイジョウブよ。」
「アー!!!アー!!!」
俺はエリさんの肩をひたすらさすり、何とか落ち着かせる。
「エリさん、大丈夫っすよ。大丈夫。」


先に外人二人が降りて、俺はエリさんと手を繫ぎ、ゆっくりと外人の後をついて行く。
エリさんが立ち止まる。
「しっとは、良い子、良い子。」
俺のことなんも知らねーし、俺もこの人のことなんも分かんねー。ただのよっぱらいが、半分眠りながら抜かした「良い子、良い子、」ってコトバに、俺は、俺は、母親を思い出した。
「もう、鍵、開いたヨ。」
「もうちょっと、もうちょっとだけ。」
俺は、しばらく涙を我慢しながら、
「そうなんすよ、俺、頑張ってんすよ、」
って、笑いながら。


ブラの中から出てくる2gって書かれたパケの中身は、相当てらってらの極上モン、12000円を手渡す。
「しっと、眠剤ある?」
「ありますよ、マイスリーロヒプノール。」
「ロヒは8錠欲しい。」
「ヤバいっすよ。2錠でぶっ倒れますよ。」
「昔100錠飲んで、1週間入院したことあるから。ロヒだけ効かへんの。」
「なんでそんな飲んだんですか?」
「1週間くらい寝てたかったから。入院したから、おかげで寝れたわ。」
マイスリーなら?」
「1錠でいい、貰える?」
マイスリーを1錠手渡し、一人でベランダに出て、ウィードを混ぜたわかばを吸う。
中に入り、ソファベッドでのんびり寝そべってると、ロフトでゴソゴソと音が鳴る。俺は察して黙って寝たフリをかます
「しっとーー!!!!あの二人エッチしてるぅ!!!」
黙っといてやれよ、
「しっとも上がっておいで!!!」
無茶苦茶だ。ロフトに侵入し、エリさんと外人のオンナがキスし始めて、外人のオンナはと言うと、男に突かれてる。
シングルベッドで、俺はエリさんのケツに手を伸ばす。
でもなんとなく、辞めておく。それ以上はしようとせず、ただ時間が過ぎ去るのを待つ。余りにもヤバすぎて、草の酔いが全部飛ぶ。
東京1日目は、こんな始まり方だった。


渋谷でラーメンを食う。久々のシラフで臨む、侍の硬め濃いめ多め。
心に強烈に沁みまくる美味さだった。
交番前で女子高生を待つ。カメラをぶら下げた女子高生が歩いてきた。
「ヒッピーさんで合ってますか?」
「そー。」
「ユカさんの友達って、本当なんですか?」
ユカのファンの、写真の専門学校の女子高生を、ツイッターでナンパして置いたのだ。
でも、昨日のあの出来事に比べて、この女の子は余りにも普通すぎて退屈で、コーヒーを飲みながら今にも眠っちまいそうだった。
何枚か写真を撮らせ、デジカメに手を伸ばす。
「俺の目に映る中で、今、一番美しいモノを撮ったるわ。」
地べたにしゃがみ込んで、太ももきわっきわで写真を撮った。


「しっと、おかえり。」
「おかえりって、ヤバいな。久々に言われましたわ。」
「お風呂沸いてるよ。まずは一服どうぞ。」
至れり尽くせり、極まれり。
6畳の狭い部屋で胡座をかきながら、ゾウのガラパイで一服する。
白猫のパイキーを撫でてると、エリさんが冷蔵庫から、水を出してくれる。
こんなにも完璧に何もかもしてくれたら、頭がおかしくなるよ。
俺が住むのはゴミだらけで、玄関のガラス戸は割れて、赤ワインがこぼれたところに虫が溜まってる、洗濯物まみれで匂う、換気した覚えのない家だ。
俺の部屋には吐いたゲロがそのままになってる。
のんちゃんが俺に水を持ってきたことなんか、一度も無い。
「肌荒れてるから。」
ってレモンゼリーを手渡された瞬間、俺は涙が出てきた。
「勘弁してくださいよ、エリさん。優しくしないで下さいよ。」
マイスリーのお礼って言いながら渡されたハルシオンを、俺は飲まずにポケットに突っ込んだ。
草を吸っての久し振りの風呂は、極上だった。
風呂から上がって、電気を消す。ソファに寝転びながらパイキーを撫でてると、エリさんが起き上がり、ヨガをしている。
「寝れないっすねー。」
「寝られへんよなぁ。」
なんて言いながら、1時間くらい薄くアンビエント流して、なんか俺はすげー、うまく言えねえけど、さみしくなった。


次の日の朝、俺は驚くべきコトにシラフで目を覚まし、シラフのまんまでエリさんと散歩する。
「パン屋さん、美味しいかな?うちは美味しいと思うんやけど。」
「いやー、もう朝ご飯なんて食べるの、一年ぶりかも。」
夢見てるみたいな気分。母親みたいな、強烈に母親みたいな愛を、優しさでキマりまくってるのに、クスリなんて、要らない。必要ない。
家に帰ってコーヒー飲みながらパン食って、猫撫でて、服着替えて、俺はもう、unionで音源漁る元気も無い。クスリをやる前は50枚以上掘って持って帰ってたってのに、こっちにきて買ったのは、タンジェリンドリームの初期一枚だけ。
何もやる気がしない。でも、イライラして気が狂いそうで、バカみたいな距離をひたすら一人でウイスキー飲みながら歩き続ける。クタックタになりながら、何をしたら良いのか分からない、どうすれば良いのか分からない、ヤタケタな気分で、夕方まで歩き続けて、ふらっふらで、鶯谷に向かい、カゼさんに会った。
「草、ある?」
「あるっすよ。」
「えっ、まじ?足んないの。ほんの少しだけくんない?」
「任してくださいよ。なんかあります?コークとか。」
「アシッド半枚、でしょ?後はなんか、ADHDとかわけわかんねぇビョーキの特効薬。外国のヤツね。」
「持って帰ってきたんすか?」
「うん、バレねーやり方があんだよ。」
レジで、カゼさんが小銭を出そうとする。カゼさんの小銭入れは、ガンジャでベトついてるパケだった。
「カゼさん、パケの小銭入れはヤバすぎでしょ。」
「バレねーよ、バレねー。これ、便利だろ?」
アホらしくて笑えてくる。
「オンナって、何でこんなに、」
「一番難しいっすよね、オンナが。」
なんて、バンドの話なんかより、お互い女の話で盛り上がって、カゼさんが草を吸い、俺はウイスキーを呷って眠りこんだ。


「しんどい、しんどい、しんどいしんどいしんどい、しんどい、」
絶え間なく通知される一人の女からによる、全く同じメッセージの羅列。気が滅入る朝が始まる。俺は、ウィードをリュックに隠して新宿まで歩いて行く。
合流してすぐ喧嘩して、何処行くかで揉めて、口も聞かずに下北沢。
「うわ、あはは、見ろよアレ!!何者かになりたがってるヤツらの群れ!!」
「うるさい、声でかい。」
「気色悪い、芸大みたいな街やな。」
二人で下向きながら歩いて、のんと王将でビール相手にレバニラ、唐揚げ、チャーハンなんかを詰め込む。
満腹で、疲れ果てて、草臥れ果てて、ネカフェの狭っまい個室で二人で、くっつきあって、2時間くらい眠った。
のんちゃんを抱き締めて、匂いを嗅いだ。
「浮気した?」
「してない。」
「うちずっと、不安やった。今回こそ浮気されるんちゃうかな、って。いまごろしてんのかな、って。」
涙を流される。
「ごめんな、俺にはお前しか居らん。」
「うん、知ってる。」
「で、これ。草。」
「うわー、実物こんなんなんや。吸う?」
「帰ってから吸おう。流石に、アイツらに会うのにラリってたらヤバい。のんちゃん、」
「ん。大丈夫、アラームやっとくから。」

 

3.

 

バイキングなんか、大嫌いだった。食いたいモノが何一つ無くて、ローストポークとカレーを無理矢理胃に押し込みながら、椅子の上で死ぬほどフツウのフリをしてる俺とのんとエイキを、エイキの叔母が写真に撮った。
車の中、叔母が旦那に
「今日はね、お母さんに電話したの。偉いでしょ、褒めて。」
「よしよし、よく頑張ったね。」
なんて言い合ってるのを眺めてると、のんと目があった。
のんが耳元でぼそりと呟く。
「あぁはなりたくないな。」
「うん。あぁなるぐらいなら、今の俺らのまんま生きた方がまだマシ。」


猫が俺らのリュックを嗅ぎ続けてる。草の匂いが気に入ったのか?
のんが勘繰る。
「葉っぱ持ってるのバレたら、」
なんて耳元で言うもんだから、俺も滅茶苦茶勘繰る。取り敢えず俺達二人の部屋に案内して貰って、草を入念に隠す。
「この本、エリさんに借りてん。」
見ると、猫のおしっこがかかってた。なるほどな、二人で胸をなで下ろし、死ぬほどフツウのフリをする。


新宿で、叔母とのんが喫茶店に行って、俺とエイキはユニオンで時間を潰し、夕方、4人でカラオケに行った。
のんは尋常じゃなく歌が上手い。こんな歌の上手いオンナは、まぁ居ない。
でも、エイキも負けてねーくらいスゲー。釜山港が十八番。
「死にたい朝また目覚ましかけて、明日まで生きている。」
なんつー歌だこれ、圧倒される。
「今のヤバかった。誰?」
「ピーズの、生きのばし。」
俺が歌うのは、くるりのマーチ。
「鮫みたいな肌で擦れ違う、傷を作っては愛す
これが夜空に浮かんでは、
消えることはなくなるってことかい?
明日が昨日じゃなくて、明日だと言うこと
信じるだけなのさ。」
実際、アトピーののんちゃんの肌は、鮫みたいだった。俺の歌った曲が入ってるアルバムの図鑑、に入ってる街、って曲は、1年の頃の俺にそっくりだってのんちゃんがよく言ってた。


のんちゃんが夜行バスに乗るのを見送って、さぁ、これからどうしようか、って思った。俺はもう一泊してから普通電車を乗り継いでウチに帰った。
酒もクスリもやらず、シラフで、ひたすら、
さぁ、これからどうしようか、
って声と向き合い続けた。
本当にこのまんまクスリをやり続けて壊れて死ぬ気か?
セラピストの叔母に聞いたところによると、AAだかNAだかって団体に話しに行くと、もしかしたら治るかも知れないらしかった。


「俺は、最近AAに通ってんだよ。お前、何ヨレてんだよ。しっかりしろよ。」
対バンが決まってたエイジアのライヴが中止になった。
「もっとナチュラルに行こうぜ、ナチュラルに。」
何がナチュラルだよ、ふざけやがって。お前、アルコール辞めて、AAに依存先が変わっただけじゃねーか。
俺は、ヘラヘラ笑いながら腕に、Naturalってシャーペンの銀色の部分で刻んだ。
「のんちゃん、俺、NA行こかな。」
「行く?ついていったるわ。」
「めんどくさない?」
「治るかもしれんやん。」
「治ってさ、のんちゃん、俺らこの先に未来なんかある?」
「子供作る?」
「欲しいな。」
「お前ゼッタイ育てるの上手いよ。」
「そうかな。」
のんちゃんとお風呂に入りながら、そんなことを話した。


ガラス戸が開く瞬間狙って、750mlまんま入ったジムビームの瓶を投げつけた。
ガラス戸が割れ、ジムビームが破裂し、親父はすんでのところで当たらずに避けた。
「悪かったわ、悪かった、俺が悪い、」
「ウッサいボケ、お前に殴られてよ、俺はこんなぶっ壊れたヤツになってもうたんじゃ。」
思いっ切り蹴りつけ、殴り続ける。
「赤ワイン飲んでるんか。」
「そうや。」
「俺はもう、酒はダメで。あのなぁ、俺、殴ったこと、覚えてないんや。」
「覚えてないて、お前殺してもうたろか?」
「おかんに、あの冷たい目で見られたら俺は、頭真っ白になってもうて、気が付けば、もう、俺は頭オカシイねん、分かってる、悪かった。」
・・・なんとなく、親父の気持ちが分かった。
「いいよもう、いい、もういいわ。」
「すまん。お前、のんちゃんだけは大事にしろよ。」
「大事に仕方がな、分からんのや。」


「金髪に染めたい。」
「ブリーチ買いに行くか。」
フラフラしながら薬局で、ついでに咳止め2本買って、のんちゃんが家に帰って、髪を染めて、眉毛を剃った。
クッタクタに疲れて、クスリを食う気にも、酒を飲む気にも、なれない。
俺は腕を切りまくって、タバコで焼きまくった。暴れて、叫んで、ドアをぶち壊し、ワインをぶちまけ冷蔵庫を倒し、中身が全部こぼれて、小麦粉が宙を舞った。
部屋の中でひたすら14時間くらい、ゲームをし続けてるのんが、トイレをしに降りてきて、ケラケラ笑う。
「何これ。ぐちゃぐちゃやん。」
「ごめん、俺、クスリ辞められへん。」
「いいよもう、一緒に死のう。」


のんが何やら準備をしてる。スマホで何やら調べながら、マフラーを括り付けている。
部屋に戻って、ロヒプノールを4錠突っ込んで、無視しようとする。
アリスインチェインズを聞きながら、ぐっちゃぐちゃに散らかりまくった部屋の中で、何かにおびえて蹲ってると、ノックの音が聞こえた。
「あはは、死なれへんかった。マフラー千切れた。」
「・・・」
「あともうちょっとやったのに。」
「いいからもう、向こう行ってくれ。」
自殺なんてするな、なんて抜かせってか?助けろってか?
助けた先の未来を何一つ提示してやることの出来ない自分を無理矢理打ち消すかのように、ジムビームをひたすら流し込んだ。


そんな殺伐とした中で、俺達は草を回した。のんちゃんは楽しそうにしてたが、俺はゲンナリするだけだった。
「酔ったお前嫌いや、偉そうやねん。」
「何がよ。うるさいなぁ、お前の方が偉そうやわ。」
草を吸えば平和になる?一緒に酔っても、ただ喧嘩になるだけだった。


地獄の家、ヘルハウスにプッシーとエイキが来る。
プッシーが俺の腕の傷を見て、溜息をつき、意を決したようなツラして、慰めずに俺を笑わせようとしてくれる。
「なぁ、お前ら、なぁ、のんが、首吊った。」
そう言って、俺は便所に行った。
帰ってくると、エイキがのんの部屋に行ってた。
「ねぇ、首吊ったとき、どんな気分だった?」
俺はエイキの首を思いっ切り絞めた。
「お前、ふざけんなよ、お前、どんな思いで俺がさっきお前らに相談したか。」
「うるさいよ、関係ないだろ?俺はのんちゃんと話してんだよ。」
「お前マジで、殺すぞ。のん、すまん。」
「うちはいいねん、別に。」
そんな中で、今までで一番最低のライヴをした。
もう、終わり。もう、何もかも終わり。たった2回のライヴでバンドは解散。
俺にはもう、何もない。


いつものように、デパスウイスキーで流す。タバコの中身を出して、ガンジャを詰め込んで吸っていく。
さっき吸ったことを忘れてまた吸って、吸って、吸って。
ロヒプノールも飲んじゃえ、ウッドも食っちゃえ、大量のカフェイン錠、うーん、どうせなら咳止めで流しちゃえ。
強烈な眠気が来る。折角ラリってきたのに、眠っちゃもったいない。
コンビニにコーヒーを買いに行く、って書き残して、

無言で俺のことを見つめる水木しげる
世界は白黒で、俺は誰かに連れて行かれてる。
「彼女と一緒に死のうと思ったんや、彼女がこの前首吊って。」
俺は懸命に叫んでる自分を幽体離脱して眺めてるだけみたいな気分。

目を覚ますと、自分の部屋に居て、取り敢えず俺は寝起きのジョイントを吸ってから、のんの部屋に行く。
「のんちゃん、ひざまくら。」
俺はのんの太ももに顔をうずめる。
「撫でて、撫でて、」
頭を撫でてもらう。心地良い。
「なぁ俺、昨日何してた?」
「朝、警察に連れられて帰ってきた。」
「ポリ?やばいやんけ!やばいやんけ!ガンジャバレたんちゃうんけ?」
俺は飛び起きて、勘繰る。
「大丈夫、大丈夫、ゼッタイ大丈夫。」
部屋に戻り、惨劇を目撃する。
100錠以上飲んでて、咳止めは2本半、ジョイント10本、2gの草がほとんどなくなってる。
財布の中身が、小銭しかない。
取り敢えず落ち着こう、一旦トイレに行こうって、階段を降りていき、ションベンをしてると、強烈な幻覚が見えた。
家全てが、緑色に溶けて、そのまんま緑色に俺は包み込まれて、何もかも全部、緑色の中に消え失せた。


目を覚ました時には、4日が過ぎていて、その間俺はずっと昏睡していた。のんちゃんと二人で手を繫いで弁当屋さんに行き、俺は唐揚げカレー、のんちゃんが明太のり弁を食べる。
セブンに寄って、店員に聞く。
「俺、この前この店来たとき何してました?」
「あっ、店の前で倒れてはって、呼吸止まってる、ってお客さんが通報して、救急車来て、その後息吹きかえして、警察に保護されてましたよ。」
「迷惑かけてすいません、ちょっとお酒飲みすぎて。」


「しんどいよなぁ。」
「・・・しんどい。」
「タバコ、吸って良い?」
「うん。」
ジュンク堂の前で、ヨツバちゃんにかからないように気をつけながら、タバコを吸う。
リュウも、吸ってたな。」
「今は、彼氏は?」
「居るよ、でも、誕生日プレゼント、信じられる?ナシなんだよ。母親は相変わらず酒飲んでるし。」
2階の文庫本コーナーで、俺はダダをdigり始めた。
「オススメ、ある?」
「うーん、ツァラ。」
トリスタンツァラを渡す。
「よく分からないけど、読んでみる。」
のんちゃんとは全然違う。俺の後ろをついてきて、これ面白いよ、とか言ってくる。
たまらないほどかわいい。金髪のショートで、クラッチバッグを持ってる。化粧はケバくて、キラキラしてる。
カレー屋に入り、メシを食う頃にはだいぶ緊張も砕けていた。


「アタシ、彼氏居ても、すぐ、誰とでも寝ちゃう。」
「そうなん?別に、バレへんかったらいいんちゃう?」
「誰とでも寝ちゃううちって悪い子?」
「良い子、良い子。」
「疲れたなぁ、休みたいなぁ、」
「おっけ、じゃあ座ろう。」
階段みたいなトコでタバコを吸う。真横にヨツバちゃんが座ろうとする。俺は、一段下に下がる。ヨツバちゃんも下がる。
「すいませーん、ここタバコダメなんですよ。高校生?年齢確認させてもらってもいいですか?」
二人でクスクス笑いながら学生証を出す。
「良いですねー、カップルですか。」
カップルだったら良いんですけどね。もういいっすか?」
警察が去ってからスグ、タバコに火をつけた。


「バイトまで後、1時間もある。」
「うん。送ってくよ。」
「休みたいな。」
「休む?」
「遅刻してもいいねんけどな。」
「あかんやろ、それは。」
ホテル街でそんなこと言われながら俺は、地下鉄まで歩いて行き、バイト先の駅で一緒に降りて、改札まで送り届けたんだ。俺って紳士だろ?
当たり前だ。いくら可愛いとは言えど、昔のツレのオンナに手を出すほどクズじゃない。


「はぁ、しんどいなぁ、また浮気しちゃった。」
「もー、ダメですよ?でも、俺もまたクスリ食っちゃった。」
「もー、ダメですよ。」
「なぁ、ヨツバちゃん、愛してる。」
「えー、ほんとにー?」
「愛してるってぇ、」
ポケットに入ってたハルシオンを食って、電話しながら俺はニヤニヤ。
「好き?なぁ、俺のこと好き?」
「好き、好き。」
「じゃあ、俺の全部見て。」
俺は荒れ果てた家の写真を送る。
「頑張ったね。」
そんなこと言われちゃもう、ダメよ。
電話を切って、のんの部屋に入る。
「丸聞こえ。愛してるとか、俺の全部見て、とか。気持ちの悪い。」
「のんちゃん、のんちゃんが一番愛してるよ。」
「知ってる。お前は、ウチと離れられヘんねん。」

 

4 

 

「最後に一軒だけ、バー。もしかしたら。」
「行ってみる?」
「俺らのこと分かってくれるかもしれへん。」
「飲むの?」
「・・・辞めとくわ。」
のんが部屋に戻って着替えてる間、俺はポケットの中の錠剤なんかを取り出して、部屋の中に投げ捨てた。
もう、うんざりだ!!
キメてばっかりで、シラフなんて寝起きからウイスキーに手を伸ばすまでの数十秒だけ。そんなのもう、いい加減にうんざりだ。

 

「咳止めは、辞めた方が良い。バツ食ってる方がまだマシなぐらいカラダに悪いよ。」
「・・・辞めたいんすけどね、」
「もう、限界じゃない?のんちゃんそれ、痣なんじゃないの?」
「・・・」
「別れた方が良いよ。」
のんはビール、俺がオレンジジュースを飲みながら、薄暗い酒吞で話を聞く。
「二人はね、共依存って言うんだ。」


30分くらいで店の外に出た。
「簡単に別れられたら苦労しませんわ。」
「もう諦めてる。なんかもう、あはは、」
「次の店行く?なぁ俺、飲んで良い?」
「飲もう!飲もう!」
二人で勝女に入ろうすると、
「すいません、身分証、、。」
のんには身分証が無かった。
俺はドアを蹴りつけ、外に出る。2軒目も同じ結果だった。

 

道頓堀のドブ川の手前で寝転びながら、のんがピアスを開けてるのを眺めた。
「ひぃーっ!痛そう!!」
「ここは痛いなぁ、軟骨やから。」
「何で自分のカラダに穴開けるん??わけがわからんわ。」
「お前も、腕焼いてるやん。」
ひざまくらで、淀んだ視界を見渡す。サイテーのテンションで、二人でぼーっとタバコ吸う。
「ラブホ行ったことないよな。行ってみる?」
「いいよ。」
「カラオケは?」
「カラオケでもいいよ、もう、なんでもいい。」
「そうやな、もう、どうでもいい。」
エリさんは、理解してくれてる。あの人も似たような理由で首吊っていた。あの人だけが、俺らに別れろとは言わなかった。二人共の共通の友達が出来たら、少しはラクになるって言われてたけど、もう、疲れたわ、草臥れたわ。

 

「愛しても、愛しきれない夜に、
疲れすぎたけど、今日もまた、
答えのない疑問を抱いて、あぁ、
眩しい朝日を、待ってる。」
のんちゃんがそう歌った瞬間、俺は立ち上がり、ドアを開け、便所で吐きまくった。
突き刺すみたいなコトバだ。一体誰の歌なんだ?
愛しても、愛しきれない夜に、疲れすぎたけど。 その通り。
今日もまた、答えのない疑問を抱いて。 その通り。
眩しい朝日を、待ってる。 その通り。
何もかも全てが、ハッキリと、バッチリと当てハマっていた。
よだれを袖で拭いて、部屋に戻って、号泣した。
「今の、誰の歌?」
たいせーが好きな、UAの情熱やんか。」
「今まで情熱聞いてても、ここまで感動したことない。こんなんもう、お前の歌やんけ。」
「ありがとう。お前は歌わんの?」
「歌わん。歌えん。もう疲れた、のんちゃん、ひざまくら。」
とんでもねぇ、イカレた夜の狭間で。イカれた君はベイベー、イカれたボクのベイベー、夜の隙間でキスする。
愛されても、愛され切れない夜に、疲れすぎたけど、だっけ、さっきの歌詞。
ネカフェでブラ取って、抱き締めて、胸に手を置いて、だらしねー背中眺めてると、眠剤無しで知らない間に眠ってた。

 

「あのなぁこれ、見て、見て、」
「何ソレ。」
「アニメで、」
「アニメは興味ない。」
「違うねん、音楽が、」
「音楽なんかこんな朝っぱらから聞きたくない。お前、寝てないんか?」
「ちょっとだけ寝たよ。もういい、もういい。」
「なんやねん、アニメがなんやねん、」
「もういい。」
最高の夜も眠れば裏返し。俺は離脱症状でしこたま気分が悪い。お日さんのあったかさが余計に気を滅入らせる。
「また、ゾンビの夢見た。」
「もうその話も聞き飽きた、聞き飽きた、聞き飽きた、聞き飽きた、ぶっ壊れたターンテーブルで、同じレコード何回も繰り返し聞き続けてるみたいや。」
「なんやねんおまえは、」
「もう黙れ。どっか行こう。動物園は?」
「行く!!先生に会いに行こ!!」
「先生に久し振りに会いに行くか!」

 


「おっちゃん、マンドリルどっちですか?」
「あっち。」
おっちゃんがにこって笑う。俺達は思いっ切り全速力で走る。動物園に着くなり真っ先にマンドリルに直行するのなんて、多分この日本で俺達ぐらいしか居ない気がする。
ガラス張りの中で相も変わらずオナニーし続けてる、あの時まんまの先生が居た。
「先生やな、すげえわ。」
「すごい。うちらなんか、先生に比べたら、まだまだひよっこもいいところやわ。」
俺達はそのまんま、何にも話さずにマンドリルが1時間くらいオナニーしてるのを、ぼーっと眺め続けていた。
先生は、女が近づくとオナニーし、オトコが近づくと牙を剥いた。試しにやってみた。
俺は牙を向けられ、のんはもう、とっくに何も出なくなってるちんこを向けられていた。


「見ててみ、吠えるであの子。3,2,1」
脚を蹴り上げて、よく分からねー見たことないような動物が、確かに吠えた。
「ほんまや!何で分かるん?」
「うちは、動物の気持ちが分かる。なんで吠えたかも分かる。あれは、虎とかキリンに比べたらマイナーな動物やろ?誰も見てくれへん。でも、うちらが見始めたから、嬉しい、俺ら久々に見られてるで!サービスしたろって、吠えるねん。」
「なるほどな。」
「みんな退屈してるねん。虎見ててみ。オモシロイであの子、今ほら、寝転んでる。」
「うん。」
「たいせいあっちまで行ってみ。そしたら虎動き出すから。」
のんが言ったとおりになった。
「ほら、写真撮るか?ほら、ほら、怖いか?って、演技してるねん。」
「なるほどな。」

 

カレーを買って、木の下で、ぼさーっと空を見た。
「カレー、ほんまに要らんの?」
「要らん。」
「ずっと何も食ってないやん。」
「やったら、鳩にあげてもいい?」
「いいよ。」
「頑張れ!頑張れ!見てほら、いっつもあのスズメが先見つけるのに、鳩に取られてしまうねん。」
「唐揚げカレーやから、鶏肉あげてみよう。」
鳥が鳥を食べてるのに二人でゲラゲラ笑った。
「うちは、鳥と魚が好きや。」
「それは、なんで?」
「鳥と魚は何を考えてるのか分からん。哺乳類は全部分かってしまうから、見ててしんどい。」
それからまた、先生を眺める。たまにマンドリルを見に来る女達がキャーキャー喚き、オトコがヘラヘラ笑ってるのを、二人でひたすら黙って見ていた。


「見ててみ、あの人と、あの人、降りるわ。」
「俺は、あの人とあの人とあの人ゼッタイ降りると思う。」
次の駅で降りたのは、のんの言った2人だけだった。
「超能力者かよ。」
「うちは全員が、今、何考えてるのか分かる。」
「俺が今何考えてるか分かる?」
「分かる。どうせ太ももやろ。」
「ちゃうわ。」
「お前が歩く女の子歩く女の子の脚常に見てるモンやから、最近うちも、見てしまうようになったわ。」
「ふはは。」
「しかも、うわキレイやな、とか、あ、今のたいせーの好きそうな脚、とか思うようになってしまったわ。」
ウチに帰って、俺はクスリを飲んでそのまんま気絶した。

 

「ごめんね、もう、疲れちゃった。」
「お疲れ。」
暫く返事がない。既読すらつかない。段々心配になってくる。
「ごめん、死ねなかった。」
取り敢えず電話をする。
「なぁ、もう、駆け落ちしいひん?」
「・・・ほんとに?」
「どっかテキトーに、キセルでさ、」
「1週間待って。全部、終わらせてくる。」
「分かった。なんか分かんないけど、君のこと全部見せてよ。」
「うん、あたしもヒッピー君のこと、全部見る。」

 


朝の5時、行き交う人をぼんやりと眺める。胸がバックバクする。
本当に来んのか?なんて疑いながら、クール、クール、クール、クールに火をつけて、吸って、次のを咥えて、前のタバコの残り火で火をつけて、チェーンスモーキングでひたすら待ち続ける。
「行こっか。」
「戻られへんで。」
「うん、戻られへんくなる気がして、これ、ガスの支払いの紙持ってきた。見てたら現実感、沸くかなって。」
二人で手を繫いで電車に乗る。
すっげー良い匂いがする。
「なぁ、髪の毛これ、ヅラ?」
「うん。今、坊主みたいになってる。カットモデルしたから。」
「可愛い、可愛い、ほんっと可愛いな。鞄も、ジーパンも、Tシャツも、帽子も、良い匂いだし。」
「うん、知ってる。アタシ、可愛いのになんでこんな苦労してんねやろ。ブスに生まれなくて本当良かった。ブスならツラさ2倍やもん。」
「あっ、そろそろ岡山やで。見てあれ、服、ダッセェ!」
二人でクスクス人の悪口を言いながら、岡山で降りた。

 


「おかん、アル中やの。」
「そうなん?」
「年に2,3回だけ、朝ご飯作ってくれる日があって、クソ不味くて。今日、そのクソ不味い母親のメシ、よりにもよって今日食べてきたの。」
「この可愛い顔から、そんなドクソみたいな悪口よく出てくるな。」
「なんかその時、泣けてきた。」
「そっか。ビール飲む?」
「・・・飲む。」
シラフで誘えない。うっだうだうっだうっだ、ぐっだぐだぐだぐだストーカーの元カレの話聞いたりぐっちゃぐちゃ、ヨツバちゃんは俺の今の気分が手に取るように分かってて、さっきからニヤニヤし続けてる。
駆け落ちするんだもんな、やっぱ、のんちゃん以外とはセックスしません、なんて今更言えるわけがない。
でも、リュウの元カノなんだぜ?
「はー、こんなに話せたの初めてかも。」
「でもまだ、言えてないこともあるんやろ?」
リュウのコト。でも、うーん、なんか、場所変えたいな。」
「ラブホとか。」
「ラブホとか。」

 


元ラブホ清掃、初ラブホテル、ヨツバちゃんは慣れた手つきでキーを受け取って、入る。
狭い、狭い、狭すぎる。
取り敢えずベッドに寝そべる。
「うち、しゃぶってあげるの好き。」
「なぁ、ちょ、マジで?」
「脱いで。」
「マジで?」
ズボンを脱がされる。
「やばっ、何ソレ。」
「これみんな、大好き。」
ニコッ、てやらしい笑顔にたまんなくなって、キスした、舌を捻じ込む。
キス、キス、キス、キス、キス、キス、キス、知らない間に脱がしてて、あら、以外とだらしないお腹してんだな、って思う。
ブラと、パンツは、上下違うのに、土手は残して、具の方はつるっつるに剃られてる。
俺はそれに舌を這わせる。舌を突っ込む。透明なねばっとしたなまあたたかい液体を夢中で飲み干す。
さ、準備万端、ゴムつけて、突っ込む。
のんちゃん、ごめんな。俺、今、滅茶苦茶気持ちいい。


でも、50分くらい、出なかった。
「口でしよっか?」
「ごめん、マジで。無理かも。」
「大丈夫。大丈夫。出さなくても良いよ。大丈夫。好きにしていいよ。」
抱き締められ、頭を撫でられた瞬間に、強烈な1発を中にぶちまけた。
意識を失うほど強烈な1発を。


「あたしもタバコ吸わせて。」
俺のタバコをヨツバちゃんが吸う。二人で回し合う。ライムグリーンのネイルが目に入る。
「高校の頃、ずっと吸っててん、実は。」
「そうなんや。なぁ、ゴム、つけなあかん?」
「外出せる?」
「任せて。」
突っ込んで、喘ぎ声に耳を傾けながら、腹の上に出す。
キスする。
「もっかい。」
「休憩。」
「いいよ。1,2,3,4,5,はい、休憩終わり!」
「もーちょっと、休む!もーちょっと、タバコ、タバコ吸いたい!」
「タバコ吸いながら、しようよ。」
俺が休憩したくなると、舐められていた。
犬みてぇにキャンキャン喘ぎながら、ひったすら、セックスセックスセックスセックス、4時間くらい、ずっと。

 

ヅラを取ると、オレンジ色の短髪だった。
「似合いすぎてる。かわいい。」
「のんちゃんみたい?」
「ぜんぜん違う。」
「ヨツバやから、ヨンちゃんって呼ぶ?」
ぼっさりぼさの髪の毛を洗われた。狭いバスタブで向かい合って、たまに抱き締め合って、キスしたりしながら、ゆっくりゆっくりカラダを洗いっこして行く。


俺達だけで熟成させた熱気のせいで、部屋の中がおどんでる。
ヤリ疲れて、ヘットヘトで外に出て、手を繫ぎながら歩く。
最高の夜、最高に気持ちいい夜。
二人で商店街の頭打ちにある定食屋に入る。
「カツ丼、と、何にする?」
「肉うどん。」
食ってるところを写真に撮る。はー、何してても可愛いよ。
電車に乗り込むと、オトコが羨ましそうに俺達の方を見る。自分の女のツラ見て、絶望してるオトコを眺めるのは本当愉快だ。
こんな、ぼっさぼさの長い髪の毛で、ろくに歯磨きもしてねぇような、ぼろっぼろの服着た男が、イイ女つれて歩いてんだもんな、さぞかし不愉快だろ。
席を見つけて、乗り込む。ヨツバちゃんをひざまくらしてやる。ひたすら、頭を撫でてるだけで気持ち良すぎて立ってくる。
相席で、前のヤツがチラチラ見てくるのをクスクス笑いながら「好き、好き、愛してる、」なんて言い続けてる。
今、この世界には、俺ら以外に誰も居ない。


広島駅で降りて、ヨツバちゃんが「この街、クリープハイプみたい、」って言い出す。
クリープハイプは嫌い。」
「うそー?なんぼ汚れたあたしでも、子供のころはかわいかったの、休みの日にはかあさんと、赤いべべ着ておかいもの、」
そっから壊れた機械みたいにさ、ラブホが見つかるまで、呪文のように、クリープハイプの歌詞を歌い続けていた。
1時間以上聞いてられるくらい、切実な歌声だった。


クーラーで冷えただだっ広いさみしい部屋のベッドで、ヨツバちゃんがヅラを取って裸で眠る。
俺はお湯を沸かして、部屋に戻って詩を書き殴った。
ヨツバちゃんを起こして、お風呂に一緒に入る。大量に張ってあったお湯に二人同時に入ったもんだから、大量に溢れ出る。
広い、広いバスタブ、俺達の距離は離れてる。
流れてくお湯を鮮明に目に焼き移す。


ヨツバちゃんが先に眠る。でも、俺は全然眠れない。
眠れない、眠れない、ソファに移動して、書いても書いても眠れない。
ベッドに戻り、ヨツバちゃんにキスする。
「寝られへんの?」
「うん。」
「いいよ。していいよ。」
俺は入れる。
「ヨツバちゃん、俺、怖い、怖い、俺、怖い。」
「大丈夫。うちはここにおるよ。」
腹の上に出して、そのまんま、草臥れ果てて、気絶したように眠った。


帰りの電車の中、僅かな充電の中、俺はのんに電話する。
「浮気し終わったから。天王寺迎えに来て。」
「何時頃?」
「終電、後は調べろ。いつもの所や。」
帰りの電車、ってなんだよ。全部捨てたんじゃなかったのかよ。
朝起きての1発をヤリ損ねてる。俺はイライラしてる。
むしゃくしゃしながら鶴橋まで送って、天王寺で降りてタバコを吸う。
タバコを吸う。タバコを吸う。タバコを吸う。タバコを吸う。まだ来ない、来ない、来ない、来ない、来ない、
「なんじゃあのクソオンナ!!迎えに来やがれへん!!」
なんて叫び倒してると、
ほんとに、来やがった。

 

「ごめん、待った?」
汗かいて、「走りまわってん、色んなとこ。そっか、ここか。昔よくタバコ吸ってたもんな。」
「・・・なぁっ!浮気したわ!!」
「気持ち良かった?」
「ほら!!ほら、ほら、見て見ろよ!ラブホのライター、これが証拠。」
居酒屋で、のんがビールを飲む。
俺は、この目の前で酒飲んでるオンナが、どんなオンナより一番好きなんだと、はっきしと理解した。
ごめん、じゃ、すまねーわ。
でも、しなきゃ良かったとも、思えない。
もう俺はどうしたら良いのか、本当に分からない。


5


「掃除しよう。このまんまじゃあかんと思う。」
「トイレ行く度、階段にクソデカい謎の羽虫居るしな。」
「ガラス割れすぎてるから自分の部屋まで土足で上がってるのは、やっぱりちょっと変やと思う。」
イカれた暮らしを辞めようって、二人で真面目に掃除し始めた。
ガラスを踏みつけ、血だらけになった俺に、のんが包帯を巻いてくれた。
「なぁ、きもちよかったん。」
「騎乗位、3種類もあったで。」
「良かったな。でも、お前よりキス上手いオトコ居ったから。」
「ふざけんな。」
「うちが教えたる。」
キスをしても、気が滅入るだけだった。
気が付けば夜中、家が見違えるようにキレイになっていた。


ウッドとデパスでクラックラ、ポケットには勿論ジムビーム。ラーメン屋の前で、アスファルトに寝そべる。
「写真撮ってくれ!プッシー!」
ラーメン屋に入ってラーメンを頼んで食うけど、いくら濃いめ多めでも、舌に絡み付いた糖衣のケミカルな甘さを拭ってはくれない。
ヤタケタな気分で古着屋で、店員に酒臭い息で声かけて、ネルシャツを選ばせる。
ぼやけた視界、ふらつく、イラつく。プッシーはシラフ。韓国のよく分からねぇ安物の酒飲んで、二人で酔っ払いながら喚いたりしてたのはもう、過去の話だ。
気が付けば、いつの間にか俺は、ひとりぼっち。
みんな離れていく。
自分じゃマトモなつもりなのに。
絶望的な気分でプッシーと離れ、寂しくなって、ホテヘルに入って、最悪の気分になって、気が付けば薬局、外に出て、箱をゴミ箱に捨てて、取り出すシロップ。
本当、いい気分だぜ、本当、チクショウ、チカに電話入れて、ズタボロでアパートの中に入る。
話すことなんか特になくて、クソでけぇウサギのぬいぐるみ抱き締めながら眠る。
「別れたら?」「クスリ辞めたら?」
なんて余計なコトは言わない。大体、チカもチカで、付き合ってた男がシャブやってたり、癌の手術を終えたばっかで、俺の心配なんてしてるヒマねーハズなのに。


フリスクに忍ばせたデパス、もう既に相当クラックラで、タバコを吸いながらシンジを待つ。
勝女で、
「すまん。」
って言いながら、砕いたデパスを鼻から吸い込んで、ハイボールをひたすら飲み続けた。
「炭酸水をね、ナシにしてほしいんですよ。」
「炭酸水は抜けないですね。」
「じゃあ、濃いめで!」
山芋のお好み焼き、唐揚げ、ご飯大を追加で注文して、ひたすら口に入れてウィスキーで飲み込む。
噛んだってどれも、糖衣の味がするだけだ。
シンジの三倍食った。俺は便所に行き、綺麗さっぱり食ったモノを全部吐き出した。
もう一体どれだけデパスを食ってるのか、よく分からない。


「なぁ、シンジ、オンナ、オンナ、オンナが欲しい!」
「ナンパする?」
「行くぞ、心斎橋!」
電車の中で、俺は目を開けて眠っていた。それを、シンジが写真に撮った。
降りて、ビッグステップまで歩いて、そのまんま俺は気絶した。


ほっぺたに冷たい水を当てられ、蘇生。
「死んだかと思ったよ。」
「わりぃ。」
「水飲んでくれよ。」
「やだよ。」
「死んじゃうよ。」
死にてーぐらいの夜。ぶっ倒れてる俺の隣で、ゴキブリがちょろちょろ動いてる。俺はゆっくりと起き上がって、ゴキブリに水をかけた。
「なぁお前、俺にソックリやな、俺は死んだ方が良いし、俺に似過ぎてるお前も死ね。」
俺は逃げ回るゴキブリに、水をかけまくってはケラケラ笑う。
「飲んでくれよ、水。」
俺は水をゴクッと飲む。荒れた喉が気持ち悪い。
ゲロまみれのTシャツで、Turn Around Midnight in the Street、片っ端からオンナに声をかけ続けるも、誰も振り向きすらしない。
「もう辞めようよ、帰ろう。」
「帰る場所なんかないねん、俺には。戻れる場所もない。行き切るしか方法が分からん。」
長髪二人組が、ボサボサと難波まで歩いてく。
何気なく入ったエロDVD屋の端にある、本のコーナーに、一冊、突き刺されてるブコウスキー
「これ、ちょっと、中身見せて貰っても良いですか?」

ビールが飲みたくて死にそうだ、
ハリウッドの風の強い午後
人生のために、人生のせいで死にそうだ。

気が付くと、涙が流れていた。
「これ、買いますわ。あと、テンガ1つ。」
店の外に出て、終電を気にしながらシンジが、
「なぁ、本当に帰らないの?」
「大丈夫。食おうにももう錠剤がない。酒ももう飲まねーよ、約束する。」
個室ビデオに入って、丸山れおながひたすら俺を罵り続ける。
腐った夜、狂った夜、壊れた夜、イカレちまった夜。
夜に追いかけられて殺されそうな夜。


延長料金を支払って、うちに帰る。
この前の掃除の時のまんま放置された、虫の湧いたゴミ袋。放置された洗濯物、換気された覚えのない家。
気が滅入った。もう、満足だ。
俺は充分幸せ者だ。
ちゅうぶらんこのDVDを見ながら俺は、家中にある錠剤をひたすら飲み続けた。


「あっ、起きた?」
「おはよう。」
「もう4日も寝てて、死んだんや、って思った。」
「んー、よく寝たわ。」
「ほら見て写真、これ、おもしろない?ろんくんが隣で同じ姿勢で寝てんの。」
「おもろいな、おもろいけど、フツウはこんな何日も寝続けてたら、救急車呼ぶもんやろ。」
「だから心配して、時々覗いて写真撮ったりしてたんやんか。」
「いいよいいよ、もういい、のんちゃん、おなかすいた。」
「うちも。ほとんど何も食べてない。」
ふらっふらで外に出る。俺は疲れてて、少しずつしか歩けない。
ゆっくりゆっくりと、歩いていく。
のんちゃんが、チャットモンチーのシャングリラを歌ってる。


シャングリラ、幸せだって、叫んでくれよ
時にはボクの胸で泣いてくれよ
シャングリラ、夢の中でさえ、うまくわらえない、君のことダメな人って叱りながら、愛していたい
胸を張って歩けよ、前を見え歩けよ、
希望の光なんて、なくったって、いいじゃないか。


「俺らみたいやな、その歌。」
「うん、うちらみたい。」
「なぁ、のんちゃん、すっげえ!」
黒い鳥がぶわーって飛び立って、空を埋め尽くしてる。
思わず二人で立ち止まって、空を眺めた。黙って。


「なぁ、別れてくれよ。」
階段から突き飛ばす。
「無理、うちらは陰と陽。」
「頼むから、別れてくれ。もう、死んでまう。」
「無理。絶対に別れない。」
号泣し、声が出なくなり、震える手で必死に別れてください、って書いた紙を、のんが笑いながらビリビリに破いた。
「無理。絶対に、絶対に別れへんからな。」
俺は家から逃げ出し、タカナシとメシ。俺はだらけきって、甘えきってる。タカナシは、唯一中学時代の俺を知ってる、地元のツレだ。居酒屋で話し込んでると、徐々にオンナになり出して、ゲンナリする。自己弁護に自己弁護塗り重ねて話してんだもんな、そりゃ母性本能擽られて当たり前だよな。
終電間際のチン電の歩道橋の上で、タカナシが泣き始めた。
「もっと、自分の人生を生きて。」
「自分の人生って何?」
「幸せになって。」
「今が一番幸せだけどな。」
「幸せなら、死のうとなんかしない。」
「ごめん、分からんわ。でも、泣くほどそう思ってくれてるのか。」
「うん、もっと、自分のために生きても良いんだよ。」


ネカフェで、かなり文章を考えて、出来る限り喧嘩にならないように。別れてくれ、とは書かず、抜本的に、生活を改善したい、って提案するメールを送ってみることにした。
しばらくシラフになる。きちんと食事を2食、一緒に食べることにする。
俺は料理を作るから、のんちゃんは洗濯物を頼む。
そんなことを書いたメールを送ってから眠り、クスリを完全に抜いてから家に帰った。
おぉ、キレイに掃除されてる!俺はしばらくクスリをキメずにのんちゃんと話し合うことにした。


「なんかな、エイキくんのおばちゃんが、しばらくなら泊めてくれるって。」
「いっそのこと、少しの間だけ、エイキとルームシェアしたらどうかな、って。俺らどうも、二人きりで居るとおかしくなっちゃうからさ。」
「なんでもやってみよう。」
久し振りに最高に気持ちいいセックスで、いつもとぜんぜんちがう、なんて言い合って喜んだ。
単に、ゴムが破れてただけだった。


しばらく、喧嘩にならずに過ごした。
仲良く一緒に寝たりした。
一緒に映画を見たり。
クスリも酒も必要ない。
俺達やり直せるかも。
「のんちゃん、リフレッシュして来いよ。東京行ってこい。ほら、金。返さなくて良い。破れたパンツも買い直してさ。」
往復の夜バス代金と、2万円くらいを渡して、ニコッと笑った。
二人で喧嘩もせず仲良く王将の持ち帰りを食べて、パンズラビリンスを笑いながら見た。
のんが物真似して、かわいいなお前、なんつって。


「じゃあうち、行くけど。」
「ごめんな、ほんま、シラフやねんで、なんでかな?立たれへん。」
「分かった。」
「見送り、行けなくてごめんな。」
「ん、大丈夫。」
「気をつけて。」
「うん。たいせいも。」


6


起きてまずしたことと言えば、コンタックを酒で流し込むコトだった。
効いてくるまでの間に、急いでろんくんの餌と水とトイレを確認して、幻覚が見える前に俺は気絶した。
起きて、コンタックを酒で流し込む。
効いてくるまでの間は、ろんくんの餌と水とトイレの確認だ。幻覚が見える前にまた、気絶する。
起きて、カフェイン錠剤を6錠、咳止めシロップ2本で流し込んで、カーティスメイフィールドを4時間くらい聞き続けてると、エイキとプッシーが家に来た。
3人で笑ったり、出来る限りおとなしくすごした。
のんちゃん帰ってきたら、クスリを辞めるんだ。最後に思いっ切り遊ぶだけ。


「すまん!あの、マイスリー2錠だけでいい、ええかな?」
「俺ら、クスリやらん感じでチルってるんやけど。」
「すまん、すまん!」
ヨージが机の上で砕いて鼻から吸い込む。
「アーッ。アー、痛い。でもそれが良い。」
「そんなん目の前で見せられて我慢出来る?」
俺はデパスをチョイス。6錠口の中に放り込む。
「うっわー、うまそう。ちょ、ええかな?」
「かまへんがな。」
「俺も良いかな?」
プッシーがデパスに手を伸ばす。
気が付けば、プッシーが50錠ぐらいデパスを食い、さっきから蹲ってる。ヨージもマイスリーデパスを30錠ぐらい突っ込んでて、俺ももう何錠カフェインとデパスを突っ込んだか分からない中、エイキだけが何も食わずに無我夢中でギターの練習をし続けてる。
「なぁ、何のために俺らはクスリ食うんやろうな?」
「分からん、この前俺起きたら、16万消えてる。わけ分からんで。マイスリーと酒で記憶飛んでて、ホテヘル行ったまで覚えてる。そこから一体自分が何をしてたのかが、分からんねん。」
「重要なのはホテヘルでイケたか、やろ。」
「イケてない。萎えてた。」
「最悪な夜やな、俺はこの前、」
そんな感じで、行き詰まりのサイテー同士が意気投合。ストーンローゼズのBreaking into Heavenを流して、肩を組んでたかと思えば、殴り合いになりそうなピリついた雰囲気。
「お前さ、俺の錠剤食い過ぎやろ。」
「いや、今度返すやん。」
「今度っていつやねん。」
「ケチケチ言うなって。」
舌打ちしたかと思えば、また抱き締め合ってたり。
「無理やって。」
「大丈夫イケる。お姉さん、今僕ら鍋やってるんですけど、来ません?」
無視、だ。当たり前だ。
ヨージ、俺達ちょっと、余りにもヨレ過ぎだ。こんなド田舎の駅前でナンパするなんて、どう考えてもぶっ壊れてる。


ナンパは惨敗し、ヨージが隣の家の前でションベンしやがった。
「ヘルハウス、良いね気に入った。ヤバいわこの感じ。」
「ありがとう。」
「俺さ、いろんなヤツ見てきたつもりやねん。でもな、お前ほどのジャンキーは見たことないわ。」
「辞めてーんだよ。でも、クスリ以外何もない。」
「何もないよな、話すこともクスリのことだけ。」
「咳止め、試したことある?」
「無いな。」
「行こう。」
俺は蹲ってるプルを起こし、エイキにも1本渡す。
「カンパイ。」
4人で一気に飲み干す。
ピンクフロイドのエコーズ聞きながら、みんなで一緒に三日月の間を通り抜けていくイルカの夢を見た。


「すまんハヤシ、起きてる?」
「起きてるよ。」
「すまん、ガチで寝れるクスリ無い?」
「ロヒかな。1錠も飲まんでいいわ。」
「ロヒはヤバいって聞くな。」
15分後、ロヒプノール6錠突っ込んでも起きてるのは俺一人だけになった。


「ロヒは怖い、俺はやらんわ。」
「ハマらんでよかった。」
「咳止めは無理、これはやってまうわ。」
「すまんな、依存症にさせて。」
「いや、俺は依存症じゃない。俺はジャンキーじゃない。」
「いつでも辞めれる、って?」
「うん。ションベンかましていい?」
セブン前で、立ちション。寒くもないのに二人でガタガタ震えながら、俺は煙草に火をつける。
「ションベン長ない?」
「長ないて。」
「いや、流石に長くない?」
「長ない。長ない。」
「タバコ吸い終わったで。」
二人でゲラゲラ笑う。
ゲラゲラ笑ってたかと思うと、コンビニの中では勘繰りが始まる。
「ほんま、美味いパスタ作るから、金貸してくれ。なんか食わんと流石にこの離脱症状乗り切れんて。」
「お前、もし不味かったらホンマに殺すぞ。」
その日、ウチで食ったヨージの作ったパスタは、未だに俺の料理のレパートリーだ。食わせた女をみんな抱いてきたぐらいの美味さだった。


ヨージが帰って行き、また3人でクスリもキメず静かに静かに1日を過ごした。
のんが帰ってくる日だ。俺達は掃除し、のんを出迎える準備を固めた。
夜になっても、帰ってこない。既読すらつかない。


「うちはもう、帰れません。」
ってメッセージが、ぽつり。
「エイキ、プッシー、ありがとうな。」
俺は窓を開ける。
「あかんて、どうした?」
二人に押さえ込まれる。
「ダメだって。どうしたのか話してくれよ。」
「のん、帰ってこねーって。のんが居ねーと何にも出来ねーもん、のんが居ても何にも出来ねーし、もうどうすりゃいいのか分かんねーよ。」
「ダメだって。」
「草臥れたんだよ、もう。」
3人でのんのメールを見る。俺が号泣してるのをエイキが慰めてくれる。


プッシーが留守番して、俺とエイキは寝ずに、新幹線の始発に乗るために、急いでタクシーに乗り込んだ。
「結婚するか。もう。」
「生きてるのか死んでるのかも分からないよね。何処にいるんだろうね。」
「お前のおばさんには会ってるやろ、何か知ってるかもしれん。」
新幹線の中で俺は、ずっと喫煙所で電話しながら過ごした。
ま、生きてりゃいいか、なんでもいいや。
もう、何が何だか、どうなってんだか、どうにもこうにも何にも分かんねーよ。


立川駅で降りると、のんとバッタリ出会した。
俺は思わず抱き締めた。
「生きてて良かったー!」
頭を撫でると、
「きもちわる。」
って言いながら、のんを引き離すエイキの叔母の姿。
「何?どうやってここに居るのが分かったの?」
「偶然。」
「ふーん。とにかく、のんちゃんは帰りません。」
「へぇ、二人で話させてよ。」
「のんちゃんはあなたのせいで男性恐怖症になってます。」
ツベコベガタガタうるせぇ。俺は座り込んで、土下座する。
「最後に話させて。あのさぁ、もう別れてもいいんすよ。別にかまわない。そんなことはどうでもいい。最後に一言話させて、二人っきりで。一瞬だけで良い。」
立川駅の中、色んなヤツが俺の方を見てニヤニヤしたり、知らんぷり決め込んだり、気持ちわりい。
「そんな暴力振るうような人の家には、返せません。」
「家に帰ってきてくれ、っつってないじゃないですか。俺はあんた達に見張られずに、5分間だけ話したい、っつってんの。」
「ダメ。もうダメなの。分かって。あなたはね、あなたは、あなたは!!あなただけは救われない!!誰にも救われない!!あなたは、あなたはね、自分で自分のこと抱き締めて一人で生きていくしかないの!!のんちゃんとあなた、どっちを救うって、アタシはアナタを選べない、アナタのことまで救えない。」
「そうっすか、もういいっすわ。セラピストなのに暴言吐くんすね。」
バシン、って鞄を叩きつける。
「うるさいわね!!アタシだって人間なのよ!!」
「そうやって俺に鞄を叩きつけるのは、暴力じゃないんすか。」
「うるさい!!!」
「もういいよ、エイキ、行こう。のんちゃん、俺に最後に一言だけ言ってくれ。俺は、俺の最後の一言は、のんちゃん、愛してる。それだけ。」
「うちが出て行くのは、暴力のせいなんかじゃない、それだけ。」

 

7

 

不動産屋でタバコを吸いながら、暮れてく夕焼けを眺めながら、タバコを吸った。
ハッ、笑えてきた。どうでもいい、もうなんでもいい。
また一人に戻ったってだけの話だ。
錠剤をウイスキーで流して、日本橋、スピードエコで、とにかく誰でも良いから話したかった。
「アタシ、17なの。」
「それってヤベぇ、ヤバいな。」
「男にさ、お金騙し取られて。」
「お疲れさん。」
「そのせいで、出稼ぎ。今日が一日目でさ、さっきの客、指痛かったし。はー、お兄さんが一人目のお客さんだったらよかったな。」
「俺って優しい?」
「うん、優しいよ。」
手コキされながら、ひたすら1時間愚痴を聞かされ続けた。
くったくたになって、日本橋の路上に倒れ込んでると、遅れてエイキがやって来た。
「ケツ痛いよ。」
「ケツ?What a Fuck?」
「ニューハーフヘルス行ったんだよ。オッサン出てきて。ケツ痛いよ。」
思わず、笑っちまった。

 

 

 

 

 

 

 

首吊り穴から未来を 2

 

 

 

1.

 

のんちゃんと過ごし始めてから俺は、苦しみに気が付いた。それは、生きてる実感だった。
喜怒哀楽の喜怒哀がどどどって、灰色の日々に入ってきた。
でも、全然コイツと居るのはラクじゃない。結構タフだ。
ちかと彼氏が俺の実家に来て、引っ越しを手伝ってくれた。
「じゃあな、親父。生活費75000で頼むわ、ほんまに。」
とうとう15000円で、タバコ3カートンと定期代で食費がゼロになっちまう状態から抜け出し、30000円で何とか飯を食えるようになり、そして遂に、生活保護費並みの金で遣り繰りすることになった!
「林さんのお父さん、今までの人生で見た中で一番怖いわ。ちかは結構ヤバい人見てきたつもり、でも、あのヤバさはちょっと違うな。」
「怖いね。ボクも思うわ。」
車に乗り込む。俺が助手席、チカは荷物に埋もれてギャーギャー喚いてる。
土師ノ里についた。
「ほら、手伝えよのん。」
「分かってるわ。」
「なんでそんな怒ってるねん?」
「お前言わへんやんけ、いっつも、うちに。」
「何をいな。」
「段ボールそれ、重いやろ?持つわ、ってちかちゃんに言うた!」
「うるさい、わざわざ車出してくれたんやぞ?」
でっけー声が聞こえる。
「なんか、食いに行きましょうよー、のんちゃんも!」
耳元でコソコソ。
「うち知らん人と飯よう食わん。」
「断れるかよ。こんだけ手伝ってもらってんぞ、なんか奢らんと。」
引っ越しが終わり、車の中、チカの彼氏が、
「この辺アレなんですよ、ブドウ狩りとか有名ですよ。」
「ブドウ狩り?」
「うん、よかったら4人で、ブドウ狩り行きません?」
絶対に、行かないです、って思いながら、「あー、っすねー、」みたいな曖昧な返事。
かすやでうどんを食った。あぁ、かすやは本当に、何時誰と来ても必ず美味しいな、って感動した。


のんが実家に荷物を取りに行ってる間、俺は一人ガランドウな家の中、なかなか寝付けない。
次の日、朝起きるとのんちゃんとお母さんが居た。
「あっ、どうも。」
「よろしくね。」
「いや、本当、こちらこそよろしくお願いします。」
ほんと、背中がのんにそっくりだ。おっさんみたいに草臥れてる背中。
「怖ないからな、怖ないからな、」
そっと、ロンくんが部屋に入っていく。
掃除機が来た。どうせ増えるから、って本が少ない。
「持ってきたよー。」
「あっ、ほんとすいません、ありがとうございます。」
ツイッターで知り合った、高校の時によくライヴに一緒に行ってた人に、ボロッボロのソファとボロッボロの洗濯機を貰う。部屋の中に運び入れて、軽トラを運転してすぐに去ってった。
「なんか食いに行くか。」
二人で歩いた。ブックオフに行って、ラーメンムサシ。
ムサシのラーメンは、美味いってよりも、安心出来るような味だった。客が少なくて、二人で漫画を読んでクスクス笑いながら、のんびりと食べた。


母親の家に向かい、扇風機を貰うことになった。母親に会うのは、本当に苦痛だった。それでも二人の生活を思えば、って頑張った。
扇風機を自転車に積んで、中百舌鳥辺りで道に迷ってると、クソイライラしてきた。
家の前に辿り着くと、笑い声。
「おい!出て来いやボケェ!!」
俺は自転車を思いっきり蹴り倒す。
静かになり、マイキーが先ず走ってくる。
「どうしたんやって、ヒッピー、落ち着けって。」
「うっさい、お前なんやその髪の毛。パイナップルみたいやな。」
「ケタケタケタケタ」
「うっさい、のんコラ!!出て来い!」
「ごめん、どうしたの。」
「どうしたの、ちゃうやろ。実家帰って、しんどなって、そっから5時間もかけて扇風機運んで、その上お土産までこぼさんように持って帰ってきてんぞ!!」
「うん、ごめん、」
「ごめんちゃうやろ、ありがとう言えよ!俺を迎えろ!!自転車鳴ったな、たいせーやな、って階段駆け下りてこい。俺が来ることを、扇風機が来ることをもうちょっと喜ばんかい!!」
「ありがとう。」


「マイキーこれ。ちょっと食え。」
「なにこれ。」
「これは、俺の母親の飯。」
「うっめぇ!!うっめぇ!!!!俺、お母さんの飯なんか食ったことないで!人生初めてやわ!!」
「美味いか?良かったな。のんの分、残しとけよ。」
2階に上がって、のんを呼ぶ。
「もう怒ってないから、食べろ。」
「マイキーくんと、ルームシェアしよっか、って話してたのに。たいせーが喚いたからナシになった。」
「しゃあないやろ、下降りてこい。いらんのか?春巻きとポテサラ。」
「食べる!!」
下に降りたら、マイキーが、殆ど食い尽くしかけてた。俺は頭をしばき、
「のんちゃんの分、殆どあれへんやんけ!!」
「すまん、俺初めてで。」
「分かるよマイキーくん、うちもたいせーの実家行ったとき、泣いたし。」
僅かに残ったポテサラと、俺が避けといた春巻き2本をのんが本当に美味しそうに食べた。
「お前ら、俺に感謝しろ。あのクソシンドイ実家に行って、お前らに母親の飯持って帰ってきたってんから。」
「ありがとうございます。」
二人が俺に、頭を下げる。


のんとマイキーは、仲良すぎる。コンビニに行くと、
「スケベタイセー!」
「スケベタイセー!エロ本読んでるスケベタイセー!」
「うるさいボケ。」
こんな感じで囃し立ててくる。
「にくったらしいツラしてんのぉ、」
「にくったらしいツラ~」
「にくったらしいツラ~」
「お前らほんま、うっとい。」
「おこんなって!」
「おこんな、スケベタイセー!」
「スケベタイセー!!」
うっとおしくてたまらない。
「のん、お前浮気してないやろな。」
「浮気なんか、してるわけないやろ。」


次の日、なんでか喧嘩になって、真っ昼間、俺は、泣いてるのんを脱がせて、無理矢理入れようとした。
初めの方は気持ちよかったけど、段々萎えてきた。
「のんちゃんごめん。」
「いいよ。おいで。」
頭を撫でられて、二人でぼんやり昼寝した。


アチィ!!アチィ!!どう考えても、夏でもねぇのに暑すぎる!!下なんてまるでサウナ。ろんくんが口開けて、舌出してる。こうなると熱中症でヤバい証拠、早く何とかしなきゃいけないんだが、ろんくんの顔がバカみたいで、二人で腹がよじれるほど笑う。
俺は急いで不動産屋に電話した。「オイ!!今すぐ調べに来い!!」それから実家に戻って、エアコン修理業者に電話。
略奪だ。親父はあの家で、どうやって過ごすんだろう、突如エアコンが消えた部屋で。んなこと言ってらんねー!
後日来た水道会社のヤツらが言うに、「パイプが腐って破裂して、ガスが漏れてる。」って話だった。
台所に穴を開けて、軽い工事になった。
「ふざけんなよ、家賃負けろ。」
「水道料金はお支払いしますけどね、君、クチがワルイな。」
落ち度はそっちにあんだろ?もう言い返すのもクソ面倒臭い。俺達は暫く、台所を使えずに過ごした。
ジャンクフードのゴミがそこら辺に散らばる家、どんどん、俺ららしい家になっていく。


昔三人で一回遊んだことのある、のんの友達のトモちゃんが家に来た。
「のんお前、ジュリちゃんは連れてきてくれへんのか。」
「ジュリはもう、嫌いやの。もうずっと、オトコばっかり。」
「ものっすごいギャルやん、ジュリちゃん。」
「ものっすごいギャルになってしまってん。高校の時あんなんじゃなかったのに。もう、話合わへん。」
3人でマンダイの自販機で飲み物を買って、飲みながらムサシまで散歩する。
味平を3人で読みながら、各々ラーメンをすする。トモちゃんが結構な量、残す。強烈な小食、残りをのんが食う。
俺は味玉入りの豚骨ラーメンと、唐揚げと、ご飯大盛りの定食。この唐揚げは本当、最高に美味い。
ウチに帰って、のんがトイレに行ってる間、トモちゃんが俺の部屋に入ってきた。
ヤケに距離が近い。ちょっとぞわぞわする。前に会ったときよりあからさま。
のんちゃんが部屋に入ってくると、スッと離れた。
俺はトイレに行くフリをして、下に行く。二人の笑い声が聞こえてきて、俺は悲しくなった。
のんちゃんがどんっどん一人になっていく。


二人で朝飯に、カンチャンカンってイカレた名前のコロッケ屋に行く。
「コロッケサンド2つと、焼豚バラ100。」
「ありがとうねー、いつも。二人、ラブラブやんか。同棲かぁ?いいなぁ。」
クソマシンガントークぶちかましながら、すっげー繊細な味のコロッケ。やっぱ、クソうめえ。のんちゃんがポテトを頼む。
「お前、ポテト好きよな。」
「うち、ポテト好きやわ。」
とん助とかからあげ道場の代わりになる店が、少しずつ見つかってく。
言い出しにくい。でも、言わなくちゃ。
「のん、トモちゃんは暫く出禁な。」
「分かってるよ。あからさますぎるわ、ドン引きしたわ。たいせーの前で、女出しやがって。あんな女じゃなかったわ。」
「キツかったわ、だいぶ。」
完璧にぶっ飛んでる脳ミソしてるフジタと、あともう一人、マグロ育ててるヤツは、忙しくて全然会えないし、ドンドンのんちゃんが一人になっていく。
冗談カマしとく。
「ところで、ジュリちゃんは?」
「ジュリ、ほんまに呼んだろか?ほんまに呼んだろか?」
「いや、いいよもう。」

 

2.

 

「うちはな、お前のために全部捨てた。実家にはもう帰られヘん。新車買うんやって、再婚するかもしれへん。大学も辞めて働いて、こんな誰も知ってる人のおらん街で、なぁ?」
「ごめんやんか。」
俺は絶対に、殴りたくなかった。タバコを吸うために黙って部屋から出た。
「ボケ!!お前なんかに分かってたまるか!」
叫び声と、壁に本をぶつける音。俺はのんの部屋に入り、手を掴む。
「あかんて。」
「うっさい!!!ほっといて!!!!ほっといてよ!!!ほっといて!!!」
「ごめん。ごめんな。」
抱き締めたのんから、ジャンクフードばっかり食ってるヤツ独特の体臭がした。


「のんちゃんおはよう、」
「何?」
「おはよう。」
「何?セックスしたいん?」
「違うよ、」
「ほんならどっか行って。」
「のんちゃん、お風呂入ろう?」
「うるさい、もう出て行って!」
部屋から出て、はぁ、俺は溜息を吐く。取り敢えずろんくんにはちゃんと餌をあげたりしてるみたいで安心する。
「コンビニ行くけど。」
「ごはんいらん。」
「昨日食ってないやん。」
「うるさい。」
生理でもねーのに、こんなのがひたすら2~3日くらい続いたある日、俺はプツンとなった。
「どうしたらええねん?飯くらい食ってくれや、せめて風呂は入ってくれや。」
そう言いながら、思いっきり蹴ってしまった。抑えられなくなり、暫く殴り、お互い思いっきり泣いて、思いっきり抱き締め合って、「たいせー、セックスしよう。」
脳ミソん中、オーバードーズ気味のベータエンドルフィンでへろっへろになりながら突っ込む。頭真っ白んなる。
クセになって、しばらくこんなのが続いた。
俺は、また殴る日々に戻ってしまった。一人部屋で泣いた。
1発殴っとくと、取り敢えずしばらくは機嫌が良かった。でも、サイアクの気分だった。


「明日も明後日もゴミ拾い、遠い町から来たけれど、」
「どうせ、どっか行くんやんか、嘘つき、」
弦が2本くらい無いギターに合わせて、即興のメロディと歌詞で、俺のみに向けられた歌。俺は号泣する。聞いてられなくなって下に降りて、ゲロを吐く。
のんの部屋に入って、泣きながら、「ごめんな、ごめん、」って謝る。


「スタンダードブックストアの面接決まったぞ、のんちゃん。」
「へぇ、おめでとう、良かったな。」
「うん、のんちゃん働いてて俺休んでるのは、どうかなと思って。」
「なんなんそれ?ええやん別に。お前は学校行ってるし。うちは学校、辞めたけどな。誰のせいか?お前のせいや。うち友達一人も出来へんかったわ。」
「すまん。頑張るわな。」
「お前あんだけ、サブカル嫌いな癖にスタンダードブックストアで働くんやな。」
「お前だってサブカルやんけ。まぁ、取り敢えず頑張るわな。」
「勝手にしたら?」
「おう、頑張らせていただきますわな!」
頭、バシン、ってしばく、はぁ、やっちまった。
罵詈雑言罵声まみれで大喧嘩のスタート。一旦タバコを吸う。
「うちも吸わせてや。落ち着くん?」
その頃俺は、ハイライトのメンソールを吸っていた。
「はー何コレ、美味しい。」
「やろ?お前、似合ってるわ。」
「なぁ、ほんまに面接行くのん?」
「もう、間に合わん。」


タバコ、タバコ、タバコってヤツは最高だ。俺はタバコが大好き。ガンジャは辞めれても、タバコだけは無理。
ツレがライヴハウスで、「俺に似てるヤツが居た。」って話してて、ソイツはどうやら芸大らしく、俺はソイツが来るのをしばらく待ってた。
「うぇーす。」
「あっ、どうも、初めまして。プッシーって言います。」
「なんでそんな、敬語?」
二人でタバコを吸いながら、クソみてーな話。
「アシッドはね、細野晴臣聞いてたらぶっ飛んだ。」
「アシッドってさ、曲がったり幻覚見えたりしないよな。そんなんよりもっと、ガキの頃の気分味わえる、ってか。」
「ソレは分かるね。俺も曲がったりあんまりしない。一回、アシッド食いながら、バッドで9時間、ひたすら自転車漕いでたことあるな。抜けでエロビデオ屋で働いて、めっちゃしんどかった。」
「なんつーことしてんだお前は。」
なんと、高校まで同じ。なんで俺はこいつに気が付かなかったんだ?
取り敢えず俺の家に招待して、エイドリアンシャーウッドのダブを聴きながら、トタンのベランダで寝転びながらタバコを吸う。
オザケン好きなんだけどさ。」
「俺は、嫌いやな。」
俺はこの時、オザケンが大嫌いだったから、プッシーとはSNSをブロックした後、一年間口を利かなかった。


「水族館でも行くか?」
「行く!!」
「計算してくるわ。」
まず、京都までの電車賃。二人で往復だと、5000円はサイテーでもかかる。それから水族館代が、二人で大体5000円。食事が2000円が2回で、4000円。買い食いに2000円。無理。どう考えても予算オーバー。何回も何回も計算する。どう頑張っても、行けそうもなかった。
「無理や、お金足りへん。」
「はぁ?ふざけんなよ、どんだけ楽しみにしてたか。」
聞こえてくる新曲。
「水族館に行くんだよね。」
俺がレコードを買うのを辞めればいいだけの、話。
一回目ののんの誕生日、俺は、自分の好きなCDを5枚渡した。
というか、俺が聞きたいヤツをあげた。
のんは、一回も聞いてくれなかった。
俺の誕生日は、ユニオンの通販で、俺が指定したダブのレコード。
うーん、田我流の、「最後はいつでもレコ屋に行きたい。」ってリリックがほんと、深く深く突き刺さる。


「取り敢えず水族館は無理やけど、京都には行こう。」
「どうせ、レコード屋みたいんやろ?」
「違う。ほんまにおもろいから、紹介したい。」
「はいはい。お出かけや。着替えるから、向こう行って。」
部屋でタバコを吸って、ワクワクしながら待ってる。
「お前、男みたいやな、その格好。」
「・・・かわいいやろ?」
「あはは、かわいないわ。」
「かわいいわ!!ボケ!!もういい、もういいもういいこれ着られへんなった!!!!」
ゴミ袋に捻じ込む。
「辞めとけや。なんや、新しいヤツやろ?着ろよ。ウソウソ、かわいい、かわいいって。」
「はぁ?ふざけんな、ボケ!!もう行かへん!京都行かへん!」
「いや、何言うてんねん、ヒス起こすなや。」
「ヒスちゃうわ!!ボケ!お前なんかな、お前なんかな、太もも出してる女やったら誰でもええねん!」
「ふざけんなよ、いい加減にしろ。」
「お前かって、昔はかっこ良かったわ。今、なんやねん。」
「いい加減にしろ。」
「うちには何もないわ、楽しみにしてたらこんなコトになって、また喧嘩。なんでいつも素直に褒められへんの?人のこと!」
「いい加減にしろって!!」
思いっ切り蹴り上げる。馬乗りで顔面を無茶苦茶に殴りつける。
「カハッ、カハッ、」ヤバい感じの咳の音。
俺は急いで退いて、冷静になる。
「大丈夫か?」
「ひび入ったかも。でも別に、大丈夫。」
「京都行こう。」
「うちな、あの服な、お前とデートするときの楽しみに、ずーっと買ってから着ずに置いててん。」
「でも、男みたいやから。」
たいせーに、見せよう、ってワクワクしてたのに。お前は、あの服のかわいさが分からんの?ほんま、センス無い。」
「ごめんな、のんちゃん。」
「ゴムあった?」
「いや、京都行こう。」
「あの服はもう着られへんけどな。」
「ごめん。」


京都駅は静かだった。シーンとしてて、俺達は誰も居ないところで寝そべりながらタバコを吸った。
俺達以外に誰も居ない。全員が中性子爆弾で死んでしまった街の中にいるみたいな気分だった。
不味いラーメン食ってから、鴨川の芝生にのんびりと寝そべる。
「のんちゃん、ごめんな。もう殴らん。」
「もういいよ、いつものことやもん。これでうちは仕事に行かれへん。顔が痣だらけやから。」
「辞めるんか、パチンコ屋。」
「うん、また探すから。」
「そっか。好きにしたらいい。金困ったら出すから、無理すんな、もう。」
「ありがとう。」
頭撫でて、夕焼け。鳥、川の流れる音、完璧な夕暮れ。

 

3.

 

「お前はええよなぁ、親に大事に育てられて。お母さんとの交換日記読んだわ。お前みたいなヤツが一人目の息子やと思うと、お母さんに同情するわ。苦労してはるわ。」
「母親みたいな親持って苦労したのは俺の方じゃ。母親、母親の姉2人、その娘2人、妹、おばあちゃん、って囲まれて、真ん中立たされて、「お前さえおらんかったら、あんなんと結婚せんで済んだ。」とか、「お前さえおらんければ世界中が幸せになる。」とか、毎月墓参りする度に言われてな。」
「そんなん、ウチに比べたらまだマシや。」
「はぁ、喧嘩なるわ。俺、タバコ吸うから部屋戻る。」
部屋の中で過呼吸の発作を沈めるためにわかばを深く、深く吸ってると、ノックが鳴る。
「お前なんかおらんくなったって、世界は何一つ変わらん。お前なんか、畑の人参みたいなモンや。」
「なんやねん、ふざけたこと抜かすな。」
「お前、もしかして、主人公かなんかやと思ってんの?全力やなぁ、全力少年やわ、スキマスイッチの。」
「あぁ、俺は全力。頼むから、向こう行け。」


先ず1発目がエゲつないノイズから始まった。10分くらいすると、そのノイズに合わせて、床に髪が着きそうな程ドレッドのオトコがギターを弾いて、女の人が踊り始める。10分くらいすると、ドレッドと女の人の二人組のソロ。また10分経つと、次のバンドとコラボ、みたいな、即興的でイカれたジャズみたいな、ノイズから舞踏、テクノまでなんでもありのカオスなイベント。俺は気持ちよすぎてクッタクタになってる。
「あの、マジで、本当に良かった。すごかった。」
「あー、ほんとですかー。どうも。」
さっきまで踊ってた、物凄く強烈にキレイな女の人と握手する。
「ほら、忘れてるよ、」
ドレッドの男が女の人に携帯を渡す。
滅茶苦茶色んなヤツらが出てきた中、弾き語りの女のソロ。場違いにも程があるクソつまんねぇヤツ。
カゼさんに話しかけると、「あはは、」って笑ってる。俺は大体、察す。周りを見ると、ここぞとばかりにみんなトイレ休憩したり、ビールを買ったりしてる。
「今日のイベント名、誰が考えたんすか。」
「俺っす。俺の主催っす。」
「エクストリームアナルファック、名前がもう最高すぎて大阪からわざわざ無賃乗車で東京まで普通電車乗り継いで来た甲斐ありましたわ。カゼさんの出てるライヴ、ホント、ハズシたことない。」
「今日泊まる?」
「あー、いいっすか?」
カゼさんのライブには、1年の頃にのんとも一緒に行った。今日は、ギターとのデュオをやるらしい。
俺は高校中退してからずっとこの、おまわりさんってバグった名前のバンドのヴォーカルの、カゼさんの追っかけだ。この人のヴォーカルは、マジでキョーレツに最高だった。大阪のバンドだと、DMTをおっかけていた。DMTは、エリさんのバンド。睡眠薬食いながらライヴしてて、音を聞いてると俺まで眠くなったのがクソ面白かった。
俺は暫く、バーカンでカルピスを飲んで、カゼさんとギターのデュオの番を待った。
圧倒的な衝撃。
ライヴ終わり、俺は思わず、ギターの人に握手した。
「ヤバかったっす。」
「あ、ありがとう。」
「もっかい握手いいっすか?」
「うん。」
「もっかいだけいいっすか?」
「うん。」
「もっかいだけ、すいません、」
「うん。」
気が付けば、20回くらい握手してた。
ライヴ終わり、みんなでガンジャを回してた。
俺は、吸わなかった。サシなら置いといて、俺は基本的に、大勢で吸うのが好きじゃない。
カゼさんが、何が入ってるのか分からない茶色い包みを渡して、
「これ、凄いよ。ほんと、すごい。」
無言でニヤッと笑うドレッド。


秋葉原は閑散としてて、静まり返ってた。
アキハバラなのかアキバハラなのかハッキリしてくれよ。」
「アキバハラじゃない?あっ、味噌ラーメン食おうか。」
謎の外人と、1発目にエゲつないノイズ鳴らしてたタクロウさん、それからカゼさんと俺で、味噌ラーメンを食ってから、鶯谷のシェアハウスに向かった。
「シーッ。」
グッシャグシャな家。ボロボロで、壁には穴が開いてる、この無茶苦茶な感じ、山梨のヒナタさんの家以来のDope加減だ。ズタズタの毛布にくるまって眠る。


起きると、タクロウさんはスーツに着替えて帰って行った。カゼさんは一体何で食ってるのかよく分からない。
「カゼさん、ホント、服イケてますよね。」
「軽くて、寒さ防げて、機能的ってのをトコトンまで追求したら、登山服に行き着いたんだよな。」
信濃路行きたいんすけど。」
信濃路知ってんの?あのクソヤベぇ、」
西村賢太読んでて。」
聖地巡礼だな。」
鶯谷のキッタネー信濃路で、カレー、唐揚げ、ニラレバなんかを頼んで二人で食いまくる。
あ、俺、何時から風呂入ってねぇっけ?


東京を徘徊する。ユニオンでダブのレコードdigったり、ジュンク堂ダダイズムの本買い漁ったり。
前にのんと京都行ったときに、レコード屋で買った「ダダイズム」って本に、俺は完全に喰らってた。
まさしくこれだ、俺のやりてぇコトは!って感じ。
それからダブの本を読み漁って、聞きまくって研究し、ブラジルのCDを聞いたりしながら、学校の図書館からパクってきたポストパンクの本を読み耽り過ごしてる俺に、のんは、
「かっこつけんな、何がフランス文学じゃ。」
なんて抜かしてきた。
リュックサックにダブとブルースのレコード、ブラジルとプログレのCD、民族服、ダダの書籍なんかを大量に詰め込んで帰った。


のんは毎日毎日、
「今日何食べて帰ってきたん?」
「明日、遅なる?」
「さみしいねん。」
なんて、同じコトばっかり聞いてくるのを俺はひたすら無視し続けていた。
ある日家に帰ってくると、のんが泣いてる。無視し続けてるとは言え、心配になってきて、部屋の中に入る。
「うちは、普通のことすら出来ひん。これ見て、傷だらけ。」
「どうしたん?」
「段ボールで、何回も指切った。」
「仕事、おもろいか?」
「おもろいよ、みんな、おもろい、って思い込むようにしてる。」
「もう、辞めろよ仕事。」


「あんた、マリファナ吸ってるか?」
「いや、今は辞めてますね。」
「欲しかったらいつでも買ったるわ。」
隣でベトナム人がニヤニヤしながら、タバコを吸ってる。
ガンジャサイコーね。」
「っすね。」
「パッパッパッ、吸いまくってたね。」
一体どういう職場なんだ、コレは。一部屋終えると、空き部屋が無かったら各部屋の荷物置き場に隠れてみんなでタバコを吸う。
俺は土日になる度にラブホテル清掃に精を出した。
一番おとなしそうな人が、仕事終わりに服を着替えると、がしゃがしゃのアロハ姿に墨。
人は見かけによらない。
俺にブラウン管のテレビを売りつけようとしたり、ワケの判らないチケットを売ろうとしてくるヤツとか、高校時代、彼氏のバイクの後ろでバッド持って走り、そこら辺のヤツしばいて回ってた店長とか、もう、このバイト先は、混沌ソノモノだった。
家に帰ると、
「お前は凄いなぁ!!バイトできて!!うちは!!うちは!!!」
本を投げつける音に、俺は耳を塞いで耐え続けた。


「えっ、やばない?えっ、えっ、えっ、やばくない?なにこれ?俺、何処?いや待て、もしかしてアシッド食った?いや、そんなわけない、ぐりすぎぐりすぎ、あれ?どうなってんの?落ち着け落ち着け、大学よな、大学、大学って何?あれ?俺、俺は、俺は林大成、うん、記憶喪失ではない。」
ひとりでぶつぶつ唱えながら、下向きながら歩く。
「フラッシュバック?一体、なんだこれ?」
「あ、ヒッピー!バイバーイ!」
「おう、バイバーイ!!」
やたらとニンマリ笑顔かましてヤる。黙れ、話しかけて来んな、ほっといてくれ。今頭の中が大変なことになってんだ。
泣きそうになりながら大学を3周して23号館に通りかかると、マユミちゃんに手を振られた。俺はクタクタで、手を振り返す元気もない。
「ヒッピー?どしたん?」
「ヤバいねん、もう、わけがわからん、」
「何が分からんの。」
「家に帰り方。」
「バス乗って、電車乗って、」
「バスって何?」
「バスは、大学から出てるヤツ、」
「分からん、そんなん乗られへん、俺、家帰りたいけど、」
食堂に着いた。俺はソファに座って下を向いて頭を抱えてる。
「ヒッピー、はい、お水。」
「ありがとう。」
「ど?ちょっと落ち着いた?」
「分からん、俺は家に帰られへん。」
「どうしよ。学校泊まる?」
「そう、学校で夜を過ごすねん。」
「そんなコトして、捕まったら困るよなぁ、どうしよっか。誰かに送って貰う?車持ってる先輩知らん?」
「分からん。」
「山本さん仲良かったよね?ポルトガルギターの。」
「あ、うん。」
「ライン知ってる?」
「うん。」
「連絡、出来そう?出来なかったら代わりに打つよ。」
そんなこんなでマユミちゃんとどうでもいい話をしながら、ヤマダ先輩が来るのを待った。


ヤマダ先輩に車で駅まで送って貰って、俺は定期を突っ込んで、階段をゆっくりと登る。クソ重い足取りで壁に凭れかかって、這うみたいにゆっくりとゆっくりと登りながら、飛び降りちまいたい気分と必死に戦う。
駅のホーム、クソ、クソほどヤバい気分。強烈に葛藤してると、イヤホンからUAのリズムが飛び込んできた。
「何を愛して、何に傷ついてきたの?」
電車に何とか乗り込んで、涙を流す。リズムが終わって、大きな木に甘えてが流れる。
ギリッギリの気分で土師ノ里に辿り着いて、俺は小さく口ずさむ。「だいじょうぶ、だいじょうぶ、だいじょうぶっぶっぶー。」
ゆっくりゆっくり歩いて、電柱ごとにタバコをゆっくりと吸って、家まで徒歩5分の道のりを、40分くらいかけて家まで何とか辿り着いた。
もう無理、これ以上動けねえ。


「のんちゃん、すまん、俺、ヤバいほどシンドイから、これお金、お釣りあげる。お願い、テキトーに日持ちするチルドどんぶり、コンビニで8個くらい買ってきて。」
「あーーー!!もう!!!!」
階段を踏みつける音がデカい。俺は、コンポにこの前買ったジョアンの三月の水を突っ込む。
ジョアンが、誰よりも俺の心を落ち着けてくれる。過呼吸が終わったかな、ってくらいに、鳴り出すガラガラガラガラ、ビシャッ!
階段を踏みつけるように登る音。ドアを思いっ切り閉める音。
殆ど寝れずに、ジョアンの三月の水をループで再生しながら過ごした。昼と夜になったら、味のしないチルドどんぶりを食べて、便所以外には動かず、服も着替えず、何も読まず、寝転びながらタバコを吸って3日間を過ごすと、幾分かマシになった。
その間ずっと玄関には、のんが投げつけた小銭が散らばったまんま置かれていた。

 

4.

 

「エイキ!What’s Up? 」
「おお、久し振り!」
今回はフランクザッパとPhishメインでdigる予定だ。爆音でイヤホンからLee Perry聞きながら新宿ユニオンを探索して、次は渋谷、クッタクタになりながら家系ラーメンを詰め込む。
もう、10日くらいクソが出てない。そんな中家系ラーメンを詰め込んで、よんじゅのおばあちゃん家まで吐きそうになりながら向かう。
最早、スタジオだ。コンクリの打ち込みの地下室には、エフェクター、ギター、ベース、なんでも揃ってる。
「明日のライヴ、俺、ダダやりたいねん。」
「だからその、ダダって何なの?」
「お笑いや。」
「今、サンクラで上がってる感じのをやるの?どうやってやる?」
「取り敢えずアコギあるか?」
クラシックギターがあるよ。」
俺がコードを適当に弾く。二人でデタラメなハナモゲラ語イパネマの娘を歌ったりして遊んだ。


「明日、朝ご飯は?」
「あっ、いいです。横にならしてください。」
「・・・ご飯要らないの?」
「お腹ずっと気持ち悪くて。」
「ご飯。」
「すいません、横にならせて貰ってもいいですか?」
面倒臭ぇ、俺は腹が壊れててずっと出てねーんだ、気持ちわりぃのに、エイキのおばあちゃんは容赦ない。
トイレに行ったり来たりでヘロヘロ、意識朦朧の中、朝起きてレコードdigって、無事高円寺に辿り着く。
「お前がまず、生の人参を囓れ。」
「オッケー。八百屋さん行かないとね。」
「で、お前が人参食べてる横で俺が、クラシックギター弾く。」
「そんで、俺が即興で歌えば良いんだね?」
「分かってるやんけ。」
高円寺の路上で座り込んで、練習する。
「喫茶、エース、喫茶、エース、喫茶、エース、からあげ、のりたま、弁当、280」
「280早いな。にぃひゃくぅ、はちーーーじゅう、えーーーん!!や。」
「分かった、喫茶、エース、喫茶、エース、喫茶、エース、からあげ、のりたま、弁当、にぃにゃくぅ、はちーーーじゅう、えーーーん!!カレーーーピラフ、は、すぐ売りきれる、マヨネーズ」
「ソコ叫べ、」
「まよねーーーーーず!!!!」
「おっけ、いいね。よし、移動しよう。」


「これ、洗わせてもらっていいですか?」
奥の水道でエイキが人参を洗う。アホらしくて笑けてくる。
ボリッ
「よう、皮ごと食うよな。」
「これ、俺の昼飯。お前はタバコの吸い過ぎで味覚が壊れてるんだよ。」
「俺、ライヴ終わりでいいや、メシ。」
無善寺の中に入ると、くっだらねぇ、何言いたいのかよく分からねぇ弾き語りを見せられて、だんだん気分が滅入ってきた。
外に出て水を買って、うがいしてから中に入る。
本番前の緊張で吐きそうな気分で無善寺に入り、せせるようにタバコを吸う。BGMが終わって、ライトに照らされる。
「ボリッ」
目を品剥きながら人参を食い散らかすエイキの横で、デタラメなコード。
「ダダ集団!!アナリサモスクワ!!!!」
テキトーにコードを弾き、エイキが歌う。
「俺のことなら、忘れてくれ、俺のお尻は白すぎる、出てくるうんこが茶色すぎる、」
俺がコーラスつけて、3分くらいやった。
「よしエイキ、次はお前がギター弾け。」
「えっ、ギター弾くなんて聞いてないよ。」
「ほら、テキトーに弾け。」
エイキにギターを渡す。
「メンヘラの女の子と付き合ったら、メンヘラになった、メンヘラになった、メンヘラになった、メンヘラになった、」
3分くらいテキトーに歌う。
エイキが俺にギターを渡す。
「あーーー、俺は、おかあちゃんのケツアナから生まれ」
「待て!ストップ!!」
「なんで?」
「お前、うんこの歌しかないんか?」
「なんかね、分かんないけどね、うんこになっちゃう。」
「よし、やり直そう、もっかいや。あ、みなさんすいません、もっかい初めからします。」
そんな感じで、即興のフリートークみたいなライヴをした。


ライヴが終わって、外に出て、俺は油のまわった天丼を買って、無理矢理腹に詰めた。
無善寺に入ると、クソみたいなフォーク。クソ!!クソが終わると、またドクソみたいなフォーク。
金髪のボブで、滅茶苦茶デブ、大森靖子のまんま物真似のような歌。
最低のMC・・・
「さっき、メンヘラになった、って歌ってらっしゃったと思うんですけどぉ、アタシメンヘラでぇ、この前眠剤飲んで、全裸で街歩いてたんですよ。あっ、あっ、でも、襲われたり別にしなくて。」
そりゃ、誰もテメーみたいな女なんか襲わねーよな。


「人参まだあるか?」
「うん。」
「よし、食いながら電車の中行ったり来たりするぞ。」
満員電車の中、間を縫って、エイキに生の人参を囓らせる。俺は隣で大笑い。
「ウサギ!!ウサギ!!ウサギがいます!!」
みんな眉をひそめてる。俺はゲラゲラ笑う。
相変わらずクソは出ないが、そんなこと吹き飛ばすくらいエイキが俺のことを笑わせてくれる。


「そう言えばエイキ、俺、短編書いてんだよ。」
「小説?」
「そう。ブコウスキーって作家が居てさ、俺か?って思ったんだよ。仕事すぐ辞めるとこなんか、そっくりだな、って。俺も書いてみるか、って。」
「ふーん、読ましてよ。」
腐った朝日って短編を見せた。それは、高校を中退したオトコが脱法ハーブを吸いながら派遣でバイトし、女に振られてモノレールから飛び降りようとしてしまう話だった。
「これ、滅茶苦茶良いけど、あまりにも暗すぎるよ。仄かな、微かな希望すらないね。」
「この前さ、文芸学科のヤツに見せたら、「西村賢太の物真似か?」って。っざけんなよ、腹立つわ。こちとらレペゼンブコウスキーやねんから。」
「これ、気に入ったから、家帰って、縦書きにして印刷するよ。」
「嬉しいこと言ってくれんね。んじゃとっておき。」
それは、100枚の中編だった。
それは、とあるオトコが、クソみてぇな気分でマリファナ吸いながら大学に入り、ヤバい絵を描く女に惚れる話だった。
「まだ全然納得いってないねんけどな。」
「ふーん。取り敢えず、印刷してから読むよ。ちゃんと、縦書きで読みたいよ。」


「お風呂には入らないの?」
「あー、はい。」
「ほんとに?」
「はい。」
「その、アナタは良くてもね、」
「あー、クサイっすか?」
「歯も磨いてないようだし、」
「服は着替えてますけどね。」
面倒くさいおばあちゃんとのやりとりを経て、エイキとお別れし、電車に乗って横浜で降りた。吉村家。混みすぎてて、見送り、仕方なく隣にあった家系に入る。ガラッガラ。
今まで食べた家系ラーメンの中でも屈指で不味い、サイテーのシナモノを口に運び込んで、最悪の気分で個室ビデオに入る。
あー、大阪に帰らなきゃな。そろそろ、飛んだバイト先に給料取りに行かねーと。
高校の制服を着たAIKA琥珀うたが、俺を罵る。俺は、オナホに突っ込んで没頭する。
「クッソ、あんな家、帰りたくねーよ。」


ケツにイチジク浣腸を3つ差し込む。腹は痛くなるんだが、全く、全然、何も出そうにない。金をドブに捨てた気分だ。
ヒィヒィ言いながら外に出てタバコを吸ってると、エイキから電話。
「ねぇ俺、コレ、ちょっと泣いちゃったよ。」
「前の原稿?なんやっけ、アンダースタンドミー切り捨てたプリーズ、やったっけ?」
「そう、それ。アンダースタンドミー、これヤバいよ。実話?」
「さぁ、な。」
「親父が読んでさ、号泣した、って。すごいいい、って。」
「どうも。」


便秘薬と、バナナと牛乳が効いた。2週間ぶりにクソが、遂に出やがった!
それからは精力的なくらい必死に色んなコトに食らいついた。ダダのライヴは今月だけで2本、それから学校中の上手いギター3人集めて、レーナードスキナードみたいなブルースバンドでベースもやるし、モブノリオの物真似みたいな短編も公募に送りつけたとこだ。文芸学科の先輩と公募について話す。
「これじゃ、無理だわ。かすりもしない。でも、まぁ、書くのって楽しいでしょ。」
「あんたは、なんで書いてんすか?」
「うーん、歴史に名を残したいんだよ、俺は。」
「うわ、くだらないっすね。歴史に名を残すなんか、なんの興味もないっすわ。」


「おう、時間ある?」
「あるよ。」
「よし、ピアノ確定、」
「待て待て、おい、今からライヴ出ろってこと?」
イパネマの娘、そんくらい即興で出来るやろ?お前、学校で一番上手いねんから。」
「分かった、任せろ。シンジ誘っとく。」
「頼んだ。俺は、メインをオファーしてくる。」
「誰?」
「天才や。ハットリ。」
「あの下手クソ?」
「アホか、俺はハットリのペットが大好きやねん。そのためのイパネマや。」
本番前に4人で集まってタバコを吸う。
「よし、みんな聞いてくれ。今回のコンセプトはな、何のセンスもない、ろくな音楽聞いてない一年生どもに、分かりやすくブラジル音楽の良さを伝えるって使命感や。」
「よう分からん。」
「ソロ順は、まずピアノ、ほんでギター、そっからいっちゃん盛り上げてくれ、ペット。終わったら俺がコンガ叩く。」
「コンガ叩いたことあるん?」
「無い。やってみる。」
みんなで笑いながら、さぁ、本番前、ギリギリまでセッション。


シンジのギターとユウタのピアノに合わせてコンガをどついて、良い感じにブラジルのジャズ。そこに、ノイズみてぇな、ジャイアンみてぇな、ハットリのペットの強烈な相槌。
コンガ前のマイクを手に取り、前に出る。デタラメなハナモゲラ語でイパネマを歌う。
1年生全員が大笑いしてる。うーん、高校辞めた後、吉本行くか、芸大行くかで悩んだだけある。確かな手応え。
ソロ回し。俺は邪魔しない。みんな、これがブラジルだ。笑わせて興味を引き、ホンモノを味合わせる。最高のハットリのペット!!締めにコンガソロ、終わり。
ふー、疲れた。


23号館の喫煙所でタバコを吸ってると、何やら女がチラチラこっちを見てる。
「あっ、あっ、あのー!」
「いけいけ!」
「ほら、手出して。」
「なにー?」
「握手してくださいっ!」
手を差し出して握手する。のん以外の女に触れたのは一体いつぶりだ?
「あのー、そのー、」
「はい。」
「サイコーでした。サイコーに面白かったです。すっごい、すっごいです。」
「どうも。」
すっと立ち去る。
「キャーー!!ヤバい!!」
「良かったね。」
「あたしらも握手して貰えば良かった。」
なんで、お前ら、隣に居るシンジには握手して貰わないんだ?


そっからしばらく、歩く度にキャーキャー言われた。どうやら俺のサウンドクラウドをみんなが聞いてるらしい。
アキハバラ、なのか、アキバハラ、なのか、」
「はっきりしてくれヨー!!」
「もう先輩の音楽最高です。」
「そうですか、どうも。」
「いつもどんなこと考えてるんですか?」
また始まった。
「天才ですよ、天才。」
もうそんなの、分かりきってる。聞き飽きた。


文化祭一日目の1発目。
リッケンバッカーディストーションとワウ、ベルボトム、ロン毛の俺、シンジ、ブルースの先輩とその友達、後ろでクソ長い髪の毛の、サマソニ和田アキ子と対バンしたバンドの人がドラムを叩く。
「あー、クロスロード。」
即興で、15分ジャムる。指からめちゃくちゃ血が出てくる。ギターソロ、ギターソロ、ギターソロ、ベースソロ、各々2~3分ソロ弾いて、疲れたら次に回す、ドラムがいつの間にか、客と入れ替わってる。無茶苦茶なクリームのクロスロード。俺はマイクを持って叫ぶ。
「タンゴ、タンゴ、タンゴの?」誰も、何も言わない。
「イェー、節句、って言ってくれ。タンゴ、タンゴ、タンゴの?」
節句、」
「イェー、タンゴ、タンゴ、タンゴの?セックス!!!!」
副手の叫び声、「ぎゃー!辞めてくれー!!」
はー、楽しかったけど、滅茶苦茶疲れた。
ぼんやり草の上に寝っ転がってタバコ吸ってると、色んなヤツが挨拶に来る。
「ヤバかったっす。最高でした。」
「あっ、そう?それはどうも。」
そんなこと繰り返してると、急にヤベぇ音が聞こえてきた。
ウソだろ?俺が噛んでる以外のバンドでヤベぇヤツなんか居るのかよ?
走って見に行くと、シューゲイザーみたいにアレンジされた日本語歌詞のニルヴァーナのカバー。
ライヴ終わり、すぐに握手した。


「分かってやってるでしょ、全部。」
「お見通しっすね。その通りっすわ。」
「ブラジル、俺も好きなんだよ。」
「さっきの人、アントニオカルロスジョビンとか勧めてきて、そんなのとっくに聞いてるよ、もうって。」
「俺はね、マルコスヴァーリが好きだね。」
「先輩、分かってるっすね。握手しましょう。」
「俺もやってんだよね、ふざけた音楽。明日、出してよ。」
「イイっすよ。やりましょう。」
っつーことで、家に帰って即、明日やるのを作る。
シンジとターキーにオファーをかける。
「いいよ、俺は何すれば良い?」
「シンジは、ボンゴを赤ちゃんみたいに抱きかかえて、15分、撫でといてくれ。」
「それ、俺、いる?」
「お前が居らんと、音楽にならんわ。」
「俺は?」
「ターキーは、しゃがみ込んで三角座りで下向いといて、15分。」
「それ、俺、いる?」
「お前が居らんと音楽にならん。」


この前握手してもらって喜んでた女の子とその友達がライヴに来ていた。
「アナリサモスクワ!!!!!!」
大声で叫びながら、スマホに突っ込んでる15分のミックスを、ギターアンプから流す。
操作ミスで、音が出ない。
「すいません、やり直します。アナリサモスクワ!!!!」
まずディジェリドゥのサンプリングを流して、メンバー登場。
「アキバハラなのかアキハバラなのか、」
マイクを客席に向ける。
静まりかえってる。
やっぱな。これは、サウンドクラウドで聞かねーと、滑るんだよ。
ライヴでやると、とてつもなく、滑る。即興の予定調和が成り立たない。分かりきってたことだ。
前握手してくれ、って言ってくれた女の子が生で見たい、って言うからやってみたけど、案の定ダダ滑り。
三角座りしてるブラジル好きの眼鏡がフット立ち上がり、ギターを持つ。
「もう止めて、止めて、サムい。俺が歌う。」
即興で弾き語り。
圧倒的なまでに、全部の笑いを掻っ攫われた。握手してくれ、って言ってた女が、俺より先にその先輩と握手してたのが、何よりの結果だ。
最近調子よかったから、滑ったことにとにかく、滅茶苦茶落ち込んだ。


握手してくれ、って来た女はどうやら、1年の中で一番可愛い女だった。誰が見ても一目瞭然の圧倒的な可愛さで、ついこの前に、ノイズの授業でナンパして見事に無視された今の俺からすれば、話せてること自体が奇跡みたいなもんだった。
「ダダ滑りしたけど、連絡先交換してくれへん?」
「えっ、いいんですか?」
「いいよ、君も、交換する?」
「えっ、やったー!」


シンジと、ヤマダ先輩が、アメ村の汚ぇ、小せぇジャズバーで、ボサノバをやるってことで、客として見に行った。
凄まじいまでに美しいヤマダ先輩のポルトガルギターの音と、全く邪魔せずに追っかけるシンジの伴奏、張り詰めた緊張。それは紛れもなく、最高のボサノバだった。
シンジと握手し、二人で帰ることになった。
「今度、この前握手した、ほらあの子、のどかちゃんとデートするねん。」
「のんちゃんは?」
「2ヶ月くらい口利いてないわ。」
「今日、ハロウィンか。」
「シンジさん、行きますか。」
三角公園、乳、乳、乳、ギャルの乳、OLの乳、女子高生の乳、尻、尻、尻、エロい太もも、俺らは食い入るように谷間の隙間に宿る希望を見つめながらアメ村を練り歩いた。
「シンジ、最高やな。」
「サイコー。」
乳を目に焼き付けるだけ焼き付け、草臥れて、難波の裏路地。
「お兄さん、お店どうですか?」
「金ないねん。」
「あっ、ウチの店ね、ギター弾きながらのプレイオッケーですよ。」
「なんすかそれ。」
キャッチをテキトウにあしらう。
「ギター弾きながらのプレイって、どんなんやねん。」
「笑っちゃったよ俺。」
「おい、シンジ、お前は何であんなええ女と別れてん。」
「臭いんだよ、生理の時。」
「ウソつけ、ほんまのこと言えや。」
「ギターとさ、女、どっち?って。やっぱり、ギターなんだよなぁ。」
「そうか、アホやなお前は。」
「はぁ、女の話するから俺、寂しくなってきちゃったよ。やっぱ店行けば良かった。」
「探すか。」
激安!ナースの診察室!!
60分、16000円から!
「やっぱ、辞めとくよ。なんか、虚しいよ。」
「そっか、じゃ、帰るかシンジ。」
今日もダメだった。でも俺は絶対に浮気してやる、浮気してやる、浮気してやる、なんとしてでも浮気してやる!!
のんちゃんなんか、もう全然好きじゃない。ヒデぇぜ。セックスするのに、1000円払わなきゃならねーんだぜ?
フェラもクンニも、キスすらもない。なんなら最近は、枕で顔隠して、他の女のコトを考えながらしてるくらいだ。
そんな女より俺は今、のどかちゃんに夢中なんだ。

 

5.

 

好き好んで病んだ女に惚れてきたワケじゃない。惚れた女がみんなたまたま病んでたってだけの話だ。
小学校の頃の女、中学の頃の彼女、高校で女に嫌われて口すら聞いてもらえなかった俺に話しかけてきたヤツ、そいつに紹介された友達、みんないじめられてるか、片親か、ろくでもないオトコに引っかかってるか、そんなのばっかりだ。
フユミは風俗で働いてるし、チカはタトゥーだらけ、のんはネグレクトと過保護を交互に経験してる。
類は友を呼ぶってヤツか?でも、俺は今までこの日本で知り合ったヤツの中で、マトモな家庭環境で育ったヤツなんか、まだ一人も見たことがない。
でもやっぱ、普通のヤツって居るんだな。隣で歩いてる女は、紛れもなく、普通で、俺が何を言っても笑う。
「毎日あばら折れるくらい笑ってたいんです。」
「へぇ。殴ったらあばらって折れるけどな、」
「いやぁ、こわーい、ヒッピーさんっていつも何考えてるんですか?」
また始まった。
「最近は、実存主義ダダイズムについて考えてる。サルトルって分かる?」
「哲学ですか?あたしバカだから。」
可愛いだけ、ほんとに、可愛いだけで、中身が何も無い。
早く帰りたい、のんちゃんに会いたい。


「浮気してきた。」
「どやった。」
「のんちゃん、大好きや。」
「うちも浮気してきた。」
「誰と、」
「内緒。」
「ヤッたんか。」
「ヤッた風に見える?」
「ちょっと待って、マイキーから電話。」

「もしもし?」
「もう、お前しっかりしてくれよ。ほんま頼むわ。浮気なんかすんなよ。」
「何で知ってるねん?」
「のんちゃんとさっきまで遊んでたんや。ずっとお前の話聞いてあげてたわ。」
「なるほどな。ちなみに浮気は未遂どころか、手ぇすら繫いでない。」
「頼んますわ、ほんま。俺ら何もないから。」
「OK, Bro.ありがとうな。」

「お前、そういうことか。よりによってマイキーかよ。」
「悪い?」
「楽しかった?」
「お酒一杯飲んで、あのな、車道歩いてくれたりするねん、ほんまイイ男、顔もかっこいいし。」
「俺よりか?」
「のどかちゃんのこと、ウチより可愛いってお前も褒めてたやんか。」
「まぁな、まぁな。」
「でもな、デート中な、ずっとお前に会いたい、って。」
「あー、俺も。高級アイス食べながら、お前とパピコ割ってる方が美味いわ、って。」
二人で抱き合って、久し振りに金を払わずにセックスした。


昼過ぎに目を覚まして、二人で藤井寺まで移動して、バスに乗って八尾に向かう。久し振りのデートだ。
バスの中、お互い本を読んで何も話さない。
太陽が眩しい。俺はちょっと寂しい。
バスから降りて、アリオに行くまでの間にあったキッタネー中華屋で、二人で日替わり定食を食って、外に出てタバコを吸う。
アリオに着いてのんが本屋、俺がレコード屋で二人ぶらぶらする。
まるで一人でショッピングモールに来てるみたいな気がする。ラクなんだけど、もう、完全にダレきってる。
特に喧嘩にもならずに家に帰り、また何も話さない日々に戻る。


「光熱費、足らんねん。」
「東京行くからやろ。」
「お前が、今月から家賃出されへんからやろ。」
「分かったわ、分かった!!親に貰いに行く!!」
のんが実家に帰った。俺は久し振りの一人きりを謳歌する。ろんくんがいるから何の寂しさもない。
でも、さして二人でいるときとやることは変わらない。
一年ぶりくらいに掲示板サイトを開く。
どーせ、東京行くなら、女の子と寝たいもんな。


「だから、一ヶ月5万、それ以上は無理って。話聞いて貰われへんかった。新車買ってたわ。」
「そうか。」
「もう実家は絶対、絶対帰りたくない。あり得へん、考えられへん、あの親父、ストーカーの元カレと時々電話してるんやもん。」
「それは意味分からんな。」
「さみしいんやろ、友達居らんくて。あ、西村賢太貸して。」
「良いけど、俺も東京怪童貸して。」


新幹線の中、東京怪童を読みながら一人で号泣した。
出会ったときから、ずっとハシみたいって思ってた、なんて抜かしやがって。
コレが俺にソックリかよ?
嬉しいんだか、悲しいんだか、複雑な気分だ。ハシはジャンキー、ハシはウソをつけない、ハシの母親は俺の母親とソックリ、ハシは誰も読まねぇ暗い漫画を描いてる。
俺だって、ずっと書き続けてる。
ブコウスキーを読んだ以来、西村賢太を読んだ以来の衝撃だった。
待ち合わせてた女の子が来なくても、どうでも良かった。
クリスマスイブでじゃれ合うオトコとオンナの中、俺はコンビニでエロ本を買って、個室ビデオに潜り込んで、自分の人生について、Aika琥珀うたを見ながらひたすら考え続けた。


クリスマス、俺はツイッターで知り合ったおばちゃんとデートした。ジュンク堂でトリスタンツァラを買って、俺は上機嫌。
渋谷の路地裏でタバコを吸いながら話す。
ガンジャ吸ったことあります?」
マリファナはね、吸ったことある。あたしは若い頃、パンクだったの。」
「今の姿からは想像出来ないっすね。」
プンプン香り立つ金持ちのオーラ。ボロボロの落書きしまくったジーパンに、ブラックブレインのロンT、毛玉の立った汚ねぇパーカー姿の俺が隣に立ってると、ママ活みたいに見えて仕方ないけど、元パンクのおばちゃんは、そんなこと気にも留めずに堂々と隣で歩いてくれていた。
「ラーメンごちそうさまでした。今からライヴあるから。」
「見に行きたかったな。ごめんね、息子が帰ってくるから。」
「また遊んでください。ヨガとサトリの話面白かった。」
「うんうん、頑張ってね。」


新宿の喫煙所でエイキと待ち合わせる。
「俺もタバコ吸うよ。」
リュックから、カビたタバコを出す。
「なんやねんそれ。」
「これはね、3年前のわかば。」
笑いながら1本貰った3年前のわかばは、不味かったが、まぁ、吸えないこともなかった。
「アナリサー!!!モスクワーーー!!!」
俺の叫び声と、Velvetsのヘロインみたいな音を鳴らそうとしたのに対して、出た音が、悲しいくらいクソみたいな音の俺のバイオリン、カメラマンを頼んでたエイキのツレから漏れた失笑からライヴが始まった。
クリスマスの路上で、民族服を着たエイキと、キッタネー服着た俺の叫び声が木霊する。
みんな笑って見てくれてるのに対してエイキが、
「ふざっけんなよ!!おらぁぁぁ!!」
って、アホみたいな叫び。俺は思わず、大笑い。
10分くらい暴れて叫んでると、警察が来た。寝転んで叫んでたエイキが、警察に手を振る。
「お兄さん達、クスリやってるの?」
ダダイズムの実践ですわ。」
「あのねー、困るのよ。うるさいのよ。」
「隣で弾き語りしてるのはいいんすか?俺は叫び声より、あのクソみたいなギターと、ゴミのようなメロディの方が吐き気すんだけどな。」
俺は、弾き語りしてるヤツの前まで行って、ニヤニヤ笑った。


鶯谷でカゼさんに泊めて貰い、信濃路で食って、電車に乗り込んで、栃木に向かう。
田舎過ぎて、無賃乗車に初めてバレた。
「どこから来ました?」
「っすねー、この一つ前の駅ですね。」
「困るんですよ!写ってないんですよ、その前の駅の防犯カメラに!」
鶯谷。」
料金を支払い、外に出てタバコを吸ってると、エイキの母親が来た。


クソほどド田舎。クソほど、だ。山の中の一軒屋、周りには畑しか無い。
エイキの部屋に入ると、ドラムセット、チェロ、エレキ、アコギ、ベース、何から何まで揃ってる。
クソみてぇにデカいコンポから、ユニオンで手に入れたばっかりの音源を爆音で鳴らしたり、夜中に爆音でテルミンとギターを弾いたりした。
親は何も言ってこないどころか、ちゃんと聞いてくれていた。もちろん隣家がないから、苦情もゼロ。


朝起こされると、まずは薪割りをやらせて貰った。
何度も挑戦したが、薪は一度も割れなかった。
「俺、君のことなんて呼べばいい?」
「なんでも。」
「下の名前は?」
「ダメですね。のんちゃんにしか呼ばせてないですね。」
「じゃあ、苗字。」
「ハヤシ。」
「ハヤシくんね。かっこいいよ。立ち居振る舞いが垢抜けてる。」
「っすかねぇ。テキトウに無茶苦茶に、でも、無茶苦茶生きてるだけなんですけどね。」
そっから始まる、過去の武勇伝。シンナー吸いながら仕事してた話以外、共感も出来なければ、一つも尊敬出来なかった。
つまんない。インド行ったくらいで人生観変わったとか、そんな程度の人生論聞かされても、何にも思わない。
「小説読んで、俺、泣いたよ。」
「どうも。」
「実話なの?」
「うーん、フィクションだといいんすけどね。」
俺、この人、すっげぇ苦手だ。この家でメシを一緒に食うのは苦痛で、俺はエイキにコンビニをパシって貰ったりして過ごした。
何でか俺は、苦手なヤツと一緒にメシを食えない。
給食もダメだし、捕まったときに食う留置所の弁当も食わずに、米と味噌汁だけで過ごしてたくらいだ。
あー、のんちゃんに会いたい。


「なに?」
「東京怪童、泣いたわ。」
「ほらな。」
「なぁ、はやく会いたいわ。」
「うちも。楽しい?エイキくん家。」
「なんで電話したか、で、察せ。」
とは言え、一日中近所を気にせずに楽器を弾けるし、エイキと音楽の話をするのは楽しかった。
しばらく滞在して、俺は普通電車を乗り継いで家に帰った。
チカからラインが入ってる。
「オモシロイ人見つけた。」
yeah、もし過去に戻れたとしても、俺は俺のことを止めない。
あー、この時、チカのラインなんて無視してれば、なんて全然、思わない。


ドブみたいな気分で新年を迎え、姫始めに1000円払い、気が付けば成人式。
朝起きると、付き合い始めてから初めて、で、今後未来永劫見ることのないであろう、正真正銘たった一度きりの、のんちゃんの化粧姿を見た。
「お前、化粧したら死ぬほど可愛いねんな。」
「うん。」
俺はのんを抱き締めて、キス、キス、キス。
「スカートなんか、一年ぶり以上やぞ。」
「好きやろ、タイツ。」
「帰ってきたらエッチしよう。」
そんなことを言いながらいちゃついてると、マイキーから電話。
「What’s Up Bro?調子どう?今から、」
「なんかクスリ食った?」
「あー、昨日眠剤で記憶飛んだ。」
「いいよ、来いよ、」
案の定ぐっちゃぐちゃの精神状態でマイキーが俺の家に来る。
「マイキー、髪の毛は?」
「剃った!」
イカレてる時に髪の毛剃る癖、いい加減辞めろ。」
「女がな、コレ、見て。」
「いいよ、前見せて貰ったわ、あの、いかにも歌舞伎町な感じの。」
「そう、フラれるかもしれん。この前なんか、MDMAとキノコ食って、」
「何してんねん、」
「煮詰めたら濃くなる、って思って、咳止め3本煮込んで、スプライトで割って、リュウと一気したわ、」
「おう、何が言いたいねん。」
「俺のオンナが真似して、コンタックODしたりし始めて。」
「マイキー、今日、成人式やぞ。」
「そんなんどうでもいい、俺、彼女に謝りに行かな、」
「取り敢えず落ち着こうぜ、Bro!メシ食いに行こう、家系突っ込もう。」
サイアクサイテーの気分で日本橋に行き、魂心家で硬め濃いめ多め。
俺らの人生経験、濃いめ多めツラメ。


「なんなんアンタ?」
「俺?俺ってなんなんやろな。」
バチバチの睨み合いからスタートした。
「アンタ、ブラックブレイン着てるやん。」
「カッコええやん。でも、手に入らんねんこれしか。」
「うちが代わりに欲しいの、安くで手に入れれるけど。」
「なんで?」
「うち、作ってる人と知り合いやもん。アタシ、ユカ。」
ふーん、って思った。コレがあのフォロワー何万人の!って感じなんか、全然無い。
ただのイイ女だった。


「アンタ、ちゃんとご飯食べてんの?」
「食ってないなぁ、」
「うちがご飯奢ったるから、待っといて。」
「はい。」
誰も居ねー真っ暗な冬の学校で、タバコを吸う。
きったねぇにも程があるパーカーと、中にブラックブレイン、ズタズタのジーパン、穴の空いたコンバースで、イイ女を待つのは良い気分だ。
金も見てくれも無視して、魂だけでオンナが寄ってくるのは、本当、最高だ。
この前、マユミちゃんをご飯に誘って、既読無視喰らった以来のオンナとのデート。彼女が居てもツベコベ言ってこないオンナ。
しかも、メシまで奢ってくれると来る。
ニヤニヤ笑いながら待ってると、ユカがチャイナドレスに着替えて、ヒールでコツコツと音を立てながら階段から降りてきた。


「うちは、コカイン。ホームレスになるまでコカインやってた。鼻に穴開いてる。」
「ほんまかよ。」
「まぁ、それは良いわ。何処にする?ココは?取り敢えず座りたい。」
「何コレ、高そう。入ったことない。」
「じゃあここにしよ。」
天王寺の、ビルの下の高そうなメキシコ料理屋に入る。席に通され、ふかふかのソファに座り込む。
のんと食うのはいつも、Qsモールの中にある立ち食いそば屋みたいなところとか、安いカレー屋とかなんだぜ?
「何頼む?」
「メニュー、一つも分からん。米くれ。」
ジャンバラヤ一つと、じゃあアタシは、アボカドのチーズフライ。」
「アボカドって何?」
「あんた、うるさい、注文中やでもう。それから、スペアリブ。以上で。」
「なぁ、明日は俺が招待するわ。」
「ほんまに?美味しい店知ってんの?」
「大学で、昼待ち合わせよう。」
「うん。来たで。」
見事なごちそうだ。たまらなく美味そう。中でも、このアボカドってワケの分からないヤツがイケる。
「美味い、美味い、めっちゃ美味い、どれも美味い!」
「アンタ、うちの下で働く?2時間で、10000円出すよ。」
「よろしく頼むわ。5000円で良いよ。」
「じゃあその代わり、ご飯こうやって、いつでも奢ったげる。明日これしてきて。見たら分かるから。」
箱と、大量のビニール袋を手渡された。
「うちは今から、中国人と商談。やからこの格好。」
「ふーん、太ももといい、髪の毛といい、最高やな。お前、滅茶苦茶イイ女やわ。」
「親に殴られて、顔が均等じゃないけどな。」
「そこがイイねやん、分からんの?」
ついついべた褒めしちまう。
コイツと居たら、メシは食えるわ、イイ女と歩いてるのを色んなヤツに見せつけられるわ。しかもなコイツ、オモシロイから全然苦にならねえ。
イイモン見っけ。


次の日学校に行くと、スッピンで、キッタネーパーカーとドロドロのジーパンを履いたユカが居た。
「お前、スッピンの方が良いよ。」
「どういう意味?」
「うーん、ドレス姿見てるから、この落差は凄いグッと来るモノがある。」
「何を言うてんのか、よう分からん。アンタ、案内してくれるんやろ?」
ユカのぶっとい財布をあずかり、中華食堂で、食券機に千円札を突っ込んで、青椒肉絲定食と、青椒肉絲定食のご飯大盛りを買う。
席について、汚ぇコップに汚ぇ水を注ぎ、暫く待つ。
「アンタ、うち、白米食べれへんから。」
「マジ?いただきまーす。」
番号を呼ばれて取りに行き、テーブルの上に置く。
「うちのピーマン、多すぎる。」
「俺のピーマン、少なすぎる。」
二人で大笑いして、米貰って、ピーマンの分量と豚の分量を均等にしてから食った。
「あっ、仕事のヤツ。」
「今日、帰りにちょうだい。」
「はいはい。」
で、また晩メシをごちそうになる。
俺は、ビニールの中に、ユカの会社のステッカーを入れるだけ。
500枚くらい、のんに手伝わせれば一瞬だ。
楽勝だ。やっと運が向いてきた。

 

6.

 

CharaがJunior Sweetの周年ツアーをやることになった。俺達は付き合ってから初めて別れるまでの間、毎日のようにJunior Sweetを一緒に聞いて過ごしてたから、本当に思い出深いアルバムだ。
Charaがライヴするって。」
「・・・行くわ。」
ライヴに2000円以上出すのは初めてだった。チケットを二枚買い、Zepに向かった。
切りすぎた前髪、奈良美智の絵みたいな髪型になってる。
「なんやねんその髪の毛。」
「自分で切った。ぶっさい?」
「むっちゃくちゃぶっさい。」
朝から大喧嘩だ。何とか電車に乗り、黙って列に並ぶ。
喫煙所でタバコを吸い溜めして、席に移動する。
俺は思わず、泣いちまった。
手を繫ごう、で、のんと黙って手を繫いだ。


沸騰しそうな感じだった。
Charaは大勢の前であんなにスゲえパフォーマンスをした。
俺?俺がしてるのは、金持ちのオンナから金持ちのオンナにほっつき回ってるだけ。
何がダダだ。いい加減本当、真剣にやろう。
エイキに電話し、京都のヤマちゃんに電話し、兵庫の藤川、シンジにも頼み込んだ。
「ねぇ、プッシー誘わない?」
明日のスタジオに備えて先に俺の家に泊まりに来たエイキが、そんなふざけたコトを抜かす。
「はぁ?アイツはオザケン聞いてるカマクソ野郎、俺は苦手やな。」
「一番仲の悪いヤツとやろうよ。」
俺はプッシーにラインを突っ込んだ。


シンジが来て、ヤマちゃんが来て、プッシーが来て、俺とエイキ。藤川だけが、中々来ない。タバコを3本くらい吸ってると、やっと到着だ。
藤川にベースとエフェクターを渡して、各々セッティング。セッションスタートだ。
椅子の上に立ったプッシーが叫びながらジャンプした瞬間に、シンジが「ごめん、ボク、これは辞めさせて貰うわ。」と出て行った。
ヤマちゃんがゲラゲラ笑って、「俺も辞める。」
初めてのセッションの開始早々5分以内にバンドメンバーが2人も抜けた。


ヤマちゃんの、リストカットに対する反応は、
「お前の腕、汚いまな板みたいやな。」
「中学の頃からのんと付き合うまで、ずっと、皮膚無いくらい切ってたからな。治りかけてる証拠や。」
それに対し、ジプシーはと言うと、俺の腕を撫でて、「痛そう、」なんてほろりと呟きやがった。
あのな、痛そうって、そりゃそうだろ。ナイフじゃ切れ味足りなくて、シャーペンの銀色の部分でガリガリ抉ってたんだから。
ジュクジュクになった肉を汚ぇ指で触って、ヒリヒリすんのを楽しんでたんだから。
何でそんなコトしちまうのか、俺は未だに分からない。
「もう、したらあかんで。」
「余計なお世話。」
「取り敢えず、ご飯食べよ。あんた白ご飯食べて。」
喫茶エースで、ぶっとい財布から唐揚げの仕込みすぎで腰が90度に曲がったおばちゃんに、金を抜き取って渡す。
「今日はあんたがマヨネーズかけてや。」
「オッケー。」
新しく貼られた張り紙「ご飯にマヨネーズを掛けないで下さい。」を見て、俺は思わず大笑いする。
「おばちゃんアレ、なんなんすか。」
「体に悪いのよ、みんなマヨネーズかけ過ぎてる。」
「へぇ、そうなんだ。」
俺はクスクス笑う。
米にマヨネーズかけてたのは、ハットリだった。ハットリのあの発想には負けたよ、流石に。俺も真似して米にマヨネーズをかけ初めて、遂にこんな張り紙が貼られるようになった。
「じゃあ、あんた、マヨネーズかけて。」
「おう。」
ブモッ。
「ちょ、あんた、ふざ、ちょ、」
「見ろ、あの張り紙。」
「なによ。」
耳元で、ボソッと呟く。
「米にマヨネーズかけてたのは、俺や。」
そう言いながら、もう片方にも、ブモッ。
俺は、ユカの半分の量のマヨネーズをかける。
「俺に任せたのが悪い!!おばちゃーーん!!この子、マヨネーズかけすぎやわ。」
「もう、かけすぎよ、アナタ。」
「違う、あたし違う、この人がかけたんです。」
俺はゲラゲラ大笑いした。


喫茶エースの唐揚げ弁当は、280円。のりたまがかかった米に、黒く焦げた、余りにもデカすぎて中まで火が通らないからか、レンジでチンしてカチカチになった、たまに腹を壊すのに、営業停止を恐れて誰一人苦情を言わないシャブみたいな唐揚げが2つに、赤すぎる、余りにも赤すぎる着色料まみれの大量の福神漬け。それからトドメに、唐揚げ全体をコーティングする大量のマヨネーズ。
あり得ないほど中毒性のある弁当で、週に何度ものんに買って帰っていた。
「エースのマヨネーズには、シャブが入ってる。」
なんて噂を、俺は色んなヤツに流しまくっていた。
「アタシは、鶏肉のつけだれにマリファナが使われてる、ってウワサなら聞いたことある。確かにエース食べたら、しばらくハイになるし、エース食わないと眠れないことあるもん。」
大盛り100円で、米が倍になる。
昼限定のカレーピラフは、唐揚げのマヨネーズのせいか、あまりにも味が薄すぎた。


「あたし、別れた。」
「へー。そうなんや。」
「連絡めっちゃ来る、ウザい。無視してるけど。」
「へー。返事したりいな。」
「いいの?」
「うん。後さ、ミニスカ辞めてな。脚、見てまうから。」
「ええねんで、好きなだけ見ても。もう別れてんもん。」
「好きにしろよ。別れようが別れまいが、どうでもいいって俺。」
「・・・返事するから。」
「勝手にしたら?」
「取り敢えず、アンタは今日あたしについてきて。」
はぁ、面倒臭ぇ。
とりあえず付き添って、天王寺まで出てやると、やたらとユカがモジモジしてる。
「あの、やっぱり、仲直りしたから、今日は、おうち帰る。」
「うん。」
二人で天王寺で、山ちゃんでたこ焼き。ごま油塩。ハフハフ言いながら、あちー、あちー、って、ガードレールの上で足をジタバタしながらはしゃいでる、彼氏の居るお前が、俺は本当に大好きだった。


「またユカちゃん?」
「うん。」
「まぁ、勝手にしたら良いよ。浮気でも何でももう好きにして。うち最近、知りたいわ。浮気されたら、どんな気持ちになるのか。前まで嫌やって思ってたけど、もう、どうでもいい。」
「女の子は父に似た男を好きになる、とか言うしな。」
「父ちゃん、浮気してたもん。お母さんも浮気してた。」
「・・・」
「うち、もっとお前と話したい。」
「いいよ、話そう。」
ダダイズム、って、なんなん。」
「ダダは、何も意味しない。」
「何も意味しないって意味があるやん。」
「確かにな。そこが矛盾してておもろいやろ?なぁ、絵の上手い、基準って何?奈良美智ってなんであんなムカつくガキの顔ばっか描いてんの?」
「それはな、うちが思うには、例えば、この人の絵、と、この人の絵、どっちが上手いと思う?」
「こっち?」
「は、簡単に、うちでも描ける。こっちは、相当練習してないと。」
「なら、岡崎京子は上手い?」
「上手くはない、あれは、味。」
奈良美智だって、味のある絵やんか。」
「うちのは、練習し尽くした末に出る味のある絵のことで、岡崎京子は・・・」
こんな感じで俺達の会話が、始まった。
アシッドでヨレたマイキーが家に来た時も、こんな調子でずっと、一日中声が枯れるまで8時間以上、俺達は芸術論をぶつけ合った。
「もう、いい加減に話すの辞めたら?」
「マイキーも混ざるか?」
「お前ら難しすぎて、全然何話してるんか分からへん。頼むから寝ようぜ、もう。朝の5時やで、まだ話すの?」


俺とのんは、未だに距離感の取り方が全然分からない。
くっつきすぎるか、離れすぎるか。
こんなに俺の全てを愛してる癖に、ライヴは絶対に見に来ない。
プッシーが真冬に上半身裸だ。このクソ寒いのに、コイツ本当、イカレてる。
前の日から泊まってたエイキと、いつも遅れてくる藤川を待ちながら、バスドラ、スネア、シンバル以外を取り外す。
今日は俺らがトリ前。滅茶苦茶イイ感じの順番だ。
「取り敢えず、一番デカい音で。ドラムがこの感じ、後はマイクチェックっすね。俺とプッシーと、後はエイキに。」
「俺も叫ぶの?」
「ギター、貸せ。」
俺は、チューニングを無茶苦茶にしてギターを返した。
「待て、弾くな。ベースもギターもフルテンやねんから、本番まで別に音出さなくてええやろ。」
藤川は、飲んだチューハイの缶と、要らないCDRでベースの弦を擦ってノイズ出すことにするらしい。
俺?俺は何も考えてない。
どうなるのか分からない、完全即興だ。
「みんな、テーマは、愛な。先ず初めがいきなりピーク、中盤アンビエントで、最後オモクソ叫んで終わり。」


ライブは、俺のドラムとプッシーの叫び声からスタートした。ソコにエイキのギターが強烈に切り込んでくる。藤川は、ベースの弦を擦りながらエフェクター弄って、壊れたアナログシンセみたいな音を鳴らす。
プッシーがひたすら叫んで客席で暴れ回り、俺は、即興詩の朗読。ケツの方、段々息が合ってきて、気が付くと俺は、
「俺を愛してくれ、俺を愛してくれ、俺を愛してくれ、俺を愛してくれ、俺を愛してくれ、俺を愛してくれ、俺を愛してくれ、俺を愛してくれ、俺を愛してくれ、」
って叫び続けてた。
「ありがとうございました。」
のんの長女のヒモの彼氏が、叫びながら拍手してくれた。
「初めまして。いや、凄かったよ。」
「どうも。」
「Yeah, Like, Hanatarash!」
ガンジャ好きで、エレクトリックウィザードのバスオボーンとクッキー食ったりしたことのある、5年日本人の嫁と日本に住んでるのに、日本語が全く話せないオーストラリア人のPhilまで来てくれて、褒めてくれた。
学校のノイズの授業の先生も、対バン相手も、度肝抜かれたって。
みんな言う。
「続けた方が良い、ゼッタイ。」
圧倒的にその日は、俺達が掻っ攫った。


「アタシ、やっぱり別れる。」
「2日目でも無いのに、勢いだけじゃないヤツやな?」
「うん、だからアタシは自由やし、アンタも家遊びに来て良いよ。」
「へー。頼むわ、もう家居るの、ほんましんどくてさ。」
ユカの実家の最寄りの駅で待ち合わせて、二人で居酒屋で散々飯をご馳走になった。
「美味しい?」
「美味しい、美味しい。ごめん、もっと頼んでイイ?」
「食べ、食べ、好きなだけ。」
唐揚げ、おにぎり、焼きおにぎり、鳥の串なんかを食ってる隣で、さくらユッケだの、マグロだの、食ったことも見たこともないような美味そうなモノを頼んでる。
「これ、ちょっとちょーだい。」
どれもこれもクソ美味かった。
二段ベッドの上で、二人でオセロをして笑ったり、幸せなんだけど、なんか、なんなんだろうな、って、いっつも何かにモヤモヤしていた。
そんな感じで、俺は毎日夜はユカの実家で、散々鱈腹食わせて貰っていた。


ある日、サイゼに行くことになった。
「あたしは、サイゼが一番好きやねん。」
いつもに比べて値段が圧倒的に安い。確かに美味いんだが、損した気分になって、なんとなく俺は気付いてしまった。
ブランドモンの高級デパートに付き合わされんのも、もう、段々退屈になってきた。
「なぁ、ユカ、お前と居ると幸せでしゃあないわ。」
「アタシも幸せ。」
あのな、幸せなんてな、俺は、退屈な時しか言わねーよ。本当に幸せなときってのは、噛み締める暇も無いくらい夢中になってるもんだ。


バレンタイン、あぁ、バレンタイン。俺は、バレンタインデーが大っ嫌いだ。
勿論のんとは喧嘩になる。去年は本当、ドブみたいなバレンタインだったんだ。逃げるようにユカの待つ難波に向かう。
「これアンタ、義理。」
「はー、嬉し。」
「明日からイタリア行くねん。」
「行ってらっしゃい。」
「なんか欲しい物ある?」
「テレビ。」
「テレビは今度実家のヤツあげるから、他は?」
「思い出を聞かせてくれたら良いよ。」
うちに帰りのんに、見せびらかす。
「もらったわ、桜味やって。」
「ふーん。一つちょうだい。」
「あんま美味くないよな。」
「そう?美味しいけど。」
「お前、俺にチョコないんか。」
「お金ないねんもん。今からエッチする?それで1000円払ってくれたら、買いに行ったげるけど。」
大喧嘩スタート。もう、クッタクタだ。


イタリア土産に香水を貰った。
「お前確か、コカインで鼻おかしなってるんよな?匂いしないんじゃないの?」
「・・・アンタ、香水とかしいひんから。なんか、テキトーに買ったけど、」
「ふーん。まぁ、良いけど。」
「パーティ行ったら、木に、「Free LSD」って貼られてて、食べた。凄い強かった。」
そんなの、一体いつの時代の話だ?相当レイヴに行きまくってるマイキーに聞くと、
「外国でもそんなん今の時代、もう無いわ、流石に。何10年前の話やねん。」
コイツどうも、嘘くせぇ。フリスクリタリンが混ざってただの、マリファナを天ぷらにして食っただの、初めの方は信じてたけど、段々、相手をしてるのがアホらしくなってきた。
「あかん、効いてきた。」
「何が?」
マジックマッシュルーム。タバコに混ざってるねん。」
「ふーん。」
「ペットボトルの蓋、開けられへんから開けて。」
プッシーに電話する。
「もしもし、今何処?」
「図書館。」
「ちょうどいいわ、マジックマッシュルームって気化して効くモンなんか調べて。」
プッシーが色々調べてくれたが、経口摂取でしか効かねーって結論だった。


マイキーと二人で草っ原に寝転んでると、ユカが来た。
「あたし、アイス食べたいな。」
「やってさ、マイキー。」
「やってさ、ヒッピー。」
「俺、いいわー。」
「ほんなら、俺、付き合ってきますわ。」
「えー、アンタもついてきてよ。」
三人でアイスの相手をする。だりー、邪魔すんな、太陽浴びてのんびり寝てたってのに。
草っ原に戻り、ユカがアイスを食べる。
「アンタら、ちょっと要らんの?あたしもう、要らんねんけど。」
「じゃあ、俺が。」
マイキーが俺の方をニヤニヤ笑いながら見る。
「えー、マイキー、一口くれよ。」
俺は、アイスなんか食いたくもなかったが、一口食べてマイキーに返そうとすると、ユカが、
「あたし、やっぱり食べる。」
って、言いながら、アイスを食い始めた。

ユカを見送り、マイキーと二人になると、
「アレ、お前に惚れてるな。」
「やっぱり?クソダルいねんけど。」
「はぁーあ、お疲れ。離れた方が良いよ。断言する。」
「分かってるけどな、メシ食わせてくれるし、金もくれるねん、おまけに胸もデカい。こんなイイモン、みすみす手放せるかよ。」
「ゼッタイ大変なことなる。」
「じゃあ、お前も別れろよ。あのバンギャ。」」
「別れたよ。ユカは、俺もちょっとだけ引き受けてるねん。バイク後ろ乗らされてんから。お前、断ったやろ。」
「当たり前やん、「別に胸、もんでもいいから。」とか言われてよ、気持ち悪くて後ろ乗れるかよ。」
「断られたわ、ってこの前。お前の代わりに誘われて、俺、ホンマ地獄やってんから。」
「すまんな。」


「あたし、お酒飲んだらエッチしたなるねん。」って、酒を引っかけた後に耳打ちしてきたり、脚が好きだ、って話をすると次の日からミニスカばっかりになってたり、
「あたしの好きなタイプは、沈黙に耐えられる人。もっと、静かにしてほしいな、」
だの、なんだの、ウゼー。段々会うのが苦痛になってきた。
でも家に居るよりは、まだマシだった。
ある日、鬱の発作が来て、自転車に乗れなくなり、ゆっくりと押しながらユカの実家に向かった。
ユカは、バスローブ姿だった。
「また喧嘩やわ。」
「もう、別れたら?」
「そんな簡単に別れれたら苦労せんわな。」
電気を消し、二段ベッドの下でしばらく三角座りしていた。上で寝てるユカの荒い息遣いが聞こえてきた。布団をガサガサする音が聞こえる。
俺は察して、寝たフリ。もうユカの家ですら落ち着けなくなった。


「あたし、夜、男の人と飲みに行くから。」
「好きにしたら?」
心底からクソほどどうでもいい。何処でもいい、俺に逃げ場はないのか?
「昨日、何もなかったわ。飲んだだけ。」
「ふーん。」
「あたし、さみしいねん。」
「家行ったろか?」
「もうあたしエッチしたくて仕方ないから、我慢出来んくなる。」
「じゃあ、無理やな。」
「ピル飲んでるから、中出ししても良いのに。」
はぁ、ゲンナリだ。
気付くと俺は、奈良行きの電車に揺られていた。


区民センターみたいなトコで、子供の絵の展示をやってるのを、食い入るように眺めた。
「すごいやろ。」
「凄いっすね、子供はやっぱヤバいわ。」
「たいせいくん、今日泊まりに来る?」
「うん。」
「最近なぁ、妹の彼氏と駆け落ちする漫画読んでるねん。」
「駆け落ちしちゃいます?のんに今日会うの、言ってないんすよ。」
「のんちゃん、アタシのこと嫌いやもんなぁ。」
やっぱな、雲泥の差ってヤツだ。この姉貴は、余りにもキレイすぎる。30だとは、とても思えない。
長女が教えてる子供達の絵の展示が終わり、片付けを手伝って、電車に乗り込む。
このオンナは、自分がキレイだってハッキリと分かってる。完璧に俺で遊んでやがる。
長女の彼氏と居酒屋で待ち合わせて、焼き鳥とご飯を頼み、乾杯。俺はもちろんカルピス。
「たいせいくん、次のライヴいつ?」
「決めてないっすね。アレ、結構疲れるンスよ。」
「何か真剣に極めようと思ったら、シャブでもキメて集中してさ、」
長女が、さりげなく俺のカルピスを飲み、さりげなくきったねータレの付いた米を食べ始める。
「さっきこの子、アタシと駆け落ちしよう、って言うねん。してきてもいい?」
「うん、良いよ。」
「それは違うっすやん、俺はね、のんがしんどいだけなんすよ。」
地下室みたいな汚ぇアトリエのソファで、タバコを吸いながら眠った。


次の日起きて、5000円貰って、映画の撮影に付き合うことになった。即興で町中を、脚の悪い設定の男と歩いて鴨川に向かう、ってクソみたいな映画。
俺は、長女の姿を嘗め回すように眺めながらぼーっと歩いてるだけで良かった。
鴨川について、川の水を汲んできて、でっかい絵を描いた。それを、さっきまで脚の悪い設定だったヤツが持って、普通に歩いてるのをカメラに収めて、映画は終わった。
何を意味するのかも、コレがなんなのかもよく分からない。
貰った5000円でレコード屋巡りをし、ヤマちゃんの家で泊まった。


「お前、2日目やろ?」
「アンタ、あたしの生理ドンピシャで当てすぎ。」
「お前が分かりやすすぎやねん。めっちゃ機嫌悪いねんもん。」
ユカの仕事場に向かい、発送の手伝いをしていた。機嫌が最悪で、クッタクタにこき使われたってのに、この日はよりによって、サイゼリアだった。
最悪な気分で5000円を握り締め、谷九を歩いて天王寺を目指す。
「終電間に合わんから、チカん家泊まるから。」
暫く既読無視。舌打ちしてると、
たいせー、今までありがとう。探さないでください。」
ってライン。
はー、めんどくせぇ。タクシーに乗り込んだ。今日の賃金はそれだけで、パー。
家に帰ると、のんが咳止めシロップを飲んでいた。
「はぁ、なんや咳止めか。そんなんじゃ死なれへんよ。」
「なんや、死なれへんの。死のうと思ってたのに、恥ずかし。」
「なんやねん、のん。」
「もう、うちから離れんといて。一緒に死のう。」
「せやな、この辺でもう逃げ回るのも辞めるわ。」
のんの右腕から、血が出ていた。


ニヤッと笑いながら、のんが包丁を持って、ぼーっと突き立ってる。
「おはよう。」
「死にたいんやったら、うちがいつでも殺したるから。」
ニコッと笑う。
「うん、また今度頼むわ。取り敢えず、包丁置きよ。」
「落ち着くねんもん!!!」
あーあ、ぶっ壊れちまったって感じ。
のんは最近毎日、血走った目で、16時間くらい絵を描いてて、かれこれもう、段ボール2箱くらいになっていた。


「アンタ、学校は?」
「うっさいなぁ。」
「お願い、来て。ご飯食べよ。待ってるから。アンタ居らんと、学校おもんない。」
なんて言われ、仕方なく学校に行き、不貞腐れながらメシを奢って貰う。
「なんで学校来えへんの?」
「ウザいって。」
ツレが声をかけてくる。
「あ、胸のデカい彼女やん。」
「俺の彼女は、のんちゃんや。」
「ふーん。またな、ヒッピー。」
タバコを吸ってると、
「さっきの人、イケメンやなぁ、紹介して。」
「うん、いいよ。」
「でも、金髪やもんなぁ。」
「黒がイイワケ?」
「うん、黒髪のロン毛が好き!」
「へぇ、じゃ、今から金髪に染めに行ってくるわ。」
俺は弁当を置いて、歩き去った。


「黒髪のロン毛って、あれ、アンタのコトやで。」
なんて送られてきて、ゲッソリした。本当の本当に、限界だと思った。
「まだ学校居るん?」
「何?」
「何処居るん?行くから。」
「はいはい、怒ってないです。もう、放っといてもらえる?」
「いいから、何処?」
家でも喧嘩、このオンナとも喧嘩、ほんと、クッタクタだ。
ユカに見つかり、二人でタバコを吸いながら、しばらく黙っていた。
「うちは、・・・アンタと居りたい。」
「知らんよ、そんなん。俺は一人になりたい。」
目の前でタバコのフィルターをむしり、ライターで火をつけて燃やしたのを眺められてたら、流石に怖くて怖くてたまらねー。


胸に突き刺さったみたいな激痛があった。息が出来なくなって、肺に穴が空いたと思い込んで、救急車を呼んだ。
「うち、救急車嫌いやねん。」
「うるさい、俺、死ぬかも知れんのやぞ、ついてこい!」
結果、レントゲンには何も写らず、精神科を勧められて終わった。
俺は病気じゃない、別に。
押し入れの中に入って3日間、ジョアンの三月の水をループし続けて、何もせずにひたすら三角座りし続けてるけど、俺はマトモだ。狂ってなんか、無い。


「なんでインスタもツイッターも、ブロックしてんの?もう!テレビ返して!!」
「ハイハイ。」
自転車に一度も使ってないテレビを載せて、ユカの実家にのんびりと向かう。
会うのはカンベンだったから、インターホンも鳴らさず、テレビを置いてスグに自転車に乗り込むと、後ろからバイクでユカが追いかけてきた。
うわ、のんより先にコイツに殺される、って思ったら笑えてきた。でも、背中をバシンとしばかれただけだった。
「アンタ、学校は?」
「黙れよ、ブタ。殺す気か?」
「・・・まぁ、元気ならイイわ。」
一体、俺の何処が元気なんだよ、なぁ、誰か教えてくれよ。


のんちゃんが切るから、カッターも、はさみも、みんな俺の部屋に隠してた。
包丁は、料理する度に俺の部屋に隠した。
「お前コレ、どうやって切ってん?」
「カギで!」
「流石に、カギまでは奪えねーわ、」
って、二人でゲラゲラ笑った。
部屋で一人で泣いた。
はー、もう草臥れたわ、って部屋でしょぼくれてると、ライン。
「明日、久々にご飯でもどうかな、と思って。」


「セリ!久し振り。」
「うわ、たいせーしんどそう。」
「しんどいよ。もう、大学も3年やわ。」
「アタシは、浪人してるから、2年。どう?大学。」
「オンナが、シンドイ。一緒に死のうってさ。うちが死んだら、お前はゼッタイに、一人では生きていかれへん、だから、お前も死んで。とか毎日毎日抜かされるねんで。たまらんわ。」
「何それ?別れられへんの?」
「放っとかれへんねん。俺が居ないと飯も食わないわ、服も着替えないわ。」
「しんどそうやから、コレ、あげる。」
デパスを3シート貰った。
俺は、それを、拒否出来なかった。
アシッド食ってから、ずっと、飲まず、吸わず、食わずを突き通してきてたのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

首吊り穴から未来を 1  

 

あらすじ


大それた理由も大義名分も無い、世の中を変えたいなんて思わないし、別に金を稼ぎたいわけじゃない、単に生きてる実感を追い求めて、ウソ臭いリアルなんかより、真実を知りたいだけだった。
人を好きになるってどういうことだろう?冗談半分で言った、「一緒に死んじまうほどに愛されたい」って言葉が本当になってしまった。俺の全てを理解して欲しい、なんて幻想が本当になった瞬間が確かにあった。
18年間、見える景色全てが灰色で、喪失した感情を取り戻すために平気で腕を切り、ドラッグをキメて狂ってまでなんとか生き伸ばした先に見た、たった一枚の絵に俺は救われた。
何の才能も無ければ、何にもしてやれることなんか無い、ただ全力で生きてるだけの俺に惚れやがって、学校を辞め、何もかもを捨て、全てを俺に捧げてくれた女について、もうあれから7年間ずっと俺に付いて回り続けた胸の中の黒いモヤモヤをなんとか吐き出したかった。
呼吸が止まった俺を助けなかった理由は、結局分からずじまいだ。言葉ぐらいで、分かった気になるのもゴメンだ。
お前が薄い壁一枚を隔てて首吊ってるのを無視した理由も、全然分からないまんまだ。
ただ、俺達は死ぬギリギリで、物凄くちっぽけな希望を見た。

インターネットに簡単に書き散らしてみたこともある。人はソレを読んで感動したって言ってくれたりしたが、でも、自分の中には何にも起こらなかった。ずっとずっと俺は、ここに書いたことを、誰にも言えずに抱え続けて生きてきた。
別に書き終えたからって、全てがスッキリするわけでもない、最高の幸せや、恨み辛みの全てが消えるわけでもない。
ただ、過ぎ去った過去を置いてけぼりにしていくことぐらいは出来た。
最後にお前に会った時に、隣に居たヤツに言われた、「君は絶対に誰にも救われない、君は自分のことをしっかり抱き締めて、一人で生きていくしかない。」って言葉が間違ってるとは言わないが、少なくとも俺は、何冊かの本や、音楽、漫才、それから「それはお前のことを傷つけてるだけ」って言われ続けたどうしようもない女達と過ごす一瞬の中の、何気ない行動や一言に救われてここまで生きてきた。
そのおかげで俺にはデッカイ、返しきれないほどの借りが出来てしまった。
それを少しでも返すために、数年辞めていた文を書き始め、公募に出してみることにした。
勿論、ここに書かれてるコト、人間は全てフィクションだ。便宜上そう言わざるを得ないだけで、後は読んで勝手に判断して欲しい。

 

 

 


 


この本は、完全なるフィクション、・・・だったらいいのにね。


てんしのくびつるしのまちで
あたまのわるさをたしかめにいこう

By Hanadensha - Woo Rock

 

 

1章


 

1.

 

ウチに帰ると、荷物が全部無くなっていた。クーラーボックスの上に一万円札とレシート、裏には「来月からお父さんが来るそうです。」って書かれてた。
俺なりに何年も、母親とは必死に頑張って向き合ってきたつもりだったのに、寂しいもんだ。
つい最近まで一緒に買い物行って、料理を教えて貰ったりしてたのに。
引っ越すことは、なんとなく知ってた。でも、こんなに早いとは知らなかった。新しい住所も母親の電話番号も分からないまんま、俺は一人家に取り残された。
階段を登って自分の部屋のドアを開けると、俺の部屋だけが出掛ける前と全く同じでさ、吸ったってバッドになるだけなの分かってんのに、昨日の吸いさしのジョイントに火をつけて、案の定強烈にバッド。
でも断然、現実のがバッドなんだ。草でも吸ってる方がまだマシってモンだ。吐きそうになりながら一人川縁で、灰色の景色を眺めてた。
そのうちなんか、良いことあるって、なんてもう思わなくなってた。こんなモンだ、こんなモン。人生なんて、こんなモン。


淡路の商店街で待ち合わせ。いつも難波で会ってたから、セリナの住む街に初めて行く。一年ぶりに会うんだ。ずっと楽しみにしてたんだ。
「オススメの喫茶店あるねん。」
純喫茶で、俺はタバコ吸ってかっこつけてる。
「ウチ、もうタバコ辞めてん。」
「どうなん、最近。」
「彼氏出来て。」
一瞬黙って、色んなコトよぎって、「そうなんや。」
ヘラついてる。気にしてないフリしてる。俺より絶対イイ男じゃない、でもな、嬉しい、あの、中学生だったセリナにフェラチオさせるだけの大学生の男と居るより、笑うようになってるコトが。
耳掻きリフレ辞めて、今はしっかり浪人生。でも、親は相変わらずサイテーで、弟に首締められんだって。
なぁ、でもさ、もうちょっと俺の話させてくれよ、俺のこともっと聞いてくれよ。
何でお前ばっか話すんだよ。
茶店から出てもなかなか帰れず、河岸替えしてカレー屋行って、
「じゃあ、また。」
駅前で手ぇ振って、地下鉄までは平気なフリ出来てたんだ。
俺、飛び降りてぇ、って思って、必死になって考え振り切って、人生なんて、こんなモン、俺には何にも手に入らない、失ってくだけだ、って、虚しくなって。段々笑えてきてさ。
でも、あー、クソッタレ、俺だって、もう少し幸せになりてぇケドさ、なんて、幸せなんて見たこともなければ触ったこともないモンのために生きてる俺、草の吸い過ぎで幻覚でも見てんのか、なんか、何となく、まだ死ぬなって、そう言われてる気がして、諦めて、ケータイ取り出して、今の気持ちを詩にして全部メモん中にぶち込んだ。


いつからこんなことになったのか、分からない。自分のしてきたことの全てが間違ってた気がして、バイト中急にフラッと倒れそうになって、休憩室でタバコ吸って、「大丈夫、大丈夫、」って今日も口ずさんだ。
「なぁ、何でも買ったるで、何食べたい?」
うるさい、少し黙っててくれ。
「今日な、親おらんねん。」
「襲いますよ。」
「うん、襲って!襲って!!」
家に帰ったってどーせヒトリ。カエルみたいなツラだけど、ヤレたら別に、何でもイイ。
部屋ん中入ると、頭痛がした。
「・・・換気した?」
「正月に。」
イカれてる。辺り見渡すとゴミだらけ。むせ返るような女の体臭、気分が悪い、ここから出たい。
「掃除するわ。」
「襲ってくれへんの?なぁ?」
「勘弁してくれ、なんやこの黄ばんだパンツ、あー、もういい、もういい。」
帰る俺の背中サミシソーに見やがって、あぁ、ほんと、ろくな事が無い。
そもそも、ろくな事があった試しなんて一度も無い。


へっ、やってらんねー、次はなんだ?ヤタケタな気分だ。タイパンツにクルタ、で、中退した高校の学ラン着て、電車に乗る。
バスの中、AO入試の時ロン毛だったミナカミが、髪をバッサリ切ってる。
「お前、やっぱりイカレてんな。近寄らんといてくれ、俺まで頭オカシイと思われる。」
「うっせー、クソボケ、髪の毛切りやがって。」
ズンズン歩いてく後ろをミナカミがついてくる。
入学式の会場中の全員がスーツを着ていた。俺だけ、俺だけが、浮いていた。ヒトリくらい、俺と同じぐらいイカレたヤツが居てくれても良かったのに。
で、ミナカミ以外、俺の格好について、誰も何も言わなかった。
このまま帰るのも癪だから、酒呑に寄る。エリさんがインドネシアに行くらしくて、服を買ってきてくださいって、20000渡してた。
「これが一番高かったので、千円した。」
服は何度数えても7枚しかなかった。俺はソレについて、何も言わなかった。
「しっと、話しやすいよなぁ。ついついなんでも話してしまう。」
「よく言われます。で、俺は黙ってんすよ、いっつも。」
エリさんからジョイントが回ってきた。そのまま吸わずに黙って帰った。


オリエンテーションだかなんだか、テンションが下がる、気が滅入る。
「お前らは学校の癌やな。」
シンゴと二人、そんなこと言われてさ。殆ど寝てて、履修登録の仕方を聞き逃した。資料を読むのなんて面倒臭い。
落ち込みながらタバコでも吸おう、って。ライターが無い。トイレで、
「だれかー!!ライター持ってないー?」
叫ぶ。誰からも返事がない。みんなビビって俺から目を逸らしてる。
「なんや?返事もようせんのか?」
肩をポン、って叩かれて、
「お前、ボブマーリー、好きやろ?」
「勿論、当たり前に。」
「ついてきて。」
「ライター貸してって。」
「いいよ、もってるから、ついてきて。」
なげーこと歩き散らかしてるぜ、もう。いい加減ライター貸せよって思ってると、シンゴが俺のくわえタバコに火をつけてくれた。
「おい、お前ライター、持ってないんかよ。」
「うん。ケタケタケタケタ」
なんだコイツ、めちゃくちゃおもしれえ。


シンゴとマイキーが話してんのをぼーっと聞いて、時々相槌。バスん中、一生草の話して、喜志で降りて、タバコ吸ってると女が一人、声をかけてくる。
「もう、さっきから、この子、怖がってるねん。ほら見て、ウチの後ろ隠れて、」
俺は、至近距離まで近づいて、この子を見つめる
「俺が、怖い、ですかぁー?」
ウンともスンとも言いやがらない。
「なんでそんなことすんの?」
「オモシロイから。」
「ヒッピー君は、どんな女の子が好き?」
「俺?ヘルタースケルターのリリコ!!死にたいの、アタシ、女の子と二人で死にたいの、」
「こっわー!その腕の傷は何?」
「これか?リストカット、って言いますねん。シャーペンの銀色の部分でガリガリ、」
「それ、なんて腕に彫ってんの?」
「これか?FREAKイカレてるって意味!」
バーカ、金髪チビゴリラ女、うっせー!黙ってろ!!なんだその、東京怪童のハシ、って。そんな漫画に俺は、全く、興味がねえ。知らねぇ。
俺はその、ハシってヤツになんか、全然似てねー。
一緒に電車乗り込んで、古市で、先降りるって。
「さみしいやん。」
「また明日、会えるやんか。」
「明日?明日にはもう、学校辞めてるわ。」
「そんなこと言わんとって、明日もまた話そうよ。」
「ヤ・で・すー!」
ヒトリで帰ってく寂しそうな後ろ姿見つめて、あの女とはもう二度と話さねーな、って思った。
ムカつくんだよ。ズケズケ色々聞いてきやがって。
でも、明日学校には行くことにした。


ウチに帰って、グループライン。どいつもこいつもべちゃくちゃ、リアルじゃ俺に何も言えねークセして、ラインだと言いたい放題。
「ヒッピーって呼んでくれ。好きなもんは、宇宙。」
みんなつまんねー返事ばっか。ヒトリだけ「どんな音楽聴くの?」って聞いてくるヤツが居て、アイコンを見ると、筑摩学芸文庫の太陽。
個別で「誰?」って聞くと、「今日話した、ちっさいヤツ!」なんて抜かしてくる。
あー、あの俺の後ろに隠れた子だな。リアルじゃ恥ずかしくて話せなかったんだな。なるほどな。
「普段、うち、絵、描いてる。」
「見せて見せて。」
どーーーーせつっまんねー、アニメかなんかの絵だろ。テキトーに褒めとこう、って、送られてきたその絵。

ケッコー、キツかった。俺の人生。
18年、何度も何度も何度も何度も、辞めようと思った。
草で鈍らす脳ミソ、酒飲んで暴れて、腕切って、クソみてぇな女にクソミソにされるセックス、殴られるわ、馬鹿にされるわ、もういろんなことで俺は草臥れてて、もう全部諦めてて、
なのに、その絵、見て、さ、俺はさ、急に
あー、生きてて良かったな、って、言葉にもならないくらい凄くて、俺と同じ傷持ってるヤツ、初めて見つけたぜ。
初めて、人のことを好きになるってコトを知った。
人間なんて、嫌いだった。どいつもこいつもつまんねぇ、どいつもこいつも俺を怖がって、サシじゃなんも言ってこねぇ、たまに抜かしてくるヤツがいたと思ったら、大体ウンザリさせられて終わり。
とうとう見つけたぜ。
やっと見つけた!!
コイツは俺のモン、コイツだけは、絶対に、絶対に、もう、絶対に!!

俺はもうメロメロ、君の声はなんでそんなに可愛いの、なんでそんなにやらしいの、もう無我夢中、セックスなんてどうでもいい、そんなコトよりもただ今は、話せてるだけで完璧に幸せ。
一言一句全てメモして覚えたいくらい君に夢中。
「うち、生きてて、疎外感ってコトバ使う人、初めて見たかも。うちもずっと疎外感感じてて。疎外感って、西の魔女が死んだって小説で初めて見たんやけど。それや、って。うち、それや、って。」
「俺はエリッククラプトンのドキュメンタリーかなんかで、見たわ。」
音楽の話になって、バットホールサーファーズ流して聴かせたりしてさ。でも、俺の今の気分は、ホントは、CharaのJunior Sweet。
会いたい会いたい会いたい会いたい会いたいもう早く会いたい、話したい、見たい、匂いを嗅ぎたい、知りたい、好き好き好き好きチョー好き!俺はお前にチョー夢中!なのに、風呂入るんだって。
電話切って、コレが幸せか?とか、そんなことすら考えずにただ俺は、明日君に何話そうか、ずーっとそれだけ、何時間も考えて、ぜんぜん眠れなかった。


かわいい、かわいい、かわいい、おいお前らなんで、俺の好きな女のかわいさに気がつかないんだ?
群がってくるクソみたいな女共を無視して、うっすら光って見える俺の天使に向かって全力疾走、
「絵、持ってきた?絵!」
胸に抱えてる茶封筒を渡されるより先に掴んで、中身を取り出して、眺めた。
「すっっっっげーーーよ!お前ら、おい、見ろよ!!なぁ、オイ!!天才!!のんちゃん!!」
「もう、恥ずかしいやんか、ヒッピー君にしか見せてないのに。」
オリエンテーションだか、オリエンテーリングだか、貧乏揺すりの連続、何度も抜け出して吸うタバコ、早く終われ、早く終われ、仕事より時間が長く感じる授業をやっつける度に俺は、大学中走り回ってのんちゃんを探す。誰かと居ると、袖を引っ張って、二人になろう、って。
夕暮れ、噴水のあるとこで、俺寝転んで、
「のんちゃん、ひざまくら。」
良い匂いがした。ボロボロのきったねー2本ラインのアディダスのバッタもんの袖で、頭撫でられながら、
「のんちゃん、俺から離れんとって。ずっと一緒におって。」
のんちゃんがびっくりした顔でこっちを見る。
「嫌なん?」
「嫌じゃないよ、ヒッピー君と居るの楽しいし。でも、うち不安やねん、ジャズ知らんから。トランペット専攻は、ジャズ勉強せなあかんねんて。もう一人のペットの男が、うっとおしくて。」
「殴りにいったろか?」
「辞めて、そんなん、」
「じゃあさ、じゃあさ、のんちゃん、俺がさ、教えるわ。ジャズの歴史とか乗ってる本、買いに行こ、一緒に勉強しよ。」
口から出任せ。俺はジャズなんて知らねー、はったりだ。本屋にジャズの本があるのかも、知らねー。
大体もう、一発デートしたらソレっきり。俺は素寒貧になっちまう。それでも関係無しに、強引に、明日の5限終わり二人でアメ村行こう、って。
女を連れてくような飯屋なんか、俺は知らない。でももう後戻りなんて出来ない。
実は今日すぐにでも行きたかったけど、ごめんなのんちゃん。今日はマイキーと、草吸うからさ。
まさかそんなこと、口が裂けても言えない。違法薬物をやってるんです、ボク。なんて。
なんかそれって、すっげぇかっこわりー気がするケド、でも、俺今、余りにも君に夢中すぎて、ド盲目のど真ん中だからさ。ちょっと、クールダウンしてーんだよ、今日くらいは。


マイキーが家に来て、取り敢えず炊飯器で米炊いて、なけなしの金叩いて豚と白菜のミルフィーユ鍋を作ってやった。上にカマンベールチーズ載せて、ヤマちゃんが教えてくれた美味かったヤツ。
米炊き上がって、二人で食って、シラフでマンチー。3号炊いた米なんてすぐになくなって、また2号追い炊き。思わずマイキーと抱き合う。
「はー、うめー。さいこー!!」
「食後のデザートもあるで。」
二人でわかばの先っちょ抜いてガンジャ突っ込んで、1本のジョイントを二人で回す。おもっきり吸い込んで、40秒くらい、しっかり溜めては吐き出すを繰り返す。
ジェットコースターみたいに、急にフッとシラフに戻ったかと思うと急にまたぶっ飛ぶような、そんなクソみたいな駄草を二人で夢中になって吸い込む。
サランラップに包まれた圧縮品なんてこんなもんだ、仕方ない。
俺は少しで飛べるからコスパがイイ。逆にマイキーは全っ然効かない。
Dub RockersのTrip in Rootsを聞きながら俺は、ベルボトムからタイパンツに履き替えた。
「マイキーも着るか?これ、滅茶苦茶楽やぞ。これの結び方は、いや、こんなん教えてもどうせ明日になったら忘れてるんやろうけどな。」
「ケタケタケタ。それはええねんけど俺、ゼンッゼン飛ばへん。なぁ、食ってイイ?」
「え?」
「食ってもイイ?」
「マイキー、俺金キツいから、ちょっとくれるなら、もうちょいいいよ。吸っても、食っても。」
マイキーに2000円貰って、草を手でちぎって渡すと、食い始めやがった。
良かった、コレで明日、なんとかのんちゃんと晩飯を食える。デートには誘ったものの、電車賃しかねーんだもん。ヤバかった。なんとかなって良かった。
外に出て、効いてこねー、効いてこねー、ってマイキーが色々試す。
「効いてきたら、ジュースが美味く感じるわ。」
「いつもと味、変わらんな。」
「お前なかなか吸ったし、その上食ってんぞ?」
「分からん。」
「しかし、この階段、クソ長いな。もう何年登ってる?って気分やわ。」
「ケタケタケタケタ、あっ、あっ!!わかった!そういうことか!はい、ヒッピー、俺、滅茶苦茶飛んでます。」
「だから、さっきから言うてるやん。」
二人で朝の五時過ぎに、大声で笑いながら、大和川。散歩してるオッサンに、マイキーが「Hey!」って、オッサン、おっかなびっくりスタコラサッサ、俺たちクソ大笑い。
気が付くともういつの間にか俺たちは部屋で眠ってて、起きると昼の1時だった。


「お前、起きろよ、おい!俺はな、俺は今日、のんちゃんに会わないとあかんねん!」
「亀!」
布団被って顔だけ出して、亀、だとよ、ふざけやがって。無理矢理布団から引きずり出して、外連れ出して、
のんびり行こうぜカリカリすんなって。飯食べてからでええやん。」
「金がないねん。」
「奢りますやん。」
二人でカツオレでカツ丼食って、満腹で、眠くなりながらぼーっと電車に揺られて、芸大に着いた頃にはもう、授業が殆ど終わってた。


「でさ、サルトルって人が、・・・ごめん、おもんないな。哲学の話なんか興味ないよな。」
「ううん、おもしろいよ、もっと話して。」
ありのまんまジブンのまんま、クソガキみたいに好き勝手話し続けて、ちょっと休憩、って寄ったマクド。雨足が少し弱まってきて、二人で外に出る。
「相合い傘しよう!!」
「ヒッピー君、もう、雨止んでるよ、誰も傘さしてないよ。」
「いいやん。ほら、ちょっとだけ。」
くっついて、匂い嗅いで、俺のこともっと愛して。初めて入る、スタンダードブックストア。
「こっちこっち!」
知らねー、ジャズの本なんて一冊もないかも知れねーのに、初めての店を慣れた感じで御案内。
運良くジャズの本を見つける。完全に天が俺に味方してる。18年間、敵だったクセに。
二人バラバラになって、本屋の中をウロウロ。俺は夢中でレゲエの本を探してる。のんちゃんもなんか、探してる。
飽きてきたらのんちゃん探して、レジ済ませて、次は殆ど入ったことのないビレバンまで御案内。
探してた本が見つかって、でも俺金なくて、困って、
「なぁ、のんちゃん、あのさぁ、」
「うん?」
「これすげーーーー探し回ってたヤツ。3000円、」
「うん。」
「金なくてさぁ、貸してくれへんかな?」
「いいよ!そんな探してたなら、絶対買った方が良いもん。」
「ごめんなぁ、ごめん。ほんまごめんやで。」
情けねぇ、情けねぇ、クソ情けねぇ、俺。
母親と昔前を通っただけの、美味いかもよく分からないオムライス屋さんに連れてって、
「なぁ、俺食い方汚くない?」
「・・・かわい。」
「かわいい?」
「ヒッピー君、食べ方気にしてんの。」
「なぁ、汚くない?」
「大丈夫やから、好きに食べて。」


ブックオフの前で、急に、脱法ハーブのフラッシュバック。
「気持ち悪い。」
「どうしたん?」
「抱き締めて。いや、ごめん。やっぱいい。ヒトリで何とかする、」
頭を撫でられた。あー、もう、それだけで全部一瞬で治った。
「・・・ヒッピー君なら、いいのに。」
「え?声小さい、聞こえへん。」
「なんもない!」
地下鉄、近づいてくるお別れ。
「無理、帰したくない。帰らんとって。イヤや!」
「もう、何回も父ちゃんに、次の電車、次の電車って。父ちゃん絶対怒ってる。うちだって、帰りたない。」
地下鉄ん中、満員電車ん中、俺、のんちゃんに覆い被さってた。両手の間にのんちゃん入れて、他の誰ものんちゃんに触れないように、睨みを利かせてた。
嫌だ、のんちゃんが乗った後の座椅子に乗るヤツすら俺は許せねーんだ。
「もう、明日会えるやん。うちだってさみしいよ。」
「明日って、なぁ、のんちゃん、朝9時までやろ?11時間も離ればなれ。」
「11時間やんか。」
「11時間も、やんか。」
地下鉄降りて、近鉄電車まで送ってく。
なぁ、張り裂けそう。俺、引きちぎれそうなぐらいクソ寂しいよ。
帰りの電車で、ひたすらライン。
「さみしいわぁ、残り、10時間48分32秒も会われへんなんか。」
「早く寝たら早く明日になるよ。」
「無理です、幸せすぎて寝れません。夢に出てきてくれるなら寝ます。」
なんて、お惚気全開、隠そうともしない。

 

2.

 

喫煙所でシンゴとタバコ吸ってると、金髪にグラサンの先生が話しかけてくる。
「ヒッピー、ダメ。」
「18だから?」
「それはいい。そこで吸ってると、みんなに迷惑でしょう。」
俺この先生好きだな、って思った。
AO入試の時に、
「君は楽器、何してるの?」
「ずっとね、ノイズやってんすよ。俺、大学でボアダムスみたいなバンドやりたくて。」
「多分君は、この学校、向いてない。」
「あっそう。ジャズも好きっすね。」
「誰が好き?」
コルトレーン。」
コルトレーンは、すごくいいね。」
帰り、喫煙所でタバコ吸って、カツカレー食って、帰ろ、って。また冷凍倉庫での日々。でも、こんなにつまんねーとこよりまだマシだろ、みたいなこと考えながら、バス停に向かうと、ジャンベを叩いてるヤツが居る。
コイツは最高、俺はソイツの目の前で、夢中になって踊り狂った。
「叩いて!!」
座って見様見真似でジャンベ持って、セッション。
15分くらい、頭真っ白で没頭。終わって、立ち上がって二人で思いっ切り抱き締め合った。
俺はそれから必死で勉強して高卒認定を取り、入学した。
この大学に来て良かったホントに。
俺が俺で居られる。コイツら、ムカつくよ。みんなつまんねぇ。でも、つまんねぇけど、中学より高校より自由で居られる。


宿着いて、冷めた飯。200人くらい全員で同じものを食ってるのが気持ち悪くて、何も食べる気になれない。
のんちゃんは既に他のグループと食い始めてたけど、割り込んで、のんちゃんの隣。みんな「もしかして高校同じ?」って聞いてくる。
「いや、一目惚れ。」
「もう、何言うてんの、辞めてって。」
食事中唐突に、太った和服のオッサンが出てきた。
アホらしー、何が入学おめでとうだよクソが。ひっこんでろ。
取り出した尺八。
スウッ、って息吸って、なっげー曲なんだコレが、20分ある。
俺以外の殆どが寝てる。俺だけ、目、ランランで、目の前に居るのんちゃんが急に居なくなるような気がして、思いっきり抱き締めた。
涙が止まらない。なんだ、コレ。草で飛ぶより遙かにぶっ飛んでる、完璧に、もう、目が見えない、目の前が真っ黒になる、怖くて怖くてたまらない。
なんか、明るい光みたいなのがほんのすこしだけ、ソッと見えた瞬間に、曲が終わった。
俺は走って先生の元に駆け寄って、質問攻めした。
「ぶっ飛びました!!!!!ヤバい!!握手してください!ファンです。先生の授業取ります。」
「ありがとう。コレはね、偲びって曲なんだ。」
「だからか。大事な人がこの世から居なくなるんじゃないかって、思ったもんな。」
で、グループ組まされた。俺の先生は、たまたま尺八の先生だった。
グループ名を決めることになって、みんな、
「ヒッピー、ヒッピー、ヒッピーワールド!!」
「なんそれ。」


宿の部屋、ベランダでタバコ吸ってると、さっきのグループ発表で、殆どイジメみたいな名前だったグループのリーダーの、クレイジーゴリラが話しかけてきた。
「なんやー、タバコ吸ってイイんやー。持ってきたら良かった。1本ちょうだい!」
迷彩のパーカーにジャージで、ケバい。
「5本あげる。」
「ありがとうー!ヒッピーやろ。」
「クレイジーゴリラ?」
「それ、だるいって。うちはフユミ。」
二人でわかばを吸う。
わかば、やっば、つよっ、まずっ、」
「貰っといて文句言うなよ。」
「ね、ね、緑好き?」
「みどりって、俺の愛した女の名前は、の方?」
「クサ、葉っぱ!!」
「好きってより、大好きなんちゃうかな。」
「赤とかは?」
「赤?」
エリミン!」
「いったことないな。」


廊下歩いてると、目の前に犬みてーなやつが、
「りんりんりん!!!!」
っておっきい声で目ぇひん剥いて俺にメンチ切ってくる。なんだコイツ?怖ぇ、イカレてやがる。
そんなの無視して風呂に行くと、シンゴとさっきの犬みてぇなヤツと一緒に、マイキーが居た。
犬みてぇなヤツが自己紹介代わりにラップし始めて、「よろしくな、リュウ。完璧に喰らわされたわ。」コイツはスゲえ、めちゃくちゃかっこいい。一目置いた。


「ねぇ、ヒッピー君?」
「はい、なんでしょう。」
「ヒッピー君、俺、マイキー、シンゴで、面白四天王って言われてるらしいよ。」
「お前、誰だよ。」
「俺は、」
「いや、いいわ、名前覚える気も無い。」
「なんでよ、仲良くしてよ。」
「何のメリットがあるんすかね?退けよ、殺すぞ。」

「ねぇ、ヒッピー君?」
「あ?」
「ヒッピー君ってさぁ、おもしろいよね。」
「ほう。俺がオモシロイ?」
「うん、俺仲良くなりたいからさ、連絡先、教えてよ。」
「あっ、無理。」
「えっ、なんで。」
「えっ、あなたと絡んで、俺に何かメリットがあるんですか?」
「もう、いいやん。コレほら、QR。やり方わかる?」

「ヒッピー君!!」
「はーい、なんでしょう。」
「ヒッピー君って、いっつも何考えてんの?」
「じゃあ君は誰で、君はいつも何考えてんの?って今この瞬間は考えてたな。」
「えー、アタシは今、ヒッピー君が面白いって思ってて、かっこいいな、って。」
「はいはい、どうもありがとうございます、退いて貰ってもイイかな?俺は今、のんちゃんと話したいから、退いて欲しいと思ってるで。」
「あ、あ、じゃあじゃあ、いつも服、何処で買ってるのー?」
「服は、服屋で買ってます。」

「ヒッピー君!!」
「はい。」
「ヒッピー君って、いっつも何思ってんの?」
「怒ってる!!」
「何に?」
「環境汚染。自然を返せ。俺はヒッピー。」
「ヒッピーって何?」
マリファナ吸うヤツ!」
マリファナなんか、吸っちゃダメ。」
「じゃあ脱法ハーブならオッケー?ね、そこ退いてくれない?俺はね、のんちゃんと話がしたいんですよ。」


誰も居ねぇ、来ねぇとこまで歩いてって、のんちゃんと待ち合わせ。
「のんちゃん、もう俺、帰りたい。こんな知らんヤツらばっかと泊まるのシンドイ、疲れた。」
黙って頭を撫でてくれる。
「のんちゃん、俺、ヨーグルト飲みたいねんけどな、一円もないねん。」
「はい、」
200円渡される。
「ごめんな、ごめん。」
「いいよ、また返してね。」
「給料で!なんとか!!本の3000円も忘れてないで。」
甘えすぎ、ダレすぎ。
「抱きついてもいい?」
「うん、いいよ。」
抱きつこうとした瞬間、同じ学科のヤツらの声が聞こえた。思いっきり舌打ち。「はぁ、アイツらさえ来なかったらな。」二人で溜息。


「のんちゃん、ジュース飲みたい」
「お金?」
「ごめん。これやと、のんちゃんに会いたい理由がお金やと思われるわ。違う、会いたいだけやねん、」
「いいよ、うちも会いたいし。」
自販機前で待ち合わせて、トロピカーナのミックスジュース、一緒の買って飲んでさ。
「友達出来た?」
「ううん。ヒッピー君のこと、みぃんな聞いてきた。同じ質問ばっかり、みんな、同じ。ヒッピー君、何考えてるの?って。」
「そっか、俺はリュウってヤツと仲良くなってさ、」
「良かったやん。」
「良くねーよ。俺もう、クスリ辞めたいねん。俺はヒトリで吸うのが好きなだけで、人と吸うのは大嫌いやし。仲良くなりすぎた。大人数で吸うとか、地獄や。」
「大丈夫?ハグする?」
「のんちゃん、来て。」
走って、非常階段のドア蹴り上げて、外出て、階段ダンダンダン、「なぁ、俺、」
「うん?」
「なぁ、俺、マジやから。」
「どういう意味?」
「好き、好き、好き、好き、好き、俺、のんちゃんのこと好き。俺と付き合ってくれ。」
「うちでいいの?」
ボロボロ泣かれて、抱きついて、で、キス。
すっげーーー、すっげーーー、すっげーーーガサツなキス。焦って舌を入れようとすると、避けられた。
「ほんまに、ほんまに好きなん?」
「うん。」
「エッチしたいだけ?」
「違う、そんなわけないって。」
「じゃあ、舌は、まだ早い。」
唾液を服で拭われる。
「あっ、拭いた!」
「なによ、」
「嫌なんか、俺とキスすんのが。」
「嫌じゃなくて、」
「クサイんか。」
「あーもう、面倒くさい、違うって。別に、クセ。」
「はぁ?クセ?昔の男と、ってことか?」
「そう、そうそう。」
「うわ、なんか、つめた。のんちゃんこそほんまに俺のこと好きなんか?」
付き合った瞬間がまず、一発目の喧嘩だった。


リュウ、シンゴ、マイキー、フユミが居るとこに向かう。クソモブ共と話してるのはウンザリ、どいつもこいつもドラクエか、ってくらい同じことしか聞いてこない。そんなヤツらと話してるよりは、ジャンキーと話してる方がいくらかマシだ。
「俺さぁ、エリワンシート行って。」
「エリって?L?」
エリミンエリミン!!」
「フユミも好きやろ、エリミン。俺行ってない。導入剤ならよう食ってた。一ヶ月丸々記憶飛んだことあるわ、」
LSDはさ、俺もまだ」
「さっきフリースタイルで、いつでも用意するぜ、ウィードとコーク、っつってたけど、コーク買えるならお願いしたいんやけど、」
「いや、いつもってわけではないかな。今は、無い。」
こんな会話がひっきりなしに続く。Trash Junkyのゴミゴミトーク。みんなで笑う。バッカ、お前、イカレてんな、ぶっ飛んでんなソレ、って。
そんな中も、のんちゃんとラインは欠かさない。
「みんな、ヒッピー君のこと、聞いてくる。知らんふりしてる。絶対内緒な、付き合ってるコト。」
「何で隠すん?俺と付き合ってるのが恥ずかしいとでも?」
「そんなんちゃうもん。恥ずかしくないけど、辞めて。しばらく黙っといて。」
また喧嘩。
「ヒッピー君が一番カッコイイって、みんな。良かったな。うちは早く帰りたいわ。マイキー君たちと楽しんで。おやすみ。」
なんか釈然としない言い回しばっかりするし、キスは嫌がるし、コイツホントに、俺のことが好きなのか?


「こう、エリミンさ、置いて。咳止めの空瓶で、ゴン、ゴン、ゴン、あっかんわぁ、あっかんわぁ、って。」
「鼻から吸います、と。」
「そうそう、」
こんなトラッシュトークまみれの夜、俺たちはシャブ中みたいに、廊下を何の意味も無く歩き回って、たまに座り込んだりしながら、ずっとクスリの話。
ジャンキーは、クスリの話をしてるのがクスリの次に好きだ。
「フユミは、ブリってマンチでコンビニ行って、家帰ったら、うわー、って。買いすぎ。レシートの値段やば、って。」
「脱法ハーブ行ったとき、ファミレスのドリンクバーで、あっかんわぁ、あっかんわぁ、って。もうコップから溢れてんのに、止め方忘れて。」
俺たちは通り過ぎてきたバッドな日々、暴れなきゃやってらんない日々を、笑い話にして誤魔化すんだ。

 

3.

 

23号館ホールでパフォーマンス、みんな面白かったけど、俺が圧倒的に掻っ攫った。
「団体賞優勝は、ヒッピーワールド!さ、出てきて!」
大量の景品。
「個人賞の優勝は、ヒッピー。さ、出てきて。」
「あー、みんな、宇宙は好きか?俺はいっつも宇宙について考えてる。芸術は爆発だ!!以上。」
ワー、キャー、歓声の中手渡される景品。景品に次ぐ景品で、しばらく食うものには困らない。
のんちゃんとバス停で待ち合わせて、
「見てコレ。重たいわぁ、邪魔やわぁ。」
「良かったな。」
なんとなく、不穏な雰囲気。のんちゃんに半分持たせて、俺は王様みたいな気分で古市をうろついた。
「手、繋ごう。」
「・・・」
俺はのんちゃんの手をガシッと掴む。しばらく歩いて、手を離す。
「別れよかー。」
「うん。」
「まぁ、ええやん、最後にロッテリア行こうや。」
「うん。お金、あるの。」
「・・・」
サイアクの雰囲気。優勝出来た嬉しさなんて、ひとつもない。
ロッテリア、黄色い照明、二人で下向いて、何の味もしないジュースを飲む。
「なんやねん、なんか、なんで、なんでこんなんやねん。」
「知らん、分からん、うちら、合わへんのちゃう?」
「のんちゃん、指貸して。」
俺は唐突に指を舐め始めた。のんちゃんが泣き出した。
「なんやねん。」
「あのな、あのな、うちな、」
「喫煙所、誰も居らんから喫煙所、」
はぁ、はぁ、って息で、泣きながら、
「元カレに似てる!」
「なんやねん。」
元カレくんは、中2の時付き合った男で、今現在も電話番号をいくら変えても、非通知で電話があること、とうちゃんに送り迎え来て貰わないと、刺されるから、マガジンをお腹に入れて通学してたこと、そんなことを聞かされた。
俺は立ち上がって、叫んで、壁を殴りつけた。
「それもそっくり!殴られててん。大きい声出さんとって、怖い。」
「ごめん、ごめん、そんなんちがうねん、ごめん。ムカついて、」
「初めて人に話せた。」
「で、どうすんの?俺ら、別れんの?」
首を振る。
外に出て、
「試しに、手、繋いでみよ、さっきすぐ、離したやん。。」
ずっと手、繋いで、古市の駅の中、
寂しい、光り輝いてる中に、灰色がキツく見える、今すぐ泣きてぇのに無理矢理無理して笑う。離れたくない、一人になりたくないけど、でも、強烈に一人になっちまいたいような。
俺は駅のホーム、一人でベンチに座り込んで、下向いて、涙が止まらなかった。
こんなに人の話聞いてて、悲しい、って思ったことなんか、今まで一度もなかった。色んな話聞いたよ、ヒデー話。でも、俺いっつも何を聞かされても、泣いたことなんかなかった。
CharaのJunior Sweetを鳴らした。風景にドンピシャだった。歌詞がまんま突き刺さった。


「のんちゃんと、どうなん?」
「別に、なんも、」
「ずっと一緒やん、ピッピ。」
おめーらもずっとくっついてるけどな、リュウとフユミ。
「ピッピ痩せすぎ、ジャンキーみたい。」
「ロクに食ってないねん。」
「フユミにお弁当作ってきて貰ったらいいやん。」
二人でのんを見てニヤニヤ、のんちゃん怒ってる、でも俺は正直リュウにはビビってる。なんとなく、要らんわ、とも言いにくくて、
「頼むわ、乞食やから。」
のんちゃん怒ってる。はー、もう二人だけにしてくれ。


「一緒にご飯どう?」
「空気読めよ、なぁ、」
「空気?」
「おい、のん、なんで隠すねん?二人きりにさせてくれへんぞ、コイツら。」
「もう、声デカいって!!」
「もうええわ!!!」
俺はズンズン歩いてく。
タバコ吸って、タール欲しくて、2本目に火をつけて、1本目と一緒に吸い込む。
クールダウン、あー、ヤベーことしたな、って、わりいのはあのクソモブだろ、って思い直して、のんちゃん探し回って走る。
さっきのモブと一緒にカレー食ってる。死んだツラして。
俺はモブの襟首掴んで、
「殺すぞ。」
その後、モブな、「ヒッピーは、脱法ハーブ吸ってる。アレはタバコじゃない。」ってウワサ流しやがった。
大麻の間違いだ。脱法ハーブなんてもう、とっくに辞めてる。


「ヒッピー君、Tシャツで寒くない?」
「むっちゃさむい。」
「マフラー、巻いたげる。」
俺はニヤニヤ。
「かわいい、かわいい。」
そんなこんなで日々、通り過ぎてく。色んなコト忘れてく、当たり前になってく、アリクイが俺の空洞を広げる。


「さっき便所行ってたとき、サカジマさんとなんか話してたやろ。」
「うん、たいせーと付き合うのは本当に大変だろうけど、頑張ってね、って。よろしく頼む、って。」
「なんだそれ。」
エレベーターまで待ちきれない。乗った瞬間舌入れてキス。早く二人きりになりたい。
テキトーにカラオケ入って、キス、抱きついて、肌を触りながらキス、キス、キス。
首を舐めると、恐竜みたいにざらざらしてるアトピーが可愛くて仕方ない。もう何も思わず、考えずに夢中でお互いがお互いの体を舐め合って、キスして、抱きついてを繰り返して、手をガッと掴んで、のんちゃんに触らせる、
「まだ、これはまだやな、ごめん。」
柔らかい胸、柔らかい、最高の、胸。良い匂いのする髪の毛は、触ると少しガシガシしてる。
1回延長して、取り敢えずその日は帰った。でも、もう、我慢限界だぜ。
ホントに、我慢限界だぜ。


「おい、シャブ中。」
「誰がや?」
「どっちも。お前ら、シャブやってるやろ。」
「あ?殺すぞ。」
「あ?」
こいつ、殴ってくるヤツだな。殴られたら俺は弱い。
「ちゃうっすやん、先輩、仲良くしたいだけですやんか。シャブ中とか辞めてくださいや。俺ら、マリファナですねん、勘違いは嫌やなぁ。」
「そうか、仲良くしたいんか。よろしくな、ヒッピー。」
取り敢えず握手。
よっぱらいが、motherfucker、隣でダイキがウズウズ、ブチギレてる。
茂みに女呼び出して告白するヤツらだの見過ごしながら、俺は、のんのもとへ。
案の定だ、こいつも先輩にだる絡みされてる。
「ほんまおまえは男みたいやな。」
頭の上に、ポン。手を置く。
暫く、待っておく。にやっにや、ピザとかくっちゃくちゃしながら、たまにわざとらしく笑いながら、だけど目だけは逸らさない。
背中に手を回そうとした瞬間見計らって、
「ウラーッ、アー?」
「なにこいつ、こわい。」
胸倉つかんで、
「先輩、分かるやろ?なぁ?お前、誰の女に手ぇ出しとんねん?」
「・・・すいません」
「ブルってんなぁ、怖い?なぁ?怖いん?」
「はい、離して貰っても、」
俺は離してやり、ニヤリ。のんちゃんに大声で、
「お前もお前じゃ!拒否出来てたんと違うんかい!」
「・・・」
のん、マイキー、俺、三人で、川縁の新入生歓迎会を抜け出した。
電車のホームで、
「マイキー、泊まりにくるか?ヤバいほどイラついてるやん。のんちゃんも、もう今日は泊まれよ。」
「うちは行くけど、」
マイキーは空気読んで、来ない、って。


シャッター下がった窓から差し込む僅かな光に目を覚まして、のんちゃん起こして、二人で服脱いで、
「入れよ。」
「ゴムある?」
「ある。」
「生理やけど。」
「我慢出来るなら、別に良いよ。オレは無理。」
「うちも無理。」
入れようとする、格好つける、でも、上手く出来ない。
「上乗ったげる。」
「童貞ちゃうで、俺。ほんまに、」
「分かってる。」
上に乗られる前に、完全に萎えた。
「はぁ、ごめん。怖い、俺、怖い、」
「どしたん。おいで。」
長い時間抱き締めあって、その日の夜、もっかいシテみた。
次は上手く出来た。4回、連続でヤって、草臥れ果てて、寝た。


「かゆい、かゆい、かゆい、」
「どしたん。」
「出来物出来てて、ストレスやろうな、みんな、どいつもこいつも面倒くさい、」

電車の中、ジャンキーの、探り合いみたいなのが止まらない。俺はくったくたのへっろへろ、電車の椅子に寝そべり込んでる。リュウに、次、みんなで草吸うけど、来る?って
「俺、吸うときは、一人じゃないと、嫌やねん。」

俺が西成育ちとか、ワケの分かんねーデマ、俺のうわさ話、俺についてどちゃくちゃ抜かすクソ共、陰でコソコソ、堂々と俺に聞いてこれない、マイキーは怖いし、リュウにも、シンゴにも聞けないヤツらが、のんに俺の話を聞く。
「ヒッピー君と一緒に居るとき、いつも何話してんの。」
俺にはツレが居るのに、のんちゃんはいつまでもひとりぼっち。

そんなこんなが溜まりに溜まって、腕に出来物が出来て、痒くて、掻き毟ると汁が出て、その汁が付いた場所にまた出来物が出来る、の繰り返し。
したらのんちゃんが、抱き締めながら、体を擦り合わせてくる。
「汚いよ、移るかも。」
俺の言葉を無視して、指で汁を掬って、黙って白い肌に塗りつける。
そんなことされたら、無理だよな。もう俺たち、学校も行かずに毎日ヤリまくり。


今や、俺は馬鹿にされてんのか?って思うくらい、俺が居るだけでみんな笑うし、キャーキャーうるさくてたまらない。
可愛いな、って思って授業中に見つめてた先輩からは、
「うち来てぇ、お茶しよう。好きな飲み物何?」
「俺?カルピス。」
「お茶しよ、絶対ね。」
「気が向いたらね。」
楽勝に手に入りすぎて、何の面白みもない。
その先輩に、CD貰って。
再生してみると、ジャパレゲだった。マイキーと二人でクスクス笑いながら叩き割った。
俺たちは、ジャパレゲなんて聞かねーよ。ルーツロックが好きなんだよ、Bitch!


噴水広場で、ツイッターで知り合った映画好きの女に会う。
「あっ、怖い、」
「うち怖い?」
「ヤバいやろ、何?」
「別れてん、2日前に。もう、しんどいわ。」
隣に、ヘルタースケルターのリリコが座ってるみたいな気分だ。
チカの顔は、俺の人生で見た中で、一番美しい顔だった。のんちゃんのことは、好き。
でも、ごめんな、めちゃくちゃドキドキするわ。
お菓子食べよ、って、何取り出したと思う?
うめねりだぜ?
高級ブランドのバッグに、うめねりが入ってんだぜ。
で、チカに、パンズラビリンス、トゥルーロマンス、パルプフィクションなんかをオススメされた。


「パンズラビリンス、知ってる?」
「おもしろいよ、好き、見たことあるの?」
「ちかが。」
「誰、ソレ。」
「めっっちゃかわいい、ギャルの中のギャルってぐらいギャルのメイクの女の子。アレはカワイすぎる。異次元。」
「何、ソレ。また、女の話?」
って喧嘩みたいになってると、チカが間に入ってきた。
「これが、のんちゃん?」
「そうそう。」
「えっ、カワイイ。連絡先交換しよっか。」
「・・・今、水没しててガラケー。」
「えー、カワイイ、今時ガラケー?はい、電話番号。」
「ありがとう、絶対連絡するわ!」
バッチバチに睨み合ってる。でも、チカは俺には全く興味が無い。
ただこの女、のんちゃんの反応を見て、クスクス笑いたいだけなのだ。
冷や汗モンだろ?


「縫い物出来る?」
「うん。」
俺は、戦隊モノのレンジャーのミニチュアのピアスをしてるイカれた女に、アラジンパンツを押し付ける。
「これ、どうやって穿くの、」
「これはな、」
クソ可愛い。なんだこの女。
それが、リュウと付き合うことになるヨツバちゃんだった。


リュウのCDを、家にあるボロボロのコンポで鳴らす。のんと二人で聞く。
何言ってんのか聞き取れねーけどひたすらにヤベーラップに完璧に噛まされる。
ヒップホップって、かっけーんだな。
リュウくん、かっこいい。」
「俺よりか?」
「そんなん違うやん、かっこいいやろ?コレ。」
「かっこいい、文句なしに。俺よりかっこいいと言われても仕方ないくらいヤバい。」
リュウ、俺、マイキー、たまにくるシンゴ、いつも集まって、服の見せ合いだ。
俺たちはいつも会う度に、誰が一番イケてる服を着てるか、競い合ってた。
いっつもバチバチに、喧嘩みたいな雰囲気で会うんだ。


普通のジーパンにTシャツ、コンバースの靴、で学校に行ってみた。上はパジャマ。
原っぱで、トロピカーナのフルーツジュースを飲みながら、のんちゃんとお弁当を食べる。太陽が眩しくて気持ちいい。
ちょっと眠い。
のんちゃんと服を交換して、うろつき回るとみんな、いつもと違う俺の格好に驚いてた。

 

4.

 

毎週火曜に、タッちゃんとスタジオに入って、アンプ最大音量にして、セッション。その後は、古市前の大阪王将に、タッちゃんとのんの三人で乗り込むのが定番になってた。
何を話してたんだろう?取り留めもなく流れ去ってく月日。


全員集まる授業に、さっきまで一緒に昼飯食ってたのんが居ない。
授業終わりに図書室行くと、寝転んでるのんが居た。ぐったりしてた。
「これ。」
手紙を渡された。

うち以外と話されると、しんどいです。
うち以外と仲良くしてるたいせいを見るのがしんどい。
こんなん言うたらオカシイの分かってる。
マイキーくんと、タッちゃんはしんどくない。

もっと泊まりたい⬅無理強いはしない
の上に、斜線が引かれていた。

「取り敢えず、ゴールデンウィークはずっと一緒に過ごそう。」
そうとしか言えなかった。
「しんどい、しんどい、しんどい、ウチの彼氏はスーパースターや。モテモテや。うちはその女や。みんな聞いてくるもん、たいせいのこと、ずーっと、ずーっと、たいせいと二人で何話してるの?とか。」
「分かった、分かった。」


「個性的だよね。」「変わってる!」「変人!」違う、俺は普通にしてるだけだ。誰かと何かを話す度に、少しずつ磨り減っていく。
ある日、限界が来た。
教室のドアの前で、おどけて見せた。ドアを上手く開けられない、みたいな演技をすると、みんな一斉に笑い始めた。
なんでこいつら、こんな退屈なコトで笑いやがるんだ?常に誰かが俺を見てる。もういい加減、ウンザリしてきた。
教室に入って、鞄を机に叩きつけた。
「何がオモロいねん?」
ナツキとチカだけがニヤニヤ笑ってた。逆にドアの件の時は、ナツキとチカだけは黙ってた。
これでもうダイジョーブだろう。のんに話しかけるヤツらも減るはずだ。
「アイツは狂ってる。話しかけない方がいい。」
に、変わってく。
ちやほやされてたのは、本当に、一瞬だけだった。


ガーッ、ガーッ、ガーッ。
夜中にイカれた音。イカれたヤツ。
「ヒッピー!!!!!」
インターホン連打。階段降りてくと、親父が先に出て「ウィッス、」マイキーに言う。
「あ、こんばんわぁ。泊めさせてもらいます。」
「あ、あぁ、もうちょっと静かに頼むわ。」
スケボーで来やがった。家からここまで、一体何キロ離れてると思ってんだ?
部屋に向かうと、ジーパンが破れてて、血が流れてる。
「痛そう!ダイジョーブ?」のんちゃんが言う。
三人で銭湯に行ったり、大和川で星眺めたり、のんびりのんびり時間が過ぎていく。18年間俺は、色も匂いも無いような世界に生きてた。
多分コレが幸せってヤツ、青春ってヤツ。生きてることすら忘れるほど生きてた。
でも、詩が全く、書けないんだ。


何人かに詩を見せてた。みんな、褒めてくれた。仏教学校出身のデスボイス野郎のショウとか、バンギャみたいな、メンヘラみたいな、ロリータみたいなヤツとかに。
その真っ黒の格好した女には、多分、のんが居なけりゃ惚れてたってぐらい惚れ惚れしてたから、「読んでくれ!俺の全てを見てくれ!」なんて言いながら渡した。
中島らもの物真似みてぇなヒデェ詩だった。
そんなの書けなくても良いハズなのに、やけにピリピリしてきた。
俺は幸せすぎて、何も書けなくなっていた。


電車の中で、変な顔をする。真剣に。これは戦いだ。どっちがよりイカれた顔を出来るか。
思いつく限りの目一杯の変顔のツーショットを、30枚くらい連続でグループラインに送りつける。
「マイキー、LSDってのはな、悟りを開けるらしいんや。」
「悟り?なにそれ。」
「サイケデリーック!」
「サイケ?何ソレ?」
「連れて行こう。」
トリッパーでキーさんと話す。店ん中に充満するヤベぇ雰囲気。キーさんはマリリンマンソンみたいなツラしたガチモンのヒッピー。
マイキーが、スペーストライブに手をのばす。キーさんがニコッと笑う。
マイキーが好きになったサイケは、レイヴ。
俺の中のサイケは、グレイトフルデッドのことだった。
LSDの紙がダライラマになってるTシャツを買って、着て、マイキーはスペーストライブ。二人で奇声を発しながらアメ村を歩く。
鋲ジャンでピアスまみれのホームレスに呼び止められる。
「おい!お前ら、捕まるぞ。」
ボソッと言われる。
俺らはケタケタ笑うだけ。


キューズモールで、おにぎりと卵焼きと唐揚げを買って、二人で動物園。
楽しくて楽しくてはしゃぎまくる。動物園に漂う生き物の匂いがたまらなく好きだ。クソの匂い。どう考えても動物のクソの方が、人間のクソより良い匂いだ。
マンドリルの前で立ち止まる。ガラスの前、堂々たる姿で、人目もはばからずにオナニーを繰り返してる。
俺たちは、特段笑いもせずにずっとマンドリルを見ていた。
30分くらいシコってる、もう、何も出てねーのに。
「のん、俺はあんなくらい堂々と生きてみたいわ。」
「先生やな。」
閉園時間まで夢中で楽しんで、でも、やっぱ、帰らなきゃな、って。
「もうちょっと、もうちょっとだけ。」
びっくりドンキー。二人で手を繋いで座る。
「帰らんとこ、な。」
「でもうちら、依存し合ってる。考えて?うちら一緒に居ないの、段々週に1日とかになってきてる。土日は絶対泊まるし。」
「嫌や、帰らんとって。」
「うちだって帰りたくないよ。」
二人で、路面電車に乗って、俺の家へ。
俺たちドンドンダメになってくよ、もう学校行くのもヤなんだよ、ずっと二人、二人、二人。
でも、たまに息苦しい。
ケータイはお互いロックもかけずに見せ合った。ソレが俺たちには当たり前。
全部曝け出した。クソするときはクソするって言い合うし、オリモンシートを舐めたり、もう曝け出しまくってんのにも関わらず、iPodの中身だけは、絶対に見せてくれなかった。
「一年間、ずっとうちと居ってくれたら、見せる。これだけがうちの秘密。」
「見せてくれや、見せてくれや、なぁ。何聞いてるねん、普段。」
「・・・前は、クリープハイプ。」
「うわー、お前そんなん好きなん?うっわー。」
「ほら、そんなん言うやん。でもうち、たいせいと付き合ってから聞かへんくなった。」
「そらそやろ、そんなん、ニセモノ。俺らがホンモノ。」


ポケットの中には、3000円。大阪から150円の切符で今、山梨に居た。
「次は、甲府甲府。」
数駅前からゾクゾクしてたのが、すげー強烈になってくる。
思いっきりダッシュで改札すり抜けて、追っかけてくるのを振り切るためにコンビニの便所に駆け込んで、しばらく息を潜めて静かに笑う。
5分くらいクソしてるフリして、外に出て、タバコ。
至福の一服。悪いことした後に、悪いことする。楽しい。
腹減ったな、じゃら銭、オレンジジュースを買って誤魔化す。これでチケット買っちまったら、もういよいよ、帰りの電車賃の150円だけ。
桜座に道に迷いながら向かう。エイジアはもう始まっちまってる。
途中から入って、で。
ずっと俺が追っかけてるヒデさんのライヴだ。4年ぶりの会合、半端ねぇ緊張。
俺はこの人真似して生きてるようなもんだ。
ベルボトムクルタ、全部この人の真似。髪の毛だって伸ばして。
何がヒッピーだ、クソッタレ。目の前で演奏してる姿を見ると、俺は単なる物真似にしか思えなくなってくる。
4月、俺は写真に撮られたら、いっつも、どんなタイミングでも、目は尖って、髪の毛は逆立ってた。
なのに、なのに、今はすっかり腑抜けてる。
圧倒的な音。中でも、ドラムヴォーカルのあの、ワケの分かんねぇおっさん。
次の、友川カズキが霞んでみえた。友川カズキもライヴ中に褒めてたくらいだった。


しっかり喰らわされて、外に出て、さっきのワケの分かんねぇおっさんの物販へ。
「千円、か。俺、あと150円しかないんす。」
「いいよ、やるよ。」
「マジですか。大阪から来たんですよ。」
「150円でしょ?」
「うん。普通電車乗り継いで。」
「ヤバいな、俺も大阪だったんだよ。」
「俺、芸大す。」
「ってことは後輩か。」
その人は、ジャックダニエルかなんかの750を直でラッパしてた。


客が殆ど帰ってって、3分の1くらいになった後に、みんなで食った山盛りのパスタが最高に美味かった。
友川カズキが酔いながら、「生きてるって言ってみろ。」を歌い出す。
俺はヒデさんが隣に居て、キンチョーしてる。さっきから、8本くらい連続でタバコを吸い続けてる。
「ライター貸して。」
なんて話しかけられて、一緒に吸う。
でも、この人ずっと見てて、俺は、なんか、色々分かんなくなった。
ステージから出れば、フツウのニンゲンだった。
特に、彼女と居るときはフヌケみたいに見えた。
憧れる、って何なんだろう?
俺って、俺って、何になりたいんだろう?
なんか、ダセー!俺、のんちゃんと居るときこんな感じかよ、みたいな。


ヒデさんにも泊まれ、って言われたが、ヒナタさん家に行くことにした。いくら、ヒデさんを6年追っかけてても、今日喰らわされたのは明らかにこのおっさんだ。
タクシーから降りると、ボロッボロの家。ゴミ、ゴミ、ゴミだらけで混沌としてる。
クソ古いパンク雑誌、大量の本の中から一冊手に取る。ウィリアムバロウズのソフトマシーン。
実際、ソフトマシーンは睡眠薬だ。余りにも退屈すぎる。
酒に酔って気持ちわりぃ俺は、活字を追って、ソファベッドの上でそのまんま眠りについた。


口を開けると、3歳くらいの子供が、フォークに突き刺した桃を放り込んでくれた。
甘くて凄まじく美味い。何より子供が、無邪気で可愛い。二日酔いが一気にマシになってく。今日採れたての桃らしかった。
山の上の丘の上の小さなアトリエ、至る所に壁画、ガレージと絵の具の匂いの中、朝食、静かな朝食。ツナおにぎりと、自家製食パンにプチトマトをすりつぶして塗ったヤツ。
車で駅まで送って貰って、駅で、切符を買って貰った。
うーん、なんとかなったし、腹も膨れた。行き当たりばったりの割には野宿せずに済んでよかったよ。


3日、のんちゃんと、一言も話さなかったけど、もう限界だった。
「俺ら、別れたから。」
「付き合ってたんや、やっぱり。」
「別れました、俺はフリー、あー!詩が書けるな。」
「のんちゃんとおった方が、幸せそうやけど。」
そんなこと分かり切ってた。俺はのんに話しかけた。
「セックスだけなら、させたるけど。やりたいだけやから。好きちゃうから、お前のこと。」
「・・・うち、絵、描いてた。」
青、青、真っ黒い青、いろんなものがドロッドロに溶けてる絵を手渡された。
「ごめん、のんちゃんごめん、俺、すっげー悪いコトしてた。悪いコト言うてた。やり直そう、ごめん。もう嫌い?」
「アホやなぁ、いいよ、泊まりに行ってもいい?」
「うん。」


やっぱりのんちゃんとは真剣にやってこう。
マリファナLSDの入ったパケを、便所に浮かべて、写真に撮る。
「辞めるわ、のんちゃん。酒も、クスリも、俺、辞める。」
便所に流して、写真に撮る。のんちゃんに送りつける。
「俺は、クスリよりお前のこと好きやから。もう、お前だけでイイ。」
「ほんまに辞めれるの?」
「約束する。」
あっつーまに、時は流れてく。

 

5.

 

「ヒッピー、アシッド入ったけど。」
「金ないわ。」
「金なんかええやん。今日マイキーとキメるけど、来るやろ?もちろん。」
「いや、俺なぁ、のんにもう、クスリ辞める、言うて。」
俺はのんを呼び出して、
「ごめん!のんちゃん!!LSDっつって、これはその、えっと、」
「いいよ、したいんやろ、気になって仕方ないんやろ、前に捨ててたヤツ?いいよ、無理しなくて。」
「ごめんな、約束破って。」
向こうでリュウがヨツバちゃんに頭を下げてる。
「この人達、本当どうしようもないな。」
「ほんまやで、こんな可愛い女の子二人より、クスリが好きやねんて。ほら見て、タバコなんか吸って。カラダに悪いのに!!」
「お金燃やすのが楽しいみたいやで。さ、もう行こ、帰ろ、ヨツバちゃん。」
俺とリュウはションボリしながら、マイキーの待つ噴水広場に向かった。
「マイキー、わりい、ヒッピー金ないみたいで。」
「ごめん、マイキー。」
「立て替えとくわ。お前、ほんまに返す気ある?」
「いや、すまん、ほんまにすまん。」
ガムのボトル裏からちっこいアルミホイル。手で穿ると、一ミリ四方の紙。それを器用に、半分に折る。舌の上に乗せて、咀嚼する。ほんの少しブルーベリーガムの味がする。
岡村靖幸のぶーしゃかloop聞きながら、マイキーの下宿先へ。


ベランダの下にある木が、ぐにゃん、と曲がって、トリップスタート。吸いすぎるタバコと、急激にやってくる懐かしさ。ガキに戻ったみたいな気分だ。
自然の美しさに圧倒された俺とリュウは、外に出たくなった。
「俺、後で行くわ。」
リュウと二人で用水路にある蜘蛛の巣を見たり、鳥の羽ばたきを見たり、蟻が歩いてるのを見たりしてると、遅れてマイキー登場。
「ケラケラケラケラ、みんな楽しいですか?俺は、今、ピエロ、綱渡り中。」
「おい、お前、何見えてん?」
「・・・リュウ、すまん、やってもうた。金、後で払うわ。2枚、全部食ってもうた。」
リュウと俺の半枚に対して、マイキーが2枚半。ドーズが余りにも違いすぎる。
取り敢えずマイキーの心を落ち着かせようと必死で、さっきまでの楽しさは地獄と化した。
思考の波に飲み込まれ、時計を見ると、秒針が動かない。やべーなー、正気を取り戻したくてとにかく俺たちは抱き締め合う。マイキーが勘繰る。
「俺、ホモちゃうから。」
「いや、そんな意味のハグじゃないやん。」
「マイキー、マイキー、おい、おい、」
「あっ、はぁはぁ、俺ヤバい、いまほんまヤバかった、」
「大丈夫、大丈夫おかえりおかえり、」
「おかえり?俺は人生で一回も親にお帰りなんか言われたことない!」
三人で号泣。


結局のトコロ、何がこんなにもしんどいのか?について、真剣に答えを出すべく、会話にならないトラッシュトークリュウと二人で繰り返す。マイキーが、枕の綿、透明なビニールをうまい、うまい、って食ってるのを止めながら。
マイキーがイカれた行動を取る度、俺たちのバッドが深まる。
3歳の頃によく聞いていた、スピッツの猫になりたいを携帯から鳴らして、寝転んで目を瞑ると、光に包み込まれた。
「アー、俺、生きてるわ。」
それまで、脱法ハーブの副作用の離人症でボヤけてた現実感が、急にフッと戻ってきたような気がした。


デッカイ木に寄り添って、ぼんやり寝転びながら、30分くらい木を眺めてた。世界全てがキレイに光ってるのをただ眺めてた。
「きもちわる。」
のんがボソッと呟いた。
「おお、のんちゃん。俺、悟り開いたわ。」
「何それ。うち、もう帰る。いまのたいせい、なんか変。たいせいじゃないみたい。」
穏やかな心、今の俺は、誰に何を言われたって気にしないぜ、
「なんじゃボケ、あ?何が不満やねん。」
お前以外には、な。
「木がキレイとか、そんなことしか言わんおもろない彼氏嫌や。」
「うっさい、お前のせいで台無しじゃ。」
「いつものたいせいや、帰ろ。」


あんなにチヤホヤされてたのに、今は、女に見向きもされない。
「のん、別れよう。」
「・・・」
テキトーにラインを入れて、3日連続で色んな女と会うことになった。
1日目、惨敗
2日目、カルピス用意しておく、って抜かしてた先輩。「先週から彼氏出来て、」
3日目、チカと会った。うん、やっぱコイツは友達だ。
帰り道、のんに電話。
「セックスしたかったら、会ったるわ。」
「セックスだけでもいいから会いたい。」
「分かった、難波来て。」
シュークリーム売ってるとこで、並んだ。やべー、間に合わねー。「エクレアと、クッキーシュー、」
ジュンク堂の下んトコ、
「ごめん、遅れたな、ちょっとな、混んでてな。」
「・・・」
「なんやねん?ほら、これ食って元気出せや。」
のんちゃんが泣いている。
「もう、会ってくれへんと思ってた。」
「そんなわけ無いやろ。泣くなよ。」
牛角
「なぁ、セックスだけなんとちゃうのん。」
「うるさいなぁ。食い終わったら、俺の家来るか。」
「やり直すの?」
「もうやり直すしかないやろ。」
「誰とも出来ひんかったん?」
「別に、そんなことが理由じゃないわ。」
その日は久し振りにセックスせずに、ただ、二人で眠った。


たいせーにそっくりや。」
「また、男の話ですか。」
「ううん、くるりの街、って曲。けいはーんでんしゃの~、ほら聞いて。」
「よー分からん。」
たいせーはほんま、全力やな、全部に。スキマスイッチ全力少年みたい。もっとのんびりしたらええのに。」
「このまんまじゃ、成功出来ひん。お前と付き合ってから俺は、幸せすぎて、音楽も文章も必要なくなってしまった。」
「ええやんか、それでも別に。」
今思えば褒め言葉も、全部悪口に聞こえる。
喧嘩になる。のんの言葉が段々、キツくなり、俺は段々殴るようになっていった。
手を上げると、のんがビクッと手で顔を隠し、目を瞑る。
俺は、時折苛つきを壁にぶつけて、部屋の壁に穴を開けまくった。
どう頑張っても自分のことを、抑えつけられなかった。
何度も別れては一人になり、またすぐにヨリを戻しを繰り返し続けた。
演奏学科の地方公演会は、喧嘩してばっかりだった。大阪公演の時に、遂に爆発した。
たいせー、お姉ちゃんと、お姉ちゃんの彼氏がご飯一緒に食べよ、って。」
「黙れ、連絡してくるな。」
俺は一人で大阪王将で、天津飯を食った。何の味もしなかった。
ポケットに手を突っ込んで、下向きながら歩いてる。
隣にのんちゃんが居ない。
当たり前がなくなって、大切なモノだったことに気が付いて、また連絡する、
「さっきはごめん、のんちゃん、もう会われへん?」
「明日、泊まりに行く。」
8月。のんちゃんが、学校を辞めた。


UAのTurboを薄い音で聞きながら、30分くらいフェラされていた。
気持ちよくて、心地よくて、最高の気分、ゆっくり、ゆっくり、ゆっくり、ゆっくりと、ゆっくりとゆっくりと抱き締め合う。
UAがスカートの砂を歌い終わっても、俺たちはまだ入れない。
のんびりのんびり、自然に、初めてセックス出来た時だった。
頭がぼんやりして、目の前が白色に霞んでる、多分ソレはのんちゃんも全く同じ。
二人で手を繋いで、ただ、何にも言わずに寝っ転がってる。
それが、人生で初めての、記憶に残るほど気持ちいいセックスだった。
技巧も性欲も何もない、愛とかでもない、セックス以外の何物でもない、ただのセックス。


夏、俺たち、何してたんだろう。浮かぶのは断片ばっかり。風景、匂い、街の雑音、99.999パーセント、空気に溶けてったコトバたち。風呂場で初めてお前の毛を剃ったこと、自転車の後ろにお前が乗ってたあの道、レコ屋の店員に、お前がオトコと間違えられたりさ。夏には祭りに行った、パン屋、長居公園、お弁当、イオンで食べるペッパーランチと丸亀、のんちゃん、俺は、楽しかった。
ほんとに、ほんとに、楽しかった。


橿原神宮まで送る、俺は勿論遅刻。
「じゃあな、行ってこいよ。頑張れ。」
「・・・行きたくない。」
「・・・コロッケ食うか。」
「うん。」
俺が牛すじ味噌コロッケ、のんちゃんはチーズ、二人で食う。
「今、借金、11万ある。覚えてる、分かってる。」
「・・・いつでもいいよ。返さなくてもいい。」
「返したいのに、ごめんな。」
頭を撫でてやる。
あの金髪が茶髪になってた。
のんちゃんがパン屋に入っていく。
俺は自分が情けなくて、どうしようもなくて、自分で自分のことを殺したくなってくる。
のんちゃんは働いてるってのに、俺は一体を何をしてるんだ?

元カレの話くらい、黙って聞いてやったらどうだ。
でも、ムカつくモン。
でも、って、お前みたいなオトコとずっと居てくれてるんだぜ?なんで素直に感謝出来ない?
金返せよ、もう真っ当に働け。

頭ん中色んなコトバが鳴り響く。
のんちゃん、ごめん、俺、ちゃんとしないと。
でも俺は同時に、確かめてみたい。
「コイツの許せないコトって何?何をしたら、俺のことが嫌いになるの?」
ソレが気になって気になって気になって、たまらない。
どんどんわがままが溢れかえっては、増長していく。


「これ、下さい。のん、すまん、お金。」
「うちは全然新しい服、買ってないのに。」
「なんか揉めてるみたいやけど。」
「俺、ヒモなんですー。」
「・・・」
外に出て大喧嘩、当たり前だ。俺はまるで王様みたいな気分。
「もういい!知らんわ!」
のんが離れてく。
黙れ、チビガキが。イライラする、イライラする!!服を買って貰ったって、ぜんっぜん嬉しくも何ともない。
既読がつかない。のんちゃんを探し回る。ボロボロの服着た歯の抜けたヤツが、クスリを探してフラついてる前を2度通りすぎて、ようやくのんちゃんを見つけ出した。
「ウチも、探してた。」
「歯の抜けた、」
「ボロボロの服着た!!」
「お前も見た?」
「うん。」
「お金、ゴメンな。」
「そうやで、ほんまに。うち一人働いて、お前は働いてないのに。」
「働くやん、待っててや。」
「そればっかりやんか。」
って喧嘩になりかかってると、俺らの隣で、バシン!!
「ナンジャボケェ、金やったら返す言うてんやろがい!」
「30万、返してよ!!」
ソレ見て俺、本当に反省。隣でのんちゃんが笑ってる。


どんな不幸も幸せも、すべて過ぎ去っていってしまう。
殆ど忘れていく。どんなにマリファナを吸って、記憶の糸を辿っても、全てを思い出すことは出来ない。
そして、二度と帰ってこない。
大切にしろって思ってたって、俺はどうしても、上手く出来ない。
のんちゃんのノートに溜まってく、歪んだ、狂った、絵。
俺は、どれ程頑張ったって、のんちゃんには勝てないのだ。


もう、音楽なんかどうでも良い。別れて、前髪切って、また付き合って、別れて、髪の毛バッサリ自分で切って、また付き合って。
浮かれてた。完全に調子に乗ってた。二人でブックオフで見つけた西村賢太を読んで、暴力を肯定されたような気がして、どんどんのめり込んでく。
コイツ、何処まで俺のこと好きなんだ?
何をされたら俺のこと嫌いになるんだ?


トイレと間違えて楽屋、すっげぇ煙かった。目当てのJah Shakaまで数時間、ジリジリした気分で居心地が悪い。
イイ女、イイ女、イイ女が、また一人、また一人、また一人消えていく。
ボブマーリーのExodusが流れて、次にワンラブ。
完璧に、喰らった。
その日、Jah Shaka以外は、Bob Marleyなんか鳴らさなかった。どいつもこいつも、まるで中身のないDJばっかりだった。
ホンモノだ。
3時間、踊り狂う。爆音の中で、スピーカーの真ん前で。ジャーシャカの踊りに合わせて。
終わって、明るくなったステージを見渡すと、100人以上居た客が、10人くらいしか残ってなかった。
時計を見ると、朝の6時。信じられっか?1時間オーバーしたんだぜ、たかか10人くらい相手に。
Jah Shakaは、マジで、ホンモノだった。
うちに帰ると、なんか息苦しい。立ってられない。即、整形外科に行く。案の定、レントゲンでハッキリ分かる。
あー、やっちまったわ。
「手、繋いどいて。」
看護師に手を繋いでて貰う。手がちんこに当たってるコトの方が気になって、手術が割と平気に感じたよ。


「痛い、痛い、のんちゃん、痛い。」
「大丈夫?痛そう。それ、どうなってんの。」
「肋骨の間にチューブ入ってるねん。」
「よしよし。しんどいなぁ。もうちょっと頑張ろうな。」
「明日も来て。今日、帰らんとって。」
「一時間しか居てあげられへん。働かんと、ここに来られへんくなるもん。」
「ごめんな、働かせて。のんちゃんごめんな、俺酷いことしてるわ、もっと大事にしたい。」
「何言うてんの。弱気なってんの。」
「のんちゃん、ごめん、」


手術を終えて、俺はカテーテルの痛みに耐えかねて、看護婦に殴りかかったのを、のんちゃんがぼんやり眺めてた。
余りにも痛いので、オピオイドを点滴して貰った。頭がぼんやりしてくる。良い気分になってると、のんちゃんが泣き始めた。
せっかく良い気分だったのに、また、これだ。
「どうしたんのんちゃん。」
毎日院内食を食わない俺に弁当を届けてくれる俺の母親が、のんちゃんに弁当を渡す。
「お前、また泣かせたんか。」
「うるさい。俺も分からんねん。」
「お母さんは帰るわ。あんた、ちゃんとしときや。」
母親がスグに仕事に向かう。
「しんどい、うち、もう、しんどい。」
「仕事か?」
「全部!!」
「ごめん、」
「家出て、バス停まで歩いて、バスが30分、次電車乗って八木まで1時間、八木から橿原神宮まで30分、そっから阿倍野まで30分、阿倍野からここまで電車乗って15分歩いて、たいせいに1時間会ったらまた電車乗って、橿原神宮まで戻って、働いて、家帰って、起きたらまたここに来るまでだけで何時間も何時間も、」
「ごめん・・・」
「そんなん、1週間も毎日かかさず、繰り返してるんやで。ごめん、泣いて。嫌いになった?」
「ならへんよ、ありがとう。」


後ろのおっさんがウルさく怒鳴りつけるもんだから、看護婦が泣いてしまった。
俺はゆっくり起き上がって、ナースステーションへ行く。
「なぁ、大丈夫やで、看護婦さん悪ない。あのおっさんが悪いわ。なぁ、俺、場所変えてもらえません?」
「良いよ、言っといたげる。」
その日の夜、寝付けずにぼんやりしてると、怒鳴られてた看護婦が部屋に入ってきた。
「・・・眠れないの?」
「うん。」
眠剤あるよ。」
「辞めてるから。」
「それ、リスカ?アタシもしてた。」
「ふーん。」
こんなんばっかだな、俺に近寄ってくる女、って。

 

6.

 

「のんちゃん、のんちゃん、のんちゃんとデート!」って、繋いだ手を振り回しながら俺は喜んでる。
「のんちゃん、結婚するなら、」
同時のタイミングで
「俺、ウェディングドレス!」「うちタキシード!」
俺たちは同じ、同じなんだ。
古市のほか弁の前でのり弁を食いながら、プロポーズしたのが一回目。付き合って2週間、まだセックスする前だった。
「急にそんなこと言われても。」
「嫌なんか。」
「考えとく。」
あれからもう半年経つ。
文と文の隙間に零れ落ちてく、喧嘩と喧嘩の間にある幸せなことたち。


窓を開けて、わかばを吸う。コンコン、ノックが鳴る。俺は急いでタバコをペットボトルの中に突っ込んで火を消す。
「おおう、居ったんかい。」
「あっ、初めまして、のんの彼氏の、」
頭を下げてるのに、見向きすらしていない。
「タバコ、それ、ペットボトル、危ないで。」
そう言って、父親が部屋から出て行ったと同時、ロンくんが鏡の後ろから出てきて喉を鳴らす。
俺は退院してからすぐにこの部屋に来て、ずっと学校も行かずにのんの仕事の帰りを待っている。
本が山積みになったこの部屋は、なんだか物凄く落ち着けて、俺は一日中、眠り続けていた。
時々、ギシギシ音の鳴る底の抜けそうな廊下を通り過ぎて、階段を降りるとお姉ちゃんがあぶらで描いたパンダの壁画がある、それを見過ごして、キッチンのウォータークーラーで水を汲んで飲み干し、ボロッボロの便所でションベンする。
部屋に戻って、また眠る。


「これな、チキンと挟んで食べると美味しいねん!食べて欲しくて貰ってきた。」
「今食ったら、夜飯食えんやろ。」
「一口でイイから、食べて。」
「はぁ、」
モグッと食うと、確かに美味い。俺は1本ペロリと食ってしまった。
「お前の分、、、」
「いいよ、美味しかった?」
「めちゃくちゃ!!また貰ってきて、廃棄。」
布団の上で、仕事前に描いた絵を見せて貰う。項垂れて下向いて歩いてる男は、まさしく俺そのものだった。
「お前この家、俺以外の男、来たことあるんか?」
「そら、まぁな。うちが行ったら彼氏とかの親が、嫌がるし、」
「うっさい、どういう意味やねん?」
「前、言うたやろ?」
記憶を掘り返す。俺がブルース聴きながら、
「のん、俺たちにはな、サニーボーイウィリアムソンのブルースハープの、本当のところの意味なんか分からんねん。俺はイエロー、サニーボーイはブラック。」
「やったらうちには、分かるわ。」
「お前なんかにブルースが分かってたまるかよ。」
「うち、ブラックでは無いけど部落やもん。」


コンコン、ノックが聞こえる。
「はじめましてぇ。」
「あ、たいせーです。」
「たいへーくん、のんちゃん、ごはんできたよ。」
「あっ、すぐ行きます。」
やべぇ、かわいい、かわいすぎる、なんだあれは。
「うーわ、普段あんなんちゃうのに、ぶりっ子しやがって、お前も何デレデレしてるねん、きもちわる。」
「うるさいな、あーもう、お姉ちゃんと入れ替われや!」
「もう、また喧嘩なる。一回ご飯にしよう。」
下に降りてく。お父さんが座ってる。全く、一言も話さない。
お姉ちゃんが作った豚の丸焼きをみんなで、いただく。
「あー、美味い、最高です。」
「ほんと?また作るね。」
お父さん、地獄だな。出てくる料理全てに、味が全くしない。
俺は無理矢理水で飲み干しながら、流し込むように食っていく。
「ごちそうさまです。美味しかったぁ、なぁ、のん。」
のんがニヤニヤ。「せやな、美味しかったな。」
二人で急いで部屋に戻る。
あじ、うっす。」
「やばいやろ、」
「いや、どういうこと?なんであんな味薄いん?」
「逆にうちらの舌が味覚障害なんか?って、勘違いするよな。」
そんなことあーだこーだ笑いながらクスクス話してると、隣の部屋にお父さんが来た。
のんに引っ張られて、リビングに戻る。


風呂上がりのパジャマ姿のお姉ちゃんは、あまりにも可愛すぎて、思わず失神してしまいそうになった。眼鏡を取った姿も、強烈に可愛い、可愛い、可愛い。おれはのんちゃんなんて見向きもせずにお姉ちゃんの方を見上げては眺め倒す。
「たいへーくん、おふおはいゆ?」
「えっ?」
たいせーくん、おふろはいる?」
「あっ、是非。」
ってコトで、俺は風呂に入る。
ノックが聞こえる、「あっ、はい。」
「開けてもいいー?」
「あー、どうしよ、」
おれはアレを上手くドアで隠して、ドアを開けた。
「はふひっほいへ。」
オノレには、歯ぁが無いんか?
「えっ、なんて。」
「はふ、、まらあろえわあうとおもう。」
何を言ってるのか分からないほど強烈なまでの舌っ足らず。のんちゃんいわく、
「普段は普通に話せる。お前の前やからかわいこぶり過ぎ。高校までずっと不登校で、彼氏は26歳になって初めて出来た、そんな人生歩んではるから、どうやってぶりっ子したらいいのかわからんねん。かわいい言うたり、喜ぶわ。」
水圧の弱すぎるシャワーをなんとか終え、タオルで体を拭いて外に出ると、ガスファンヒーターがついていた。なるほど、ガス消しといて、っつってたのか。
「いやー、風呂、アリガトウございました。」
「ううん、つぎのんちゃんはいう?」
「うん、たいせー、お姉ちゃんと話しとけばいいやん。よかったな、かわいいって言うてたもんな。」


「おねえちゃんは可愛いけどな、お前より、居心地悪い。」
隣のお父さんに聞こえないように、ひそひそと話す。
「うるさいわ、うちよりお姉ちゃんがイイなら、お姉ちゃん襲いにいきや。」
「なぁ、って。」
「聞こえるって、とうちゃんに。」
「なぁ、って。」
触らせる。
「お前としたいねん。風呂上がり良い匂いやわぁ、」
「はぁ、手コキして欲しくて急にうちのこと褒めるの辞めて。」
コイツに手コキされると、いつも俺は5分持たなかった。


コンコン、ノック、めんどくさいから寝てるフリをしてると、部屋の中に入ってきて、布団を持ち上げられた。
「はじめまして!たいせーくん?」
うわっ、びっくりした、誰だ?
「長女です。」
「えっ、ウソでしょ。」
「ホントです。」
「・・・」
俺は思わず絶句した。
お姉様、ぶりっ子眼鏡、茶髪ゴリラ、って感じるぐらいの差があった。流石、ファッション雑誌に載ってるだけある。
「見て、痛いわ。たいせいこんな女好きやろ。これ、何歳やと思う?」
「24とか?」
「30!でホットパンツ履いてさ、恥ずかしい。ノリノリで、」
「いや、ウソやろ?30?」
食い入るように何度も何度も眺めた太ももと顔面が目の前に。実物の方が圧倒的にエロい。
「ドライブしよっか。二人きりで。」
このおねーさん、ちょくちょく俺のことをおちょくってくる。
自分がキレイだって分かりきってる女独特の余裕。


「モモ、食べたことある?」
「ないっす。」
「じゃあ、モモ。と、」
「俺ほうれん草カレーと、チョコレートナンと、ラッシー、」
「あ、あたしはチャイ。以上で。」
ここがあの、のんがよく話してたインド料理屋か。
「あたしのかれし、マリファナ吸ったことあるよ。」
「そうなんすか。」
常にマウント取ってくる感じが疲れる。他の女と二人っきりになる度に、俺は、やっぱりのんちゃんが好きだな、って思う。
デッケースーパーで買い物して、榛原へ。のんちゃんの送り迎えを済ませる。


「ラッシー飲んだわ。」
「うわ、ラッシー嫌い。」
「なんで?」
「感触とかが精子に似てる。」
「はぁ?お前、俺の、飲んだことないやんけ。」
「え、」
「お前なぁ、」
「だって、飲まされたんやもん。その日、インド料理屋でさ、ラッシー頼んだら、そっくりで、それから、ラッシー嫌い。」
「そんな詳しく聞いてないやろ。お前、お前、飲め、俺のも飲め。」
俺は、脱いで、突っ込む。
「そいつとどっちが気持ちええねん!」
たいせーたいせー、」
「ほんまか。」
「そいつには入れさせてないもん。」
「黙れ、ボケ。とっとと忘れろ。」
出す寸前にゴム取って、口の中に出した。のんが目を瞑って、泣きそうになりながら飲んでる。
俺はすぐに、ディープキスをした。


大和八木のイオン、バスの中で大喧嘩。
「元カレとよく行ってたわ。」
バスから降りて、イオンまで喧嘩しながら歩くことにした。
「ここや、ここで元カレとも喧嘩してん、同じや、」
「いい加減にしろや、お前は、」
「お前なんか、お前なんか、元カレと同じや!記念日だって、同じや!」
「ウルサい、もう帰るわ。」
二人バラバラに歩いて、寂しくなって、走り回って、見つけ出して、仲直りする。
いっつも喧嘩ばっかりしてる。
イオンで遊んでると次女が、インフルで今から帰る、って連絡してきた。
「じゃあ今日は休んでて、たいせーが飯作ります、って送っとけ。」
「モテたいんやな。」
「そんなんちゃうやろ。」
俺はうどんと出汁と肉を買うことにした。それからまたしばらく、本屋を覗いたりして、家に帰ったらもう、夕方だった。


「うどんは?」
「あっ、帰ってきたらすぐ作ろうかなって。」
「面倒臭いなら良いよ!もう!!」
ドン、ドン、ドン、って廊下を踏みつける音。思いっ切りガラスで出来たふすまを閉める音。ガシャン!!
「のんちゃん、俺、俺、なんか悪いことした?」
「うちらの家族は全員、人の料理に飢えてるねん。給食が餓死から救ってくれてた。夏休みなんか、2週間も、水と塩しかなかったんやから。」
「なにそれ、どういうコト?」
「お父さんもお母さんも、両方浮気。家帰ってこなくて、長女はもうとっくにこんな家に見切りつけて、男と暮らしてたし、」
「今からうどん作っても遅いかな?」
「もう遅い。あぁなったらもう放っといたり。」


耳成から歩いてる、ひたすら歩いてる。田んぼと車以外には何も無いようなド田舎、だんだんイライラしてきて喧嘩になる。
「腹減った!!何食うねん!!」
「もうちょっとしたら、ラーメンあるよ。」
「あー、もう疲れた、ちょっと前まで入院してたのに、」
「うちだって、お前が働かんから、働いてるやんか。」
「それは言うなや。」
ビンタして、静まり込んで睨み付けてくるのんに、罵詈雑言。俺は本当に、最低だ。こんなの理不尽だ。
二人でラーメンを啜る。
「うまないな。」
「しーっ!店の外出てから。」
少し残して外に出て、
「のんちゃんごめんな、お腹空いてただけやった。」
「ううん、大丈夫。でも、喧嘩せんとこ。喧嘩したときって、ご飯おいしくない。」
「そうやな、ごめん。」
「あっ、サーティーワンあるよ、食べる?」
二人でレモン味を食って、さっきのラーメンの不快な脂を流し落とした。スッキリした。
それから古本屋で、俺はリーバイスベルボトムを掘り当てた。めちゃくちゃ渋い、最高にイケてる。
のんちゃんも何冊か本を買って、二人でニッコリ家まで帰った。


「まだ寝させろや、」
「せっかく休みにして貰ったのに、」
「なにがいな。」
「今日、誕生日。」
「うわー、誕生日にデートとか、普通のヤツらみたいで嫌や。お前、そんなん好きなん?」
「うるさい!!もういい!!もういい!!」
大喧嘩からのんちゃんの誕生日が始まった。難波行こ、って予定が、気が付けばもう夕方。
「もう。何も出来ひんかったやん。」
次の日のんが仕事に行き、一人になり気付く、俺、サイテー。
その頃二人で一緒にリピートしてた田我流の、これがアレかも、、、って曲の歌詞がスッポリとハマるような日々。
こんな幸せな日々、長く続くはずもなく、少しずつ現実に引き戻されてく。
明日こそ学校行かねーと、そう思いながらのんちゃんに抱きつく。
「学校行きたくない」
「しんどいな。行かんかったら?あんなとこ。」
「あかん、頑張るわ。のんちゃんも仕事してるねんしな、俺だって。」


のんちゃんのラインのアイコンは、筑摩学芸文庫から、俺の選んだオリエンタルカレーのコックに変わっていた。
まず俺は、働き始めた。派遣の清掃員だ。
クソみてぇな先輩におちょくられながら、たった一時間半で実務終了。
電車賃代考えて、赤字だ。即、行くのを辞めた。
次に俺は、文化祭のステージにエントリーした。
サイテーの赤っ恥だった。失敗に終わり、のんの元に駆け寄ると、同期に頭を撫でられてる。
「おい、どけや。」
「ヒッピー、のんちゃん学校辞めて、久し振りやから、、、」
「頭勝手に触んなや、殺すぞ、大体お前も拒否出来たやろがい!」
「だって。」
帰り道に、ライヴの感想を聞いてみた。
「昔はほんまにかっこ良かったケド、さっきのは、60点。」
「うるさいな、幸せすぎてなんも表すモンないねん、しゃあないやろ。」
「昔の焼き回しみたい。もっと、幸せってコトを表現したら?」
「嫌やねん、俺は、俺は、」
「はぁ、また喧嘩なるな、ごめんな。ご飯前やから、喧嘩せんとこ。」
二人で黙って歩いてく。

お夢や

って看板に、二人で大爆笑する。
「オムライス屋さんでその名前は、」
「おもろい。」
店内に入って、オムライスを頼む。
不味い。
早々に外に出て、大笑いする。
「夢のない店やな。」
「夢のない店や、奢って貰ってて悪いけど、クソ不味かったな。」


まず、尺八の先生に診断書を渡す。
「入院してまして、そのあと自宅療養してました。」
「そうか、大変やったね。でもね、君、人生はこれから、もっとしんどいことしかないよ。」
なんつーこと抜かすんだ、この先生は。
でも、何個か、どうしても誤魔化せない授業が出てくる。俺は、泣きそうな顔しながら23前のソファで頭を抱えていた。
「ヒッピー、どうしたん。」
副手の女が隣に来て、俺の指を触ってくる。
「大丈夫?」
「俺、ダブるかも、、、」
「一緒にやり方考えよ。」
この副手が走り回ってくれたおかげで、俺はなんとか無事、冬休みを迎えられた。
俺の出席日数で留年しないのは、奇跡を通り越して、単なる不正だった。

 

7.

 

「なんでそんな機嫌悪いねん。」
「仕事、疲れてるから、」
「仕事疲れてるのにわざわざ俺の家来てご苦労さん。」
「なんでそんな言い方するん?」
「うっさい、もう、黙れ、俺だってイラついてる、帰れ!」
「嫌や!もう終電ないもん、嫌や!」
階段から突き落として、カラーボックス上から投げて、
「出てけ!」
こんなことを、もう、何度も繰り返してる。
はー、スッキリしたぜ。って思ってられるのなんて、十数秒、出て行くのんを見ながら、
「ほら、出て行くねん、ほら、出て行くねん!お前は俺のこと嫌いやねん!」
「違うわ!帰れ、って言うから、」
「帰れって言われて帰るようなら帰れ!」
なぁ、俺、ジョゼ見てねーのに、ずっと、このセリフ言い続けてたんだ。
ジョゼ見たとき、思わず、そのセリフで感極まって号泣したよ。


学校最後の日、バス乗り場、タバコ吸いながら、イイ女を眺めてた。サイコーの太もも、茶色のロングヘア。のんと大違いだ。のんは、刈り上げてるし、前髪は自分で切るから無茶苦茶だ。
「バス、次いつか分かります?」
「後、30分ありますよ。」
「えー、コンビニ行きません?」
「あ、行きましょ!寒いしー。」
「どうせやったら、一緒に帰りません?」
「えっ、帰ろ。」
「そんなん言うて、待っててくれんの、ちゃんと?ほんまに?夢見てんちゃう?こんな可愛い子と帰れるんや、俺。」
「彼女居るん。」
「うん。」
「うわっ、サイテー。アタシの元カレも浮気してた。」
この頃にはもう、太ももが俺の脚に当たるくらいにくっついてる。ツラかったツラかった話を聞いてあげながら、クソどうでもイイな、って思う。
「誰とでも寝ちゃう。」へー、そうなんですか。
「別に良いんちゃう?」
「このまんまじゃあかんの、分かってるのに。」
のんの話なら、もっと笑える。笑った後に、胸が疼く。コイツの話を聞いてても、俺は何も感じない。
またもや浮気しようにも出来なかった。
のんちゃんにライン、
「俺お前のこと、めっちゃくちゃ好きやわ。」
「女の子と一緒に居るんやろ?」
「・・・そうや。」


のんを突き飛ばし、バイト終わり、終電の無い外に放置して、しばらくすると反省してのんを探しに外に出て、コンビニで見つけて泣いてるのんを抱き締めて、謝って、セックスする、みたいな日々を繰り返し、ある日、唐突に、
「あっ、ヤバい予感する、」
って強烈に思って、いつもより早く家から出て、走って追いかけて、ファミマん中、のんちゃんが下を向いて泣いてる。
「どしてん、帰るぞ。ごめんやんか。」
「・・・」
「ほんまに、嫌いなった?」
「ちがう、はぁ、はぁ、はぁ、」
過呼吸気味、外に出して抱き締めようとすると、離れる。
「どないしてん、」
「痴漢された、襲われた、」
「どんなヤツや?殺しに行ったる。」
「あかん、辞めて、」
「クソ!!俺や、俺が悪い、もう二度と外追い出さん。」
「それ、昨日も言うてたで。」
「今回は違う、のんちゃん、俺証拠に髪の毛切る。働くわ。」
「・・・ほんまに?」
「あー、もう俺はほんまに生まれ変わる。」
「しかし人間って、ほんまに怖い時は、きゃー、じゃない。気が付けば、アアアアオオオオオオー!!って叫んでた。抱きつかれたけど、すぐ逃げてってん、」
「ほんまに、ほんまに、ほんまに悪かった。」
家に帰り、俺はのんを思いっきし抱き締めた。


「のん、もうさ、別れるって言うて別れへんの、コレで最後にしよう。キリないし、意味ない。もう行けるところまで行ってみよ。」
「初めから言うてるやんか。」
「のんちゃん、同棲しよう。家、借りよう。俺、マジで働くからさ。」
「ほんま?嬉しい。ウチも、実家居にくいねん。」
「俺も、この家やとたまに親父に出会すから、嫌やねん。俺の生活費、一ヶ月15000円やったんが30000になってから、ずっと機嫌悪い。次、休みいつ?」
「明日。」
「じゃあ明日、家探しに行こう。何処がイイ?俺の学校に近い方が良いけど、近すぎるとのんちゃんが下宿のヤツらに出会すのが嫌なのを鑑みると、」
藤井寺!!」


「へぇ、芸大、ね。その長い髪は切れる?」
「すぐにでも切ってきます!」
1000円カットでクソみたいな髪型にして、毎朝起きてジュディマリのラッキープール聞きながら、自転車漕いで30分。スーパー銭湯のお湯の温度を測ったりするだけの、退屈極まりない仕事を始めた。
サウナのタオル換えに外に出た瞬間に、ポケットに隠しといたわかばをおもっっっきし肺にねじ込んで、吐き出す。1分半で1本吸いきる、それだけが楽しみだった。
1ヶ月持たなかった。俺は口座から30万、奨学金を下ろすことにした。
「のんちゃんの借金は、俺が全額出すのでチャラにしてくれ。」
「なんか、釈然としいひんなぁ。」
「釈然としいひんて、同棲費用のんちゃん1円も出さんでええんやで。」
「大体な、うちがいくら使ってるか!これ見て!買ったわ!回数券!」
「あんなに使い切ってしまったら、一生会えなくなる気がしてずっと買わなかった回数券やんけ。」
「電車賃考えてよ、時間も考えてよ、ずっとたいせいのために、」
「うるさい!」
バイトの帰り道、歩いて迎えに来たのんちゃんと、クタクタになってる俺でいっつも、大喧嘩。

 

8.

 

リュウと話してて、俺らこのまんまじゃヤバいよな、って。ヒッピー、一番抜けやんか。」
「せやな。俺はもうあれから半年、酒も草も抜いてる。」
「やから、ちょっとみんなで集まって話し合おうや。」
俺は阿倍野のスタンダードブックストアでトレインスポッティングの原作を買って、ついつい夢中になって、電車を乗り過ごしちまった。
待ち合わせ場所について、リュウの口角の上がったツラを見て、何もかも全てを悟る。とっとと家に帰りたい。
「なぁ、俺ら、辞めなって。」ニヘラー。
「ヒッピー、草はクスリちゃうよなぁ?」
「俺もう、帰ってイイか?」


「ヤバいぃぃぃ!脚折れたあぁぁ!」
勘弁してくれって話だ。のんと今から、来年こそは喧嘩しないでおこうね、って、寿司取り寄せて年越し蕎麦食おうって、いただきますしてる瞬間に鳴る電話。
「7枚半、食ってもうたー。」
黙っててくれよ、最低の姫初めになることはもう確定。30分も、
「普通に歩けてるってコトは、脚折れてないから。」
「なるほどな、ところで、俺の脚って・・・」
を繰り返し、やっとのことで電話を切り、リュウに説明の電話を入れて押し付けて、やっとのことで席に着く。
「のんちゃん怒ってる?」
「怒ってないって!」
「怒ってるやんけ!」
「そんなんいうから腹立つねん、」
「あかん、大晦日やで。喧嘩せんとこ。」
「はぁ?やったら電話、もっと早く切ったらええやんか。」
「しゃあないやろ、マイキーが7枚半食って!」
またかかってくる電話。
いい加減にしてくれよ、俺だってもう、いっぱいいっぱいなんだよ。
俺とマイキーは、気持ち良くなりたいなんて全然思わない。ただ、自分のことを傷つけるためにクスリをやってた。


藤井寺で降りた。
二人で、何軒か周ってみたけど、どれもこれもいまいちピンと来ない。
3軒目で土師ノ里に、気になる家を見つけた。
入った瞬間、二人同時に気に入った。
「もう、ここにしようや。」
「もうちょっと考えへん?今日、真っ暗な中、懐中電灯で見てるだけやん。」
「ほら、ここ!台あります?」
二人で、トタンになってるベランダに移動した。俺達は下を見下ろした。
もう俺達がここに住むのは、最初から決まっていることだった、って思った。


30万くらい下ろした奨学金の、20万くらいを契約料に充てて、残りの10万円で、ガスコンロや冷蔵庫なんかを買う。
着々と進んでいく。
のんが仕事を辞めた。俺達は、当たり前のように飛ぶ。飛ぶ以外の辞め方を知らないから。
「のんちゃん、ここに俺の稼いだ7万があります。」
「うん。」
「浮いたお金で、パーッと、広島でも行きますか。」


姫路で降りる。キレイな町並みだ。
「のんちゃんアレが姫路城、オイ、」
「なんか、そういうの興味ない。うちは鳩を見たい。」
「鳩なんか、なにがおもろいねん。」
「旅行なんかしたことないねんもん。」
「なんでそんな機嫌悪いねん。」
さっそく揉める。尾道で切り替えて、二人で商店街を歩いて行く。
ロープウェイで登って、下までゆっくりと歩きながら降りていく。
広島駅に着く頃にはもう夜になってて、原爆ドームのある公園を歩いてると、急に、とてつもなく寂しくなった。
「のんちゃん、怖いねん、俺、怖いねん!」
「ウチも怖い。」
抱き締めると、あんなに太ってムチムチしてたのんちゃんが、ガリガリに痩せているのに気がついた。
俺たちもうすぐ、付き合って1年になるんだぜ。


1泊目の宿は狭い和室で、畳の良い匂いがした。
「今日はのんちゃん、しません!明日しよう。」
「うん、疲れたな。」
抱き締め合って、手を繋ぎ合って、眠った。
次の日、二人で路面電車に揺られた。日の光がぼんやりと暖かい。海沿いをゆっくり走り抜けていく単調なリズムの中で、俺達は身を寄せ合って眠る。
乗り物酔いで気持ち悪い。フェリーに乗って、いよいよ吐きそう。
のんちゃんと二人で外に出て、したら、風を浴びてるのんが、美しいお姫様みたいに、でも、憎たらしいクソガキみたいに見えた。
キスしたら、吐き気が一気に収まった。
鹿、鹿、鹿、鹿の群れ!!二人でもみ饅食って、海辺歩いたりしてると、あっという間に夕方。
「ポテト!」
「食べる?」
「いいの?」
「俺もさっきテンションあがって、全然関係ない牛串食ったし。」
のんがポテトを頼む。瞬間、鹿鹿鹿鹿鹿、のんちゃんが逃げ回ってるのを見て俺はゲッラゲラ大笑い。
ドラクエかなんかかよ、ってくらい、シカを引き連れて懸命にポテト食ってるのんを見て、笑いが止まらない。
コイツのこと、ホントに好きだなと思うし、同棲しよう、って改めて思う。


2日目の宿はドミトリーで、俺達はクソ狭い中抱き締め合って、外人のいびきを聞きながら寝なきゃいけなかった。タバコも自由に吸えない。
俺達は、ドミトリー、の意味を知らなかった。カッケーと思ってドミトリーにしたらコレだ。
コンビニ行って、タバコを吸う。自然と喧嘩になる。
「同棲なんか!辞めといたら良かったわ!!」
「仕事辞めてんぞ、お前は、お前は、なんでそんなヒドいことが言えるん?」
「お前が昔のオトコの話するからやろ、」
「それはお前が聞いてくるからや!」
「もう、辞めよ、広島やで、」
「そうや、ウチら悪ない。ドミトリーなのが悪い。」
「はぁーあ。セックスはナシやな。」


手で触る。手で触られる。
のんは俺のちんこを握ってると、眠くなるらしい。俺はいつも触らせて寝ていた。
のんは、生理2日目が超絶機嫌悪い。
俺は、生理中のイライラは全部飲み込むようにして、夜は、へその下辺りに手を乗せてゆっくりさすったりしながら眠ってた。
生理だろうが関係無しにヤリまくった。
俺達は今、セックスレスだ。もう、2日もしてない。


「ごめん、もしもし?あのさ、引っ越し頼める?」
「んー、彼氏が車乗れたと思う。」
段ボールに包まれた部屋の壁に、
「FUCK」
ってデカく描いて、のんを誘って、思い出の飯屋を巡る。ふくちあん、カツオーレ、にんにくや、からあげ道場のトンカツ、パリーネ、モンブラン山田。さみしい、さみしい、キョーレツにさみしい。
「また、来たらいいやんか。」
二人で食い切れねーほど買い込んだ飯を、川縁で食う。
マイキーとUFO見たり、のんちゃんと銭湯帰りに寝そべった川縁。さ、明日にはチカが家に来る。
お別れだ。アリガトウ、住吉。

 


 

 

 


 

 

 

 

 

『カラスになりたい』 第一詩集 2015.4〜2019.11


 


 

  ブッダ  

 

本当の本能の煩悩を求めろ


何が嫌いで、何故嫌いか、でも、のつく単語でなく、その嫌いなもの、例えば仕事なら、仕事が受け入れられないなら他の方法でそれによって得られる代償を求めろ

 

何が好きで、何故好きか、まるで急にラーメンが食いたくなるように好きなものだけを求めろ

 

自分が本当に正しいと思うのなら他人の目は気にならない。自分が本当に正しいと思わないのなら他人の目を気にする

 

神は俺を受け入れ、俺自身と一体化してそこに居る。全ては鏡で出来ている。そして虚無をぶち壊し、自分の正しいと思う生き方をリアルに反映しろ、鏡越しでなく、見えるすべてに広がっていくように

 

先は無い。確かに在るのは今で、それが確かだともしわからなくなれば、思い込め。自分が納得出来るぐらいにでかい嘘が虚無を埋め尽くすから

大丈夫だ、心配ない、一つ一つ乗り越えていけ。決して自分の一番大切な部分を見失わないように。もしお前が苦しみから逃れられたとしたら鏡を疑え。そして言葉も無くなり、ただそこに居るならもうお前は克服している。

 

自己肯定を追い求めろ。女、神。自分が自分を肯定出来るのならそのときに、初めて肯定してくれる。一瞬だけ、肯定されたかと思うときもあるが、一瞬で消える紛い物だ。あまりそれに拘るな。

 

もしもこの文章を読んで、でも、という単語が出たとき、お前はまた逃げている。

 

あまりにもデカすぎる問題に無理にぶつかっていく必要は無い。どこかで絶対に答えは見つかる。もしくよくよ悩んでる暇があるなら、美味いものを食い、ゆっくり風呂に入って社会に埋もれて笑って休め。どうせそこに居続けられなくて戻ってくるんだから。

 

決して流れに逆らうな。決して流れを否定するな。ただ、自分が嫌なことだけから逃げ続けろ。もし苦しくても、それからは逃れられない。それを認めた上で、そいつと上手にやっていけ。

 

お前はお前で、誰でも無い。お前に名前も無ければ、お前が居られる場所も無い。

 

永遠に幸せを求め続けろ。永遠に嘘をつき続けろ。嘘の中には本当の嘘とどうしようもない言い訳がある。虚構を信じろ、信じれば必ず本当になる。信じているものは、具現化して現れる。

 

甘えるな

 

嫌うな

 

自分自身で居ろ

 

 

 

 


  アリクイ

 

 

アリクイが俺の空洞を広げる。

 

口だけ偉そう口から出まかせ口だけでやってくれ口だけ朽ちて行く俺の心


口から流れ出る、終わってる、お前は、お前は一人何もできず部屋で寝ているだけ


虚しい、ただただ、俺は、口が勝手に言葉を紡ぐ。

 

アリクイが俺の空洞を広げる。

 

阿呆らしいぜ、思ってもないのに。


阿呆らしいぜ、思ってるのに。


阿呆らしいぜ、阿呆らしい。でも楽しい。

 

アリクイが俺の空洞を広げる。

 

 

 

 

 

  人生を選べ

 

 


みんなおかえり。


何回も何回もクソ仲悪くなっては仲良くなる、切っても切りきれない腐れ縁。

楽しくなる?楽しくなんかなるわけ無い、いいことなんかない、また明日も陽が上り、血圧上がり、テンパり気味の僕ちゃん、取り敢えず出直してこいよ、出会い系中毒のクソ承認欲求インスタグラム野郎が!うんざり、ウンザリ!!センズリこくことしか無い日常にオサラバ!誰か俺にアナルセックスとかいう新しい経験をくれよ!ホモじゃねーぞ、3Pでもオッケー!


Choose Your Future

Choose Life.

これは明日買う小説のいかしたセリフ!!


閉塞感しかない、今の世代、今の時代、みんな気づいてるくせに、うまいことのらりくらりかわして、恋愛とかクソファッキン、楽園も、君の夢のリゾート地も、労働者がタバコで肺をタール畑にしながら作ったもんだぜ、気づけよ、世の中腐り切ってる、自殺しようぜ、音楽で、苦しまずに、トリッピンテラッピン気衒ったアホが!

サブカルチャーがクソ抹茶ラテ飲んでる

アホじゃねーの?


さて明日こそは覚悟決めて包丁を腹に当てよう、必要なのは勇気だけ。

大黒を捨てに行こう、くだら無い実存主義をぶち壊しに。

神は生まれてすらいねーよ、ニーチェお前は偶像だ、死ね!


僕は君たちが大嫌いです。とは石野”承認欲求”卓球のセリフだ!!


クンニリングスに人生を捧げたい、一生お前の舐め犬なんて勘弁だね。

200万人のサブカル女孕ませて世界中俺のガキまみれにしたら、政治も、世の中も、優しく、平和で、お花畑は枯れ果ててる、飢餓、貧困のワンダーランドになる!みんなヒモだから、女は困り果てる!!もう気づけば借金は9万円だ!!でもレコードが欲しい!


頼むから俺を今すぐ殺してくれよ!グッナイ!

 

 

 

 

 

 

 ビルの隙間のゴミ箱と、落書きされた部屋の壁の、浄化されない言葉たち 

 


サラダバー頼んでる女に、一言

日曜大工してるおっさんに、一言

おまえら何が楽しいの?


似通った格好と、3ヶ月に一回の散髪と、2年に一回のリゾート地に、ジャマイカを選ぶのはやめてくれよ!!


立ち食いうどんで餓えを満たす日雇い労働者に、一言

シャブ切れた現場労働者に、一言

おまえらの妥協にはうんざりするぜ、閉塞感溢れるビルの下請けやるのは結構だが、俺に迷惑かけんのはやめてくれ。


葉っぱを吸ったら戻ってきたラスタな友達、派手な格好で通りを歩いてる、でも顔面は俯きっぱなしで、嘘つき野郎。

みんな、幸せ追い求めて大失敗を犯してる。部屋にこもってるお前も、インターネットに向き合ってるお前も、飯食うだけ食って、働かないし外に出ないから、痩せれるわけがない。


Chi Chi Run、君と仲良くなかったらセックスできたのに、なんて、いわないでくれよ、そんなこと言わずにやらせてよ、俺の詩を、読むってプレイをさ!


大体タイダイ染めのカラフルなビルで、なんかそれっぽい格好で歩いてるおまえら、何歳?

あ?あっっ!!!LSDがたくさん敷き詰められた、そこはそう、警察署!

あぁ、時代が変わってまた、良くない方向に向かってるみたい、と電話から叫び声が聞こえてくる、いつも非通知、悲痛値を教えてくれるから、君のことは知ってるよ。

時代が、世代が、俺をストーカーしてるってこと。


涙で前が見えずに変な名前で生まれてきた、下らない山登りやってるアホの倅

ランナーズハイ、ランナーズハイ、ランナーズハイ、ランナーズハイ、ランナーズハイ

走りすぎて尖りすぎて瞳孔開きっぱなし

これじゃキメてるのと同じだね、


憂鬱って名前の強烈なドラッグは、MDMAよりドギツイ幸福感を与えてくれるみたいなんだけど、人工テーマパークでうろついてるキグルミの中身は背の小さいデブの剥げたおっさんだってことに気付きだした小学生が、目ん玉ひねくり出してひねくれだす。


ケバケバしい女たち、みんな素っぴんはお前の女よりブスだって気付きだしたアホら、浮気して朝起きてびっくり!口の臭さよりも顔のシワに目がいく、まるで動物園の猿。


やがて去っていく、ビルの隙間を。


みんなみんな春が大嫌いなくせに、春になるまで待てないらしい。

好きな女が誰かの男だった方が本当は面白いのに、さぁ、いますぐその携帯を叩き割って、髪の毛伸ばし始めようぜ、モテたいんだろ?

みんな表面でしかとらえないのさ、みんな可愛い女に見える、化粧に惚れてる、みんな自分の女じゃない女に恋してる、愛してくれよなんて、偉そうに言いやがって、愛してみやがれ、ここんとこ、この野郎!


さぁ、始めようぜ、パーティの時間だ、ドラッグは何でもいい、何でもやりたい放題、みんな忘れてるようだ、現実はバッドトリップしないって思い込んでるんだ、髪の毛をかきむしり、全裸になって、叫びだした、窓ガラスが全部割れた。


カラスは叫んでる、羨ましい!クソ文鳥

 

おまえらみんなもう気づいてんだろ?

なんでそんなとこで幸せなふりしてんだ?

 

みんな、誰も、お前なんて見てないぜ!!!

 

 

 

 

 

 


 取り逢得ず 

 


1 一息息つきましょ


2 イーチュアデカダンス


3 シティインリン


4 涙を拭いて

 

 

 


5 笑え、笑え、笑え、笑え、笑え。死ぬまで!

 

 

 

 

 

 


 エリーゼの生活費のために  

 


また金取られる。

取られっぱなしで話は終わり。

人は信用出来ない

いや、金のせいで疑心暗鬼

裏切ったやつが戻ってきて俺の肩に止まって助言する

下手に俺を救わないでほしい、見てくれてるだけで安心するぜ

金の為に動かないやつだけが世界でもっとも安心出来る


本日もバビロンのクソ慈悲

マーシー美しい夕陽が落ちてきてビルのガラスに反射している

俺のこと握りつぶして風呂代飯代持ってく

そして俺が何を話したところで

誰も耳を傾けないのも知っている。

 

俺は歩く、労働を終えて歩く、誰の為でもない、ストレス発散の為、金の為。


恩人は何処にいる?居たことはあった、消えてった。


保証してくれよ、バビロン、お前らが定めた人間として、俺のことを認めてくれよ


俺に何も動かせないと、非力な口先だけの虫


街灯鬱とおしい

げんなりげんなま取られてカニカマ

発狂しそうで笑ってる


お前は怖くてなんにも言えない

違うぜ言ったことは無駄だった

お前は怖くて、なんにも言えないで

だから悪いか、所詮味方は

口先に乗った金と紅と嘘

 

 

 

 

 


 y tu, que has hecho 

 


砂漠で歩いてて花が一本。


先にあるオアシスと花、どっちが欲しい?


決めろ、自分で、自分で決めろ


俺は水が欲しい、そう、

 

花にやる水を

 

 

 

 

 

 偏頭痛サンライズ 

 


今日はもういいや、眠ろう。

おやすみ、明日になればいいこともあるはず。


俺は電気を消して布団に入った。

寝れなくて今日が明日になった。


つまり今日もまた、いいことは無いってことだ。

 

 

 

 

 

 虻 

 


アブが飛んでる、死ぬ気で必死に飛んでる


哀れやな、憐れんでるで、字が違うけど

 

俺の目の前には岩が、巨大な一枚岩が全く

完璧な岩壁が


クールに澄ました白人のグレゴリーアイザック

靴墨入荷届けが唾液で湿っている


詩人は、山によって登らされている


俺は駐車場の落書きまみれの壁を登って

より高い所に絵を描こうとして落ちて朽ちて死んだ


クールに澄ましたコンクリの壁

 

壁が欲しい、壁が欲しい


アブが飛んでいる、死ぬ気で飛んでいる。

 

愛が欲しい、愛が欲しい


俺は動かないまま、動けないまま。

 

 

 

 

 


 腐った朝日 

 のんちゃんに捧げる


本題から逸れました、と裁判官


俺、この俺様は一体、何様に指図を受けてマリオネットみたいに電車に乗ってるんだ?

ジュダ、ユダ、運と勘が働かない、仕事しろ!


ライターで火をつけて、クールにブローティガンの文庫本片手にしてる意味?

空虚と、寛容。


俺を抱き締めてくれ、思いっきり、強く

正直な話、なんにも感じないんだけどな、お前が好きなのか、寂しいのか、果たして、、。

そんな問題はどうだっていい。


本題から脱線していますよ!と裁判官がきつく言う。


あー、取り合えずお金を返そう、とっととこの宿主の居るダニまみれの部屋から出ることにしよう。

見栄えだけよくするために、誰も見ないパンツは逆に、オレンジアンプは沈黙に飾られている


結局そう、こんな表現なんて誰も見ちゃいない、聞いちゃいない、いや、


そんなことはどうだっていいんです!と裁判官


ほらちゃんと聞いてるぜ、マリオネットを操ってるお前ら、アヤワスカ、髪に操られてるかもしれないが、結局嘘の思い出、生きてる必死の思いで、目を離すな、目の前にある、決してお前のコトを話すな、裁判官は眠そうな目を今日も擦る。不眠症の俺に付き合ってくれている。


手にはペンではなくてもうすぐフィルターが焦げそうなタバコ、bgmは憂鬱な雨の日の音。

そんなことどうだっていいんだ、早く答えを教えてくれ。

目覚ましをきちんと合わせる方法と、サボテンを枯らさない方法を


いつまでたっても俺に吠え続けるケルベロス兼チワワと、詩人のふりした散文書きを止めてくれ。

もうこれ以上細胞分裂を繰り返すのに疲れた。


誰か俺をいい加減に見捨ててくれないか?

 

 

 

 

 

 PTSD 

  ひなに捧げる

 


あれもこれもどれも窒息してる

あれもそれもこれも奴隷


願ったり叶ったり、忙しいやつめ


答えを知ってても問題が出てこない


何も欲しくない、重ねた掌の重み

 

ウンザリだ。

 

首吊り縄から未来を見つめろ


ピノキオは自分の鼻が長いと言い続ける

しくじってる気がしてる、挫けそうになってる

俺を見て、君は言うのさ

 

「夜になったら眠る


余計なことに巻き込まれないように


もし君が嫌な夢を見たら


明日の朝、その話を聞くからね。」

 

 

 


 好きだよ (天邪鬼より)  

 


毎日クソをするわけだろ?

毎日毎日

なのに飽きない

毎日毎日

クソが出ることに感謝するよ

だって

あまりにも便秘がちすぎるから

俺は


オッケー?


クソみたいなセックスがしたいぜ

 

UAのアメトラってアルバムが

俺は初めは大嫌いだった

今は毎日聞いてる、何度も、何度も

何度でも


オッケー?


そんな感じの愛

 

そんな感じの愛

ミルクセーキは、

特別美味しすぎるってわけじゃない


平凡

平坦

当たり前

それがどんなに

難しいか


「傷つけ合うのは簡単すぎる」

って俺が言うのに対して

忘れたい奴に言われた忘れたいセリフがこちらだ、お嬢さん

「ありのままで居る」

なんだそれ

偉そうに言いやがって

そうなら俺は

女より犬の方が好きみたいだな


黙れ、いいか、俺は

女が好きなんだ


ああ、またやっちまった。

喋るのが苦手なんだ俺は

 


ベイベー

俺はまだ分からない知らない

机上の空論

ベイベー、机上の空論なんだ


だからそんなに怒らないでよ。

ベイベー、君に会うまでの俺は

こんなことをとりあえず、考えてたのさ

 

 

 

 

 

 保健所、ギリギリの 

 リンちゃんに捧げる

 

若すぎるから、甘すぎる

何も言えない

救えない

俺に出来ることは、何もない


なぁ、

ダイアモンドは削らなきゃただの石ころだ

街中を闊歩するゴム人形は

その辺の石ころを拾って誤魔化せる奴らだ

俺たちは

ダイアモンドしか似合わない

美しすぎるからだ


俺たちは

捨て犬、負け犬

ボロボロの

保健所

ギリギリの


笑顔



君は待ってる

君を待ってる


なぁ、

保健所、殺処分ギリギリで救われる犬は

やたらと笑っているはずだよな?


だから、腕が傷だらけでも、

隠さず、無理して、笑ってようぜ

 

 

 

 


 背水の陣 

 


背水の陣?

既に滝に流されてる

誰も来ない鬱蒼とした森林のある山奥で喘ぐ俺を見て笑う騒ぐ糞ガキを探し続けて

途方に暮れながら

諦めながら

滝は俺を無情にも流していく


俺は右手を高く空に向けて突き上げながら

滝にお願いしている

どうか流れを緩やかに

俺を陸地に返してくれって


滝の流れ着く先は

川で、海だ

陸地に上がったところで

どうにもならないなら

流されてくしかないだろ?


背水の陣?

敵から逃げて

滝を背に戦うよりも

流されてる方が気も楽だ

溺れてしまわないように

息継ぎだけを忘れないでいれば

取り敢えずは生きてけるぜ、生きてるだけだけど


中産階級

平和主義者の皆さん

口にくわえた

ジョイント一本

頼りない


それよりも俺は

丸太を探してる

あわよくば

捕まって、上に乗って、のんびりカヌーでもしたいな

小さな木片が

俺の頭を小突いてきた

血が止まらない

ただ流れていくにも飽きた

頭ん中

悠久の海に向けてカヌーで滝下りする俺の姿

木片をかき集めてイカダを作るのに失敗した

俺はびしょびしょに濡れた負け犬

水分で体の重い

負け犬

 

 

 

 

 

 今

 ジュリさんと和花に捧げる

 

真実がなんの役に立つ?

胃薬は、胃の痛みを抑えます

全てを失ってまで

手に入れるだけの価値のあるもの

ボロボロの肝臓


一人で眠るなら

ヨガをしよう

右耳が聞こえないと

言えないから飲む頭痛薬


タバコ

ガタガタの歯

粘液に含まれる

俺の細胞、遺伝子

言葉を交わす

交わす、の漢字を忘れる、読めない

まじわす?かわす?


時間が経つのが遅かったり早かったりするだけのために

平気で嘘をつけるんだ

傷だらけの腕よりも

見えない部分が一番痛い


落ち込まずに

落ち着ける場所を探して

そこに君はいないけど

俺はそんなこと気にもしない

 

どうか俺に話しかけないで

どうか俺を忘れてほしい

 

 

 

 無邪気 

 


驚かせてよって

言わせんなよ


笑おうぜって

言わせんなよ

 

 

 

 

 

 あなたの詩は、よく分からない。 

 

 

猫に対して


日本語で話して

と、


お前は言うのか?

 

 

 


 Oh Yeah, Baby It’s You 

 


Aphex Twinは、1stアルバムをテープレコーダーで録音した。

録音状態が悪いそのアルバムは、アンビエントミュージックの歴史を変えた

尼崎の貧乏人、松本人志はどうだ?

草案寄稿を書いたリボウスキ

なんの賞も取れなかったブコウスキー

「てめーのことはてめーでやれ、自分の人生自分で生きる」

S.O.B.のとっつぁんは

八尾駅に飛び込んだ

フィッシュマンズ佐藤伸治


なぁ、俺は

これしか出来ねー

これしかしたくないんじゃねえ

出来ねーだけだ

コケにされ理解されなくても

結果が出なくても

ああ、生きた、って満足したい

才能も傷も運命も

何もかもどうでもいいぜ


奇跡

奇だ、俺は

俺は、重い足取りで、ゆっくり、確実に跡を残す

それが、


それが

のんきに気楽に見えるかベイベー

俺が欲しいものは1つだけ

他はおまけ

ベイベー

どうでもよくないぜ

ベイベー

俺が欲しいものは一つだけ

たい、たがるは希望だって文法の授業で教わった

ベイベー

聞いてくれベイベー

「生きられない。」

ってヴィンセントギャロは言ったぜ


妥協ならもう死ぬほどやった

飽きるほどやった

俺が見て来たものが羨ましいか

地獄じゃなくて、希望だぜ

ベイベー

出来ないことしても意味ねーぜ

これ以上自分をズタズタにするぐらいなら死んだ方がマシだ


「お前は全力やなぁ、常に。」

ああ、悪いか、趣味だ、生き方だ


なぁ

Your Life is Your Life


もうどうだっていいんだぜ

納得したいだけなんだ

俺は

何も知らねー

分からねえ

自分のことも

自分がして来たことも


だけど、これだけは言える


魂が、喜んでるんだ。


もう酔えないほどの苦しみ


でも


魂が、笑ってるんだ


Yeah ベイビー


It is You


Oh Yeah


ベイベー


Baby, It’s You